特集

日本映画監督協会 会員名鑑

作品インタビュー

わらびのこう

warabi[1].jpgこの映画には、かつて確かにあった日本人の心がある。

処を隔てて心を通わせうる方途はあるか?
死してなお魂の生き永らえる方途はあるか?
答えは、応なり!
蕨野。
そこは六十を越えるとだれもが赴くところ。
ジジババたちの悲惨で滑稽で、
どこか高貴な集団生活があった。
(パンフレットより)

山形の山河を舞台に生命ほとばしる映画を世界へ発信する!

ぜひ山形で撮りたいー名匠・恩地日出夫監督が一年に渡る長期ロケを敢行。「日本の原風景を映像で考える会」とタイムズ インが製作し、飯豊町、川西町、朝日村、朝日町を中心とする山形の人々の協力・支援がそれを支えた。芥川賞作家・村田喜代子の小説と出会って八年、渡辺寿の脚本を四稿重ねて、執念の映画化である。
恩地日出夫はつぶやく。「この映画がいま必要なんだよ」
撮影監督の上田正治、俳優・市原悦子、石橋連司をはじめとする気鋭の〈恩地組〉スタッフ・キャストが参集し、監督の思いが渾身の映像となった。そしてこの映画を、山形より世界へ発信する!

恩地日出夫監督新作『わらびのこう』について語る

恩地監督の最新作『わらびのこう』が、山形県で限定上映されて大ヒットし、話題を呼んでいる。今日はその恩地監督に話を聞いた。

Q:恩地監督はなぜ、今回このような難しい内容の映画に挑戦したのですか?

A:難しくはないんだ、全然ね。村田喜代子さんという黒澤明の『八月のラプソディー』を書いた原作者なんだけど、"棄老伝説"なんだよね。"姥捨て"だよねようするに。"姥捨て"というのは『楢山節孝』があるんだけども、それと全然違う視点で取り上げたもので、なぜそんなものを取り上げたかと言うと、俺も70歳になってもうじき死ぬぞと思った時にね、どう死ぬまでを生きたいのかなと思っている中で読んだら、すごく感動したんだよ。

 だからこの小説をどうしても映画にしたいと思っていたんだが、映画会社は、やっぱりね、じいさん、ばあさんしか出なくてね、"姥捨て"でね、映画会社の社長には全然難しくてダメなの。それで、なんとか個人的に金を集めて撮ってみようということで、まず、山形に場所を決めたのね。県をはじめ、色んなところが盛り上がってきて、山形関係だけで1億円くらい制作費が出てきたんです。あとは借金と、みんなのカンパみたいなもので出来上がったんだけど。まあ、1年かけてやったおかげで、製作宣伝が行き届いたのかなぁ、山形のシネコン3館で上映中なんだけど、今日で7週目にはいるのかな。最初は2週か3週と言ってたのにね、8週は必ずいくし、12週いきたいというところまで来ちゃって。もう4万人見たんだよね。最終的には10万人に見せようということになってきちゃったんだけど、県全部で人口100万人ちょっとなんだよね。そこで10万人の人が見るというのはどういうことか俺も不思議なんだけど、普段映画を見ない人たちが、足を運んでくれてるみたいで、まあ、良かったと思ってるんだ。でも、これから全国配給に手をつけなきゃならないし...。

Q:全国配給はどんなことを考えてますか?

A:やっぱり、取り合えずどこかの映画会社が配給してくれたらいいし、ダメなら、自主上映でもと思ってる。その前に、国際映画祭に少し出して、宣伝をして、全国で見てもらおうかなと思ってます。
 市原悦子がすごく頑張ってくれて、他のキャストもみんな安い出演料でやってくれて、スタッフも含めてみんな大変だったんだけども、本当に良くやってくれて。俺は"遺作だ、遺作"だって言ってるんだけども、本当に最後に思いっきりやりたい事がやれたなぁと思って。『わらびのこう』じゃないけども、死ぬまでにどうやって生きるかというと、もういつ死んでもいいやって最近思ってますけど。まあ、欲が深いから、また何か撮りたくなるかもしれないけどね(笑)。そんな、感じです。(インタビュー2003年3月14日)


インタビュー/文化事業委員長 山名兌二採録/広報委員 工藤雅典