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特集

日本映画監督協会 会員名鑑

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ヒロシマ白い夏

                                                                                                      坂野義光

 

 東日本大震災と福島原発事故をどう受け止め、日本の映画人としてどう対応すべきか。
 それは、道を誤った科学文明に警告を発し、核による被害や戦争が起こらないよう、世界に強く訴えかける映画作品を創ることだと思います。
 そのため、私は「ヒロシマ 白い夏」という劇映画を実現に奔走しています。1971年に封切った「ゴジラ対ヘドラ」は、環境問題にいち早く警鐘を鳴らしたので、THE WORST FIFTY OF ALL TIME(映画史上最悪の50本)という書籍に詳しく紹介されています。
 この実績が評価されて、現在、ハリウッドの大作として製作準備中の「ゴジラ 3D」のエグゼキュティブ・プロデューサーを勤めています。
 若年の頃、「隠し砦の三悪人」はじめ4本の黒澤明作品の助監督を勤めて学んだ一番のことは、「映画作品には強烈なメッセージ性が必要だ」ということです。
 福島原発の事故によって、世界が日本の核問題への対応に注目している現在こそ、「ヒロシマ 白い夏」を製作して、世界の人々に原子力発電廃止、核兵器廃絶を呼びかけるべき時だと思います。
 「ヒロシマ 白い夏」は、15年ほど前にアメリカのシナリオライターが日本映画監督協会へ共同シナリオと共同監督を求めてきたところから始まった企画です。
 ストーリーは、以下の通りです。

 

 1945年8月6日払暁、テニアン空港からエノラ・ゲイ号が飛び立つ。
 広島の柳井家では、隆二(4才)がボール遊びをしている。
 四国上空に差しかかるエノラ・ゲイ。
 隆二の姉・和恵は、さつまいもの朝食を食べて、建物の引き倒しに出かけて行く。
 刻々と広島へ迫るエノラ・ゲイ。
 隆二の兄・健一は、ラジオ体操をしている。
 何時もと変わりない夏の朝が始まっていた。
 防空壕へ転がり込んだボールを追って隆二が壕の中へ入った時、原爆が投下される。

 1964年、20才になった柳井隆二は、原爆病院院長・後藤正志から白血病の診断を受け、後2年しか生きられないと知らされる。

 たった2年の命.........

 「白血病の夏休み」だ。 許された時間の間、写真工房に勤めた隆二は、広島平和文化センターで働く村上光子と恋に落ちる。

 つかの間の青春の輝き。

 1年半の後、「白血病の夏休み」は終り、病臥する隆二。
 その時、光子は妊娠していた。
 生命の輝きを愛した隆二からの授かりものである。
 しかし、果たして五体満足な子を産むことが出来るのだろうか?
 この命を守り通したい!周りの反対を押し切って、光子は出産の決意をする。

 1970年、平和記念公園で無邪気に遊ぶ息子の柳井昇(3才)。
 「健やかに育っておくれ......」
 ピカドンの十字架を背負って、祈るように我が子を見つめる光子の目に、希望と一抹の危惧が宿っている。

 シナリオに関しては、秋葉忠利前広島市長がその内容を高く評価して下さって、映画の中の広島市長役への出演を希望されています。
 丸木位里さん、俊さんの原爆関係の絵を使用する許諾は取得ずみです。        

 多くの若い人たちの意見を知りたいので、関心を持たれる方は、pa47574@sd6.so-net.ne.jpへ連絡を頂ければ、企画資料をお送りします。
 製作に協力して頂ける方を探しておりますので、希望者は名乗り出てください。
 「ゴジラ 3D」の製作決定の英文記事は、他の3D映画の企画とともにhttp://www.aap-inc.jp/で見ることが出来ます。ご協力を期待します。