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特集

日本映画監督協会 会員名鑑

にっぽん劇場(コヤ)めぐり

四館目 大阪シネ・ヌーヴォ編

2016年04月23日

この記事は、監督協会会報「映画監督」2015年11月号からの転載です。

大阪シネ・ヌーヴォ
                             村橋 明郎

160423.JPG           シネ・ヌーヴォ支配人 山崎紀子さん


 劇場ロビーの片隅にある狭くて急な階段を登ると映写室に通じる事務所があった。そこには今は懐かしきフィルム缶が所狭しと積まれていた。丁度、若尾文子の特集上映を控えているところで若尾文子作品を60本上映するのだという。この映画館は今も35mmのフィルム上映が可能なのだ。そんなことに少なからず感動を覚えるのだが、劇場の佇まいもまた、なんとも郷愁を誘ういい雰囲気の映画館である。
 大阪「シネ・ヌーヴォ」は1997年1月にオープンし、1980年代から、自主映画や海外の映画祭などの情報を発信していた映画新聞が前身で、映画新聞紙面にて"いい映画をいい環境で観ませんか?"という呼びかけにより、全国の映画ファンの出資によって作られた稀有な劇場だそうだ。内装は野外劇団・維新派が手掛け、独特の非日常空間を演出している。また、シネ・ヌーヴォの2階にあるシネ・ヌーヴォXは日本映画の公開本数が800本を越えた2006年にオープン。それまで以上に多様な作品の上映が可能になったという。現在は2スクリーンあわせて、年間400本以上の映画を上映している。
 そんな映画館で私の自主映画『ある取り調べ』が上映されることになった。
 5年前に『育子からの手紙』という映画の大阪上映の際にお世話になったキノ・キネマの岸野令子さんに紹介していただき上映が実現することになったのだ。更に嬉しかったのは、劇場の空いている時間を利用して上映の一ヶ月ほど前に試写会を開いてくれると言う。劇場側が試写会を開いてくれるなんて、私には初めての経験だった。その試写会には、メディア関係者の他に「京都みなみ会館」と「神戸元町映画館」の支配人も来てくれていて、ほとんどその場で京都と神戸での上映も決まった。試写会の翌日には、試写に来れなかった新聞社二社の取材にも同行してくれたシネ・ヌーヴォの支配人、山﨑紀子さんにいくつかの質問をしてみた。
Q支配人になった経緯は?
A「2001年にシネ・ヌーヴォにアルバイトとして入社しました。その頃は美術学校を卒業したばかりで、油絵を続けており、年に2回ほどグループ展で発表していました。始めは学生時代にアルバイトしていた映画館が好きで、映画というよりは映画館というハコに興味があったのですが、ヌーヴォで働くうちに映画にどんどんはまっていきました。ルーブル美術館のドキュメンタリーを上映したときは、劇場ロビーで展示募集をしたり、猫映画特集を企画したりしていました。2008年に前任者の退職により、支配人業務を引き継ぎました」
Q上映作品を選ぶ時、一番大切にしていることは?
A「上映作品を選ぶ、ということを意識したことがあまりありません。良い悪いの判断は、上映者ではなく、観客がすべきことだと思うからです。かといって、お客さんへただ作品を投げるだけではなく、興味がわくような、道しるべ的な番組編成は心がけています。監督や女優、何かに特化した特集上映は、シネ・ヌーヴォの柱となっていますが、同じ国の映画を正反対に描いたものを比較上映したり、まったく違うと思われる作品を続けて鑑賞してもらうことで、新しい何かがみえてきたり、という感じです」
Q今の日本映画について、どう感じていますか?
A「メジャー映画は、分かりやすくなりすぎていたり、製作に関わる人が多すぎて作品の芯の部分がなくなっていたりとか、妙にショッキングで刺激的なものが入っていたりだとか、何かといわれても思い出せないくらいすぐに忘れるような映画が多くなったような気がします。最近は、人間や物語やテーマがしっかり描かれている作品として、インディーズや独立系の製作会社の映画に心打たれることが多いです」
Q今後、日本映画、ミニシアターに期待することは?
A「日本映画に期待することは、必要とされる存在になること、観ることによって、元気づけられたり、新しい発見ができたり、問題意識を提起するものであったり、明日への糧となるような映画がたくさん作られればいいと思います。ミニシアターとしてというより、シネ・ヌーヴォとして思うことは、新作上映は、新しい発見、未知との出会いの場として、旧作ではシニア世代にとっては懐かしい映画との再会の場、若い世代にとっては、あの監督が影響を受けたというあの映画観たい!と思ったときに上映している場として、存在していたいと思います」
 最初にお会いした時、少し話をしただけでも本当に映画が好きな人だなと思ったのだが、改めてお話を伺い共感するところがとても多くある人だった。
 映画監督が映画を撮りにくくなったと同じように、ミニシアターもその存在が危ぶまれるほど厳しい状況に追い込まれていると思う、そんな中でも、メジャーに媚を売らず、いい映画を作りたい、いい映画を上映したいという気持ちは無くすわけにはいかないのだと強く思った。今回の上映で私は大阪に3往復3泊した。少し赤字である。しかし、構わない。こんな映画館が日本のどこかに存在する限り、映画を作り続ける勇気が沸いてくるというものだ。ありがとうございました。また新作持って行きます。