ドキュメンタリーは A Labor of Love ジャン・ユンカーマン
今回の山形映画祭は、私にとって4回目だった。2005年は自分の作品が上映されたが、他は2年に1回開かれるドキュメンタリーのコミュニティーのお祭りを楽しむために行った。普段、ばらばらに働いているフィルム・メーカーたちが集まって、映画を愛している観客と一緒に、観切れない数の映画を観る機会は他にない。世界中でこんなにたくさんのフィルム・メーカーが、ほとんど脚光を浴びないまま、こつこつと映画を作り続けていることを実感できるだけでも、同じドキュメンタリー制作者として力になる。今年のインターナショナル・コンペティションには1,141本の映画が応募した。最近はドキュメンタリーがそれなりのブームになっているとは言え、製作費を回収できる作品がごく少ないという現状の中で、あれほどの映画が作られているのはたいしたものだ。ドキュメンタリーは本当に a labor of love なのだと教えてくれる映画祭だ。
今年までは、世界のフィルム・メーカーたちへの「連帯感」を感じながら、「こんな映画もあるんだ」とか「ここじゃないと観られない映画だ」という優しい気持ちで観てきた。だが監督協会賞の審査員になった今回は、「こんな映画でいいのか」という厳しい目で観なければならないことになった。他の審査員も独自の厳しい基準で見ている。自分が気に入った映画を推薦する場合は、彼らを説得しなければならない。私は映画際の前後に自分の次作の最終編集をしていたので、完全に編集漬けの頭のままたくさんの映画を観た。どうしても「私が編集しているんだったらどうするか」と考えてしまうのである。すると、観た映画がまた自分に問い返してくる。いろいろな意味で、今年の山形は例年と違った刺激が多いものとなった。
山形映画祭には「作家性」を重視する傾向がある。普段、テレビで観るような解説中心の「情報系」ドキュメンタリーではなく、監督独自の視点や独特な現実の捉え方で作った映画が多い。そういう意味では「失敗作」のなかにもおもしろいものがある。映画祭が始まる前にかなり期待していた作品の一つは『稲妻の証言』だった。インドの戦争の歴史の中で起こった性暴力のテーマを徹底的に研究して仕上げた映画だが、このデリケートな話を現実に「証言」する女性はほとんど登場せず、監督がナレーションで歴史的な証言を読み上げる。物足りないと思いながら、日本軍の慰安婦や性暴力の歴史・認識問題、文化も宗教も異なるなかでの共通点や対照が興味深いものだった。
作家性に満ちていて、かなり成功した映画の一本が『Z32』である。イスラエル軍の元兵士がかつてパレスチナの警察を殺害した事件を反省して、恋人とその事件の背景や意味などを話し合う映画だった。顔を見せないという条件が付いていたが、監督はモザイクを避けるため、CGで元兵士と恋人の顔にマスクをかけた。高度なCG加工で自然な顔に近い表情豊かなマスクを作るために、3人のプログラマーが9ヶ月も苦労したというが、結果としてはその元兵士がEverymanのような存在になって、国を超えた普遍的な話になった。協会賞の候補として最後まで残った作品だった。
他に候補だったのは、9人の子供を連れて夫から逃げたロシアの女性を描いた『母』という映画。スイスとロシアの若い共同監督がじっくりと時間をかけて撮影した作品で、日常の中のドラマを捉えて、劇映画に近い構成で仕上げた。同じような手法で、地球の反対側のブラジル北東部の貧しい町にすむ二人の少年を描いた『生まれたのだから』も、フランスとブラジルの共同監督が長い時間をかけて少年の信頼を得て、カメラを意識しない自然なふるまいを捉えた感動的な映画であり、もう一つの候補だった。
これらはみなインターナショナル・コンペティションの出品作で、欧州圏のテレビや基金からの製作費の援助を受けて制作され、完成度が高かった。それに比べて、「アジア千波万波」の部門では、ほとんどの出品作がもっと厳しい製作環境で作られた。技術的な完成度は比較的、低いが、そのことがかえって現実を描き出す力となっている映画もあった。たとえば、インドのコルカタの貧困地区に盲目の両親と住む3才の男の子を描いた『ビラル』という映画が、奨励賞とコミュニティーシネマ賞を受賞した。監督は撮影前にも一年ぐらいその家族と付き合ったというが、一年間撮影した成果として、男の子・ビラルの世界をみごとに捉えていた。
監督協会賞に決まった『馬先生の診察所』は、『ビラル』と同じように監督の叢峰が撮影、録音、編集、製作などを全部一人で担当した。この作品では、狭い診察所でのやり取りや会話に介入せず、じっと見つめる姿勢が貫かれている。自分を主張しない監督のやりかたが逆に「作家性」を感じさせる。編集などの技術面はまだ未熟かもしれないが、被写体を尊重する姿勢と自然に起こる出来事から物語を綴る力は優れたものである。初の監督協会賞を叢峰監督に贈ることができて本当にうれしかった。

(「日本映画監督協会会報 2009.11. No.635号)より転載)
