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特集

日本映画監督協会 会員名鑑

私のこの一本!

瀧本智行監督 篇

2016年04月03日

地獄の黙示録
瀧本智行
この記事は、監督協会会報「映画監督」2015年8号からの転載です。

数年おきについ観直してしまう映画がある。F・コッポラの『地獄の黙示録』はそんな一本だ。決して好きな映画とは言えないが、何故か本棚にVHS、DVD、ブルーレイが並んでいる。過日、ふと思い立ってブルーレイを手に取り、劇場公開版とディレクターズカット版を立て続けに観た。毎度のことではあるが、やはり圧倒された。

最初に観たのは1980年の公開時、僕は中学二年生だった。実家は丹波地方の片田舎だ。ロードショーを観るには、片道三時間かけて京都市内の映画館まで行かなければならない。時間もかかれば金もかかる一大イベントだから、年に数回、これぞという映画しか行けない。必然的にハリウッドの大作を選ぶことになる。『地獄の黙示録』も痛快な戦争アクションエンターテイメントを期待して観に行った。なけなしの小遣いを握り締めて。

結果、その期待は完全に裏切られた。確かにド派手な戦場アクションシーンはあった。でも、痛快でもエンターテイメントでもなかった。それまで観たハリウッド映画とは全く違っていた。登場人物たちの言動は一々グロテスクで感情移入しにくい。中盤からの展開にはついていけず、マーロン・ブランドの台詞に至っては全くチンプンカンプン、意味不明。これほど訳のわからない映画は初めてだった。それでも何故か、田舎から出て来た純朴な中学生は昂揚していた。見ちゃいけないものを見ている、ヤバい世界を覗き見しているような感覚に陥っていた。この難解な映画の持つ魔力に理屈抜きに惑わされたのだ。

二度目に観たのは上京してから、早稲田松竹だったと思う。以降、折にふれて名画座に行ったり、ビデオで観たりした。さすがに中学生の頃のようなことはなかったが、乗りづらい映画という印象は常に付きまとった。観ている間、ノッキングするような感じでどうにも居心地が悪かった。へんてこな映画だ、途中で破綻している、失敗作じゃないかと思ったこともあった。映画そのものが暴力のようで、好きにはなれなかった。にもかかわらず、毎回圧倒され魅了されていた。また観たいと思わせる麻薬のような力が『地獄の黙示録』にはあった。

その力の正体を知ったのは、コッポラの奥さんが撮った『ハートオブダークネス』というメイキング映画を観た時だ。コッポラ自ら巨額の私財を投じているというのに、撮影開始直後に主演俳優が降板。ヘリコプターがゲリラ掃討のために来ない。巨大なオープンセットが台風で流される。デニス・ホッパーもマーロン・ブランドも全然言うことを聞いてくれない。信じられないようなトラブル続きでスケジュールはどんどん伸びる。予算はべらぼうに膨らむ。膨らんだ分は自分で背負うしかない。にもかかわらず、コッポラは思い付いたらどんどんシナリオを変える。自分で自分の首を絞めて行く。心労で倒れる・・・

戦場の狂気を描いた映画だと思っていたが、撮影そのものが狂気の沙汰だった。映画の現場は大抵狂っているが、これはそんじょそこらの狂気ではない。とてつもなくスケールのでかい狂気だ。『地獄の黙示録』の異様さがようやく理解できた気がした。こうまでして作ったからこそ、チンプンカンプンの中学生にも有無を言わせぬ迫力が伝わり、好きでもないのに繰り返し観させる力を持っていたのだ。

こんな無茶な映画はもう二度と現れないだろう。また数年後に観直して「すげえな」と溜息をつくことになるに違いない。