「カットから次のスタートまでが役者の人生です」
榎木孝明×嶋尾康史×滝沢涼子×蒲生麻由×若松節朗×緒方明×井坂聡
『芝居ってなんだろう?』第二弾は俳優と監督を交えての座談会です。芝居をつける側、
つけられる側それぞれの悩み・苦しみ・悶え・快感(?!)を爆笑トークで綴りました。ポロ
ッと飛び出す本音にドキッ?! 前置きはこのぐらいにして先ずはお楽しみを!
(文責・井坂聡)
参加者:俳優 榎木孝明 嶋尾康史 滝沢涼子 蒲生麻由
監督 若松節朗 緒方明 井坂聡(司会)
井坂:本日は宜しくお願いいたします。先ずは軽い質問から伺いますが、榎木さんが役者を目指したきっかけは何だったんですか?
榎木:僕は18歳のとき鹿児島から上京しました。周囲が誰も自分のことを知らない気楽さを感じて、今まで全然知らなかったことをやってみたいという気持ちが芽生えまして。そんな中で出会ったのが芝居だったんです。まあ、動機は不純なもので、週刊誌に出ていた「あなたもなれる明日のスター!」みたいな謳い文句に魅かれて(笑)、ある劇団のオーディションを受けまして。当時は小劇団の全盛期で、その劇団にも大勢の人間が試験を受けに来ていました。初めての経験ですからその時は結構ドキドキしましたが、一週間後に合格通知をもらって顔を出したら、ほぼ全員が受かっていて......。
一同:(笑)。
井坂:オーディションではどんなことをやらされました?
榎木:面接とか簡単なエチュードとか、取り立てて大したことをやったわけじゃないんですが。試験官にしてみれば、パッと見と言うか第一印象でほとんどわかっちゃうんじゃないかと思います。今何ができるかというよりも、その人の持ち味や素材を見るための場なんでしょうね。
井坂:劇団に入って、最初のころのレッスンってどんなことをやりました?
榎木:毎週決まった曜日にクラスがあって......どんなことやったかな......ただ、その時に面白い演出家と出会いまして。本格的に芝居に取り組みたいと思わせてくれる演出家だったんです。その出会いが大きかったですね。初めて芝居の基本というか、芝居をやるには何が大事かというようなことを教わって、それは今でも変わらない自分にとって宝物のような言葉になっています。
井坂:それは?
榎木:その前に、折角ですので他の皆さんに是非先に伺っていただきたいのですが......。
井坂:分かりました。役者をやるに当たって何を一番大事にしているかということを、じゃあ、蒲生さんから。
蒲生:そうですね。作り物の中でどれだけ本物の感情を作るか......それが多分人の心を動かすと思うので、それだけは大事にしたいと思っています。
井坂:なるほど。滝沢さんは?
滝沢:あまり上手くなりたくないなあって思いますね......年取ってくると若い人たちとやる機会が増えてきて(苦笑)。若い人たちが何も考えずにやってるのを見て、ハッとすることがあるんですよ。テレビでマルチなんかをやると、段取りがすごく多いじゃないですか。器用じゃないからなかなか上手くいかないんですけど、気持ちよりも段取りをこなすことを優先したりして。いけないなあなんて思うんです。(※マルチ:数台のカメラで一つのシーンを一気に撮ってしまうシステム。連続ドラマ等に多い。カメラが多い分、動きに制限がある場合も多い)
井坂:マルチは僕、助監督時代に二回しかやったことないんです。普通1キャメの時ってカメラ脇で役者の芝居を見ているんですが、その時インカムで怒られたんですね、ちゃんとQ出ししろって。でも、生の芝居を見てるとQ出し出来なくて、どうすりゃいいのかと思えば、モニター見てればいいんだと。役者が目の前で芝居をしているにも関わらず、そっぽ向いてモニターを見ながら合図を送る......。不思議な感覚でしたね。
若松:僕はテレビが中心なんですが、マルチのよし悪しってあると思うんです。芝居を一回に集約して撮れちゃうっていうのはいい点だと思うし、一方で、細かい段取りをつけられてそれに縛られるっていうのはね......。
緒方:でも、それはマルチだけの問題ではないですね。1キャメであろうが、特にスケジュールに追われたりすると現場って段取りに陥りがちになりますよね。
【芝居?素材?】
若松:最近のテレビの悪い所で言うと、素材撮りが多いんですよ。役者の芝居をどう撮るかってことじゃなくて、取り敢えず色んな方向から何回も撮って、あとは編集でどうにかしようと。そういうやり方は僕には抵抗があるんですが、映画の場合はどうなんですか?
井坂:そういう監督もいますね。それこそ同じ芝居を何十回も撮って、あとは編集で考えようって監督もいるし。
緒方:人によりますよね。人の数だけ演出方法があるわけで。
榎木:僕の経験では、本番だけで四十回位同じ芝居をやらされたことがあります。途中で監督と険悪な関係になって「こっちの生理も考えてください!」って言ったら、「でもこれが僕のやり方だから」って言われましたけど。
緒方:僕の場合は十回超えればもう同じですね。野球と一緒で九回までなんですよ(笑)。十回超えるってことは監督も役者も何がいいのかわからなくなってると思っちゃう。
井坂:逆に、役者がわからなくなった瞬間を狙う監督もいるでしょう。余計なことを考えなくなった、飛んじゃった瞬間の表情とかね。
榎木:そこまで考えてくれていたらいいんですけど(笑)。
緒方:そういう監督の場合は役者を苛めて苛めて、そのことによってスタッフを鼓舞して......というような意図がある時もありますが、まあ、映画の場合でも、色んな角度から撮って編集で繋ぐという、まさにさっき若松さんが仰った『素材撮り』というやり方の監督も確かにいますよね。
榎木:そうなると役者はテンションを保つのがつらくなるんです。どこをどう使ってくれるのかがわからないから。一人だとまだいいんですが、大勢出ているとお互いのテンションをキープするのが非常に難しいんです。芝居全体のバランスが崩れてくるし、途中から素材を撮られているという感覚しかなくなって、役者たちみんなが疲れてくるのが自分でもわかるんですよ。
井坂:僕は出来るだけテイク1をOKにしたいと思いますね。ある程度きちっと芝居を作りたいからテストは繰り返しますけど。本番はどうやって一発で勝負するかって考えます。
榎木:それは役者にとっては有難いですね。
若松:テレビのマルチの場合は、カメラがそれぞれの俳優を全部アップで捉えていますよね。カメリハをやってる段階で、ある俳優がもう本番行きたがっている、出走直前の競走馬みたいになっているということが分かるんですよ。そういう場合、もうテストはなしにして本番行こうとなる。そういうことはよくありますよね。
井坂:芝居の旬をどう捉まえるかってことですよね。テストを重ねることでピークを越えちゃって、失敗したなあなんてことがありますから。
若松:ステージを作るのが我々の仕事です。どういうステージでどういう瞬間に撮るのかということはいつも考えていないといけませんね。
緒方:確かにテストで回しとけば良かったということはよくあって。この間、廣木隆一監督と話したんですけど、廣木さんはテストから回すようにしているそうです。勿論ビデオの場合ですけど。少々映っちゃいけないものが映っていても、空調の音が混じっていても、芝居さえよければ使えるかもしれないと。どういうやり方が一番いいのかっていうのは一概には言えないですね。役者だって、一回で決めてくれっていう人もいれば、何十回も繰り返してくれた方が嬉しいという人もいますし。
若松:俳優によってはラステス(本番直前のテスト)が一番いいというタイプもいますしね。本番だと力が入りすぎてしまうというような人が。
榎木:そういう見極めが出来る監督は信頼できるんです。是非仕事をご一緒したいです(笑)。
一同:(爆笑)。
榎木:『アダン』(2005)という映画で一緒にやった五十嵐匠って監督はやっぱりそういう監督で、こちらの生理をわかってその辺りを見極めてくれたから有難かったですね。
緒方:そう言えば、俳優出身の監督ってテイク1主義の人が多いんです。イーストウッドとか、北野武さんとか。テストもあまりやらずに少しだけ動きの説明してすぐに回すと。
滝沢:やっぱり役者の生理がわかるからでしょうね。
若松:でも、それは我々も同じですよ。我々も俳優と同じ呼吸をしていますから。だから、その呼吸がフィットしないと嫌なんです。そういう場合はどうしたってもう一回ってことになりますよね。相撲で立会いが合う合わないってありますけど、微妙なことなんですが、我々も自分の呼吸と俳優の呼吸がガツンとぶつかり合う瞬間みたいなものをいつも狙ってるんです。
一同:(納得)。
井坂:すいません、嶋尾さんをほったらかしにしてしまいました(笑)。役者として何を大事にしているかっていう話だったんですが......。
嶋尾:ぶっちゃけて言いますと、現時点で何を大事にしたらいいのかということが分からなくなってる状態でして......台本に書かれている役柄の本質を大事にしようとすると、自分が崩れたり。求められてるものと自分が考えてるものに多少ズレがあると、僕は不器用なので、訳が分からなくなったりして......。最初、野球を辞めて役者になり始めたころは、何も考えてなくて、ただ台詞を覚えて喋るということが楽しかったんですが、最近は色々考えるようになって、芝居するのが段々しんどくなってきました。だから、本当によく分からないんです。
若松:それは大いなる成長でしょう!
嶋尾:成長ですかね(苦笑)。
若松:成長です!
一同:(頷く)。
緒方:役者が役のことや作品のことを『分かってる』っていうのは嫌だよね。よく思うんですけど、役者がよく分からないで芝居をしている姿って美しいんですよ。理解しようとして、手がかりを探ろうとしてなかなか正解に辿り着けない、その落差こそが実は芝居なんじゃないかと思うんです。それは役者だけでなく演出する側の我々も同じなんですよ。我々だって正解なんてよく分からない。分からない者同士が現場で何か違うなあと思いながら、お互いを探り合うというね、そういう作業がもしかしたら『芝居をつける』っていうことなのかなあと僕は思うんですね。何が正解だったかということは、恐らく作品が完成してから一年くらいしないと分からないんじゃないのかなあ。
井坂:僕は気が小さいから、よく分かってるふりしますけど(笑)。
一同:(爆笑)。
榎木:役者側から言わせてもらうと、監督の色に染まりたいという願望があるんです。監督によってそれぞれ色は違うわけで。役者は大きく分けると二つあると思うんです。自分に役を引き付ける人と、役に近付く人と。僕は同じに見えちゃうとつまらないと思うんです。役が違えば魂が変わるわけで、どんどん変身していきたいし、そのきっかけを作ってくれるのが監督だと思っているから。相手に応じてどうにでも変われるような柔軟性を持っていたいと思いますね。
若松:こっち側からするとやはり変えたいんですよ。いつも同じ芝居じゃつまらない。こっちの色に染まるつもりの人ならやりたいし、そういうつもりのない人ならやってみたいと思わないですね。
【俳優は現場に人生を持って来い!】
榎木:では、私もそろそろ質問にお答えしますが、舞台と映画とテレビは三者三様で、それぞれ役者として大事にしなきゃいけないことが違うとは思うんです。ただ、僕は最初にお話した演出家から学んだことが三つあるんですが、これは共通していることだと思います。一つ目は『エネルギー』。やる気と言ってもいいんですが、自分は絶対にやり遂げるという前向きのエネルギーですね。これは役者をやろうという人なら当然誰でも持っているものだと思います。二つ目は『頭の良さ』。学校で習う勉強の頭のよさではなくて、あらゆることを感覚的に取り入れる頭の良さ、場の空気を読む頭のよさ、センスって言ってもいいですね。三つ目は『品格』。どんな役でも、たとえ乞食の役でも、観客はその人物にそこはかとない品格を求めますよね。
一同:(大きく頷く)。
榎木:ただ、残念ながら品格というものは勉強すれば身につくものではないんですね。僕の場合、時代劇が結構多いんですが、一国一城の主を演じるとき、そうは見えない現代人がやることのつらさがあって......こんな歴史的な大人物を演じるのは自分にはとても無理だと落ち込むことが多かったんです。まあ、それでも必死にやるしかないんですけど。そういう役を演じるときには、品格というものが絶対に必要になってくるんです。それから四つ目として、これはフランスの名優、ジェラール・フィリップの本から学んだことなんですが、『愛嬌』なんです。愛嬌って見る人に余裕を与えるんですよ。こっちがただ必死にやっているだけだと、見ている人も段々つらくなってくるんですね。芝居の中でふと愛嬌を感じさせられると、たとえどんな悪役でも観客はホッとするんですよ。僕はこの四つの要素を半ば無意識ですけど、常に大事にしたいと思っていますね。
蒲生:今、仰った四つの要素って普通に生きていく中でも大事なものですよね。四つ全部を持っていたら、役者だけじゃなくてもきっとどんなことをやっても大丈夫なんじゃないでしょうか?
榎木:ええ。多分、僕の目標はそこなんですね。人間としての『榎木孝明』がいて、時には俳優をやっていたり絵を描いていたりするわけですが、大本の自分という存在がおろそかになれば、芝居も嘘くさくなるというか、薄っぺらになるというか......日常的にモラルに欠けた行為をする人が、社会的に立派な人間を演じることはやっぱり出来ないと思うんですね。
緒方:さっき榎木さんが仰った『品格』ということに関係するのかもしれませんが......芝居というのは説明になってはいけない、表現にならないといけないわけですよ。ところが、残念ながら説明的な台詞を言わないといけない時もあるんですよ、役割として。その時に、それをどう説明的に見せないようにするかというと、それは多分その俳優さんが持っている品格だったり或いは想像力だったりするんですね。若い俳優なんかを見てると、どうしても説明的な芝居しかできない場合が多いですよね。こっちは台詞を聞きたいんではなくて、台詞をしゃべっている人間を見たいと思ってるんですけど。
井坂:時々、ワークショップなんかで若い人たちの芝居を見ていると、例えば腹がへって飯を食べるなんて設定になると、みんな飯をかき込む芝居になるんです。芝居が記号になっちゃうんですね。日常でそんなことしてるかっていうとね......。そういう記号としての芝居をこっちは崩そう崩そうとするんですけど、時間がかかる人がいますね。
緒方:舞台の場合はそういう作業を時間かけて出来ますけど、映画やテレビの場合はもう俳優さんに現場に持ってきてもらうしかないんですよね。その人の人生と一緒にね。現場に来て監督に芝居をつけてもらおうなんて考えていると大きな間違いで(笑)。かつて、内藤剛志という俳優が『戦場のメリークリスマス』(1983)に出た時にね、大島渚監督に「内藤君、君はここに何を持ってきたんですか?!ヨーイッ、ハイッ!!」って言われたらしいですからね。
一同:(驚嘆の声)。
緒方:まあ、大島さんはキャスティングした段階で90パーセントの演出は終わっているという監督ですから。
蒲生:私、ある役者さんから本当に大事なのは『用意スタートからカットまで』じゃなくて、『カットから次のスタートまでなんだ』って言われたことがあるんです。それまではとにかく監督の用意スタートからカットがかかるまでの間、本番のお芝居に120パーセントの力を出そうと頑張ってたんですけど、なかなか自分の思ったようにならないんですよ。多分『品格』ってことにも繋がると思うんですけど、映画とかドラマって『カットから次のスタートまで』の普段の生活とか、自分の人生とかが全部映っちゃうんだなあって......
井坂:いい台詞だなあ、それ。今度ワークショップで使おう(笑)。
一同:(爆笑)。
蒲生:マネージャーからも日頃の行動なんかを注意されることがあって。最初は何で仕事じゃないのにそんなことまで言われるのかって思ったりしたんですけど、でもそれは役者として、もしかしたら一番重要なことを教えてもらってるんだって気がついて。自分ではそういうつもりはないのに、人から見れば下品に映ってたりすることってあるんですよね。
緒方:そうそう。さっき榎木さんがオーディションは『その人の持ち味とか素材を見る場』って言ったけど、本当に第一印象でその人が分かるんだよね。もう部屋に入って来た瞬間に一発でわかっちゃうのよ。
井坂:あとは部屋を出て行くときね。オーディションの間は緊張してるけど、終わって出て行くときにはすっかり油断しているから、その人の素が見えてしまったりね。
滝沢:嫌だあー、怖いわー(笑)。
一同:(爆笑)。
井坂:嶋尾さん、黙っちゃってるけど(笑)。どうですか?ここまでの話で。
嶋尾:(苦笑)。上手く言えないんですけど......結局自分らしさってことしかないと思うんです......自分はどうありたいか、自分はどうなりたいかということが自分を創っていくわけだし。そうじゃないことを無理にやろうとしても、それは苦痛でしかないわけですし......。だから、自分らしさって何なのかってことを最近考えていますね。
【芝居をつけるってどういうこと?】
緒方:今日、俳優諸氏に聞いてみたかったのは、一体ね、芝居ってどこまでつけられるものか?ってことなんだけど。映画やテレビって舞台みたいに長い期間稽古するという時間はないわけですよね。僕らはロケハンしたり色々と準備したりして、俳優さんは台詞を入れてきて、いざ現場でガツンとぶつかってね。そういう中で、どれだけ芝居ってつけられるのかってことを聞いてみたいんですよ。
滝沢:私、まだ始めたばっかりの頃に、原隆仁監督のコメディ映画に出たんですけど。周りはみんな芸達者の俳優さんばかりで。その時は先ず私の役を全部原さんが演じて見せるんです。それがまた上手いんですよ (笑)。それで『この通り芝居しろ』って言われて。
井坂:今、それやられたら屈辱だよね。
滝沢:その時も相当落ち込んでましたけど(苦笑)。
若松:原さんは全員の芝居をやってみせるんですか?
滝沢:......私だけなんです。
一同:(笑)。
滝沢:とにかく、何にも考えずに監督のやった通り見よう見まねでやんなきゃって思って。なかなか上手く出来なかったんですけど。テンポのことをものすごくうるさく言われて、それだけは必死にやりました。完成した映画を見て、まあどうにかついていってるかなあって(笑)。多分、私の素でやってたら全然駄目だったと思いましたね。
蒲生:私もこの前自分で演じられる監督と一緒になって(苦笑)。私が動いてみせる前に、監督に『こうやって』って動かれて。台本読んで折角色々と考えてきたのに、先にやられちゃうと......まだ初心者だから考えが合っていた!っていうのが嬉しいところなのに...。楽しみが半減しちゃう...。
若松:そう言えばいいじゃない、監督に。
緒方:そこで勝負にいってもらわないと困るよね。
蒲生:うーん......(苦笑)。
井坂:監督って自分で何かが出来るわけじゃなくて、全部やってもらうしかない商売ですからね。僕なんかは、先ず大まかな動きだけ決めてあとは自由にやってもらって。自分が考えてることと俳優さんが考えてることを何となく組み合わせながらやっていくんですね。自分が考えていた以上のものを持ってきてもらえば、結果的に得するのは監督ですから。
榎木:監督って、台本を読んでる段階から役者が動いたときのシュミレーションみたいなことをしてるんですか?細かい動きに至るまで。
緒方:それはどうでしょう。みんな違うだろうなあ。(二人の監督に)どうなんですか?
若松:そうですね。僕の場合、俳優さんはこう動くだろうなあという想定の元にコンテを立てていますから。
榎木:じゃあ、現場でそれを先ず役者にやらせてみてという感じになるわけですか?
若松:ええ。僕は何とか自分の体温を俳優に伝えたいと思っているんですよ。だから、いつも知らず知らずのうちに掴んでいるらしいんですね、俳優の体を。
一同:(爆笑)。
若松:それは津川雅彦さんでも渡哲也さんなんかに対してもそうで「口で言えよ」ってよく怒られるんですが。衣装も皺になっちゃうし(笑)。でも、それは多分伝えたいものが自分にあるからそうしてるんだと思うんですよ。だからと言って、全部自分の思ったとおり動いて欲しいということじゃなくて、俳優さんが動けなければそれは話し合うんですが。ただ、出来るだけ自分のやりたいことを意思表示するようにはしていますね。
緒方:僕は......実はロケハンの時に演出部制作部を使って全部シミュレーションをやっていますね。その後でメインスタッフでディスカッションするんです。こっちをメインポジションにしようとか。それから台本に見取り図とか動きの導線なんかを全部書いて......でもそれは役者には絶対に見せない(笑)。で、現場では最初の立ち位置とか大まかなことだけ決めて役者に動いてもらうと......絶望がやって来るんですね(笑)。想定していたものと全く違うわけです。役者は役者で当然色々と考えてきてますからね。よく喩えに出すんですけど、そこからはまさに舗装されていない泥だらけの道を歩いていくみたいなもんなんですよ。先ずは「こっちに動けますかねえ」みたいなところから始まって。徐々にね......。
若松:でもそういう発見みたいなことを楽しんでるところもありますよね。
緒方:僕はそうですね。だから、芝居をつけるっていってもね、あくまで芝居の強弱のことで、その方向性まで演出が決めつけるというのは違うと思うんです。
井坂:僕は映画の場合もテレビの場合も同じなんですけど、現場に行くときはノーコンテで事前にカット割りしてないんですよ。実際自分の目で芝居を見て、『この芝居を一番見やすいのはどこか』って考えながらカットを割っていくんです。まあメインポジションっていうのはあるから、そっちを向くように配置はしますけど。芝居が固まったところで、メインスタッフを集めてコンテを決めるというスタイルですね。
榎木:それは役者にとって有難いですね。ほぼ、完璧にカット割りがしてあるディレクターですと、動く前から全部決まってますから。頭がいいのはわかるけど、役者の生理も少しは考えてくれって思う時がありますね。
井坂:でも、マルチの場合はリハーサル日ってあるじゃないですか?
若松:最近はリハーサル日がないことが多いんですね。僕はコンテを割りますけど、あくまで机上のプランでいくらでも変わります。ただ、基本的には現場はスピードが求められますから。時間との勝負なんですね、今は。芝居をつけるってことで言えば、現場というよりも、その前の段階で役者とディスカッションしている時、それが敢えて言えば『芝居をつけている』ことになるのかもしれませんね。
緒方:結局、現場で監督がする仕事ってジャッジメントなんだと思うんですよ。極論言えば、監督が現場で発する言葉って『用意スタート』『カット』『OK』『NG』『もう一回』これだけでいいんです。かつて溝口健二が役者に「どこが悪かったんですか?」って聞かれて「それを考えるのがあなたの仕事です」っていうようなことを言ったらしいですけど。だからジャッジメント能力ですよね、演出って。
榎木:僕は半年くらいずっとNGを出され続けた仕事があって。角川春樹さんが監督した『天と地と』(1990)という映画なんですけど。当時僕は32歳で、それ以前に15年位芝居をやっているわけですから、それなりのプライドもあったんですが、角川さんの駄目出しは一言「違う」だけなんですね。役者にとってこんなに苦しいことはなくて。百人以上のスタッフがいて共演者も沢山いるのに、周囲には誰も僕を応援してくれる人はいないんですよ。何がどう違うかも分からなくて、僕の芝居が駄目だからって、そのまま監督が帰っちゃうなんて日もあって(笑)。何十パターン芝居を考えていっても全部「違う」となるんですよ。ところが、ある時、もうまっさらになって何も考えずにやった時があったんです。その芝居を見て監督が一言「俺が待っていたのはそれだ」って言ってね......。
一同:(驚嘆)。
榎木:確かに、試写を見てもそこはやっぱり自分じゃない存在が映っているんです。声の張りも目の輝きも動きも、何かが憑依しているというか、完全に自分じゃないんですよ。後から考えれば、その瞬間には自分の我とかつまらないプライドなんかが消えていたんですね。角川さんは色々とあった方ですけど、僕にとってはそういうことを気づかせてくれた人なんです。
緒方:それだけでもう偉大なる監督ですよ。
【芝居のやりやすさ、やりにくさ】
井坂:俳優さん同士で芝居がやりやすい、やりにくいってどういう時に感じるのか聞いてみたいんですけど。蒲生さん、どう?
蒲生:うーん......(口ごもる)。
緒方:いいよ、この際何でも言って。
蒲生:やりやすいとかやりにくいとか、まだよくわからないですね。......ただ私のことを見ないで芝居をされたことが一度だけあって......その時は私がいないものとして演じられたんですね......そうなると、逆に今度は自分もその人がいないものとして、感情の通わないお芝居をするしかなくて。......でも、それ以外はやりにくいってことはないですね......例えば相手役の方が自分と違う考えで思っていたお芝居とは全然違う形に、でもその違いが不思議な感じがして面白いなって思います。
滝沢:私は人嫌いというか、あんまり人を信頼もしないし、逆に期待もしないタイプなんですよ。だから人から見ればやりにくい俳優かもしれませんね(苦笑)。
一同:(爆笑)。
滝沢:この間、CMの仕事をして秒単位の演技を求められたんですけど、振り返ってニコッって笑うその瞬間だけ撮るんですね。でも、それもやっぱりお芝居じゃないですか。
緒方:そりゃそうだよな。
滝沢:舞台のように何ヶ月も稽古したりということもあるし、テレビドラマのように当日初めて会って、二言三言言葉を交わしただけですぐ本番ってこともあるし。やりやすさとかってことよりも、演技ということ自体が一体何なんだろうって思いますね。だから続けていられるのかもしれませんけど。
榎木:僕は四十代になってから相性の悪い人とやるのが楽しくなりまして。前はそういう人を避けて仕事をしてたんですけど。精神性の相違というか、どうしても相容れない人っていて、若い頃はそれだけで拒否していた所があったんですけど。今はむしろそういう人とやったときに、予定調和じゃない、自分でも吃驚するような反応が起きることがあるんです。それが面白くなって、今はもうどんな人でもOKです(笑)。
緒方:でも、それが理想ですよ。化学反応というか、1足す1が2じゃなくて、3にも4にもなることを、我々は俳優たちに期待しているわけですから。そういう意味で言うと、映画の場合、割と相性みたいなことを含めてキャスティングするんですが。若松さん、テレビの場合、相性の悪い人をキャスティングすることってあるんですか?
若松:それは当然あるでしょうね。内容によっては相性の悪い人同士がやった方がいいこともあるでしょうし。こちらから俳優さんたちにお互いに話をしないで下さいって言うこともあります。ただ、テレビは映画ほどキャスティングに関して努力してませんね。どのチャンネルひねっても、決まった人ばかりが出ていてね。毎回毎回オーディション形式でやればいいと思うことがあります。
井坂:あと例えば、勝手に『こんなもんだろう』って決め付けて芝居する俳優さんっていません?完全な段取り芝居というか、はっきり言えばなめてきてる人。
緒方:ああ、そういう役者はテーク20ってパターンだなあ、俺の場合。
井坂:僕もそういう人はテストの段階からガタガタに崩しちゃうんですよ。
榎木:役者の育ちの違いが影響しているかもしれませんね。舞台だと、台詞一つでも当然最後まで付き合わないといけないですよね。その台詞の前後を全部自分で考えて組み立てていないと出来ません。映画で育った人だと、下手をすれば自分の出番の部分だけ台本を破って持ってくる人もいますからね。そういう人だと相手役が誰でも同じ芝居だろうなと思います。そういう人も中には確かにいますね。
緒方:カットバックで相手役の芝居も見ずに、自分の台詞だけ喋って帰っていく方もいらっしゃいますから(笑)。
【監督にも俳優にも、今その人が歩むべき段階がある】
井坂:そろそろ時間も近付いて来たんですが、まとめと言うか、皆さんに一言ずつお願いして終わりにしたいと思います。じゃあ、今日はほとんど喋っていない嶋尾さんから(笑)。
嶋尾:(苦笑)。なんか皆さんの話を聞いてて......俺ももっと頑張らないといけないなあって思いましたね(笑)。
井坂:よく嶋尾さんとは野球の話をするけど、ピッチャーがマウンドに上がったら自分しかいないし、それと役者の仕事ってどこか似てるような気がするんだけど。
嶋尾:そうですね。役者も先ず現場っていうマウンドに上がれるかどうかが勝負ですし。いざ上がったら、抑えることもあるし、打たれることもありますが......僕もピッチャー出身ですので、出来ればマウンドに上がったら抑えたいなあって思うんですけど。野球と一緒で、役者もそんな簡単な世界ではないので。そう簡単に抑えられるとは思っていないんですけど......出来るだけいっぱい抑えられるピッチャーになりたいですね。あっ、ピッチャーじゃなくて役者でした(笑)。
井坂:滝沢さんは?
滝沢:そうですね......みんな色々と考えてるんだなあって(笑)。私は普段あんまり余計なことを考えないっていうか、割とボーっとしているんで。
一同:(笑)。
井坂:滝沢さんは俺と緒方さんの両方の演出を受けたわけだけど《※『女刑事RIKO』(1998)と『独立少年合唱団』(2000)》、二人の違いは何かあった?
滝沢:(暫く考えて)......二人とも人間が好きだなあということは共通していますよね。そういう人って羨ましいなあって思いましたね。
緒方:俺が昔『井坂さんってどういう演出するの?』って聞いたら、何て答えたか覚えてる?
滝沢:ええー。(暫く考えて)覚えてない。
緒方:野球の勝敗で全部演出が変わってくるって言ったんだよ(笑)。
一同:(大爆笑)。
井坂:(苦笑)そんなことはないよ。(※横浜ベイスターズの熱烈なファン)
滝沢:ああ、でもあながち間違ってない。勝つとニッコニコで『今日はやるぞ!』って感じで、負けるとショボーンとして。すごくわかりやすいんですよ、井坂さん。
若松:(フォローするように)井坂さんってニュートラルなんだよ。
滝沢:そうですよね、確かにニュートラルなんですよ。そういう意味じゃ安心できるっていうか、何をやっても大丈夫って思わせてくれる監督でしたね。
井坂:(負けじと)じゃあ、緒方さんはどんな監督だったの?
滝沢:緒方さんはねえ、最初すごく怖かったんですけど......でもね、打ち上げの時に緒方さん泣いちゃったんですよ。
一同:(再び大爆笑)。
緒方:(苦笑)お前なあ......。
滝沢:それ見てると、私もこみ上げてきて。すごい仕事を一緒にやれたなあって思って。
緒方:(言い訳がましく)『独立少年合唱団』は八ヶ月くらい撮影してたからな。そういうこともあったんだよ。
一同:(ニヤニヤ)。
井坂:じゃあ、そろそろ話を戻して......榎木さん、お願いします。
榎木:そうですねえ。監督にも俳優にも、人それぞれに段階があると思うんですよ。嶋尾さんはさっき頑張らないといけないって仰ったけど、多分嶋尾さんは今そういう段階に差し掛かっている。
嶋尾:はい。
榎木:僕の場合はね、今のキーワードが『いい加減』なんです。『よい加減』と言ってもいいんだけど。かなりハードな武術を長年やってきたんですが、膝とか腰とか相当悪くして。膝に水が溜まって、毎日その水を抜いて痛み止めをしながら舞台をやっていた時期もあったんです。こんなに体を悪くするのはおかしいと思ってその武術を止めて、リラクゼーションを取り入れるようになって......今は古武術に辿り着きました。古武術は体重とか体力とか関係ないんですよ。イチローのバッティングなんか見ればわかると思うんですけど。
井坂:ああ、なるほど。
榎木:それを人生や芝居に応用したいと思うんです。これまでは一生懸命に、それこそ全身に力を込めて頑張ってきたんですが、今は少し力を抜いてね......そういう段階にいるのかなと思います。最近は『偶然は必然』と考えるようになりまして。だから、たとえ相性の悪い方とやることになっても、それも必然だと思えば『来るもの拒まず』で......今はどんな相手役が来ても大丈夫です(笑)。
井坂:じゃあ、蒲生さんは?今どういう段階なんでしょうね。
蒲生:私は『本当にやりたいのはお芝居だ』と思って、モデルをやめて女優を始めたんですが、そうしてよかったなって最近思っていて。今でこそモデル自体の価値が上がってきていて『誰々が着る××』という風に、洋服よりもモデルメインに変わってきているんですが、私がやっていた頃はそうじゃなくて、『Vogue』の写真を見せられて『このポーズお願いします』みたいなことが多くて。そこには洋服の存在はあっても自分という存在がなかったんですね。それがすごく気持ち悪かったんですけど......今は『蒲生麻由』としてカメラの前に立てるので、その分大変なんですけど、良かったなって......もちろん、私には余裕なんか全然ないんですけど(笑)。
若松:僕は今年で58なんですけど、残りの人生で監督稼業をどこまで出来るのかなって考えるようになってから、とても意欲が湧いているんです。あれもやりたい、これもやりたいって、とにかく色んな作品をやりたいって思っていてね。でも、そういう中でも自分流というのがあって、やはり直球を投げるのが自分の一番の武器だと思ってるんです。今日、皆さんのお話を聞いて、改めて自分の流儀は変えなくてもいい、自分みたいな監督がいてもいいって思いましたね。あと、僕はいつもスタッフに人間として一流であれと要求しているんですが、そういうスタッフが一枚岩で役者を見詰めていると、当然役者もいい芝居をするだろうと思うんです。その辺りのことは今後も追い求めて行きたいですね。
緒方:今日のテーマで言えば、監督は現場で俳優たちとどれだけ本能的な闘いが出来るかが問われていると思うんですね。映画の場合、現場よりも準備の方が時間かかるし大変なわけですが、監督はその間色々と理屈で考えているんですね。でも、俳優が現場で表現したものをジャッジする時って、本能の闘いでしかないわけですよ。そういう動物的な本能の闘いをする前段として、自分の中でどれだけきちんと準備できているのかってことが、逆説的になりますが一番大事なんだと思うんですね......俳優ってやっぱり変なんですよ。人に非ずって書きますからね(注俳は『人』に『非』ずって字ですね、確かに)。悲しくもないのに泣いたり、好きでもない人と抱き合ったり。そんなことが人前で平気で出来る人たちですから。
一同:(爆笑)。
緒方:そういう変な人種と闘うためには、我々監督は本能を研ぎ澄ますしかないし、それが使命なんだと、最近つくづく感じるようになりましたね。
井坂:僕はね、榎木さんの気分に近いんです。前はノーコンテとか言いつつも、やっぱり色々なことを結構ガチガチに考えていたんですが、最近は少し変わってきて人に任せちゃえばいいと思うようになったんです。自分はこういうことをやりたいんだという大雑把な意思表示だけして、あとは知らんぷりしてれば、周りが一生懸命考えるだろうし(笑)。その方がもしかしたら、スタッフやキャストの力を引き出せるんじゃないか、みんなで作るって多分そういうことじゃないかと、そういう気分に変わってきたんです。だから、前は現場でも結構キリキリしていたんですが、少し自分の中でも力が抜けてきていて......。
榎木:いい加減で(笑)。
井坂:(笑)。所詮、監督なんて人の褌で相撲とってるわけですからね。
滝沢:いいですねえ、監督って(笑)。
井坂:というわけで......こんな終わり方でいいのかなあ......まあいいか、いい加減で(笑)。
2時間の濃密な座談会を終えて、今さらながらですが気付くことも大変多く、自分自身にとってとても勉強になりました。心の中でモヤモヤしていたものを吹き飛ばすヒントを沢山与えられたと感じています。皆様方はいかがでしたでしょうか?
とはいえ、どこまで行ってもきりがない、因果な世界に足を突っ込んでしまったもんだ、というのも実感。まあだからやめられないんですけど(笑)。
2007年6月2日 シネマインベスティメント会議室にて DV撮影 瀧本智行)
