特集

日本映画監督協会 会員名鑑

作品インタビュー

隠し剣 鬼の爪

山田 洋次監督インタビュー
秋公開の『隠し剣 鬼の爪』について聞く


(聞き手:林 海象、DV撮影:工藤 雅典、採録:日笠 宣子)


〈「たそがれ清兵衛」に続いてまたまた時代劇に挑まれた山田 洋次さん。その時代劇に対する思いや新作「隠し剣 鬼の爪」についてのお話を、まだ編集の真っ最中だというのに協会事務局までお越し頂き聞かせていただいた。聞き手は夏号の編集長、林 海象。〉
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夏号編集長の林 海象が山田 洋次さんに熱く聞く

林 海象(以下、林):「たそがれ清兵衛」から2年ぶりですよね。まずお聞きしたいんですが「たそがれ・・.」って山田さんのはじめての時代劇じゃないですか?
山田 洋次(以下、山田):そうです。

-勝負球で決めた-


:内容のトーンは山田さんなんですけど、侍が出て来てですねぇ、形が違うものに挑まれた。で、ある意味で凄い勝負球ですよね。大体勝負球ってのは肩に力が入って外す場合が多いんですけど、一般のお客さんもいっぱい入って、映画的な評価も非常に高いものを作られた。勝負が出来るっていうお力、その時にちゃんとはめるというか、小さくなく、新しいものにチャレンジして見事に作品として昇華するというパワーには敬服しました。「たそがれ・・・」の時の挑まれ方はどういう感じだったんですか?
山田:いつだってそんな確信があって映画を作る訳じゃないんだけど・・。時代劇ってのはクライマックスで斬り合いになる訳でしょう?生きる死ぬ、そこで結着がついて物語が終わる、そんな映画を僕は一度も撮った事がないし常に魅力がありました。藤沢 周平さんの中で侍が登場する短編は必ず主人公はいろんな癖を持っているけれども実は剣の名手でクライマックスでは剣で勝負をつける、その辺があの人の作品を読む時の楽しさでもある。「たそがれ清兵衛」はその中の典型的な短編なんだけど、こんな映画ができないかなぁ、と思った訳です。それとまぁ、今までのいろんなチャンバラ映画に対する不満もあったけどね。
:どういう風な?
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山田 洋次「僕なりの侍の勝負についてのイメージを」

-時代劇のリアリズム-


山田:古風な殺陣が余りにも不自然というか。一人対十人、二十人という斬り合いが現在の僕たちの感覚から言って成り立つ訳がないだろうと思うの。いろんな時代劇の殺陣の場面をスローモーションで見てみると作為がまる見えなんですね。もう一つ迫真力が出ないのかなぁって事もよく考えていた。明治時代に書かれた江戸時代の侍などについての思い出話っていうか、そういう本が好きで子母沢 寛の小説やエッセーを良く読んでいたんだけど、墓場で侍の果たし合いを見た事がある、という人の書いたものがあってね、ほとんど半日かかって斬り合っていたって言うの。
:斬り合えなくて?
山田:睨み合っていて時々チャンチャンと刀を重ねる、するとどっちかが少し傷を受けて再び睨み合いになる。血がたらたら流れながら30分も1時間も経つ。侍の体面からして逃げる訳にいかない。やがて決心してまたチャンチャンとやる、また離れる。日暮れ時になって出血多量で片っ方がパタっと倒れ、それでまぁ勝負があったというそんな話を読んでね、なるほどな、一刃の下にスパァっと片がつくってものじゃないんじゃないか、と。そんな僕なりの侍の勝負についての永年抱いていたイメージもあったりして・・・。
:すごくリアルでしたよね。殺陣自体がリアルというよりも最後に攻め込んで来ますよね。で、一人だけ死んでますよね、蠅がたかってて。あれ、怖いですよね、凄く。沢山死んでいるのじゃなくてね。徹底的にあの浮浪人は顔をお見せになってないですよね。
山田:あぁ、田中 泯さんのことね。
:ある無記名というかあの役っていうのはあらゆる浪人ですよね。
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ディテールもちゃんと見せながら作ってみようと

-ディテールにこだわる-


山田:田中 泯は浪人じゃないんです、長い間浪々の身でようやくあそこに仕官したということになってます。日常のくらしの描写についても、時代劇だからって事で嘘がまかり通って来たような気がするんです。この人たちは毎日何を食べているのだろう、北国の零下何度の寒さの中であんな薄着で平気なのか、寝る時はどんな布団に寝ているのか、寝巻きに着替えるのか、歯は磨いていたのか、とか。生活のディテールについて検討した上で撮っているのだろうかと疑問は山ほど出てくる。しかし大名の生活は記録に残されているけど庶民、あるいは下級武士の生活などどこにも残ってない。だけど何とか資料をかき集めて、そこからいろいろ想像して・・・・。江戸の終りの方だったら僕の祖父は幕末に生まれている訳ですから何とか少年時代の記憶にある僕の祖父のイメージを想い出して見たりすることで、ようするに背のびをすればなんとか手が届く時代なんだと考えてね。セットを作る場合も下級武士の家の中を食器から鍋類から布団、着物などいちいち点検してみたんですね。何着ぐらい着物を持っていたのかなぁとか履物はどこにしまってあるのか、雪が降ったらどんな格好をしたのか、足ごしらえはどうしたのか、冬の蓑はどこにしまっておくのかを調べたり・・・。古い人の話を山形県に行って聞くとほとんど自給自足の生活だったって事が分ってくる、下級武士はね。
:ほとんど農民に近いですよね。
山田:そうそう・・・。現金で買うのは油とか薬とか極めて限られている。農民のように畑を耕し、味噌を作り醤油を作り、薪を切ってきて、家も自分で直してね・・・、そういう事をスタッフと一緒に想像しながら映画を作ったって事かなぁ。
:時代劇を見ながらいつ頭を洗ってたのかなぁとか僕も思ってたんですけど。
山田:だから月代なんかうんとこだわったんですよ。
:時々しか洗ってないってのが分りましたよね。やっぱりそんなに洗えないですよね、毎日毎日は。
山田:剃るのは自分で剃ってたのか奥さんに剃らしたのか。余程上手にやらないと石鹸も鏡もないのだから傷なんかつけたりしたんじゃないか、2~3日放っとけばすぐ生えてくるんじゃないかとか。
:山田さんはディテールは正しいんですけど、ただディテールだけをちゃんと正しく記録されていこうとは全然思われてないじゃないですか、いつも。宮沢りえの役ってのは嫁に行きかけているのにそれを引き止めて結婚するって本当はないですよね。あの辺は映画としてのロマンチシズムがありますよね。

-嘘を承知の観客に嘘と思わせない事が大事-


山田:物語というのはそういうものであって、例えば寅さんが家族と喧嘩をしてもう二度と戻って来ねえぞ、と叫んでパッと飛び出して行く、でもね、パッと飛び出す為にはちゃんと上着と帽子と鞄がその辺になければいけない訳でしょ?鞄に荷物を入れて着替えして帽子を二階に行って持って来て、みたいな事じゃ出て行けない。その為には何気なくパッパッって取れるように配置しなければいけないし、また出て行く寅さんを懸命になだめたり止めようとする"さくら"であるとか"おばちゃん"であるとかの芝居がきちんとディテールが押さえられていなければいけない、ディテールがちゃんとする事によってはじめて出て行くって言って30秒後には飛び出して行くという風な日常的にはまったくあり得ない飛躍を観客が楽しく納得しちゃうっていうかなぁ。だからあんな事はあり得ないよ、嘘だよとつまらない映画の事を観客は言うけれども、もともと嘘だって事を承知でみんな観ている訳でしょ?シナリオがあって俳優がセリフを言ってる訳だから嘘だっていう事を承知していて尚且つそれが上手くいかない場合に嘘だって批判する訳でしょ?僕たちの仕事はつまり観客に嘘だって事を思わせない事が大事で、しかもストーリーが目一杯飛躍したり人間がぱぁっと空に飛び上がっていくという超現実的イメージまでやりたい訳ですよね。

-「たそがれ」から「隠し剣」へ-


:次に山田さん「隠し剣 鬼の爪」ですけど、「たそがれ清兵衛」が大成功を収められて次にやるものって凄くお考えになると思うんですね、逆に。どういう経緯でもう一度藤沢 周平をやってみようと思われたんですか?
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京都松竹撮影所のセット撮影での山田監督

山田:初号試写が終わった時にあぁもう一度時代劇を作りたいなと思いました。何だろうなぁ。はじめて時代劇を撮ってそれなりの手ごたえがあった事が一つと、苦しんだり悩んだりして折角これだけ学んだんだからこれで終いにするのはもったいない、もう一回時代劇をやりたいという事もあったんじゃないかしら。
:原作は「隠し剣 鬼の爪」と「雪明かり」ですよね。藤沢さんの作品はいっぱいありますがその中でこの二本だと思われたのは?
山田:う~ん。理由はいっぱいあるけどねぇ、藤沢作品には江戸の町人ものでいいものが沢山あっても映画にするだけの大きな骨格をもった小説は案外ないものですよ。だから、侍ものをやろうって思ってあらためていろいろ読んでみたけど難しくてね、帯に短し襷に長しで苦しみました、半年ぐらい。それで最終的にこの「隠し剣 鬼の爪」プラス「雪明かり」で構成が出来るわけで、「清兵衛」の時も同じです。やっぱり半年かけてあぁでもないこうでもないと苦しんで、ようやく3つの物語が重なりあって、あんな脚本(ほん)になったんですけどね。
:今回は脚本をお書きになっていた期間はどれぐらいあったんですか?
山田:これかあれかで迷って投げ出して、しばらく休んでまた相談してみたりって事が半年ぐらいで、残りの4ヶ月か5ヶ月が実際に執筆した期間でしょうかねぇ。
:撮影期間は「清兵衛」と同じぐらいですか?
山田:いや、少し長かったです。3ヶ月。
:もちろん話の内容は違いますけど時代劇をもう一度撮られましたよね。今回は懐かしい所に帰ってきたなという感じなのか、それともここでもう一発違うものを見せようと思われたのか?

-映画はチームワーク-


山田:4年前に松竹大船撮影所がなくなったでしょ?僕は学校を出てすぐに大船撮影所に入って、ずーっと40何年最後まで在籍したという監督の経歴としてはかなり特殊なんです。だから撮影所がなくなった時にはこれからどうしたら良いのだろうって気がしたもんですよ。太秦の京都松竹撮影所は松竹の子会社でもあるから親しみもあるし、スタッフも僕を知っているからそこで時代劇を撮るってことは僕にとって第二の撮影所だった訳ですね。勿論はじめてのスタッフも沢山いたけれど仲が良くなって気心が知れて、僕のやり方を掴んでくれたのにこれでお終いというのは勿体ないという気持もあったんです。折角チームを作ったのにね、だから今度の仕事も同じチームでやりました。映画ってのはチームワークだからねぇ。
:長沼 六男さん(カメラマン)と以前も沢山やられてますけど、先日も現場を見せていただいたんですが、チームワークというか完全に信頼なさっているというか、山田さんがもちろん指示なさっているんでしょうけど六さんが作っているみたいなところも可成りありますよね。
山田:大体そうですね。僕は「寅さん」は高羽(哲男)さんという人を信頼していて「どうやって撮るかねぇ」と相談する、じゃあこうしたらどうだなんてだいたい彼がリーダーシップをとってくれました。スタッフを掌握するのはカメラマン、お店で言えばおかみさんみたいな地位に居る訳だからカメラマンが一番大事。予定を立てるのにこのシーンは大体これぐらいかかるとか、いやもう一日かけるとか、そういう判断もカメラマンの方が確か。映画はカメラマン次第だと僕はいつも思ってます。
:照明の中岡(源権)さんも六さんとはかなり古いんですか?
山田:いや、これが二本目。でもライティングを任せるのは六さんのスタイルね。あまり細かく指示はしない、彼は。基本的な照明プランの打ち合わせをしたら後はだいたい任せっきりという・・・。
:もの凄く昔の活動屋さんのような方ですよね、照明の頭領は。
山田:最後の活動屋だな、中岡さんは。
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林 海象「匂いがある現場でしたね」


:活動屋っていうか匂いがある現場でしたね。時々怒ってますよね。良い感じで怒ってますよねぇ。
山田:もうみんな慣れっこだから驚かないねぇ。今では怒鳴らないと物足りないようになったけど最初はびっくりしましたよ。僕は仕事の現場で怒鳴る事はしないことにしてるんだけどもあの人が突然大きな声で怒鳴ったので、驚いて「たそがれ」の時に「中岡さん、あまり大きな声で怒鳴るのは困ります」ってやめてもらった事があるんですよ。でも良く見ていると別に誰も驚いてないのよね。まぁスタッフはみんな自分の息子とか孫みたいな歳でしょ?可愛くて怒ってるんですよね。

-山田映画のロマンチシズム-


:ないと寂しいぐらいのものですよね、皆にとって。「隠し剣」で僕が非常に興味を持ったのは侍を辞めてしまいますよね、恋だけじゃないんですけど大きな意味では恋のために。女の子と結婚する、一緒に行く為には侍すらも辞めてしまう。これもある意味あの身分だしその時代的にはあったかも知れませんが、非常にドラマチックというかリアリティというよりロマンチシズムの話ですよね。
山田:時代は大きく変わろうとしている、もはや剣の時代ではなくなっている事も良く理解できてる、彼自身。主人公の永瀬君は人を二人も殺した。テロリストみたいな事もやった訳でしょ?彼はすっかり嫌になったんじゃないのかなぁ。血で汚れてしまった、自分の手が。もう二度と人を斬るのは嫌だ、侍を辞め一生十字架を背負って生きて行こう。と同時に侍を辞めれば自分が町人になって何年も前から愛していた女中のきえと一緒になれるんだという、そんなラストシーンを付け加えたんですね。プロポーズする場面は原作にある。でも俺は侍を辞めるとは言ってないですけど。人を殺す為の訓練なんかもう嫌だと最後に言わせたかったのね、ぼくの場合は。
:山田さんが何本か組み合わせた時に上手くいくっていうか映画になるっていうのはそういうところだと思うんですよね。片一方だけではうまくいかない、ただ上の圧力で人を殺して逃げて行くだけだと。で片一方の恋愛だけで「侍を辞めて俺はお前と逃げて行くぞ」って言ってもドラマにならない。二つが重なって何か解放に向かいますよね。逆に言うと自由ですよね、一番最後は。「たそがれ」もそうですけど。
山田:美しい言葉で言えば彼は自由になった、封建的な管理から逃れて自由になったと言っても良いんですけどね。

-俳優について-


:永瀬君とは僕は古い友人なんですけど、今回彼を主役にしようと思われたのは何故ですか?
山田:もともと好きな俳優だったし、北国の小藩の物語でしょ?地方出身というローカリティみたいなものがほしかった。純粋に都会育ちの例えば渥美 清みたいな人は地方の人間にはなれないんだよね。永瀬君は顔だちの綺麗な美男子ではあるけども、宮崎県で高校時代まで過ごしていた地方出身者の匂いみたいなのがあってこの物語の主人公とうまくつながっているんじゃないかと思った。
:土みたいな匂いですよね。時々本人も消そう消そうとしている匂いですよね。消さなくて良かったって僕は思ったんですけど。(笑い)
山田:そう言えばそうだな、いくら消そうとしてもねぇ。
:永瀬君もこの間現場でお会いした時にさっき山田さんがおっしゃてたみたいに月代を自分で切っちゃって。僕は誰かがいつかやるんじゃないかと思ってたんですけど本当になかなか誰も今までやる人が居なかったですよね。
山田:それは居なかった、真田君もそれはやらなかった。
:それで、やっぱり永瀬はやるんだな、と。まさに永瀬はやりそうなんですよ。好きなんですよ、きっとね。凄い嬉しそうに見せてましたから。
山田:大変な事ですよ、頭のてっぺんを剃るなんて。生えるまで半年やそこらはかかるでしょうから。しばらく丸坊主でいるしかない。だけどカツラをつけて芝居をするっていうのは俳優にとっては大変な事だな。
:今回緒形拳さんともはじめてやられたんですよね。
山田:そうそう。
:緒形さんっていかがでしたか?
山田:本当に白紙の状態で臨んでくれたという気がしますよ。俳優によってはいろいろ工夫をこらして登場して、その工夫がとても迷惑で困る場合があるのだけども、緒形拳さんは最初からそういう飾りを捨てて生地のまんま出て来てくれたような感じだった。だからとても仕事がし易かったし、彼も満足してくれたんじゃないかなぁ。
:むかし緒形さんがやっていた仕掛人シリーズって隠し剣ですよね。今回はやられる方ですが偶然ですよね。そんなものは全然考えてないですよね。

山田
:あの役はもともと中村 富十郎さんにやってもらうつもりだったの。緒形 拳さんにはそれを正直に言った。今頃になって交渉するのは実は理由があって富十郎さんの予定だったのが彼が身体をこわして出られなくなったので言わばピンチヒッターのようにしてあなたにお願いする事を了承していただきたい、それでもよろしければやっていただきたいって言ったんですよね。富十郎さんのような魅力を私が出せるとは思えないけれどもと言って彼は気持良く引き受けてくれたんだけど・・・。とても良かったなぁ。
:観る側にとっては凄い楽しみですよね。山田 洋次さんと緒形 拳さんが今までやってないっていうのも不思議なんですけど。
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-上手さの限界-


山田:小澤(征悦)君が出てるでしょう?小澤くんは緒形さんを非常に尊敬している訳ね。前にテレビで一緒に仕事をした事があって、その時に「小澤君の良いところは下手なところだ」って言われたらしいですね。僕はとてもその言葉が好きですね。だから僕は「緒形 拳って人はもしかしたら上手い人かもしれないよ」って言ったの。自分が上手い役者だって事を知ってて、上手い役者の限界を知っている人だからその言葉は値打があるんじゃないかな?僕が松竹の助監督でいた頃、吉村 公三郎さんが言った言葉として伝説的に伝わっているいくつかの台詞のひとつに「俺は上手いからダメなんだ」っていう言葉があるの。吉村さんは技巧的な映画を作った人なんだけど、僕はどういう意味なのか分らなかったんですよ。上手いからダメだってのはどういう事なのか。その時から20年も30年も考え続けている事でもあるんですけどね。映画や演劇の世界だけじゃなくっていろんな芸術の世界、スポーツの世界にも言える事じゃないのかな、上手い人には限界があるという事。
:緒形さんは結構そのエリアを捨ててるみたいなところ、わざと壊しているみたいなところがあるように見えますけどね。
山田:そうねぇ、わざとねぇ。俳優でいえば笠 智衆には誰も適わないと思う訳じゃない?下手っていえば下手な人なんですけどね。でも監督の上手いってのが僕は長い間分らなかった。上手い監督になりたいとは思ってますが、だけど上手くなったからダメだっていうのは一体なんなんだって思って。
:今は何となくお分りになる訳ですよね。
山田:まぁ何となくね。はっはっはっ。
:僕なんか全然分らない。何となくわかりますけど上手くもなってないから(笑い)まず上手くならないといけないですよねぇ。
山田:アメリカの俳優でいえばロバート・デ・ニーロだとかジャック・ニコルソンなんてすごく上手いと思うでしょ。でも何となく分るじゃないですか、その限界が。あの人たち自身だって分ってると思うんだけど。
:それとカンベちゃん(神戸 浩)みたいな話ですよね。カンベちゃんは上手いとか下手とかを越えてカンベちゃんじゃないですか。
山田:(笑い)そう、存在そのものが値うち。君は居るだけで良いよってよくいうんだけど。
:あの領域には誰もいけないですからね。緒形さんもいけないですよね、あそこまでは。
山田:いけない。あそこにはいけない。でもカンベちゃんは時々芝居をするからね。(大笑い)するなとは言えないし。
:山田さんって現場で見てると時々俳優さんがすごい芝居をし始めると直されてますよね。
山田:わっはっはっはっ。
:一回僕が見てた時、ある方に山田さんがおっしゃってるのを成る程なぁって思って聞いたんですけど。「君ねぇ、この人にとって人生の内の一瞬なんだよ、その一瞬の時にそんな大袈裟な事をしますか?」っておっしゃってて、僕はそれをずっと記憶に入れておこうと思って。その通りだなぁみたいな。
山田:清水 宏監督の言葉だったと思うんだけど、いろんな俳優に役を説明する時にある脇役の女優さんが「先生、私はどんな気持で?」って聞いたら「気持なし」って言ったっていう有名な話があって、人間は大体一日の内のほとんどは気持なしで歩いたりお茶を飲んだりおしっこをしたりしている訳じゃないですか。そんなのいちいち気持なんか入れるのは邪魔だということね。しかし実は俳優にとっちゃ一番難しいんだ、気持なしで居るだけっていうのはね。笠 智衆さんみたいな人はそれができるのね、居るだけっていうのが。森繁(久弥)さんがそう言ってたな、笠さんと私とは役者としての格が違いますって。

-作品の手応え-


:公開は10月の終りですね。まだ今は仕上げの最中ですね。楽しみです。 この後もう1本撮るんですか、時代劇を。
山田:いやいやそんな事はない、そんな事はない。今この編集で頭がいっぱいで。
:すみません、次ぎが楽しみなんですけど。昔、「宮本武蔵」を企画されてましたよね。今の山田さんが「宮本武蔵」を撮ったらどうなるかってのは個人的には凄い興味があるんですけど。
山田:そうなんですよ。脚本まで書いたのにねぇ。
工藤:まだ編集中ですが作品の手応えを感じるっていうのはありますか?
山田:そういうものってなかなか感じないものですね。分らない。何時だってそうですよ、「寅さん」だって第一作の完成試写を観た時はホラつながってないんじゃないかって不安があるでしょ?なんだこれ、何も分らないやこの映画っていう不安。第一全然どこも可笑しくない。まぁそんなこと死ぬまで(死ぬまで映画を撮る訳じゃないけれど)、分らない事じゃないですかね。だから今のところ手応えはあるって言われればあぁそうかなって思ったり、ちょっと力が弱いんじゃないかと言われればなるほどと思ったりというようなまことに不安な状態です。結局は封切ってみなければ分らない。自分でお金を払って観に来る人がどんな反応を示してくれるのか、そこで初めて答えが出るのじゃないのかなぁ。
:山田さんでも分らないんですねぇ。分らないですよね、本当に。
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作り手の不安や緊張感が作品の緊迫感になっていく

山田:作り手のそういった不安や緊張感が結局作品の緊迫感になっていく訳。これでいいかなぁ、もうちょっと手を入れたいなぁ、あれおかしいなぁ、失敗したんじゃないかなぁと思い続けますよ、最後の最後まで。
:このタイトルって一番山田さんっぽくないタイトルですよね。
山田:会社的にはまず圧倒的に「雪明かり」だったの。宣伝部もぜひ「雪明かり」にしてくれって。「雪明かり」で松たか子のクローズアップに少し寂し気な永瀬君が居るそんなポスターも作ったんですけどね、何だかそういう映画じゃない。僕もベストのタイトルだとは思ってませんけども、こっちの方が近いと思ったな。かなり苦労しました、このタイトル決める迄はね。
:でも楽しみですよね、逆に。このタイトルで山田さんがやるっていうから。最初思いましたよ、本当に。「隠し剣 鬼の爪」?でまぁ現場に行ってね、隠し剣は勿論出るんですけど何か他のものを隠しているんだなって。実は隠されている訳ですよね、この脚本(ホン)ってのは。あぁそういう事かって。何かこっちの方が当たりそうですけどね、山田さんがやるから。山田さんじゃなければ意外性がないかも知れない、「雪明かり」の方が美しいけど。
山田:でも「雪明かり」じゃ、如何にもってなっちゃいますねぇ。
〈『隠し剣 鬼の爪』の公開は10月です。公式サイトhttp://www.kakushiken.jp/
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