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特集

日本映画監督協会 会員名鑑

私のこの一本!

上杉 尚祺 監督篇

2016年06月08日

 殺人鬼に罠をかけろ
                上杉 尚祺

 「殺人鬼に罠をかけろ」(ジャン・ギャバン主演、ジャン・ドラノワ監督)が私のこの一本です。`58年日本公開で、私は高校生でした。
 それ以前は小学生の頃、GHQが日本国民の民主主義教育のために上映会を催していたナトコ映画と言うのがあり、教育映画ばかりでは人々が集らないので、「鞍馬天狗」「半七捕物帳」「無法松の一生」などが併映されていたものをよく観ました。勿論映画館にも行き、西部劇、東映の時代劇も観ました。その内に自分も映画を作りたくなりましたが、子供に映画など作れる訳がなく、幻灯機を作ってフィルムはパラフィン紙で手作りのフィルムを作り、近所の子供達を集めて観せ、一人満足していました。高校に入り8ミリが手に入りましたが、お金も無く劇映画など到底無理で、被写体は主にSLでした。それに山岳部に居ましたのでクラブの登山活動を撮影しました。これがコンテを作る勉強になりました。その頃、街では「死刑台のエレベーター」「太陽がいっぱい」そして「殺人鬼に罠をかけろ」などが上映されていました。この「殺人鬼に罠をかけろ」のジャン・ギャバンがもっともメグレ警部を彷彿している。中年夫婦二人きりのメグレの家庭の描写は温かみのある細やかさが演出されていた。サスペンス映画にありがちな派手なアクションや殺しの場面はなく、ドラマは静かに進行して行きます。パリの街を舞台にモノクロの映像で緊迫感溢れる演出が見事です。パトカーの走りなど私だったら客観で撮るところを主観で撮ると言うこともこれで覚えました。切り裂き殺人が繰り返されるのですが、殺人鬼とメグレ警部の駆け引き、ラストの取調室での容疑者との心理戦、犯人の母親との会話、この母親の会話の説得力は単なる謎解きに終わりそうな結末を奥深い人間ドラマに仕上げています。ジャン・ギャバンはほとんど演技らしい演技もせず、オーバーな表情も見せません。にもかかわらず、演じているメグレのイメージがくっきりと出て来るのです。ボクシングをやり過ぎて鼻がつぶれたような顔で重厚な演技をしています。この映画でも同じ刑事役でリノ・バンチェラが出ているのですが彼も又鼻つぶれ型です。フランス映画と言うのはこういう顔に人気があるのでしょうか、ジャン・ポール・ベルモント然りです。アラン・ドロンみたいな二枚目でも彼等には人気の点では勝てなかったらしいです。ジャン・ギャバンは顔もそうですがずんぐりむっくり、しかし何か頼もしく、パイプの銜え方がまた様になっています。この映画でもパイプが重要な小道具として活躍します。学生時代、所謂文芸物と言う映画も数多く観ましたが、私にはこの「殺人鬼に罠をかけろ」が強く印象に残っています。「天国と地獄(黒澤明監督)」「張込み(野村芳太郎監督)」「飢餓海峡(内田吐夢監督)」「野良犬(黒澤明監督)」「警視庁物語(東映シリーズ)」などサスペンスもの刑事ものと言う映画を良く観ました。その中でも「殺人鬼に罠をかけろ」がダントツで、今でもサスペンス物の仕事に入る時はこれ等の六本のビデオを参考に観てアイディアを引き出しています。