
シリーズ 復興 大森一樹監督インタビュー
大森一樹監督インタビュー
聞き手 井上泰治
5月17日 東映京都撮影所内

井上「今日は、映画人としての復興というテーマでお話をお聞きしたいのですけど」
大森「根本的に、映画が復興に力があるンかと言うと......」
井上「でも、大森さんは阪神大震災を扱った『走れ!イチロー』を撮られていますよね」
大森「あれは、六年経ってから、個人的な思いでやったけど、六年後にやったら、あまり見向きも
されなかったというのが正直なところやからね(笑い)」
井上「直後には作れなかったということもあったんだと思うのですけど」
大森「今回の大震災、これだけ電力不足だの何だのと言われ、映画作ろうとすれば金もかかるの
だし、今は映画作らないのが一番いいというのも一つの考え方だと思う」
井上「そうですか......」
大森「被災地で役に立つのは、やっぱり医者とか、建築関係、法律関係ですよ。映画監督なんて
行ったって何の役にも立たないからね(笑い)」
井上「そんな時、医師免許持ってらっしゃる大森さんが......(笑い)」
大森「今更何の役にも立たへん(笑い)。
‥阪神の時もそうやったけど、こういう時はNHKですよ。いやあ、被災地は即効性ですよ。映画会
社は役に立ちません(笑い)」
井上「さすがに、NHKの底力でしたね」
阪神大震災――
井上「阪神大震災、神戸にいらっしゃる時に被災されたんですよね」
大森「倒壊した高速道路のそばのマンションですから、モロですよ。個人的には住んでいたマン
ションの再建での取り仕切りに少し役だったかなというのはあるけどね」
井上「マンションの自治会ですか?」
大森「そうそう。
普通、マンションの平時の自治会なんていうのは、リタイアした高齢の人とかがやるじゃないで
すか。
ゴミの日を守りましょうとか、野良猫に餌はやらないでくださいとか、平和な時は、自治会はそう
いう人が説得力あったりする部分はある訳だけど、いざ、有事の際、住めるのか住めないのか、
半壊と全壊の間にあるような判定を受けたマンションに住んでいけるのか、どうかという場合に、
住めるのか住めないのか、どうやって直していくんだという具体的なことになった時、そういうリタ
イアした人じゃ出来ないというか、実際にその人も出来ないと言って、音をあげた訳だけど、ちょう
ど僕ら四十代やったから、その年代の人たちが中心になってやった訳だけど。
補修工事やから、なかなか業者がやってくれへん訳よ。
再建工事やったら飛んでくるのに補修工事やとどこも手を付けたがらない。
東京に行った時に知った松竹の製作主任にそうした業者を知りませんかと聞いたら、『釣りバカ』の
時に熊谷組と繋がりがあるといって、熊谷組に聞いてあげると言ってくれて、結局、その熊谷組が
来てくれて、補修を引き受けてくれたんやね。
それぐらいやね、映画が役に立ったというのは......(大笑い)」
井上「そういう時って、自治会自体、なかなかまとまらないんじゃないですか?」
大森「まあ、76世帯だから、いろいろ言う人があって、最後の最後まであれこれ言う人はいたけどね。
その辺で、そんなこと言ってたら、いつまでもこのままですよと凄みのある言い方でまとめられた
のは、映画業界にいたからじゃないの。(笑い)
普通のサラリーマンやってる人じゃなかなか言えへんのやろうけど。お金の単位も一億、二億と
なるから、普通の人はビビるんやけど、映画の製作費に似てるから、自分が集めた金やないけ
ど、割と当たり前な感覚で聞いていられる......そういうところを段々、みんなも分かってきてくれ
て、映画業界の人って凄みがあるって......(笑い)」
井上「しっかりしたはるって(笑い)」
大森「業者に対しても、オマケ付けられるやろとか脅して......まあ、映画の現場の仕切りに似て
るから」
井上「結局、再建までどのくらいかかったんですか?」
大森「何やかや、2年以上を要したね」

東日本大震災――
井上「ところで、今回の大震災、前日まで青森にいらっしゃったとか」
大森「青森......八戸。八戸で『津軽百年食堂』の試写会をやって、市長まで花束を持ってきて
下さって。次の日からその市長も大騒ぎですよ」
井上「それが3月10日ですね」
大森「青森でキャンペーンやってたから、最初、県庁を表敬訪問して、知事に挨拶して、その
知事も次の日から大騒ぎになった訳やけど。
八戸でもロケやったから、新幹線で青森から八戸へ行って、八戸の海岸線の岬の高台にある
蕪島(かぶしま)神社で大ヒット祈願したんやけど、翌日、そこも津波でザブーっとやられたんや
からね。一日違ったら身動き出来へんかったね」
井上「次の日、大震災当日には東京へ?」
大森「八戸に泊まって、次の日、大阪へ飛行機で帰ろうかと思うてたんやけど、他の人たちが
みんな東京へ帰ると言うから東京へ行って、次の日、東京から大阪へ帰ろうとしていた頃に揺
れて......
下北沢に、一部屋を事務所兼で借りてるんやけど、三階なんやけど、これも堪らんほど揺れて
やな。神戸でも遭ってるんやけど、神戸の時は夜寝てて、あれは夜明け前やったから布団の中
に入っていたから、布団被っていたけど、今回、真昼間やったから、周りが全部見えて、窓越し
に隣のビルが揺れるから、明るい時って恐いなと思うた」
井上「私はあの日がクランクイン初日で早くに眼が覚めた直後でしたから、揺れた時のことはよ
く覚えていますよ」
大森「恐くてこんなとこにもう居られんと思うたから、三階から降りてきたら、駅前からワーッと人
が出てくる。近くのパチンコ屋が液晶テレビを外に向けて映していたから、それでニュースを見て
いたら、エライ悲惨なことになっているんで......
こんなことが起こってるんやと......
感じだったね」
井上「京都でも少し揺れは感じたんですが、その後のニュースを見て、津波に家が流されていく
光景には驚いたものの、すでに避難しているものと思って見ていたんですが......」
大森「阪神大震災以後も国内で地震があったけど、今回はあまりの凄さに、コメントお願いしま
すと言われても、頑張ってくださいと言うしかなかったよね。
阪神は六千人以上亡くなっていたから、これまではまだ自分たちの方が、という変な......気が
あったんだよね。しかし、今回はもう言う言葉がないよね」
井上「私も同じです。事あるごとに東京の友人たちにも阪神の教訓から家具は固定しとかなく
ちゃいけないと言ったりしていましたけど......」
中被災者階級――
井上「以前、大森さんの本を読ませてもらったんですが、震災のそれほど大きな被災者ではない。
かといって確実に被害は受けていると」
大森「そうそう。中被災者階級」
井上「そうそう。あんな言葉があるのかと思ったんですが(笑い)。
その中で、震災について自分の整理をしておきたいと書かれていましたね」
大森「身内に死者が出たり、住むところも無くなったりというほどではない。中程度の被災者が数
としては一番多い訳やから、その中での発言というのはあってもいいんじゃないかと」
井上「震災の被害を受けてない訳じゃない」
大森「ない、ない、ない。相当受けてるし」
井上「大きな被害を受けている方がいるから、自分たちは発言は差し控えるみたいな......」
大森「身内が死んでいる人がいると、なかなか言えないよね。家族が死んで......という人と、大丈
夫だったというのでは全然違うよね。
それが、その日が命日になるって人がいっぱいいる訳でしょ......」
井上「そうですね......そして、多くの財産も失ってる訳ですね」
大森「そう言えばね、阪神の時ね、あっちの家は潰れて、何でこっちの家はちゃんと建ってんのか
なと、道一つ隔てて、極端に言うと隣同士でこっちは潰れて......。
うちの実家は誰も住んでなくて売り家になってたんやけど、それが、見に行ったらバッサリ潰れて
るの。周り見たら、潰れてんのうちだけなんや。カッコ悪いと言うか......(笑い)。
おまけに邪魔してるんやな。道塞いでしもうて。しかし、今度のはじゅうたん爆撃にでも遭ったよう
な、真っ更になってるやんか。隣とこっちがどうのこうのとか、そういうもんじゃないものね」
井上「それに、阪神の時は兵庫が酷い被害に遭ったけど、大阪や京都からボランティアに行こうと
する程度の被害と言うか、余力が残っていましたからね」
大森「家族で尼崎まで車で、銭湯に行ったのを覚えているわ。まだどうにかなったんやね......」
映画人として――
大森「映画人として思うのは、やっぱり......
監督協会で炊き出しに行っても仕様が無い訳でね。
政治というと大袈裟になるけど、映画人というのはそこらへんにもうちょっと言っていってもいい
んじゃないかと。主張してもいいんじゃないかと。そこに何かないかなという......気がするんだ
けど」
井上「なるほど、そうですね」
大森「偉そうに言う訳やないけれど、一応、文化人の端くれなんやから。
阪神の時は四十代で僕らが一番中心になってやる年代やったから、そういう仕切りもやったけ
ど、今、六十前になると、同じこと出来たかなと思う。あんなに出来るかなという感じはあるよね。
同じマンションの中に市民政党の人がいて、機関紙を勧誘してうっとうしいところもあったんや
けど、そこがね、大活躍なんやね。ゴミが溜まってどうしようもなかった時、党の方に言います
って言って、直ぐにゴミ収集車が来たりして、そういうレベルでの対応の仕方もあるし。
歌手や俳優なんかは本人が被災地に行けば、それだけで役に立ってる。映画監督が行っても、
あんた誰ですかと言われるだけやし、こんな映画を撮ってると言っても、それがどうしたんやとい
うことやし。
もうちょっと別のレベル、自治体とか国に意見したり、映画を通してやれることっていうのは、そう
いうことじゃないかとも思うんだけど」
井上「そういうことでしょうね」
大森「原発の被害で避難している人たちのところへ行ってパンを配るとかいうよりも、原発の避難
の仕方はこれでいいのかという声をまとめていく。何か考えたらいいんじゃないかな。そのための
情報を集めていくことが大事じゃないンかな」
井上「それは大事ですよね。無暗にやたらに動くことではないですね」
大森「被災地に行かなくても離れた所からでもメッセージを送れることを考えた方がいいんじゃな
いかなと思うんだよね。関西だからということもあるけど」
井上「報道、マスコミのように拙いところを直ぐに糾弾して行くというような立場とはまた違った映
画人なりの取り組みというのがある気がしますね」
大森「関東大震災の後、後藤新平が突出した復興をやっていったという話であるとか、そういうと
ころにヒントがあるんじゃないかと思うんだけど。
僕は宮沢賢治をやったけど、(※『わが心の銀河鉄道~宮沢賢治』1996)震災の後、役に立つかな
というものがあった。別に、宮沢賢治は震災に対してがんばった人じゃないけど、干ばつなど虐げ
られたあの時代の東北に、あゝいう人が出てきた。
一人一人が宮沢賢治になろうとか、復興へのメッセージというのはそういうことじゃないかと思うん
やけど」
井上「大森さんは、著作(※『震災ファミリー』)の中で『平時』という言葉を使っておられるんですけ
ど、平時の時も平時で無いでないものを自分の中に持っていないといけないと仰っていたのです
が」
大森「平時の政治家というのは、党利党略ばかり考えていた人たちは、震災が起こると役に立た
ない訳だよね。それをまざまざと見せつけられるじゃない。それは先程の話と同じで、マンションの
理事長がゴミの日を守りましょうと平時ならお年寄りが言うのも説得力がある訳よね。
しかし、災害時は僕らのようなのが火事場の馬鹿力を出すんだよね。撮影の時のように一日を何
んとか......」
井上「どうにか切り抜けていこうという精神がありますよね(笑い)」
大森「今日は何んとか一日上手くいったな、次の日はまた難問が降りかかってくる。
そういう時がんばった人間が、逆に平和な時のマンションの理事長をやったら、うっとうしいと思う
んだけど(笑い)」
震災後の日本映画――
井上「被災者の方たちもテレビドラマは見始めているでしょうが、映画館に足を運ぶという状況は
まだまだ遠いでしょうね」
大森「まあ、映画は、即効性はないけど、じわじわとくるものだと思う......
DVDで『チャイナシンドローム』(ジェームズ・ブリッジス監督・1979)がセルで物凄く売れていると
聞いたけど、品切れになっているらしいよ」
井上「原発事故ですね」
大森「単純なことなんやけど、そういうのも映画の力やと思うんやけど。レンタルなんかでも『日本
沈没』(森谷司郎監督・1973)なんかの災害物がよく出ているって話やけど」
井上「もう見たくないという人と、見たいという人がいるんですね......。
阪神以後、地震を描く場面を長く撮ったことがありませんでしたが、数年前にやっと撮りました。
現場であの時のことを思い出しながら再現していて、妙にリアルで恐くなりましたよ......」
大森「いやあ、そうだろうね」
井上「この震災の中で、恐ろしいほどいろんなドラマがあるのでしょうね」
大森「ある。絶対、それはあるね。それをこれから何年か掛かって......。
一瞬の判断で何十人の子供を死なせてしまった先生の話とかね......
死なせてしまった先生の気持ちを、映画が何んとかして......。
これから十年、二十年掛かっての話やと思うね。そう思うと皮肉な話だけど、災害や戦災があった
から映画ってのは文化として......。
第二次大戦が無ければ、その後こんなにドラマが生まれなかったとも思う。
それと、ぬるま湯みたいな映画状況になっちゃったから、日本映画が何かもうちょっとピリッとしたものにならないと、これだけの災害が映画に与えた影響というのは、日本映画が変わっていかないといけないんじゃないかと......」
井上「私も時代劇やってる中で、貧しさや飢えというものを若い助監督さんなんかに少しでも理解させようと粟の飯を食わせてみたりするんですけど。もちろん、それだけのことで分かる訳じゃありませんけど」
大森「そういうことやね。大勢の人が一つの事象で死ぬというのは戦争が終わってしまって、無くなったけど、その分、訳の分からない難病映画とか出て来て、人の死を凄く作りものめいたものにしている。
これだけ多くの人が亡くなった訳やから、そんなにおいそれと作りものの死を扱うということは出来ないようにはなってくると思うけどね」
井上「そうでしょうね。今日はお忙しい中どうもありがとうございました。
最後に、犠牲になられた方々の御冥福を心より祈りたいと思います」
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