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作品インタビュー

またの日の知華

『またの日の知華』インタビュー原 一男監督


(聞き手:浜野 佐知/構成:浜野 佐知・今岡 信治/サポート:今岡 信治)

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初めての劇映画の現場を楽しむ原 一男監督

原 一男
45・6・8生  山口県
69東京綜合写真専門学校中退。72小林佐智子と共に疾走プロダクション設立。72「さようならCP」で監督。
(映)74「極私的エロス・恋歌1974」(トノン・レバン国際独立映画祭グランプリ)。87「ゆきゆきて、神軍」(日本映画監督協会新人賞、ベルリン映画祭カリガリ賞etc.)。94「全身小説家」(キネマ旬報ベストワン、同監督賞etc.)。
「またの日の知華」ホームページ http://www.shisso.com/chika/

これまで過激なドキュメンタリーを撮り続けてきた原 一男監督が初めてドラマに挑戦した。監督がこだわり続ける70年代を舞台に、独りの女性を四人の女優が演じるという。
「我々が目指すものは、正真正銘のエンターテナーである」と言う原監督に新作への熱い想いを語っていただいた。

浜野「原 一男監督と言えば、私たちにとってみれば日本を代表するドキュメンタリストだと思うのですが、なぜまた今回初めて劇映画を撮ろうと思われたのですか?」


「『ゆきゆきて、神軍』をやってる頃から何となく劇映画をやってみたいなって思ってたんですよ。『全身小説家』の頃にさらにその思いが強くなって、それが今回実現したというだけで、そんなに因果関係はないだろうという気がします。しかしですね、全く逆のことを言うようですが、ドキュメンタリーをやってると、ドキュメンタリーをやっているからこそ劇映画をやってみたくなる、という因果関係あるんですね。非常に屁理屈っぽい言い方ですけど、僕らのドキュメンタリーの作り方って割とフィクションを意識して作ってるところがあるので、じゃあ言うところの劇映画、つまりフィクションをやってみようじゃない。そういう気持ちがすこしづつ高じていったんでしょうね。」

 

浜野「そうしますと監督の中でドキュメンタリーとフィクションの方法論というのも全然違うものですか」


「ドキュメンタリーの方法論を劇映画に持ち込む、というような発想はきれいさっぱり捨てようと思ったんです。ドキュメンタリーは長くやってきました。わずか4本ですけど、ドキュメンタリーの自分なりの方法論が一巡したという実感があるんですよ。で今度方法を変えなきゃいけないというような自分の中の課題があって、で劇映画をやってみよう、映画というものの初心に帰ってやってみようと思ったんですね。」

 

浜野「それぞれの方法論について教えて頂けますか


「ドキュメンタリーの場合、僕らは割とその主人公の日常を丹念に積み上げて何かを描くというようなタイプではなくて、じゃあこれからカメラを回そう、あんた何やりたいの、僕らはあんたにこういう事をしてほしい、ということを時間をかけて話すんですね。それはまさに両者が何をやりたい、何をやってほしい、何のためにやるの、つまり、理屈っぽくいうと、自由のため、自由に向かって何をやるんだろう、ということを練っていきます。そこで、自己解放に向けて演じていくという、ファクターが入ってくるんですね。自由にむかって演じていくという作り方、演じていくということが、つまりは虚構なんだよ、ということを割と自覚的に意識的に、作り方として採用していく、ということだと思います。」

 

浜野「今、虚構とおっしゃいましたが、撮る側と撮られる側が心の奥で握手する一瞬というのはあるものでしょうか?」


「あります。他者ですから撮る側と撮られる側が深いところでもって火花を散らすというふうに必ずなっていきます。がっぷり四つに組んでこそ、観客に伝わる感動が映像の中に定着出来るんですね。観客が作品に求める度合いは、過酷というか、並たいていのことじゃ納得しないというか、体張って、命かけないと観客に負けちゃうんですね。具体的に言うと、作品に毒を込めるとか、モラルをブッ壊すとか、ある種殺気というような、あるいは狂気というようなものをね、作品に込めてみせる。見る側にケンカ売るわけだから、毒気を込めて見せようじゃん。でないとやったって面白くない(笑)。」

 

浜野「劇映画で監督が狙ったものは何だったんですか?」


「それはですね、本当にオーソドックスにやってみたかったんですね。昔、浦山 桐郎監督の助監督を一本だけやったんですよ。その時に浦山監督に言われた言葉というのがあって、オーソドックスというのは基本なんだよって言われたんですね。その言葉がずっとひっかかっていて、今も残ってるんですよ。だから、奇をてらう必要はない、という意識がどっかで働いてたんだろうと思うんですね。劇映画をやるときは、とにかく素直でいい、謙虚でいい。ただ発想があんまり素直じゃないですよね、1人の女を4人の女優でやる。その一点素直じゃないっていうのがあるんで、後はストレートで素直でいいって決めたんですよね。」

 

浜野「1人の主人公の29歳から37歳までを4人の女優さんを使って描くという、その発想はどういうところから生まれたんですか?」


「いきさつを追っていきますと、小林(佐智子/プロデューサー・シナリオライター)が元々シナリオをやりたくて東京に出てきたんですね。でまあ僕と知り合ってドキュメンタリーをやることになって、でもいつか劇映画をやろうってずっと彼女とそういう話をしていて、彼女はシナリオの勉強をしていたんですね。そのときに彼女がいくつか取り組んだ題材の中の一つにある事件があって、それをモデルに書いてたんですよ。週刊誌ネタで、美人体育女教師転落の物語とか三面記事風のネタなんですが、それを70年代的な女の生き方っていう風な物語に移し替えてね。事件そのものをリアルに再現するという発想じゃなくて、もう一度自分たちの時代を検証し直すというようなことを悪戦苦闘しながら書いてたんですね。1人の女を巡って3人か4人の男が変わっていくというのを聞いていたものですから、本当にある日ふっと思ったんですね、それぞれの男から1人の女をみたら、たぶん違って見えるよなあ。だったらそれぞれの男から見たヒロインということで別に1人の女優がやらなくてもいいんじゃないか、という風に思いついたんですね。そこがスタートですかね。思いついたときは、こんなことを思いつく俺は天才だ、なんて一瞬思いましたけどね。ほとんどの人があんまり面白がってくれませんでしたね。そんなバカなことはないって(笑)。
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第四の知華、桃井 かおりさんと日本海の孤島"飛島"での撮影風景

少し時期はずれるんですが、黒木 和雄監督とパリで一緒になった事があるんですよ。で、二人でセーヌのほとりを歩きながら、今度初めて劇映画やることになったんですよって、知華の話しをしたんですよ。そしたら、こっぴどく叱られたっていうか、原君は間違ってます。そういう発想はドキュメンタリストがよく陥る罠なんです、落とし穴なんですって言われてね。つまり、何の脈絡もなく主人公が代わる、映画っていうのはそういうもんじゃない、と。女優の肉体というものは相当の強さを持って観客に伝わってくる。それが変わると、観客はとてもじゃないが感情移入できないよ、そんな発想は間違ってる、と非常にこけにされまして。そのときは私も、そうかと思って落ち込んだんですけど一晩寝て、まあいいじゃんって(笑)。つまり問題意識的に言うと、男が女を見る。ドキュメンタリーをやってるせいなんでしょうけど、見るという、そう言う意識に自分が惹かれていたという感じはありますよ。だから、目線を意識した撮り方をすればいい、どういう風にすれば、見るって事を意識させるような画面が出来るのか、あるいはドラマが成立するのか、って事を一生懸命考えていたような気がします。」
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インタビューで、「またの日の知華」への想いを語る原監督

 

浜野「4人の知華ですが、第一の知華は結婚して子供を産んで、男側から見た女の幸せを生きる知華、第二は性の欲望に生きる知華、第三は母性、そして、第四の知華でその全てを持つ桃井かおりさんを殺してしまったというのはどういう意図なんでしょうか?」


「僕らの実感としてはですね、やっぱり自由って、言葉面で自由って簡単なんですけど、本物の自由であればあるほど、生きられるはずがないじゃんっていう感じがあるんですね。のうのうと生きられるって事はどっかでごまかしてるから生きられるんであって、本当に自由であったら、この世は生きていけるはずがないと。だから、これは当然殺されないといけない。自由であればあるほど、死ぬべくして死んでいく。けっして死を悲劇としてとらえない。死もまた自由であることの選択肢の一つ、という風には思っていたんです」

 

浜野「実話なんですよね?」


「実話を再現するっていう発想では全くなかった。どちらかというと出来上がったものは自画像というような要素が非常に強いだろうと思います。小林の自画像であり私の自画像であって、あのエピソードのあの部分は俺だよ、あの部分は小林だよ、っていうような。だから実話をベースにしていますけど、ほとんど内容は違います。」

 

浜野「女性のシナリオを男の監督が描くことに葛藤というか戦いはなかったですか(笑)?」


「男から女を見る、という事にこだわってたんですが、小林は、男が女を見るって言うけど、女もまた男を見てるんだよね、って(笑)。そこでズレが生じてきた。女が書いたシナリオを男が監督する。それはズレがあると。しかし、そのズレはズレのままでかまわないじゃないか、まさにそのズレをそのまま映像にしていけばいいじゃないの、という風に考えたんです。」

浜野「監督自身の70年代へのこだわりというのは? なぜあの時代に生きた女性を描かれたのか、なぜあの時代でなければならなかったのでしょうか?」


「いくつかあるんですが、劇映画というものを1からやってみようとして、やっぱり70年代がぴったりくるって言うんでしょうか。もう一つはさっき言ったように、自画像でもあるという意識があったんで、当然70年代ですよね。僕らの青春というのは70年代だったと。つまり自分たちが生きてきたっていうのをもう一回総括したいと思ったんでしょう。70年代的な発想で、未だに生き延びている。日々そういう感じしますもんね。だから逃れられないんじゃないですかね。今自分たちがこの時代の若者を描くなんて、とてもとてもそんなことできやしない。今回の知華はですね、劇映画版『極私的エロス・恋歌1974』だと自分達では思っているんですよ。」

 

浜野「劇映画を撮られてどうでしたか?」


「いやあ、難しいワイ、としみじみ思いましたね(笑)。素直に謙虚に皆の意見を聞いて、ってほんとに僕はそう思ったんですよ。でも、もっとエゴイスティックにならないとダメなんですね。思うようにいかないってことを覚悟の上で格闘するってことですかね。ドキュメンタリーって小さい自分が相手にドーンとぶつかっていって、そこで衝突するエネルギーをフィルムに映しこむみたいな作業でしょ。ドラマでもそういうくせが出ちゃうんですね、それがうまくいかなかった。監督だけが全てをコントロールして支配する必要はないと思ってたんですが、監督は監督をキチンと演じないとあかんのですねえ(笑)。」
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原監督からの未来の映画監督たちへの熱いメッセージ

 

浜野「最後に、これから未来の映画監督になりたい若者たちに監督から一言メッセージをお願いします」


「今映画学校で先生やってるんですけど、映画っていう仕事はどっかむちゃくちゃクレイジーにならないと、なかなか面白い映画なんてそう簡単には出来ませんよね。だけど今、時代的に引きこもりの子とか、ちょっと精神のヤワな子っていっぱいいるじゃないですか。それをエネルギーに転換する術みたいなものをガキの頃から鍛えられてないし、教わっていないもんだから、みんなそこで止まっちゃう。せっかく映画なんてものは面白いんだし、クレイジーになっていい場所なんだから、思い切ってやんなよっていうようなことをいつも言ってるんですね。自分らがそうしてやってきたからというようなことではなくて、時代を超えて映画なんてそういう作業なんだからさ、と思うんです。ましてや、今、作品の質さえよければ世界へ、ワールドワイドに打って出れるチャンスが転がってるわけだからね。こんな面白い仕事はないだろうって思うんですけどね。食えないですけど、食わなくったっていいじゃない、という覚悟さえあれば、本当に作品さえ面白ければ、あちこち世界回れるよ。面白い作品、みんな作れよなって思いますね。」

 

□インタビュー 3月5日(疾走プロダクションにて)
□広報委員:浜野 佐知(聞き手・構成) 今岡 信治(構成・カメラ・DV取材)