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日本映画監督協会 会員名鑑

作品インタビュー

バトルロワイアルII

世界はテロルの時代に突入!br.jpg

 
前作の主人公、七原秋也は、反BR法組織〈ワイルドセブン〉のリーダー。現在、爆破テロリストとして国際指名手配。
全世界の大人達は今、たった一人の少年を殺すために、新ゲーム『BRII』を始動した。国家(大人達)が作り出した不条理、「BR法」と戦う秋也だが、大人の年齢へ片足を突っ込み、自らの戦いに迷いを重ねる・・・・。
『BRII』・・・ゲリラ戦士・七原秋也を抹殺すれば生き残れる。
迷彩服を着せられ、陸の孤島に集められる生徒42名。「今日はみんなに、ちょっと
戦争をしてもらいます」 教師RIKIのこのセリフで始められる「BRII」、そう、ここで繰り広げられるのは本物の"戦争"である。
秋也との戦いの中で自分を見つけていく生徒達。
そしてー、前作では為し得なかった強い「結束」が生まれる。
製作発表の段階から注目を集め、深作欣二監督の急逝によって、はからずもさらに話題を広げてしまった「バトル・ロワイヤルII」、悲劇を乗り越えてメガホンを受け継いだのは、深作監督の息子であり、前作から、製作、脚本を手がけていた深作健太監督。
健太監督自身、過酷とも言うべき、偉大なる父との戦いを強いられる事になった。その苦しみの中から生まれる映画「バトル・ロワイヤルII」は、しっかりと深作欣二イズムの息づく作品として仕上がっているはずである。(『パンフレットより』)

今回の作品が「深作健太監督」にとっての「デビュー作」になるわけですが...

あくまで僕は、深作欣二の最後の作品を完成するんだっていうことをテーマにやらせてもらってます。自分のデビュー作があるとしたら次の作品だと。ただ、それを言い訳にしないようにしようとは思ってます、これは親父のだからとかって(笑)...。
自分の若さを武器にして奇を衒ったやり方もあると思うんですけど、やっぱりオーソドックスにどっしり構えて子供たちを真正面から撮った一作目というのが非常に理解できた作品であったので、なんとかそのテイストにつなげていければと意識してます。
監督(深作欣二監督)が「BRII」をやりたいって言い出したのはもともと、子供たちともう一回やりたい、ってことだったんですね。
その前にテロの映画をいくつか企画してて実際に9.11があって、あれより「面白い」映画をつくるのは難しいと、で「BRII」になって。僕は全然やりたくなくて、監督がやりたいと。その中には、「BRII」をやりながら反戦ができないか...いつもの話なんですけど、頑張れ頑張れって言いながら高度成長で頑張ってきて、でも俺は頑張る人たちが嫌いだったと、そこから落っこちてくるアウトローの方がいいんだ、それがまた活動屋だと思ってた、それが今のご時世になってじゃあ自分はどうするか、今のここにある平和な社会...俺は平和なんかイヌのクソだ!とか言い出しちゃって(笑)。
じゃあこっちはそれを気持ちとして受けて...平和なんかイヌのクソだってのはいい言葉だなと思いました。親父の言葉として。
今の中学生は日本とアメリカが戦争したってことすら知らない。教科書にも60年代70年代のことなんかほとんど語られてないので、お父さんがどうやって暮らしてきたか生きてきたかを知らないんですよね。

そういう人たちが観客だと思っているので...。だからこそ親と子の闘いとか子供たち同士の戦い、テレビで見るテロや戦争なんていうものがじゃあ何なんだっていうことを等身大でやれたらって、ずっと監督と話してたんですけど。

<「深作欣二」と「深作健太」 >

ほんとに家に帰ってこない人だったので(笑)...。かといって遊び回ってたってことじゃなくてやっぱり現場が好きだったんだなと。遅くまでスタッフルームで皆と飲んでて。帰りたくなかった気持ちって、なんかすごくわかります。
いろんな映画の話聞きました。映画の事ばかり話しながら一緒に酒飲んでたんで。

「BRI」にも、親子の関係っていうテーマも出てきますが...

「BRII」でも、たけしさんが、娘がピアノ弾いてるところに来て全然コミュニケーションが取れないっていうシーンがあって...それは今回、脚本書いてるときにもあったんですね、そういう状況...監督の方がもう何も手出しができないっていう。
前回は大人、特にたけしさんの部分を監督が感情移入して見てて、子どもの部分は僕が拾ってってぶつけていったっていうことなんですが、今回は前回から成長した子供が主人公になっているので、監督もなかなか感情移入できないところがあって。
僕がずっとテンパッてガーって脚本書いてると、監督がドア開けて入ってくるわけですよ。僕がそのままやってると何もできずに、こう、隣に座って...なんかそーっと手とか握られるんですよ(笑)...なんかそういう世界で...で、これをずーっとツーショットで撮ってた方が面白れえだろーなーって思って...(笑)。
で、実際映画の中でたけしさんにもやって頂いたんですけど、頭に、こんなふうにして(指で銃のかたちをつくって自分の頭に向ける)...俺、こうしちゃった方がいいか、とかいうのがあったりして...監督が脚本つくってる最中に弱音を吐いたっていうか、それが自分にとって一番つらくもあり、一番いい思い出なんですけど...ふとそういう表情すら見せていた。やっぱり引くに引けなかったんでしょうね、監督としては。...もうそれが十二月のことだったので...はい。

< 「がんばれ」 >

(今コミュニケーションってすごく難しくて、「頑張れ」って言っちゃいけない、相手に負担がかかるからって言われてるけど、「BRI」観てて、頑張れって言う方もつらいんだよってことを感じたんですが。特にラストのたけしさんのセリフとか...)
あれ台本にはなかった部分なんですよ。
その前のシーンで父親が首吊ってるとこで、トイレットペーパーに「頑張れ秋也...」って書いてあったんですけど、あれが現場の監督のアドリブで...じゃあこの「頑張れ」を受けてラストシーンを書き直そうって言って、あのラストのセリフになったんです。
監督の方から僕に来た、投げ掛けだったと思います。
(今回も何かそういうキーワードみたいなものがありますか)
「人のこと嫌いになるっていうのは、それなりの覚悟しろってことだからな」っていう前回のたけしさんの遺言受けて、少女が戦いに出るっていうことなので...その答えを出そうとしてるっていうのはありますけど。...どうでしょう。

なぜ監督になろうと思いましたか

小さい頃親父が家に帰って来なくてですね(笑)...で、映画監督という仕事をしているらしいと。それで現場に遊びに行ったら、僕は五才くらいだったんですが、すごく楽しそうな父親がそこにいた...ヨーイスタート...ハイオッケー...映画監督っていいな、なんか楽しそうだな、どういう仕事かもわかんないまんまで、映画監督になるなるってずーっとその頃から言ってきたんですけどね。
映画のこと好きになったり嫌いになったりしながら今まで来て、ヨーイスタートかけてみると、あーやっぱりこれだったのかと。親父のその楽しそうな顔の意味が知りたくて監督になりたかったのかもしれない。
もちろんやりたい映画とかって出てきたりしますけど、まずは、家に帰ってこなかった親父の背中を追っかけてここまできちゃった(笑)...そんな気持ちですね、はい。

< 「レクイエム」 >

「I」は暴力的だってことで「15禁」になったけど、今回も当然覚悟してる?
(笑)...狙ってるわけじゃありませんけど、映倫からは台本読んだ時点で問題外だと言われてしまいました(笑)。
ただ、前とは少しトーンが違ってるのかもしれません。
やっぱり「監督不在」の気持ちっていうかそういうものも含めて、今回は「BRII レクイエム」ってサブタイトルにできればと思ってるんですけど...映画の中でもセリフがあるんですが...「生きていく者が死んだ者にできること、それは忘れないことだけだ」...そういうことを子供たちが殺しあいながら戦いながら獲得して前に進んでいくというようなテーマがあるので、前よりは少し重くなるのかなとは思ってます。
いま三十ですが、この年になるまで周りで人が死んだこともなかったし、人が死ぬシーンで泣いたこともなかった。それは「BRI」つくった時点でもそうだった。そういう意味で、ゲーム感覚だマンガ的だって批評を受けたりして、それは自分でもそうだなと。死というものが全然リアルじゃなかったんですよね。
そしたら去年、祖母が死んで、クランクインの日に昔から映画つくってた親友が自殺してそれで親父が死んでっていう、たいせつな人の死が三つ重なって、自分の中のいろんなもの一気に失くしてしまって、じゃあ生きるって何だろうって。
これは後に残された者は何かしないとたまらんなと、まあ自分も死を選ぶという選択もあるのかもしれないんですけど(笑)、でも実際これはポジティブに生きていかないわけにはいかんなと。
自分が(今回の監督を)やっていくのであれば、もっともっと子供たちに寄り添って等身大でいまここにある自分の気持ちを出してみたい...それが何より映画の中で嘘のセリフを言わせないことでもあると思うんです。
それが親父への手向けでもあると。
「I」のときに現場でね、「頑張れ秋也」ってのはあれは監督の「頑張れ健太」なんだよってスタッフから言われて、嬉しいやら頭にくるやら妙な気持ちになったんですけど、自分がヨーイスタートかけてみると、やっぱり役者に頑張れとしか言えない瞬間がある...またそこには同時に無力な自分がいるわけで...。
だから今は「頑張れ」と言われると本当にありがたくそれが胸に響くようになりました。「I」から三年たって、それがいちばん変わった部分だと思います。

深作欣二、最後の闘い。

かつて私の青春は、大人達が遺した焼け跡の中にあった。
そして今、海の向こうでは「正義」の名の下に、今日も焼け跡が増え続けている。
爆撃の業火に灼かれ、いつも犠牲になるのは後に続く子供達だ。
私はあえてもう一度、平和といわれるこの国で、子供達との共闘作業を始めようと思う。
大人とは?子供とは?戦争とは?正義とは?
そしてテロリズムとは?
青春時代に感じたあらゆる疑問符が、再び私の頭の中で湧きあがる。
ヴァイオレンスという寄生虫が、再び私の体内でのたうち始める。
恵まれた、しかし希望だけがないこの国で、私は子供達と何を遺せるのか?
いつのまにか私も老いた。
いま私は満身創痍の体で、映画監督人生を賭けた最後の闘いに挑もうとしている。
たとえこの闘いで生涯を終えようとも、私には一片の悔いもない。



☆『BRII』は4月11日クランクアップ。7月に公開。
公式サイト http://br-new.jp/
(取材 / 2003.3.26 / 広報委員 福岡芳穂)