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作品インタビュー

『カミュなんて知らない』

柳町光男監督インタビュー

柳町光男さんが久しぶりに映画を撮った。10年ぶりの新作『カミュなんて知らない』は、大学の映画学科の学生たちが主人公だという。その設定自体が、『十九歳の地図』や『さらば愛しき大地』そして『火まつり』といった作品における濃密な人間描写で80年代の映画界を牽引してきた柳町さんの新作として、少々意外な気がしたのだが・・・

柳町光男監督プロフィール
1944年茨城県生まれ。プロダクション「群狼」を設立し、ドキュメンタリー映画「ゴッド・スピード・ユー!BLACK EMPEROR」(1976年)で監督デビュー。主な作品:「十九歳の地図」(1979年)、「さらば愛しき大地」(1982年)、「火まつり」(1985年)、「チャイナシャドー」(1990年)、「愛について、東京」(1993年)、「旅するパオジャンブー」(1995年)。1985年、芸術選奨文部大臣賞受賞。来春、約10年ぶりの新作「カミュなんて知らない」が、新装ユーロスペースにて公開予定。

早稲田の杜のタイクツな殺人者
柳町:
「2001年から2004年の4月まで、3年間ほどですけど、早稲田大学の文学部に客員教授として呼ばれて。学生達に映画を作ることを指導してほしいという依頼で。まあいろいろ考えた上、引き受けたわけです。学生達は一クラス25人ぐらいにしぼったわけだけど、さまざまな人が来る。文学部の学生ですから。映画を将来やってみたいという人も中にはいるし、日ごろ映画を見てて好きだなと思う人もいるし、これから映画にさわってみたいという人もいるし、映像ワークショップという名前が面白そうなんでとかね、さまざまな動機で学生達は集まってくるわけだけど、全ての学生に満足できる講座をやるよりも、これは、"フィルムスクール"だと。フィルムスクールに学生達が紛れ込んでしまったと。そんな感じになってもいいじゃないかと。」

 「3時間ぶっ続けの授業なんです。早稲田大学の中でも特殊な授業ですよ。そこで4月から7月にわたって10数週間にわたって、まず溝口健二を分析する。4月に25人の学生に『溝口健二を知っている人?』って言ったら、知らないって人が圧倒的に多くてね。まあ、そんなもんでしょう。70年代の後半から80年代前半に生まれた学生達ですから、例え映画が好きでも溝口健二を知らなくても、それもしょうがないかなと思うし。そういう人たちを相手に溝口健二を徹底分析するということから始めて。それで、夏休みにシナリオ書かせて。その中の一本を選んで、学生達が映画を作るのを僕が指導するという形をとってきて。2年間やったわけです。」

 「3年目は、ふと考えたんです。3年間同じことをやってもつまんないから。ある日ほんとにふと考えたんですよ。学生達と一緒に映画作ったらどうかなあと。大学の予算はほとんどないんですよ。数十万しかないんだけど、それじゃ映画作れないから。僕がどこかビデオ会社とか、外からお金集めて。カメラマンとかメインスタッフは全部プロに頼んで、助手として学生達を現場につかせて、早稲田大学で一本作っちゃったらどうかと。それを大学の関係者や文学部の教授たちに話したら、『面白いじゃないですか、やりましょうよ』なんて言うもんだから、僕もその気になって。二年間僕が大学に行って学生達とつきあってきたこともあって、わりとアイディアがポンポンと出てきた。ポンポンでもないけど。すんなりシナリオはできあがった。二年間の映像ワークショップをそのまま映画の中に引きずり込んで、映画を作っている学生達の話にしようと。」

  「だから、この映画は『カミュなんて知らない』という題名ですけど、当初の題名は『早稲田の杜のタイクツな殺人者』といったんです。」

  『カミュなんて知らない』の舞台は、都心にある大学のキャンパス。文学部の授業"映像ワークショップ"を受講する学生達が、『タイクツな殺人者』というノンフィクションを映画化するまでの数日を描く。これは、2000年に愛知県豊川市で起きた男子高校生による老婆刺殺事件を取材した、森下香枝さんの著書(文藝春秋社刊)である。

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柳町:
「僕が接した学生達のシナリオっていうのは、ああいう実際生々しく起きた事件、彼らと同じ世代の人間が高校時代に起こした事件ですけど、そういうものを題材にするということはまず考えられないですね。ナンセンスコメディっていう類のものが多かったし、女性の学生が書いてくるシナリオの半分以上が自殺の話。そういう話が多かった。学生たちが作る映画ということでいえば、『タイクツな殺人者』はやらないでしょう。でも、僕が作っていくということで、いろんな僕の視点が入ってくるわけです。」

 映画の中で学生達が映画を作るという二重構造性を持ち、劇中劇に『タイクツな殺人者』という爆弾を埋め込んだこの刺激的な企画は、ところが、予想もしない方向へと進みだす。

柳町:「ほぼ早稲田の本部のオーケーもあって、撮影ができるかなと思ったんですが、いろんな大学側の事情でだめになったんです。こちら側も、シナリオをまわりの人たちに見せたらこれは2,3千万ではできないよとなって。予想以上に資金がかさむ物語になってしまったこともあって。」
「ああ、まただめかと思ってね・・・ で、3年目も映像ワークショップに基づいて学生たちに映画を作らせて、つつがなく3年間終わったわけです。」

  「シナリオを僕の周辺の人たちが読んでたわけですね。その人たちが、面白いシナリオだから、何とかなりませんかねと。つまり、他の大学でできないかと。僕はできないと思ったんですけどね。他に持っていっても、数週間にわたって大学のキャンパスを撮影のために提供するっていうこと自体が、無理な話だと。でもまあ、当たって砕けろじゃないけど、早稲田以外の大学でどこがいいだろうかということで。話を持っていく前に、まずは映画の舞台として、僕にとって、あ、これは映画的な場所だと、ここでだったら学生達の物語を楽しく作れるなというような感触を得られるキャンパスを、いくつかめどをつけて動きましたよ。どこにでもあるとは思わなかったし。」

  「例えば、知り合いの山根貞男さんが東海大学で教授やってるっていうんで。山根さんに東海大学で画策してもらったら、許可もらえるかなあと思って。山根さんに話もしないで、ひとりで勝手に小田急線に乗って行きましたよ。小田原の方まで。あ、これはやっぱ映画的な場所じゃないなあと。(笑) その時、ふと、あ、立教大学があると。」

 「撮った映画」より「撮らなかった映画」の方が多い。どの監督にもそれはあてはまることではないか。1995年の「旅するパオジャンフー」以後も、柳町さんも、何本もの企画やシナリオを書き、映画会社をまわり、結果、一本の映画もできなかった。「絶望的な状況も時にはあったよね。でもまあ、状況を考えればこれも致し方がないことなのかなとか、自分が力不足なのかなとか、いろんな思いがからみあう時間を過ごしてきたよ。」そう言って笑う柳町さんだが、早稲田で映画をという話にどんな気持ちだったか、あるいはどんな思いで小田急線に乗ったかなどと想像すると、あまりに痛い。映画を撮れない時間のことを尋ねられ、「淡々となんてしていません。何度自殺を考えたかわかりません」と答えたビクトル・エリセしかり。だから、立教大学の押見総長が企画に賛同し、同大学や豊島区、池袋シネマ振興会など地元の後援によってこの映画が産声をあげたということが、ただ、それだけで嬉しい。
こうして、いったん葬りかけられた『早稲田の杜のタイクツな殺人者』は、立教大学を舞台に意外な形で動き出すことになった。

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カミュなんて知らない世代とともに
映画は、『タイクツな殺人者』のクランクイン5日前から始まる。主役の突然の交代やさまざまな準備など映画製作に追われながらも、彼らにとっては個々が抱える恋愛問題も同じように重要だ。かなり甘ったるいと言っても構わないだろう、まさに今時の学生のキャンパスライフが画面に展開する。実際柳町さんは、言葉は悪いが「最初は軽い気持ちだった」と正直に明かして下さった。

柳町:「結果的には(狙ったような形に)なったけど、考えている当初は、早い話が大学のキャンパスでローバジェットで撮るかもしれないということで。学生達が映画を作る5日前から話を始めて、キャンパスの中で学生達が遊びながら、女と男がくっついたり離れたりっていうような構成にしようと思って。」

  「でもそういう構成だけでは、まだ足りないなと。学生達が意識するしないに関わらず、僕が作る映画としては何かひとつ足りない。そこで、劇中劇というスペースがひとつ残っているわけですね。それをどういう劇中劇にするか。どういう映画を作らせるか。そこでふと思いついたのが『タイクツな殺人者』。しかも、原作の中にカミュの話が出てくるわけだし。この話を持ってきたら、現代のカミュができるんじゃないかなとかね。それに触ることもできる。」

  「学生達が教授に言われて仕方なく訳の分からない殺人事件を映画にしろと言われて。クランクイン5日前から始まって、4日前、3日前となって、ちょうど構成的にはそのへんから殺人事件と学生達との関係を、その軋轢を、作っている学生達はほとんど意識してはいないんだけど、映画を作る僕のほうが意識的にぶつけてみようと。非常に薄い関係ではあるけど。本当は同世代の人間達の話なんで、時代の共通意識があるのではないか、(或いは)ないのではないか。」

 しかし、柳町さんも認めるとおり、学生達は殺人事件についていくつか議論を交わしたりはするがむしろ自分の恋愛などプライベートなことに忙しく、何らそこに近づいていかないようにも見える。

柳町:「そうでしょう。それが時代でしょう。現実があって、学生たちがいて、学生達が作っている映画があって、それを全部鍋の中に入れてかきまぜてみようというようなことかな。映画の中の現実、非現実を全部かき混ぜたんです。」

  「ちゃんとヒントというか、鍵は与えているんですよ。カミュという。カミュの異邦人。数行、学生が朗読するだけなんだけど。もちろん我々は読んでるけど。どんな話なのか知らないっていう人たちが圧倒的に多いことも勿論分かっていますけれど。その人たちが映画を見るわけだけど。解く鍵は、カミュを提示することによって。それ以上は勝手に考えてちょうだいということだよね。」

  『カミュなんて知らない』では、柳町さんはアルトマンやビスコンティをはじめさまざまな映画のシーンや設定を引用し、実に楽しそうにパロディで遊んでいる。これは、この映画を見るひとつの楽しみといえる。しかし、その軽妙な遊びを楽しむ一方で、一連の柳町作品に接してきた者としては、野暮と分かっていながら尋ねなければならないひとつの質問がある。柳町さんは、『タイクツな殺人者』という原作だけで一本の映画を作ろうという気はなかったのだろうか。

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柳町:
「ちらっとあったよ。ちらっとね。それは、この企画を考える前に、原作を読んでましたからね。あれは西鉄バスジャックと1日ずれてただけでの話で、同じく17歳の少年がとてつもない事件をしでかしたということで新聞やテレビが大騒ぎしたんだけど、ほとんど西鉄バスジャックのほうにいったわけ。あれはライブ中継のような形になったからね。あれに関する本は何十冊も出て、こっちは二冊だけ。そのうちの一冊が『タイクツな殺人者』。僕はこっちのほうが面白かったんですよ。面白かったというのも変だけど。つまり、人を殺したらどうなるか実験してみたかったという少年の話というのは、これは、もう言葉がなかったね。あまりにも正しい言い方といったら変だけど、的を得た言い方というか。今の時代をつかんでる。その後も同じような事件が同じような動機でいくつか出てきたわけで、そのはしりだったですね。」

  「これだけで二時間やってみようとも思ったけど、お金はまず集まらないだろうし、誰が見るかとかね。今の時代の病気の根源みたいなものをみんな避けて通りたいわけじゃないですか。僕も、気持ちはやりたいんですよ。でも、現実的には無理だろうと。でも、劇中劇なら、これはいけるかなと。」

家、そして、確信犯的分裂へ
 柳町さんは、ご自分でも認めるとおり、場所から映画を発想する意識がとりわけ強い作家である。『十九歳の地図』における王子、『さらば愛しき大地』における鹿島、『火まつり』における熊野。柳町作品で、舞台となる場所の持つ意味と切り離して成立する、いわば他の場所に舞台を移し変えて成立する映画は一本もない。王子は他のどことも取替えがきかず、鹿島は鹿島でなくてはならない。熊野もまたしかりである。今回の作品でも、場所との出会いがあった。

柳町:「不思議なもんですね。当初シナリオを書いている時は、実際に起きた事件は愛知県の豊川市の郊外で起きたんですが、東京の学生たちが映画を作るとすれば、練馬区あたりのまだ少し畑が残っている住宅街の外れにある中産階級のごく普通の二階建てぐらいの家かなと。小さな庭があって。ただ庭が小さいといっても僕の中では既に、部屋が二間以上続いてて、それが敷居から全部ガラス窓になってて、庭が結構広くて、そこに学生達が移動車を敷いて、我々がクレーンもしくは移動でそれを撮ると。廊下を老婆が逃げて少年が追いかける、真ん中では学生達が撮っている、それを一番手前で我々が撮ると。こういう構図はもうシナリオにはできていて。比較的庭の広い、そんな家ないかと思って探したんだけど、やっぱないんだよね。」

  「ずいぶん探しましたよ。で、そうこうするうちに、茨城の水海道のあの家に巡り合って。そこを見た時、それまで自分が考えていたイメージが全部ぶっ飛んじゃってね。あ、ここにしよ、これでいい、と。設定は農家じゃないんだけど、もう農家にしちゃってもいいやと。それは、すごく感じるものがあったんです。あそこに対して。それは『さらば愛しき大地』や『火まつり』につながる農村地帯、農村部のある家。かつて僕はそういうところで映画を撮ってきたわけだけど、そういうことがフラッシュバックしたというか、自分の中でたぎるものがありました。でも、そのことによってこの映画は変わるなと思ったね。」

  「このシーンはラストシーンだし、ロケの日程的にも一番最後に組んだんですよ。ずっと池袋で撮影してて、最後に茨城に行った時、あ、これはもう変わる、この映画はこれで分裂するな、と思ったね。僕自身が池袋で学生達と一緒に撮ってきた気持ちが、あそこに来て変わりましたからね。まさに『さらば愛しき大地』の感じになっちゃった。自分で。これは、映画が変わるぞ。でもいい。映画は分裂してもいいや。ここをちゃんと撮ろう、と。」

 映画の種明かしになるので、これ以上は書かないことにする。ただ、柳町さんもおっしゃるとおり、明らかにこの映画は分裂している。そこが、この作品のまさに映画的なカタルシスであり、魅力である。
分裂の、実はその裂け目の深さこそ、柳町さんが今回狙ったことなのではないか。そう水を向けると柳町さんは「僕はやっぱりそっち方面が得意で、キャンパスものが不得意なのかね。」と苦笑した。インタビューにもあるように、ご本人は現代の青春群像を軽やかにさばききろうとしたのであり、また、映画の引用などでのびやかに遊びぬこうと思っていたはずである。そしてそれは、あの家に出会うまでは一本に貫かれていた。しかし、この分裂を確信したことで、映画の前半とは違う形での「今」が鮮やかに浮かび上がった。

  1997年、とある映画の勉強会で柳町さんはこう語った。「『さらば愛しき大地』では覚せい剤が幻覚を見せる原因だったが、さらにそれよりも一歩進んで覚せい剤なしでも幻覚を見るというように『火まつり』では考えた。ある意味では難解と受け取られかねないが、『火まつり』では覚せい剤というわかりやすい装置のようなものをとっぱらって、神の声を聞いて人を殺す男というかたちをとっている。」

 そうだとしたら、『カミュなんて知らない』で柳町さんは、劇中劇という新たな装置を獲得した。不条理な事件と現代社会との裂け目を、映画を撮る学生と劇中劇とのいっこうにかみあわない関係になぞらえるとしたら、まさに柳町さんは過去の作品とは違う新しい方法で、時代のリアルを勝ち得たのではないかとさえ思うのだ。

映画『カミュなんて知らない』 2006年1月、新装なる渋谷ユーロスペースで新春公開。
柳町光男監督の、10年ぶりの待望の新作である。
(インタビュー・構成/山本起也)
『カミュなんて知らない』 http://www.voyager.co.jp/Camus_Anyway/