
2011年の暑い夏
中田新一
三月十一日の東日本大震災は私たち映画人に大きな問いを投げかけてきた。
特に福島第一原発の事故はショックだった。東電の役員たちと同じように想定外だった。しかし、彼らは考えたくないから想定しなかったのだが、私は全く気にもとめていなかった。いや、今考えれば洗脳されていたよい国民だったのだ。恥ずかしいが正直なところだ。
安保、改憲に反対してきた世代としていったいどうしちまったのか、いつの間にか考えなくなっていた。
A 原水爆=ヒロシマ、ナガサキ、第五福竜丸の久保山さん、夢千代の吉永小百合、そして本多猪四郎監督のゴジラ。
B 原子力平和利用=原発、医療、キュリー、ノーベル賞の湯川秀樹、そして手塚治の鉄腕アトム。
いつの間にか思考はAからBに移行し、いつしか深く考えなくなり、やがて闘いや争いが無くなり、それが平和だと思った。いつのまにか洗脳マニュアルなるものにはまってしまっていたのだ。だって、ゴジラが暴れていてもアトムは助けに来てくれない。ジキルとハイドは一度に現れないものなのだ。やっと読めた。
しかし福島原発事故で、それじゃいけないと痛感しだした。何よりも勇気付けてくれたものがいた。それは大新聞や政党機関紙でもテレビの有名アンカーマンや学者たちでもない。メディアは官房長官と口をそろえて嘘ばかり唱えていて新聞やテレビを観るのが死ぬほどいやになってしまっていた。そんな時に光が差してきた。
それは、パソコンからの情報を受けた若者たちを先頭におじさんも含めて巷の人たちが行動しだした事だ。メディアと違った情報を実に冷静にチョイスし正確な現実を知ろうとしている者たちに光明を見た。洗脳機と化したメディアが明白にオソマツさを見せてきた。他人として人の権利を、生きる権利を求めて彼らはネットで正しいチョイスをしている。
映画界はこの震災で恥ずかしいくらい精彩を欠いた。節電に協力してか上映を中止、何本も製作を中断、幾つもの企画は凍結された。芸人はテレビを引き連れパフォーマンスボランティア。葬式になると雄弁にコメントを喋るタレントたちのように"元気、元気"と嬉々としている。もちろんメディアに出ないが、取材やボランティアに現地入りしたものもいる。しかしプレッシャーで仕事を失った役者もいた。人の事を言うより今私は具体的に何をすべきか?考えてみたい。
私に出来ることはこの『原発災害』に被災してしまった全日本人の一人として、この現状を撮ることしかない。映画にすることしかない。仲間に呼びかけ私も作るから、みんなも作って欲しいと頼みたい。今もあえぎ苦しんでいる原発に向き合ってみると、やり始めることが次世代の人への義務のように思えてきた。
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