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日本映画監督協会 会員名鑑

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表現の「」自由を語っちゃおう! 【4】

第四回 何のための言葉狩り?



クソッタレ!

 

三島:すごいつまんない話ですけどガッデムっていう台詞あるじゃないですか。それをこうコメディー風にガッデムって言わしてたら、ガッデムは放送禁止だって言われて削られたんですけど。


井坂:日本で?


三島:日本。NHKで。そしたら2、3日前NHKでドラマをやっていて、そこでガッデムって言ってる。OKじゃんって(笑)


一同:(笑)


三島:だから結局のところその組織がNGというよりは。


内藤:プロデューサーですよね。


三島:まあ直接のプロデューサーの判断っていうか、責任を取りたくないっていう判断からなるべく使わない使わないっていう判断になっていってるんだなっていうのはすごい思いましたけど。


内藤:通常、英語はねえ。だってファックOKなんだよね。おまんこ駄目でもファックはOKですね。英語は良いんですけどね。


三島:そうなんですけどね。うーん。


井坂:ガッデムねえ。へえ。でもそれは初耳でしたね。


三島:駄目って言われましたよ。


内藤:ガッデムって言われても意味ちゃんと言える人って少ないでしょ。


一同:(笑)


どっちが差別なんだろう......?

 

井坂:放送禁止用語って言えば、割と早い時期からキチガイって言うなとかっていうのはね。


内藤:キチガイはもうね。


井坂:言われてきている。


ヤマサキ:百姓とかっていうのも駄目になったんでしたっけ、今は。


井坂:百姓はねえ、今多分言われるんですよ。必ず。


舞原:えっと、時代劇はOKです。現代劇だと言われますねえ。


内藤:女中も駄目ですよね。お手伝いさん。


ヤマサキ:あっ、女中も駄目なんだ。


舞原:時代劇も、女中は時代劇はOKなんですけども。


内藤:女中じゃなくてお手伝いさん。だから『女中っ子』って映画リメイクされた時、森昌子で『どんぐりっ子』ってなりましたよ。


舞原:ああー!


内藤:原作は『女中っ子』。


舞原:差別関係はうるさいですね。


井坂:そうか。小使いさんも言えないものね。用務員?


三島:あっ、用務員さんですよね。


井坂:今だって下手すると用務主事とかって言えって言われる。


ヤマサキ:ええー。そうなんだ。


舞原:看護婦は駄目なんですかね?


井坂:看護師。


舞原:「婦」はもう駄目ですかね。


井坂:駄目。看護師。


舞原:看護婦の方がいいんだけどなあ。


一同:はははは(笑)


内藤:逆にねえ、看護師って言われても「男なの? 女なの?」って聞かなきゃいけなくなっちゃう。


舞原:そっか。だから看護師って......。


三島:だから男とか女の子とかっていうのを分けるっていうのが駄目だっていうことになるんですよ。


内藤:だけどねえ、実際不自由ですよね。「看護師さんがきました」って、どっちか。


井坂:スチュワーデスも言わないんでしょ、今。


舞原:キャビン・アテンダント。CAですね。


井坂:客室乗務員にするかね。......「CAとお呼び」か(笑)


三島:ははは(笑)


ヤマサキ:でもまあね。あっ、そういえばアニメでこうやってウワーっと「ファック!」とかやってるシーンで、日本では普通にこれで(指立てて)やってるのに海外に売らなきゃいけないから「グー」にしてくれって(笑)そこだけ素材作り直して「グー」になってるとかってありますよ(笑)


井坂:今だからブラックボックスなのはいったい誰が基準決めてんのっていうの。あの、差別用語の時に問題になったのは色々突っ込んでいって、それこそ最終的に解放同盟が「いや、そこまで言った記憶はないんだけど」っていう話になってるわけですよね、今は。まあ、例えば単純に言えば部落って言葉は今は絶対使わないけど、でも例えば日常会話の中でちょっと田舎いけば「いやうちの部落はね」って、被差別部落って意味じゃなくて、村っていう意味で使ってるし、そうすると通常使われている日本語なのになんか一律全部......。


内藤:落人部落って言えなくなっちゃうんだよね、今。


井坂:まあそれこそ『気違い部落』っていう映画は永遠にね、オンエアできない。


内藤:はははは(笑)『気狂いピエロ』がオンエアされる時、原題になってますよね。『ピエロ・ル・フ』でしたっけ。ジャン=ポール・ベルモンドって書いてあるから何の映画だろうって思ったら『気狂いピエロ』なんです(笑)


井坂:『座頭市』なんかでもねピー音が入ってるっていうね。


ヤマサキ:ピーピーいいますよね(笑)


内藤:どめくらって。だからテレビドラマの座頭市は怒れなくなったね。「どめくら!」って言われて初めて怒るのに、テレビの座頭市はどめくらって言われないから、なんで怒ってんだって。


ヤマサキ:『巨人の星』なんかもそうですけどね、アニメだとピーピーピーピーいいますもんね(笑)


舞原:「日本一の日雇い人夫だ!」って(笑)


内藤:ただ僕が自主規制したのがね、大林さんの「風の歌が聴きたい」って映画で聾唖者の話で、やっぱり苛められるシーンが出てくるわけですよ、子供の時に。「こんな耳の不自由な子供となんかつきあっちゃ駄目よ!」っていうシーンがあって、これは書く時に「こんなつんぼの子」って書きたいんですよ。で、テレビは駄目だけど映画だからいい。ねえ。「こんなつんぼの子とつき合うと、つんぼがうつる」っていう。実際そう言われたと思うんですよ。うつるからつき合っちゃ駄目って言われてるんですよね、きっと。だけど、どうしようかなあと思って「こんな耳の不自由な子とつき合うと耳が不自由なのがうつるから」っていうふうに自分で書いてしまったんですよね。その通りその映画の中でやってるけど、つい自主規制してしまったんですよね。


舞原:つんぼの人は「つんぼ」って言われるとつらいんですかね?


内藤:つらくないですよ。だって、あの人、盲目の歌手、長谷川きよしでしたっけ? 「僕はめくらだから」って。「めくらがめくらと言って何が悪いんだ?」って。同等でつんぼの人も。だって今や「障害者」って言葉が問題になってるでしょ。「がい」はひらがなで。


井坂:あれもね、変な話ですよ。


内藤:ただ俺はね、放送禁止用語できた時に「障害者って言いましょう」っていった時に逆に俺はやばいと思った。それは「害」という言葉を人のあれに使うのっていいのって、もうずうーっと思ってた。やっとそれ今気づいたなっていう。あれは却ってイメージ悪くしますよ。それよりは「つんぼ」「めくら」って言った方が、だって普通名詞ですもんね。ブラインドを日本語に訳したらめくらだし、デフを訳したらつんぼだし。


井坂:だからえっと、「めくら」は駄目だけど盲目は良いわけですよね。


舞原:「おし」は駄目だけど、唖者、聾唖者。


内藤:だって「聾唖」って訓読みすりゃ「つんぼおし」って。「つんぼ」に「おし」なんだ。あの漢字は「つんぼ」に「おし」と読むんだもん。


ヤマサキ:そうですよね。


井坂:いや、だから言葉をちょっと変えるだけ。本当に差別用語でもそうなんだけども、どういう文脈でとか、どういう構成の中に使われているかによって、同じことを言ったってそれは結果として「目の悪い人」って言ってたって、すっごく嫌な文脈で使われればそれは差別だし。


内藤:だって僕らが子供の頃に「おめくらさんがきたから、ちょっと気をつけてね」って。「おめくらさん」って言ってたんですよね。それを「(嫌な口調で)めくら」って言うと差別になるけど「おめくらさん」って言うと、それはそれでそういう人なんです。それを目の不自由、目の障害、しかも「障害者がきたから」とかね(笑)


ヤマサキ:(笑)


内藤:不自由って言葉も嫌ですよね。「目の不自由な人がきたから」っていう。本人、ちっとも不自由してねえよっていう(笑)


三島:なんか不自由とか障害ってマイナスっていう意味じゃないですか。でも、めくらとかつんぼって特徴っていう感じがするんですよね。


井坂:うんうん。なるほど。なるほど。


内藤:だから個性なんですよ。


三島:個性ですよね。


内藤:それこそ大林さんが使ったけど、目が見えないことは個性であるという。


ヤマサキ:まあ、そうですよね。


内藤:今、つんぼ桟敷が言えないでしょ。「めくら蛇に怖じず」が言えない。めくら縞は言えない。諺とか日本の言葉が言えないことがずいぶん出てきちゃった。するとそれに対して若者はもうその「めくら蛇に怖じず」ってどういう意味か分からない。つんぼ桟敷って言われても分かんない。めくら縞ってどんな縞か分かんない。そういうの出てきてる。日本語がどんどんどんどん減ってきてるんですよ。


ヤマサキ:そうだなあ。


三島:私、なんかその、例えばつんぼを差別に使うシーンがあったとしても全然いいと思うんです。それが必要であれば。それを説明できる立場の責任者がいないっていうか、これはこういう理由で使いましたっていうことをちゃんと説明できれば全然使っていいんじゃないかと思うんですけど、だからそこを多分努力しないというか面倒臭がる人が単純に増えてるだけなんじゃないかなっていう気がずっとしてるんです。


井坂:本当にそのね、責任を。結局だから非常にお役所的っていうか。


三島:そうですよね。


井坂:前例では駄目だったから。じゃあその前例どこまで辿るのっていうことは誰も努力しないし。雑誌とかですとね、例えば卑近な例で言えば、満州って書いてあれば横にね、満州とは現在中国東北部でこれは昭和十五年当時の話なんでっていう注釈を使ってるっていうのもあるけれども、まあドラマでそんなことやってられないですからね。


内藤:あの『未完の対局』、俺ついてた時に、支那人って言いますよね。僕は中国と合作だから、中国人スタッフに「支那って差別じゃないですかね?」って言ったら中国の人は「いや、当時はそう言われてたから。歴史的事実だし、いいですよ」って。じゃあ、使おうっていうことで。


三島:手塚治虫さんの昔の漫画を読んだ時に思いっきりつんぼとか書いてあるじゃないですか。


井坂:ああ、書いてありますね(笑)


三島:で、読み終えて、途中には注釈とかはないんですよ。最後こう閉じる時に最後に「適切でない言葉が使われていますが、これは当時の言葉であってそれをそのまま使わせていただきました」ってクレジットが一枚あるだけでOKなわけじゃないですか。だからドラマも全然、じゃあ必要なんであれば、最後になんで使ったかっていう理由を一枚クレジットすれば全然表現の自由は広がるように......。


内藤:映画でね、よくそのまま使って、最後に今の言うあれ、当時の制作状況に鑑みてって出ることはありますよ。


三島:でもなんか映画はそんなことをしなくていいようにしたいっていう(笑)


内藤:はははは(笑)


三島:あの、テレビはやっぱりあまねく人が自由に見られるものだから、それぐらいになんかやって表現の場を広げたいなって、表現の自由を広げたいなって思うんですけども、なんか映画はそもそもが自由であってほしい。


舞原:なんかその最後にタイトル一枚出すっていうので、(映画の)『砂の器』を見た時に、「今は差別する人はいません」って言ってた。でもいるんですよね。あれ、絶対「いません」っていうので、(わざと逆に)そういう表現をしているんだなあと思ったね。タイトルまで、ああっ、演出してると思った(笑)感激したことがあった(笑)


ヤマサキ:(笑)


三島:うーん。


舞原:バチッと書いてあるんですよね。絶対差別はまだあるなって。


井坂:まあ確かに映画でもテレビでも見る人がどう受け止めるかは見る人の自由だし、それに対してクレームをつけるってことも自由だけども、要は作ってる側がきちっと信念持って「これはこういう理由だから」って言って。それは今結局なんか言われると一番怖いっつって、局でもなんでも、プロデューサーが逃げちゃうじゃないですか。


内藤:まあ、そうですね。はははは(笑)


井坂:だから逃げるか、もう要するに文句言われる前にやめとこう、やめとこう、やめとこうって。......で、それはね、結構怖いことじゃないかなと思ってて。何でもOKですよね、だって。視聴者からクレームがくるからやめてくれって一言言ったら、もう。


内藤:まあね。どんどんできなくなりますもんね。色んな物がね。


映像の世界のバリアフリーは......

 

舞原:車いすでなんか言われたことあります?


井坂:車いす......。


内藤:あのね、一回ね、びっこの人がバック映って、街で映してたらびっこの人が映っちゃって監督が撮り直し要求、ちょっと局に見せたらこれNG出る可能性あるからって言われて。


井坂:それは普通に歩いてて?


内藤:普通の人がたまたま。


井坂:足引きずって。


内藤:足引きずってる人がたまたま後ろ通っちゃったんですよ。そしたらちょっと局からクレームつく可能性あるから......。


井坂:それはなんでだろうねえ。


内藤:ずいぶん、それはもう俺カチンコの頃だから、もう三十年くらい前の話。


ヤマサキ:でもなんかねえ。


井坂:それ逆差別かもしれないですよね。


三島:うん。


ヤマサキ:なんかねえ。健常者じゃなきゃ街を歩いちゃいけないのかみたいなとこあるもんなあ。


内藤:まあその監督も自己規制、なんか言われるとやばいから、一回やっとこうよという意識があったのかもしれない。


舞原:子供番組だと車いすやめてくれって言われますね。


井坂:車いすの人を出すのをやめてくれってこと?


舞原:なんか病院とかでエキストラとかで出すじゃないですか。いや、やめてくれって。


ヤマサキ:えっ、病院のシーンでも駄目なの?


舞原:やめてくれって。


井坂:それはなんですかねえ?


舞原:分かんないです。


内藤:今だってねバリアフリーで、どこいってもバリアフリーで。


井坂:逆に言うとね、アメリカ映画なんか見てると実にそういう意味でいうと、いわゆる健常者とそれから障害者と混ぜながらエキストラつけてたりするじゃないですか。人種に偏りがないようにとかもね。


ヤマサキ:そうですね。人種の配役っていうかね、バランスすごい気にしてますよね。


井坂:ものすごいですね。


内藤:だってシェークスピア劇に黒人が平気で出てくるんですもん。


舞原:いや、だから『ゴレンジャー』があっちにいくと黒人と白人とチャイニーズと何とかが混ざってるんですよ(笑)で、一人車いすだったりするんですよ。


井坂:なるほどね(笑)


三島:そうですよね。


舞原:逆に差別的だなと思ったのが、そうすると黒人の役の人が野性的な勘が強いとか、そういう設定になっちゃうんですよ。耳だけよく聞こえるとか(笑)臭いで「あっちだ!」とか言うんですよね(笑)


ヤマサキ:なるほど(笑)


舞原:昔のインディアンと同じ扱いですよ。


井坂:それはそれで問題だよね。


内藤:あとね、日本映画で『博徒七人』っていう東映のもある。要するに鶴田さんが片目なのかな、そういう七人全部障害者なんですよね。めくらがいて、つんぼがいて、唖がいて、せむしがいてっていう。だから絶対にビデオにできないっていう。


ヤマサキ:(笑)


舞原:なるほど。


内藤:で、名画座ではよくいまだにかかってますよ。ビデオで見れないのを見ろっつって。本当に面白いんだ。小沢茂弘さんかな。ほんと七人全員が身体障害者だからビデオにできないっていうんだよ。


井坂:さっきの話じゃないですけど、内藤さんのその、セックスでね、今性描写が減ってどっちかというとピュアというか、そういう物に触れずに育ってきてるっていうふうにいうと、映像の中、その健常者以外は排除してくって発想っていうのは、世の中には健常者しかいませんよみたいな。


内藤:うーん。なっちゃいますよね。


井坂:それ以外の人を映すことがなんか嫌だと。


内藤:それをテーマにすればいいんですよね。


井坂:テーマでもないのにわざわざ......。


内藤:わざわざそれを入れるというのは何かあった時にどっかからクレームがついた時に怖いという。特にテレビの場合は。だから映画では上映できてもビデオにじゃあしないとか。


井坂:そのどっかからっていうのが実は一番嫌なパターンなんですよね。


内藤:どこなのみたいな(笑)


井坂:「みんなが言ってる」とかっていう話と一緒じゃないですか。じゃあ「みんな」って誰よっていう。


ヤマサキ:ああ、そうですね。