2005年度日本映画監督協会新人賞選考委員会 選考会レポート
2005年度日本映画監督協会新人賞選考委員会
委員長 井坂 聡
2月21日火曜日午前9時30分、最終選考会当日の朝。最後の試写作品『ある朝スウプは』を見るために選考委員7人全員がユーロスペースに集まっていた。恐らくその時点では、誰もが「今日の選考会は長引くかもしれないな」というどんよりした不安を抱いていたと想像する。特に委員長の私は、収拾がつかなくてグチャグチャになってしまったらどうすりゃいいんだと、キリキリ胃が痛む前夜を過ごしていた。
ところが1時間30分後。上映が終わり劇場を出た時、私の気分はかなりすっきりしていた。さらに軽くビールとワインを飲みながらのランチタイムで選考委員諸兄が『ある朝スウプは』について語る会話の弾み具合。一筋の光明とはこういうことかと妙に納得したのを覚えている。
午後1時ぐらいから協会にて最終選考会が始まった。先ずは委員一人ずつに、新人賞にふさわしいと思われる作品と理由を順番に述べてもらった。それぞれの委員の思いは、個別の意見をお読みいただくとして、高橋泉氏の『ある朝スウプは』、瀧本智行氏の『樹の海』、大森立嗣氏の『ゲルマニウムの夜』、内田けんじ氏の『運命じゃない人』の四作品が複数の委員から推挙された。本年度はこれらを最終の選考対象として議論を進めることとした。
前日までの試写の反応から、『ある朝スウプは』以外の三作品が最後まで残ってくるだろうことは十分に予想されていた。そして恐らく票が割れるであろうことも。というのも三本とも絶対的な決め手に欠けていたからである(少なくとも私はそう思っていた)。
『運命じゃない人』はもっとも多くの委員が名前を挙げた作品であった。だが、その殆どが二番手としてのものであった。「悪くはないんだけどね」というのが最大公約数的な意見と言えようか。その一つの理由として、何となくネタ元が透けて見える感じがするという指摘があった。聞くところによると、監督の内田けんじ氏はかなりの映画マニアのようである。映画に限らず芸術作品は、先達たちの模倣や影響を受けながら発展してきたものであり、映画の部分部分でそういう面があったとしても、それで内田氏が否定されるものではない。しかし、どこかにそれを乗り越えていく要素がないと、ウェルメイドではあるけれども食い足りなさを感じてしまう。それがもう一つ委員の心を掴むに至らなかった要因と言えようか。
『ゲルマニウムの夜』はとても評価に苦労した作品であった。はっきり言って、作品の内容が好きだと言った委員は一人もいない。完全に拒否反応を示した意見もあった。それなのに何故最後まで残ったのか。理由ははっきりしている。強烈な映像が、推挙した委員の頭から離れなかったからである。まさに『画』が語りかけ、体の中に分け入ってくる。そんな印象を持たせるショットが随所にあった。そういう意味では改めて映像の持つ力というのを痛感させられる映画だった。しかし先述したように、映画の中身はというところで、委員たちは引っかかってしまった。この映画では全編を通じて圧倒的な暴力と、その無条件な賞讃が描かれている。本能のおもむくままに同僚を殴り、女を犯し、最後は殺人まで。では、それを通じて大森立嗣監督は何を観客に語りかけようとしていたのか。そこが判然としていない。これは大きなマイナス要因であったと思う。もう一つは人物描写の弱さ。自然や主人公一人のシーンの描写は先述した映像の力強さをとても感じるのだが、会話が始まった途端に何ともいえない脆弱さを露呈してしまう。何でこんなに差があるんだろう、というのが委員の大半の意見であった。
『樹の海』は賛成派と反対派の真っ二つに分かれた。全編を通じて瀧本智行監督が俳優をきちんとコントロールしている。個々の役者がうまく見えるのはやはり演出力のなせる業だろう。これが賛成派が先ず掲げた理由である。いや、そんなことはない。見ていられない役者も一杯いるし、構成上色々問題がある脚本(共同執筆)にも関わらず、それで良しとして作品に仕上げている監督に疑念を感ずる。これが反対派の主たる意見であった。
この議論に内在されていた問題は、監督協会新人賞の性質に関わるものであると、私は思っている。新人賞は作品賞ではなく監督賞なのだから、監督としての技量に対して賞を出すべきだ。いや、監督の仕事とは、映画作りの全てにおいて責任を負うものである。従って、作品の出来不出来を抜きにして新人賞を語ることなどありえない。過去に何回も繰り返されてきたであろう議論の対立軸を、非常に大雑把にくくるとこうなるだろうか。今回、そこまで明確な形で『樹の海』について論じたわけではないが、瀧本氏に対する評価の対立は、そのまま作品に対する評価と比例していた。恐らくこの作品については個別意見の中で触れられる方も多いと思うので、ここではこれ以上語らないでおくことにする。
そして『ある朝スウプは』である。予備選考でこの作品担当だった福岡・田﨑両委員から、全員での検討に値するのではという具申があり、選考会当日の試写となった。実は試写が終わるまでは、お二人ともドキドキしていたと言う。「こんなものを見せるために朝っぱらから呼び出しやがって!」と怒られたらどうしようと思っていたらしい。幸いなことにそれは杞憂に終わった。
部屋の中に溶け込んでいるかのような定点カメラの映像と、こっそり押し入れの中にでも隠れて覗き見ているような手持ちカメラの映像のモンタージュが織りなす世界は、『ゲルマニウムの夜』とはまた違う意味で、映像の持つ力を再確認させてくれた。高橋泉監督自身が撮影も担当しているが、無手勝流のようでいて計算され尽くしたショットが切り取ったフレームの中は、紛れもなく[本物の日常]で埋めつくされている。生活感あふれる室内の飾りもさることながら、何よりも主役二人、特に女性の演技が卓越していた。うまいとか下手とかそんな次元でなく、役に成りきるというより役そのものとして存在している。そういう凄味すら感じさせる姿に、委員一同、舌を巻いた。
この作品の制作費は僅か3万円、撮影実数は飛び飛びで8日だと言う。しかしこの映画を通常の商業映画のスタッフ・キャストで作ったら億の金が飛んで行くのは間違いない。試写が終わった後のランチでそういう会話をみんなで交わした記憶がある。ある意味、非常に贅沢な作りを感じさせる映画である。高橋監督と主演男優の廣末哲万氏は、5年前からユニットを組んで交互に監督しながら自主映画を作り続けており、主演女優の並木愛枝氏もユニット結成当時からの常連メンバー。ごくごく普通の日常生活を描くという、簡単そうで実に難しい表現を、無駄なくそしてリアリティあふれる映像に仕上げることが出来たのは、三人の濃密な関係の賜物であることは間違いない。
さて、1時間あまりの意見交換を経て、新人賞の対象作品としては『樹の海』と『ある朝スウプは』の2本に絞られていった。全てにおいてタイプの違う2作品を前にして、新たな論点が浮上してきた。これもよく出る議論だと聞いているが、監督協会新人賞は芥川賞なのか直木賞なのか、ということである。既成の文学賞の固有名詞を使うのはいかがなものかという気もするが、その言葉からイメージされることは、少々乱暴な言い方だが、一発屋でもいいからその作品で発揮された才能に賛辞を贈るのか、アベレージヒッターになりうる才能に賛辞を贈るのか、ということだろう。
ここで我が身を振り返ってみれば、業としての監督を考えるとアベレージを残すのは当然必要な要素であると考えている。しかし同時に、一本でもいいから世界中で賞讃され、長く歴史に残るような作品を作りたいと願っているのも事実である。これは何も私だけでなく、監督協会員たるもの皆同じであろう。その前提に立てば、先のような二分法は本当は成り立たないのである。従って今回の選考委員会の終盤の議論も、今作で遺憾なくその才能を発揮した高橋氏が今後どのような監督になっていくのだろうかという事がおのずと焦点となっていった。瀧本氏に関しては、今すぐどんな脚本を渡してもそれなりに仕上げる事が出来るだろうという点では、衆目の一致するところであった。然るに高橋氏はどうなのだろう。これは全くの未知数である。今まで非常に個的な部分で映画を作っていた監督が、大きな場を与えられた時にどうなってしまうのか。そこに不安を感じるので、それならば瀧本氏を推したい。いや、出来上がった作品を見る限り高橋氏の才能は本物だ。フレームに対するセンス、芝居を見つめる視点。これらは先述したような濃密な人間関係が成立していたから出来たのではなく、どんな場でも発揮する事が出来る素養として高橋氏の中に備わっているものである。だから高橋氏を推す。この両者の議論はしばらく平行線をたどったが、新人監督の将来を我々7人で全て予見する事など到底出来るわけはなく、大体おこがましい話である。我々に出来る事はあくまで可能性に賭けるということだけであろうという方向に収斂していった。そうなった時に決め手となったのは、最後はやはり作品の質であった。
今回の選考委員は、7人全員助監督を経て監督になった、いわば叩き上げばかりである。そういう意味では、同じような経歴を辿ってきた瀧本氏に心情的に肩入れしたくなる部分はなきにしもあらずであった。ある委員がいみじくも言っている。「同じクオリティーだったら間違いなく瀧本氏を推しただろう。しかし出来上がった作品に余りにも差がある」
2005年度映画監督協会新人賞選考委員会は『ある朝スウプは』の高橋泉氏に軍配を上げた。
なお余談だが、この作品は評論家の高井克敏氏の推薦で候補作に選ばれたもので、選考委員7人誰も見ていなかったし、恐らく名前も知らなかった作品である。協会員でもご覧になっている方は僅かではないだろうか。結果的に受賞作となる作品を
推薦していただいた高井氏に感謝を申し上げると共に、協会員としての不明を恥じる次第である。
ここからは委員長・井坂の私見である。
今回の選考にあたり、昨年の理事会で決定された「デビューから3年または3本以内」という規定をかなり厳格に適用し、推薦があった作品でも予備選考の段階で欠格とした。しかし正直な感想としてもう少し具体的な定義をすべきだと思った。特に『3本』の定義である。そこが曖昧だと、何をもって『デビュー』とするのかも変わってくる。
本数にカウントするのは、60分以上の長編で営利目的で(学生映画や自主制作映画は含まないという意味)劇場・ビデオ等で一般公開された映画、もしくはテレビその他の媒体で放送・配給された60分枠以上のドラマとする(通常の1時間ドラマは当然この枠に含まれる)。これは過去の経歴を問うものであって、新人賞候補として推薦する作品の形態や長さを規定するものではない(従来通りどんな作品であっても推薦可能)。
一例としてこんな風な規定はいかがだろうか。勿論内部規定であるので、あまり杓子定規に考える必要もないのだろうが、今のままでは曖昧模糊すぎるのも事実である。来年度の選考に向けて是非検討を、とお願いしたい。
○選考対象とした作品は、下記の18作品
井上靖雄 「隣人13号」
内田けんじ「運命じゃない人」
大森立嗣 「ゲルマニウムの夜」
宮藤官九郎「真夜中の弥次さん喜多さん」
桜井 剛 「ゴーグル」
佐藤佐吉 「東京ゾンビ」
佐野智樹 「変身」
高橋 泉 「ある朝スウプは」
瀧本智行 「樹の海」
坪川拓史 「美式天然」
成島 出 「フライ、ダディ、フライ」
日向寺太郎「誰がために」
深作健太 「同じ月を見ている」
藤江儀全 「ジーナ・K」
保坂大輔 「世界は彼女のためにある」
三木 聡 「亀は意外と速く泳ぐ」
宮坂まゆみ「天使」
綿井健陽 「Little Birds」
