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特集

日本映画監督協会 会員名鑑

私のこの一本!

犬童 一心監督 篇

2016年05月26日

『大阪物語』
                                        犬童 一心

この記事は、監督協会会報「映画監督」2015年11月号からの転載です。


 市川準監督の『大阪物語』。
 これは、まさに僕の「人生を決めた一本」です。
 1983年、映画界に行くと貧乏になりそうな気配濃厚な時代に大学を出る事になり、それなりに自主映画界では有名で一緒にやっていた今関あきよしさんの「アイコ十六歳」に続き商業映画の話も来たりしていたがあやふやであてにならず、ここはやっぱり就職が手堅いとあまり興味も無い広告の世界に行った。CMや展示映像、VP作りの日々だ。
 給料は良かった。ボーナスも「えっ」という金額を普通に貰った。広告がまだ随分と勢いがあったときだ。自主映画で賞を貰うとか、巷で顔が知れてるとかは当時広告の世界ではあまり効き目が無く(今はあると思う)制作の仕事で入社してPM(プロダクション・マネージャー)を5年やった。それから企画演出部に移ってディレクターになり仕事も面白くなり、入社して7年目になって一寸ゆとりができて久しぶりに自分の作品、アニメーションを作った。CMの仕事はアニメーションを頻繁に演出するので興味がわいていたのだ。
 大学の後輩に今や世界的なアニメーション作家となった山村浩二(現芸大教授)がいて、彼に手伝ってもらった。結局二年かかった。その作品があるアートフェスティバルでグランプリになり、そのスカラシップで実写の映画を作った。「二人が喋ってる。」という関西の女性漫才師を主人公にした青春映画だ。今でこそ山村浩二と作った前作のアニメーション「金魚の一生」とカップリングでDVD販売されているが、当時はまあ、ただ大阪の美術館でいっときスカラシップ作品の紹介として上映されただけだった。僕は僕で意外とCMディレクターとして売れ始めて忙しくなり、「二人が喋ってる。」の事は忘れ始めていた。
  そんなとき、あるCMの企画で一緒になったCMプランナーがその作品を観たがり、そういえば東京の人たちにあまり見せていないと現像所で数人の友人達を集め試写をした。なかなか好評で、とくにそのプランナーがとても気に入ってくれた。丁度その日はVHSのコピーができた日で、そんなに気に入ってくれたならあげるよと一本を彼に渡した。まあ、今にして思えばだが、このときケチらずにこのVHSを渡した事がその後の人生を大きく動かした事になる。これが、96年の年末で、その翌年明けてすぐまたCMの企画とプレと撮影の日々が始まる。
  そんなある日、会社から仕事先に連絡があった。市川準さんから電話が来て、犬童に会いたいと言っている。「えっ」。意味が分からなかった。当時の市川さんは広告業界のトップ。僕はまだ無名の新人ディレクター。もちろん面識は無い。突然空の上から神様に声をかけられた感じだ。恐れ多くも神と連絡を取り合い、数日後の夜、今はなき東銀座の東急ホテルで会う事になった。
 実は「二人が喋ってる。」の試写に来てくれたプランナーは鈴木秀幸さんだった。鈴木さんはCMプランナーとして市川さんと知り合い、「トキワ荘の青春」「東京兄妹」のシナリオを書いていた。あの試写の日、鈴木さんは現像所(横シネ)から渋谷駅へ向かうセンター街でたまたま市川さんとばったり会い「二人が喋ってる。」を薦めVHSを渡してくれていたのだ。それを律義に観てくれた市川さんは何を思ったか僕に連絡して来た。
 東急ホテルで会った市川さんの用件はふたつ。ひとつは「あの映画は素晴らしいから絶対に東京で公開しろ」、もう一つは「自分も大阪で映画を撮りたいとずっと思っている。シナリオを書いてくれないか」。しかも市川さんは「あの映画を公開するために何か自分にできる事があったら言って欲しい」と言う。僕は感動と不思議さの入り交じった妙な気持ちになった。全く無名の、自分の知り合いでも仲間でも後輩でもない人間の作品のことを本人以上に親身になって心配し、しかもたった一作を観てこいつにはシナリオが書けるとその才能を信じている。なんという人だ。なんておもしろい、そしてなんという優しさと勇気を持った人か。
 それから程なく市川さんは『二人が喋ってる。』を紹介するために「キネ旬」試写室欄に長文の映画評を書き絶賛してくれた。その映画評を見た方々の尽力で映画監督協会新人賞を受賞し、サンダンスフィルムフェスティバルin東京でグランプリとなり、「二人が喋ってる。」は商業的に配給される事となる。しかも、一年後僕は本当に市川さんの「大阪物語」の脚本を書くために大阪に出発するのだ。そして、大阪物語のシナリオが評価され「黄泉がえり」のシナリオを依頼され、「金髪の草原」を監督する事になり、いつのまにか映画が仕事となって行ったのだった。
 感謝の気持ちを込めて11月21日から「市川準監督特集in目黒シネマ」「市川準と女優たち」を開催する。3週に渡り6本の市川作品を上映。ゲストに宮沢りえさん、成海璃子さん、そして未だにつき合っているもう一人の恩人・鈴木秀幸さんとトークショー。是非。
 実はこの市川特集は二年目で、「大阪物語」は去年やってしまいました。これだけ煽っておいてすみません。