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日本映画監督協会 会員名鑑

作品インタビュー

パッチギ!

?映画は対話?
『映画 日本国憲法』ジャン・ユンカーマン と『OUT OF PLACE=Memories of Edward Said』佐藤 真
今回の新作インタビューはドキュメンタリー2作。骨太の意欲作である。

(聞き手/構成:天野裕充 DV取材:日笠宣子)

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井筒和幸 監督 1952・12・13
奈良生 76『いくいくマイトガイ性春の悶々』で監督。81『ガキ帝国』で監督協会新人奨励賞。83『みゆき』85『二代目はクリスチャン』96『岸和田少年愚連隊』(ブルーリボン最優秀作品賞)03『ゲロッパ!』



天野:お忙しいところ、時間を割いて下さり、ありがとうございます。『パッチギ!』は東京国際映画祭で拝見しました。ひたすら圧倒されました。『パッチギ!』は原作(※松山猛著「少年Mのイムジン河」木楽舎刊)から入ったんですか?

井筒
:本はあんな話じゃないんですよ。あんな圧倒感じゃないの。原作ではなく、あくまで原案なの。松山猛さんの「少年Mのイムジン河」っていうエッセイ本。
天野
:エッセイ本!?‥‥そこに着想を得たと?
井筒
:それを(シネカノンの)李凰宇プロデューサーが、僕が『ゲロッパ!』のシナリオを書いている頃に、今度やろうって言って。(原作は)松山さんの実体験を描いたものですよ。僕らより随分上の団塊の世代の人ですけど、松山さんが京都在住の頃の。京都朝高生(朝鮮高校生)と日本の高校生や、中学生との喧嘩が多かった時代ですから。お前たち喧嘩をするよりそのエネルギーを平和のためにつかえと、親善サッカーの試合を申し込みに行ってこいって先生に言われたんだって。それで彼はクラス代表として、恐る恐る朝鮮高校に行くんですよ(笑)。で行ったら、音楽教室から吹奏楽と一緒にコーラスで「イムジン河」の楽曲が流れてきたと。それに松山少年は聞き惚れてしもうてね。でもハングルで歌っているから、何を歌ってるのかわからない。でも物悲しさを持っていながらね、吹奏楽ですから、雄大だからね、すごいその劇々しく感じたんですよ。それでその時に受けたインパクトを、その劇々しさにガツーンときた感じを引きずってかえって親善試合をやるらしいんですけどね、それよりも彼は歌がすごい気になり出してね。彼は東山のほうに住んでいたんで、鴨川一つ越えて、向こう側は朝鮮部落、東九条ってあたりですよ。ゼロ番地っていうところに友達がいたらしいんですよ。いつも橋の上でトランペットの練習をしていて、同じ朝鮮中学に行ってる。その人に「あの歌なんていうの?」って聞いたら「イムジン河」っていう曲なんだよ、と。飛ぶ鳥は南と北を関係なく言ったり来たりするのに、なんで人間だけは行き交えないのと。なんで南と北は別れちまったんだと、一つになったらいいのにねと、なんで喧嘩しあうのかね、戦争しあうのかね‥‥と、そういう歌だと聞いた訳ですよ。だから松山さんは何とかこれを日本語で歌ったら面白いんちゃうかなとずっと五年間ぐらい思っていたらしいの。そこで彼はフォーククルセダーズの加藤和彦さんに出会うんですよ。
天野
:はー、なるほど。
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FM収録直後の控え室で話を聞かせてもらった。いつになく緊張している天野


井筒:うん。その頃、加藤和彦さんは龍谷(りゅうこく)大学の学生だったの。同じ京都の住人同士です。で松山さんは加藤さんに作られたばかりのフォークルの、アマチュアバンドね。その松山さんが訳詞をするから編曲して歌にしなよということで共同作業が始まるんですよ。それで出来上がるのがフォーククルセダーズの「イムジン河」という歌になるんですよ。
日笠:イムジン河‥‥(とメロディに乗せて歌い出す)
井筒
:そうそう。彼自身、東九条の住人や、仲良しのお姉さんたちに聞きながら、訳していくんですよ。その訳詞でもう一度、加藤さんが編曲をして歌にするんですよね。フォークルは「帰ってきたヨッパライ」が第一弾で世間が注目して、300万枚という爆発的なミリオンセラーになった。で、第2弾を東芝が何にしようかっていったときに加藤さんたちは、当然「イムジン河」だということで録音をして、発売を待つんですよ。そうしたら、当時朝鮮総連の方から、まあ映画の通りやけど‥‥訳し方に違和感というか、ちょっとした温度差があると。それから作詩作曲者名をレコードジャケットにちゃんと明記してくれという申し入れを政府を通じてしてくる。東芝さんとしては慌てるわけですよ。だってもう発売一週間ぐらい前の話ですよ。それでフォークルのメンバーもみんな呼ばれて議論するんですよ。当時朝鮮はやっぱりアメリカ、韓国から見ると敵視国ですよね、言うたら。だからよその朝鮮の国の歌を原曲にしながら、明記して歌を出すということはレコードとしていかがなもんかとこういう議論になるんですよ。それで東芝側は、軋轢には勝てずレコードを回収しようと発売中止にしてしまうんです。それからそのイムジン河は、誰かがどこかでなぜか旋律だけみんな知ってるんですよね。発売中止されたにもかかわらず。
日笠:よく知ってます。
井筒:だから、どっかで聞いてるんですよ。ラジオとかでね。それも放送中止になるんです。抗議を恐れて自主規制するんですよ。それで30数年経つんです。その経緯を書いたのが松山さんのエッセイ本なんですよ。李凰宇プロデューサーはそこに目を付けたんですよね。自分が住んでたところ(東九条)の話だから。それで僕らは松山さんと接触して、その経緯をもう一回検証しあってね。それじゃあ僕らだけのオリジナルストーリーをそこに組み込もうか‥‥という感じでああなるんですよ。松山さんの話は中学生の話だけれども、日本の高校生の恋と友情、国境を超えた恋のゆくえみたいな。そこにその「イムジン河」と青春の喧嘩が絡んでくると。こういうシナリオになっているんですよ。
天野:なるほど。
井筒
:もともとのエッセイとは、そういう意味で違うでしょ。
天野
:レコードが再版されたのが2002‥‥
井筒:再版は2002年に、フォーククルセダーズがもう一回一緒にやろうかということで加藤さんと北山修さんと、もう一人メンバーが‥‥それが(アルフィーの)坂崎さんなんです。坂崎さんは68年当時、イムジン河がラジオで流れた頃、聞いて感化された一人なんです。僕が高校一年生で、坂崎少年はその時、中学二年か三年。それで彼はフォーククルセダーズっていうのを知ってフォークソング‥‥プロテストソングに凄い興味を持ってミュージシャンになるんですよね。
天野
:68年‥‥私はちょうど3歳でした。
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映画の中では、オダギリジョーが坂崎役を演じている


井筒:2002年に再結成を一瞬だけしようってことで、アルフィーの坂崎さんも新しいメンバーとして入って再コンサートをやったのが、2002年版のフォークルですよ。

天野
:時期的なものをふくめ、全部が「来たッ」っていう感じですね。
井筒
:そうそう。時期的なものを含めてね。フォークルが再結成して、レコード出してっていうことを僕らも2002年に知ってたんだけど、それがいきなり松山さんの「イムジン河」の原案と結びつくまではいかなかったんだよね。それが『ゲロッパ!』やってた暮れ、本を手にしてからですね。
天野:監督が、これをやろうと気持ちを入れたのは?
井筒
:それはもう『ゲロッパ!』が終わってからですよ。去年の9月ぐらいから。
天野
:それは原案が魅力あるものだと感じられて。
井筒
:そうそう。それはもう「イムジン河」って、すごいきれいな曲で、最高の哀感があって、聞いているだけで涙が出てくるようなね。しかもイムジン河というのは連綿といろいろな人に歌い継がれていてね、実は都はるみさんもコンサートで歌っているんですよ。キムヨンジャも歌っているし、伝説の歌化していたわけよ。この30年の間、俺らだって寝ていた訳じゃないから知っていますよ。だから「ヨシこれはやろう」と思ったの。こんな綺麗な曲をオーケストレーションで鳴らしてね。感動するんとちゃうかなと思って。
天野
:はじめに圧倒されたと言いましたが、あの喧嘩シーンどうやって撮ったんですか?
井筒
:そりゃもう大変ですよ! 実際に当てるんだけど、当て方と言うのがうまく当てないと、本当に入ってしまうから。拳骨とか、もちろんパッチギもそうだし。特にパッチギは画面の中で5、6回出したんだけど、これはもう大変なことしてるんですよ。いろんな‥‥あんまり詳しくは言えないけど。マジックを。
天野:実際にやってるんですか?
井筒
:そうそうそう。痛くないようにね。それをいろいろ加工してね。バツーンとくるようになっているんです。
天野
:例えばCGを使ってと言うことではなく?
井筒:CGはそのパッチギの一回ぐらい使っているかな。CGは1968年を再現するうえで結構使っていますよ。鴨川の周りの風景とか東九条は、今の風景だと説得力ないからね。だからCGでマンションを消したり、煙突を付けたりとかね。川の堰堤も、昔は草まみれで土のただの堤でしょ。今はコンクリとかが目立ったから全部草を敷き詰めたり、足りない所はCGで草を作ったりとか。そういう風にして昔の風景にはしましたよ。
天野:補助的にCGを使ったということですね。
井筒
:そうそう。今の最先端の技術はいろいろ使っていますから。バス倒しのところとかね。100人でバス倒すところあるでしょ。別にウソじゃなく本当に倒しているんだけど、丸ごとバス買い取って。でも本物はそう簡単には倒れないですからね。当時、倒れたのは道がぼこぼこやったからですよ。あれ実際にあった事件だから。長崎の修学旅行生が銀閣寺に来て、銀閣寺の横の参道がちょうど朝鮮中学の通学路になっているの。その通学路を下校してきた朝高生の彼女が長崎の学校の修学旅行生に囲まれて胸元にインクをつけられちゃったの。パーン!‥て。
天野:じゃあ実際に、ああいう(映画のような)ことがあったと。
井筒:はい。それですごいショックを受けてね。それで学校に言いにいったの。そしたら生徒仲間が騒ぎ出して、100人で下りてきて「やったやつは誰だ」って話になってバス倒しちゃうの。それで当時修学旅行生が泊まっていた旅館にまで押しかけて、謝罪を求めたりとそういう事件があったの。そのまんまですよ冒頭。
天野
:はー、本当に倒してるなーとは思ったんですけど、やっぱり!
井筒
:ははは、倒してますよ。相当倒れにくいんだけどね、クレーンとかいろんなもので補助しながら、やったんですよ。
天野
:商店街でも相当に派手なストリートファイトやってますよね。
井筒
:あれも、もう大変でねえ、けっこう。
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ヒロインの兄アリソンを先頭に激怒した朝高生が怒濤のように押し寄せる


天野:ギャラリーもいるじゃないですか。
井筒:だからギャラリーをわざと映画の中につくったんですよ。エキストラを200人ぐらい呼んで。だからあの周りの怖がってうずたかくなっているの皆エキストラですよ。それでもう囲んじゃったの。そしたら一般のまったく関係ない人は写らないでしょ。エキストラで野次馬を作ったの。当時の衣装に替えさして。ははは。でないとあんなの一日でとれないもの。
天野:え、どれくらいで撮ったんですか?
井筒:一日中ですよ。朝から夕方まで。
天野:キャメラは?
井筒
:キャメラは僕はいつも2キャメで撮りますから。メイン・キャメラと(手で場所を示して)こっちと。
天野
:実はボリュームも大きいし、どうやったのかなと思っていました。
井筒
:あれ大変でしたよ。あの喧嘩は一日やってたなあ。だいたい丸一日かかってますねえ。最後のクライマックスの決闘は、3昼夜かかってますねえ。秒数にしたら‥‥2分ぐらいのものなんですけど、あれは3日3晩やりましたね。昼間準備して夜撮影するというスタイルで、3日間。
天野:ファイトの動きというのは決めているんですか?
井筒:決めて。演出部全員で。うん。僕はもうキャメラの前のメインのやつらの動きを一緒になって考案して。ここのAグループはチーフ助監督、ここのBグループはセカンド助監督、奥は誰々‥‥って分担を決めて殺陣をつけて。でないとあんな30人とか70人の喧嘩なんてできないですよ。適当にやっとけって言ったら怪我人でちゃうから。それはきっちり、こうしてああしてっていう風に計算しないとできない。
天野
:大きな事故はなかったんですか?
井筒
:大きな事故はなかったけど、怪我人はしょっちゅうでてましたよ。鼻血を出したりとか。本当の鼻血を出してメーキャップいらないよみたいな人もいたしね。アゴ切って病院に運ばれた人もいたし。それは毎日、小傷は絶えなかったよ。10分か15分おきに喧嘩(シーン)がやってくるわけだからね。ボーリング場の喧嘩なんかはまるまる2日間かかってますわ。あれはもう凄かったですよ。ボーリング場ぜんぶ借り切って、エキストラ100人以上呼んで、ボーリングさして。全方向写ってしまうわけやから。

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井筒監督は身振り手振り交えながら感情を込めて話す方だ
ひたすら話に引き込まれている天野の横顔=芸がない


天野:ボーリングのタマが重そうですよね。実際にやられたんですか?

井筒
:やった。ピンとか、大変でしたよ、あれは。まあ仕掛けもいろいろあって。ナックルパンチも、腕のダミーとか特殊撮影で作ったり。足蹴りが顔に飛んでくる時とかは片足つくってやるしかしょうがないから。実際に当たらないと意味がない。それは僕らは『岸和田少年愚連隊』の時にやっていて、ハウツーは残しているから。
天野
:京都は2回しかいったことはなく詳しく知りませんが、ロケーションは68年の当時のようなところがあるんでしょうか。
井筒
:CGはちょっとですよ。町並みは探しまくって選んだんですけどね、残ってますよ。京都って古いものも新しいものも共存しているところだから、探したらなんぼでもある。30年、40年全然変わってない。よく見ると自動販売機がなかったりね、電柱のさまが変わってたりね。材質がサッシとかそういうものには変わってる。それは美術部さんが全部なおして。古臭い映画にしたくないからね。お客さんノスタルジックな映画にはついて来ないから。京都はやりやすいよ、狭いしね。でもロケーション探すのはけっこう時間はかかりましたね。商店街なんか縦位置で見通してしまっているものね。新しいもの全部撤収して、古いもの並べてね、しないとばれるやん。ははは。
天野
:準備期間はどれくらい?
井筒
:けっこうかかってんちゃうかね、2ヶ月くらいかかっているかね。先遣隊が入ってから、2ヶ月以上かかってるでしょう。
天野:撮影期間は?
井筒:70日ぐらいですね。僕ら乗り込み入れると約3ヶ月いましたね。それと東九条の朝鮮部落のところでロケしてるから、そこに住んでいるおばちゃんとか、馴染まないとやっぱり撮らしてくれないんですよね。でも協力随分してくれてね。京都市にセットたててはならないと言われていたのを、反対してもらってね。京都市はもうオープンセットを組むなと。ここは再開発地区だから、映画で使うこともセットを作ることもままならないと言い出したの。したらそこのおばちゃんたちが「何ごとや」「なんでしたらあかんねん」っていってね。抗議行動を助けてもらったんだよね。で、真ん中にホルモン焼きのセットとか作ったんですよ。ぼろ屋を全部改造して本当の焼肉屋になるように作ったんですよ。だからやりやすかったよ。実際のところに実際のものを作っているんだから。町並みと馴染むようにね。ありゃもう東京のスタジオではできないですよ。地元行かないと。ウソっぽいもん、やっぱり。
日笠
:空気感が違うもんね。
井筒:うんうん、違うもんまったく。空気がまるで違う。だから東九条のゼロ番地にね、ホルモン屋のセットを建てて、いろんなものを持ち込んで、地元のおばちゃんたちと融合して。おばちゃんたちも自分達の町の映画なんだと自覚してくれてたからね。だからどんなことでも協力してくれて。そこのメニューの貼り方が違うとかさ、こういう風に書き直したほうがいいよとか教えてくれたりね。すごい楽しかったですよ。
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公衆電話を襲い片っ端から小銭をかき集めるチェドキとアンソン

天野:役者さんたちも、とっても自然に演技されていました。自然になるまで、テイクを重ねるんですか?
井筒:テイクは重ねなかったなあ。フィルムは随分回ってますけどね。喧嘩とかそういうのを含めると。普段よりもたくさんかかってますよ。10倍以上。
天野
:10倍!?
井筒:うん!
天野:全場面で2キャメで捉えたのですか? 喧嘩シーンじゃない普通の場面でも。
井筒
:そうそう、すべて。3キャメラになった時もあったしね。大変ですよ、撮影は。京都のまん中あたりかな。御池通りの四条、三条のあたりで町屋を借りて、間口が狭い、庭つきの町屋ってあるんですよ。そこで合宿してたの。録音部は2階とか、照明部は奥とか。役者は、安い旅館に閉じこめて馴染ませて。主人公はまた分けて、朝鮮側は朝鮮側、日本側は日本側と分けたりしてね。馴れ合うとお芝居も変わっちゃうしね。
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美しいヒロイン、キョンジャのチマチョゴリ姿


天野:キャスティングはどのように?

井筒
:ほとんどオーディション。アイドルを使う気はなかったからね。アイドルを使うとリアリズムにならないからね。オダギリジョー君ぐらいだね。オーディションで若い子をけっこう見たな。300人ぐらい見た。絞って7、8人を選んだ。
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アリソンに思いを寄せている桃子。身ごもっていることを打ち明けられない


天野:シナリオは監督も連名になっていますが一緒に書かれるのですか、例えば合宿とかして。

井筒
:そうよ。『ゲロッパ!』と同じ。『ゲロッパ!』も羽原ちゃん(羽原大介)だから。
天野
:シナリオの執筆ってどのくらいの期間で?
井筒:そんなにかからないですよ。一月あればできるんじゃない? 合宿とはいかないけど、渋谷でマンションとか借りたりして、ホテル入ったりとか。飽きるじゃない一つの所にいると。もともと準備稿というものを羽原ちゃんに書いてもらっておいて、俺らが入って1からダーッと。
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主人公の康介はキョンジャに会いに行き「イムジン河」を演奏することになる


天野:最後に、私が気になってるシーンのことを。主人公が川を渡ってヒロインに会いに行き「私たちがもしうまく行ったら、あなた朝鮮人になれる?」ということを言います。その時、主人公の顔にカットが切り替わったら、すぐにFOします。あれはもっと長く見せるという方法もあったと思いますが、なぜに早く?

井筒
:見せんでも分かるやん、想像できるやん。心象風景やから。そんな顔みたくないやん。FOも一つの演技だから、わざと隠しているわけ。隠しているから印象に残るわけ。ずっと見せていたら気がいかないの。わざと隠されるから、俺やったらどんな顔するかなとか、そういうものですよね。FOの演技ですよ。長く見せたらいいというもんじゃないんですよ、だから消しちゃったの。どう思ったのかなと自分に返ってくるでしょ? あれ以上、写したら何か言わなくちゃいけない。現場ではアドリブで何か言ってるけれども、それはもう聞こえなくてもいい。「あ‥」とか「う‥」とか。でもそれは関係ないから消した。四季にわたる物語だからFOが4回ぐらい入るんですよね。初夏と、初夏の終わりと、夏口と、秋の初めみたいなね。それでFOで一年たらず、みたいな。
天野:『パッチギ!』公開は2005年の1月22日とのことですが、次回作の構想なんかは?
井筒
:(ニヤニヤして)ない。
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《インタビューが終わるか否かで立ち上がり、その後もまだスケジュールがビッシリ詰まっていたという井筒監督。会うまでは、ちょっぴりおっかない印象を持っていたのだが、暖かく優しい方なのであった。ちょっと悪そうに見えて男らしく、でも優しくてきめ細やかに気遣ってくれる‥‥たぶん多くの女性ファンはそんなところに痺れちゃうんだろうなあと想像できてしまった。
 私事であるが、井筒監督と言えば『みゆき』が印象深い。ちょうど高校時代で8㎜を撮ったりしていた頃だったので、特別に思い入れていた監督の一人だ。井筒監督の映画にある魅力。それは若さであったり、エネルギーであったり、今回の『パッチギ!』でも圧倒された底力。そんな魅力に私は確実に影響を受けていると思う。
 お忙しい中、時間を割いて下さった井筒監督に感謝したい。天野》
■12月3日 於:半蔵門駅近くのラジオ収録スタジオにて。
■写真提供/取材協力:シネカノン