
第24回東京国際映画祭に参加して
10月22日から24回目の東京国際映画祭が開催され、その中で監督協会共催特別上映という形で『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』が上映され、上映後、シンポジウムがあり参加してきました。私は『ゲルマニウムの夜』というデビュー作を撮ったとき、東京国際映画祭のコンペティション部門に選んでいただいたことがあり、2010年の作品である『ケンタとジュン~』が上映されることを聞いたときは嬉しさとともに心苦しさもありました。というのも『ケンタとジュン~』が一昨年の東京FILMEXに参加させてもらったときの記者会見で「東京国際よりFILMEXのほうが好きです」なんて生意気なことを言っていたのです。ですがやはり自分の作品が上映されるというのは嬉しいものです。
10月27日、ぼくは自分の言ったことを頭の片隅に押しやって、ノコノコとおそらく日本ではもっとも規模の大きい映画祭の華やかな会場に向かって出かけていったのです。
『ケンタとジュン~』の上映が終わり、すぐにシンポジウムが始まりました。登壇者は『羅針盤は死者の手に』の監督であるアルトゥーロ・ポンスさんと『ガザを飛ぶブタ』の監督であるシルヴァン・エスティヴァルさんである。ふたりとも今回のコンペティション部門の監督である。映画祭のディレクターである矢田部氏が同世代の監督に集まってもらったと言っていた。皆、アラフォーである。アルトゥーロさんはメキシコ生まれでスペインに移民している。シルヴァンさんはウルグアイ出身であるがフランス語を喋っていた。ぼくは日本でしか暮らしたことがなく、外国語を駆使できない。外国の映画祭などに参加するたびに、一抹のコンプレックスを抱き、「よし英語を勉強しよう!」と決心するのだが続いたことがない。今回もいつもと同じようにコンプレックスを抱き、こういうコンプレックスが植民地政策となって戦争を引き起こしたんだろうなと余計なことを考え、日本という国が極東の島国であることに改めて思いをはせてみたりするのであった。
そういえばアルトゥーロさんの映画はメキシコからアメリカの国境を越えていく話であり、シルヴァンさんの映画はパレスチナ人とイスラエル人がボーダーを超え共に生きていけるというメッセージがある。共に境を意識し描くという共通点がある。そしてぼくの映画のラストでも網走の向こうに行こうとする男ふたりを描いている。
アラフォーであるがそれぞれ生まれも育ちも信仰も違う三人の監督が、今いる所から外へ向かい幸せを掴んでいこうとする人々を描いているんだなと、人ごとのように感心しながらパーティー会場に向かうのであった。
そして程良く酔っぱらったぼくはふたりの監督に「あ、あい ほーぷ ゆう ういる げっと あ ぷらいず」と言っていた。
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