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特集

日本映画監督協会 会員名鑑

山形国際ドキュメタリー映画祭 日本映画監督協会賞レポート

山形国際ドキュメンタリー映画祭を終えて

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 いろいろと盛り沢山だった山形レポートの最後の仕上げは、さまざまな形さまざまな局面でスパークした「YAMAGATA×監督協会」の化学反応の検証です。
 どうせならと、日本映画監督協会賞の審査員5名、現地担当1名、ボランティア参加の国際委員4名、プラス東京在留組1名の大所帯で、熱くて密度の濃かった「ヤマガタ」での一週間を総括してみました。

司 会:根岸吉太郎 

編集責任:斉藤信幸 

写真/収録:竹内英孝 


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onti_s.jpg恩地日出夫 kaneko.jpg金子修介 negishi_s.jpg根岸吉太郎 yamazaki_s.jpg山崎博子 john_s.jpgジャン・ユンカ-マン
saito.jpgのサムネール画像斉藤信幸 akaisi.jpgのサムネール画像明石知幸 ando.jpgのサムネール画像安藤紘平 segawa.jpgのサムネール画像瀬川正仁 takeuti.jpgのサムネール画像竹内英孝


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 (1)『馬先生の診療所』の上映運動を中国でやってみる?!
 (2)山形で映画を1本も見れなかったけどまた行きたい!
 (3)金子さんが "ヘンなおじさん" と呼ばれるようになった理由とは!?
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根岸 初めて山形国際ドキュメンタリー映画祭に監督協会が進出して、賞を設立し、著作権をめぐるパネルディスカッションを行って、僕はそれなりにかなりの成果があったと思うんですけど、その成果を自身でおごらずに、どういうことだったかということを参加した人間で総括してみたいというのが一つと、山形は隔年ですけど継続してやるべきものだという主旨のもとで始めたものですから、この成功を踏まえて次回に続けて行くにはどういう形であればいいかってことをですね、若干、温もりがある間に皆さんのアイディアとご意見を少しでも拾っておきたいなと。
今日の会議は、来年の参加に向けての第一歩目にしたいと思います。よろしくお願いします。
 
金子 僕は山形映画祭に行った時に、自分の偏見かもしれないですけど、ちょっと閉鎖的な印象を感じて。全体的にスノビズムの雰囲気があって、ちょっとそこに入りきれないことがあったんじゃないかなってことに触発されて考えるに、もっとオープンにしてくれないかなあって、その雰囲気が今うまく言えないんですけど、ドキュメンタリー映画祭中そういう気持ちもちょっと持って。
そう考えると、東京に帰って新聞見ても一個も山形映画祭のことなんか載ってないし、そんなにハイレベルな映画祭だったら、もうちょっと世間にアピールするような方法がないものか、ドキュメンタリー映画だけでなく劇映画も一緒にやって、楽しいお祭にして欲しいよなという思いが一番強くて、それでちょっと言ってみたんですけど。 
 

●もっとマスコミに取りあげられるべき映画祭

 
根岸 なるほどな。こっちから投げ掛けの形で、参加してる立場で言うべきことかもしれないね。映画祭って必ずそういう危ういところをはらんでるんだよね。中心になる人間がいないといけないから、その人間を中心に回を重ねて行くうちに映画祭がオリみたいになっていくところがあってさあ。今、スノビズムって言ったけど、そういったものを必ずどこかで毒されながら改革しなければいけないってなって行くんだよな。 
 
恩地 特に、山形は小川伸介が住んでて、小川が始めたみたいなところがあって、小川色が最初強かったのね。俺はそれが嫌いだとずーっと言ってたんだけどね。ただ、小川がいなかったら始まらなかった映画祭なわけだから、小川の功績ってのは認めなければいけないんだけど、あまりにも彼自身の個性も非常に強かったから、いいにつけ悪いにつけ、それが山形ドキュメンタリー映画祭の基本の性格みたいなものになって来ちゃったんだけど、もう20年だし、そろそろそれは脱却したと思うんだけど、それが閉鎖性なことになってるとまずいな。
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金子 いや、閉鎖性という言葉が適当なのかは分からないんです。だけど、インターネットの書き込みの情報でしかないんですけど、街中に映画館をめぐる外国人があふれてても一般の市民はあまり関心がなくって、映画祭だからといってもお祭として認めてないみたいな書き込みを読んだりするとね、どうなってるのかなって。 
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恩地 ま、東京国際映画祭もやや、そういうことから言えば。 
 
安藤 ヤマガタと逆側のそういう感じですね。コマーシャリズムにやや傾いてる。 
 
恩地 そうそう。 
 
安藤 山形はそっちじゃないもんだから、むしろ海外で有名な映画祭になってますね。 
 
恩地 ただ、東京の新聞が扱わないってのは良くないな。 
 
安藤 そうなんですよ。僕も何度か言ったりしたんですけどね、新聞社内でも、今、金子さんがおっしゃったようにね、「だって山形ドキュメンタリーだとなあ」という雰囲気が若干あって、山形に来てる記者さんとか映画分かってるライターさんは凄く好意的に書いてくれてるんですけど、最終的には載らないというか、載ってちょこ版ぐらいにしかね。 
 
恩地 小川の色が強過ぎたことである反発があった、過去にね。それはもう払拭出来たんだよってことをハッキリ言った方がいいと思う。書きにくい、載せにくいみたいなことはもうないんだから。そのあたりもね、映画祭本体にこっちの意見として「こういう意見が出たよ」と伝えたらいいね。 
 

●『馬先生の診療所』の上映運動を中国でやってみる!?

 
安藤 全然違う話していいですか。 
 
斉藤 はい。 
 
安藤 皆さん東京に戻ってきて、せっかくだからどこかで受賞作の上映をやろうって国際委員会でなってから大慌てで探したりして、結局、協会会議室でやる形になったじゃないですか。あれなんか例えば早稲田ね、一回僕あたったんですけど空いてなかったりしたもんですから出来なかったんですが、来年という話であれば、小講堂とか小野講堂とか早めに押さえて、DVDとかテープならそんなにお金掛からないから何とか出来ちゃうかもしれませんねえ。で、そういう時に学生も来てよければ、ドキュメンタリーのすそ野も広がるし。 
 
斉藤 大賞の『包囲:デモクラシーとネオリベラリズムの罠』はカナダ大使館でお披露目やったんですよ。主催が大学の教授でした。監督がカナダ人なのでカナダ大使館のオスカー・ピーターソン・ホールを借りて、新自由主義の講演付きのワンナイトです。それをマスコミ用にオープンしたんですけど、基本的にタダで見せるという形でやったんですよ。 
 
安藤 それって、費用はどうしたんですか?
 
斉藤大学が出したみたいですよ。 
 
ジャン 大学はどこの大学?
 
斉藤 千葉大学かな。 
 
安藤 何分くらいの映画? 
 
斉藤 2時間半を越えてますね。 
 
ジャン 人は集まったの? 
 
斉藤 6割くらい入ってましたかねえ。 
 
恩地 どれくらいのホール? 
 
斉藤 300人くらい。 
 
ジャン すぐ後に、例えば、土曜日に上映会をやるという手もあるんですよ。
 
斉藤 土曜日と言うのは? 
 
ジャン 山形映画祭が木曜日に終わったら、その翌々日に東京で。そうすれば凄くフレッシュだし、監督がまだ日本にいたら来てもらうことも可能かもしれない。 
 
恩地 東京でやれば、山形映画祭終わったばっかりだったら、例えば、朝日がちょこっと扱ったのは2~3日経ってからだからね、ちょうどその期間だったら新聞も扱うかもしれない。 
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安藤 監督協会の人も東京でやれば観れますし。 
 
斉藤 監督の体を押さえたり、配給の問題とか確認しとかないといけないことはあると思いますが、ワンデーの凱旋上映なら、映画祭の事務所にちゃんと話し通せば可能な話だと思いますよ。
さらに夢を語れば、『馬先生の診療所』のように当局の規制がかかって上映が難しそうなものを監督協会が乗りこんでいって中国全土で上映運動を盛りあげて、当局ともめることで逆に日本映画監督協会を世界にアピールするみたいなね、そういうところまでやりたいですね。これは内藤誠さんのまんま受け売りですが(笑。
 
  (続きます)