
複眼の映像 監督と脚本家のコラボレーション~根岸吉太郎×加藤正人編
第二弾は『雪に願うこと』の根岸吉太郎監督と加藤正人さんです。2005年、第18回東京国際映画祭で四冠を達成し、2006年に公開されるや数々の映画賞に輝き、伝統ある毎日映画コンクールでは監督賞と脚本賞をW受賞されました。
足掛け三年、20稿以上改稿した(!)というシナリオ作りの過程と、両ベテランのシナリオ作法を知りたくて、お二人にお話を伺いました。 文責 瀧本智行
瀧本 この作品で加藤さんと組むことになったのはどういう経緯だったんでしょうか?
根岸 加藤さんにシナリオをお願いするというのは僕が自分で決めました。前から一度やってみたいっていうのがあったんです。というのは昔NHKでやった『水の中の八月』というドラマをたまたま観る機会があって。千葉の田舎町の青春群像とか、そこに生きてる人たちが生き生きと描かれてると思ったんでね。こういう仕事をモノにする力みたいなものが加藤さんにあるなと思っていたんです。それと、北海道で繰り広げられる物語なので、寒さを実感として分かっている人の方がいいんじゃないかなと思ってね。音楽なんかも、同じように寒さを感じる音楽をつけたくて、そういうのを感じられる伊藤ゴローさんに頼んだんですけど。もちろんシナリオ自体はやってみないと分かんないんだけど、とにかくやってみたいというのが最初にあったわけです。
(根岸吉太郎プロフィール)
1950年東京生まれ。74年、早稲田大学文学部演劇学科卒業、日活に助監督として入社。藤田敏八、曽根中生に師事。78年日活作品『オリオンの殺意より、情事の方程式』で監督デビュー。主な作品に『遠雷』(81年)、『ウッホッホ探検隊』(86年)、『絆』(98年)他多数。数々の受賞暦もある、ご存知日本映画界の名匠。
瀧本 以前から加藤さんのことはよくご存じだったんですか。
根岸 いやそんなでもないよ。そりゃあ何度も会ったことはあるけど、本気で話すってこともなかったしね。
加藤 酒場で同席したことはありますけれども、直接話をしたことはなかった、というくらい初めてです。お話しをいただいたときは、やはり根岸さんですからね、大変光栄なことだと思って、すぐやりますとは言ったんですけど。引き受けてからしんどいことになるかなと思いました(笑)。生半可なことでは終わらないだろうなという不安と、是非やりたいなという意気込みと、最初のうちは両方ありましたよね。
(加藤正人プロフィール)
1954年、秋田県生まれ。84年にっかつロマンポルノで脚本家としてキャリアをスタートする。代表作は『800Two Lup Rununers』(94/廣木隆一)『三たびの海峡』(95/神山征二郎)『水の中の八月』(99/高橋陽一郎)『日本沈没』(06樋口真嗣)等]。『女学生の友』(01/篠原哲雄)により第四回菊島隆三賞受賞。他、受賞暦も多数。現在,社団法人シナリオ作家協会会長。
瀧本 3年かかったっていうのは、やはり制作的な条件が整うのに時間がかかったということですか?
根岸 色々調べる必要がある話だったんでね。そのまま流れを組んでいけば映画になるって種類の原作ではないので。やっぱりシナリオハンティングを含めてちょっと時間かかるなっていうのはあったし、毎度のことだけど映画が成立するためにはいろんなことがあるよね。それに季節モノだから、ある年にできないと1年伸びるってことになるじゃない。その伸びた分を有効に生かしたいということと、両方合わさってのことです。延びると、それに向かっていたエネルギーがどうしても中断するから、そういう辛さはあるんだけど、同時にそれまで煮詰まってやっていたものから離れられるという利点もあるんでね。そういうのを有効活用したら、延々やることになっちゃったってことですね。
【脚色のテキスト】
原作は『輓馬』(鳴海章著・文藝春秋社刊)。特殊な世界の内幕が丁寧に描いてあり、大変興味深く読める小説です。ただ、映画化するには、柱となるストーリーがなく、大幅な脚色を必要とする小説でもあります。
加藤 さっき根岸さんがおっしゃったんですけど、僕は北国の育ちで、実際子供の頃も家の前を馬ソリが木材なんかを引いてて、馬糞の匂いがしてたりしたんですよ。雪の上を馬が歩くと、鼻息が地面にかかって、体から湯気が出ていてっていうのを見ていた。だから僕の場合は厩舎で馬を見た時に「ああ懐かしいな」って感じだったんですよ。なんとなく昔を思い出して。だから、新しいものを書くというより、自分の中にあるものをもう一度手繰り寄せながら原作を料理していかなくてはという気持ちで作ってみたんです。脚色のポイントとして最初単純に思ったのは、クライマックスはレースだろうなと。原作にはないんだけど、一番盛り上がるのはなんたってレースなんだから。で、そのレースは登場人物全員が何がしかの思いを抱えて挑むもので、レースが登場人物全員に何がしかの影響を与えるものでなければならないだろうと。そういう関係にして構成を立てていきたいなというのがあって、それに向けて人物を配置していったんです。吹石一恵さんがやった女性騎手は原作にはない役だけど、シナハンで女性騎手を見てね、是非やりたいと思ったり。結構途中で変わっていったんですけどね。最初は主人公の母親も出てこなかったんですよ。だけど根岸さんが両親とも出てこないのはどうだろうっていうんで......今となって思えば、全部の稿のメモを残していたらよかったですよね。稿を重ねるごとに少しずつよくなっていったから、メモをまとめたらいいテキストになったと思うんだけど。
「メモをまとめたらいいテキストになったと思う」という言葉に僕は大きく頷きました。原作とシナリオを読み比べると、原作にない役が如何に効果的に配置されているかよくわかります。また、登場させるタイミングや、ドラマに対する関り方も、それぞれ正確に計算されています。どのように直っていったか、その具体的なプロセスにも興味が湧きますが、シナリオを勉強中の人なら、原作とシナリオをつぶさに読み比べるだけで大いに参考になると思います。
瀧本 一稿の段階で、最終的なシナリオの大枠はできていたんですか?
根岸 全然違うと思うよ。
加藤 第一稿はね、群像劇っぽかったんですよ。レースの有り様も違ってました。
根岸 原作は輓馬とか競馬場に対する思いが非常に濃いんですよ。失礼だけど、ある意味小説としてはバランスが崩れているとも言える。そういう思いを一生懸命登場人物に語らせてるんでね。さっき加藤さんが群像劇って言ったけど、最初にシナハンして話を聞いたりしてると、やっぱり面白いわけですよ。みんな癖のある人たちだから。それを一生懸命取り入れていこうとしたら、結果、群像劇になってしまったんだと思うのね。ただ、果たしてこれが映画になって面白いのかと考えると、まあ群像劇で出来上がるものも確かにあるんだけれど、この映画の場合は誰かに自分を乗っけて見ていかないと難しいんだろうなと思ってさ。やっぱりもう少し兄弟の話に絞るべきなんじゃないかと思ったんです。どうすれば兄弟の葛藤がドラマチックになるのか、特に東京から帰ってくる弟だよね、それを中心に置いて、全体をどう運んでいくかっていうことを考えようとなったんです。
加藤 そこから難しさが始まったんですよ。最初は、伊勢谷くんがやった主人公が狂言廻し的な面があったんですけど、やっぱりそれじゃあまずいんじゃないかと。主人公のドラマがきちんとないといかんということで、原作をもう一回読み直してみても、主人公の背景はよくわからないんですね。どういう弟なんだっていうところで試行錯誤があって、稿を重ねたっていうのはありました。
瀧本 根岸さんはとりあえず脚本家に預けるっていう感じなんですか?
根岸 そうですね。一緒にシナハンとかで足を運んでるんで、その間に話したようなことを、加藤さんの方で吸収してもらって出してもらうっていうのかな。
加藤 僕も特別なことをした感じではないです。割と自然に仕事をさせてもらいました。ただ、時間があったので、その時間の使い方がよかったというのはあるかもしれない。気持ちが切れないように適度に稿を重ねているという感じが僕にはよかったです。そういう間合いの取り方が根岸さんはすごく上手いなと思いましたね。途中で根岸さんが『透光の樹』の現場が入って、間が空くわけですよ。僕はその間、榎戸耕史さんとホンのことを打ち合わせしたりしてるんです(苦笑)。
瀧本 榎戸さんって、名前入ってないですよね?
根岸 クレジットではね(笑)。
加藤 そういう時間の埋め方っていうのは、脚本に対する思いが切れないようにっていう根岸さんなりの配慮だったのかな。
根岸 (苦笑)。
瀧本 何稿目かで、ドラスティックに変わったっていうのはありますか?
根岸 今回は本当に少しずつですね。アイデアをひとつずつシナリオにしてもらって確かめていくというのかな。原作にないこともたくさんありますからね。主人公の母親とか、雪玉を作るところとか、女性の騎手が出てくるところとか。
瀧本 雪玉を作るっていうのは、どちらのアイデアなんですか?
根岸 あれは加藤さんだね。何かあの役にそういうことをやらせてほしいっていうのは僕の方からあったんですけど。いくつか考えて、その前のアイデアもあったんだよね。
加藤 わりと図式的に人物が配置されていて、意味でがっちり固められすぎてるんじゃないかと感じる段階があって、よく言えば完成度が高いのかもしれないけど。どこか意味のないことを黙々とやってるっていうのが欲しいなと思って考えたんですよ。ネタをばらすと、タルコフスキーの『ノスタルジア』(1983)をふっと思い出してね。あれで、ろうそくに火をつけて運んでいくのがあったでしょう。大好きなシーンなんですけど。ああいう祈りを込めて無駄なことをしてるような描写をしてみたいなっていうのがあったんで、入れてみたんです。
瀧本 結果的には映画の題名にまでなっていますね。
加藤 それは根岸さんのアイデアです。最終稿まで「輓馬」だったんですよ。クランクインする時も「輓馬」だったんじゃないかな。
根岸 撮り終わってから題名をつけたね。
加藤 一番最後に直したのは、年配の厩務員を一人加えたことですね。若いスタッフが多くて厩舎に重しがかかってないから、もうそろそろ辞めてもいいぐらいの人間を一人配置した方がいいんじゃないかと根岸さんに言われて。確かそれを最後の稿で直したんですよ。早い段階でクランクインしていたら、そういう細かいチェックはできなかったと思うんですけど、時間があった分丁寧にできました。原作からどんどん離れていっちゃいましたけどね(苦笑)。まあ、原作の本質をより際立たせるつもりで直してるんで、原作者には喜ばれましたけど。
【脚本家が現場にいたら......】
瀧本 月刊シナリオの対談(2006年5月号)で、根岸さんはまだ直したいって仰ってたじゃないですか?加藤さんは傷があるって仰ってるし。
根岸 結局ホン直しっていうのは足し算と引き算なんだよね。ここを足しとけばよかったというのと、引いとけばよかったっていうのをずっと考えているわけですよ。それは現場でも仕上げの段階になっても、今になってもいつまでも思ってるよね。まあ、封切ったら終わりなんだけど。だから、基本的に自分が作ったものは観たくないと思ってるんだけどさ、どうしても上映会なんてあって。上映の状態が不安で見始めたりすると、最後まで観てしまって。いろいろ思うよね。
加藤 そんな感じですよ。なるべくセリフも少なく贅肉をそいで書いたつもりなんですけど、今見ると、もっと喋らなくてもいいところがあるなっていうのと、逆にもうちょっと補強しておくべきだったなってのと両方あります。直してみたら別の不満が出てくるのかもしれないけど。あ、そうそう、今回は現場でもワンシーン直しをしたんですよ。初日だけ現場に行ったんだけど、俳優さんたちと話しをして。主人公の兄弟が老人ホームにいる母親と会った直後のシーンは、元々車の中で延々やる芝居だったんですね。それではメリハリがないから外に出たいというのがあって、でもただ外に出て話すってわけにもいかないから。一日考えて、窓に雪玉をぶつけるっていう芝居を書いて、号外(**現場中の直しのこと)を出したんです。
瀧本 そのシーンはさりげないけど、僕の一番好きなシーンでした。
根岸 出来ればシナリオライターにずっと現場にいて欲しいよね。ただ大抵の場合、次の仕事があるってことになっちゃうんで、そういうことができないけど。役者が1日2日動いているのを見てると、ああしたい、こうしたいっていうのが出てくるわけだから。それを元に全体を書き直すってことも当然できるわけだからね。そうした時に、色んなやりとりをシナリオライターと出来るといいんだけどね。
加藤 僕もそう思います。現場にずっといられれば、もう3つ4つ、もしかしたらいい芝居が書けたかもしれない。
根岸 何度かシナリオライターにいてもらったことがあるんだけどね。
瀧本 内田栄一さんは『永遠の1/2』(1987)の時に現場にいらしたとか。(** 内田栄一 1930年岡山生まれ。代表作に『妹』(74/藤田敏八)『水のないプール』(若松孝二)等。94年死去)
根岸 いたねえ。ぶらぶらしてたよ(笑)。ラストシーンが気に入らないから来てもらって。現場といっても、撮影してる町で毎日ぶらぶらしてるだけなんだけどさ。でも町の空気とか俳優さんの芝居を見て感じたものを出してくれたから。
瀧本 加藤さんは現場にべた付きなんてことはないんですか?
加藤 ないんですよ、僕は。あんまり現場が好きじゃないっていうか、馴染みがないんですよね。現場にいると、なんか申し訳ないなあ、みんな迷惑してるだろうなあっていうのが先に立っちゃうんで(笑)。もうちょっとマシなこと書けよとかね、逆にチェックしに来てるのかよとか思われたりすると嫌なので、早々に退散することにしてるんです(笑)。ただ、今回地方っていうこともあって、北海道ロケの間、ずっと現場にいられたら楽しいだろうなと思ったんですけど、そんなこと思ったのは初めてですね。今まで思ったことはない。映画を見たあるライター仲間に、雪玉を車の窓にぶつけるっていう演出 (**現場で号外を書いたシーンのことです)を超えるシーンがないから、脚本が演出に負けてるっていうような意味のことを言われて。最初何を言われたかわからなかったんだけど、どうやら現場の判断で雪玉を投げたと思ってたみたいなんだよね。即興っぽい感じがあったからでしょうけど。確かに東京にいて直せと言われれば、ああいうシーンって思いつかないと思うんですよ。そこに雪があって、ストーブに当りながら直してるから書ける芝居であって。まあ、ある意味光栄というか、そういうこともあるんだなということを今回初めて思いました。幸運でしたね。
瀧本 脚本家が現場にいるのは理想的ですよね。依田義賢は溝口健二のセットにいて黒板使って本直ししたって言いますもんね。
加藤 依田さんも原稿用紙二千枚くらい書いていたそうで。ホンを読むとサクサク書いているような気がしちゃいますけど、そうじゃなくて一作一作膨大な量を直して、それであの丹精なものが上がってる。溝口さんと依田さんにしても、小津安二郎と野田高悟にしても、あそこまでのコンビって非常に希有なことですよね。
根岸 特殊だよね。成瀬巳喜男なんかは結構ライターを変えてるもんね。
加藤 成瀬さんはホンは長ければ長いほどいいって言って、できるだけ切って使うらしいんですよ。赤線引いて台詞を切るのがすごく楽しいみたいなことを言ってるけど。
黒澤明も脚本家が作品ごとに微妙に変わっています。複数のライターと一緒に旅館に籠り、シナリオを作り上げる過程は、この対談のタイトルでもある『複眼の映像』(橋本忍著)に詳しく書かれています。興味のある方は是非! 本当に名著ですから。
瀧本 シナリオ合宿みたいなことはしたことあるんですか?
加藤 ありますよ。
根岸 今回はなかったけど、前はよくあったよ。最近は予算がないからな。
加藤 『日本沈没』(2006)は成島出君とずっと二人でいましたよ。2DKのウィークリーマンションを借りて、別々の部屋で書いては突き合わせて、また別れて書くんです。毎日毎日、最初から最後まで全部二人で一緒に書きましたね。入ってた時は毎日びっしり書いてたから、そんなに期間は長くなかったと思うけど。シナリオ自体が仕上がるまでには半年。構成の時は旅館に入ってやりましたね。
瀧本 息苦しくなったりしませんか。
加藤 精神力ですよね(笑)。しんどい思いをしながらガンガンやるわけです。
根岸 シーンを入れ換えたり人物を足したり、全体の流れを表のようにして打ち合わせるって時には、一緒に泊まってやるのも有効かもしれないけど、最近、そういうことは面白くなくなっちゃった(笑)。理詰めにすると硬直しちゃうんだよ。発想としてあまり面白くないな。
【脚本家をいかに掌握するか......信頼できなくても信頼するんだよ!】
瀧本 これ、よく聞かれると思うんですけど、根岸さんは書かないんですか?
根岸 (あっさりと)うん。
瀧本 昔はご自身で直してたりもしたんですよね。ある時から自分では書かないって言う風になったんですか?
根岸 別に決めたわけじゃないけど、アイデアも含めて、書くのと同じぐらいのエネルギーで話をしてるんでね。まあ、さぼってるのかもしれないけどさ(笑)、少なくともアイデアにたどり着くまでは一生懸命考えてる。ただ、アイデアって正にアイデアで、思いつきだからね。ライターとのやりとりの中で、それが消化できるのか、プラスになるのかを検証していくっていうか、ライターに任せてみるっていうかさ。それと、シナリオライターって、どっかで監督に任せて書いてるのと、監督に任されて書いてるのは全然違うんだよ。
加藤 (大きく頷き)そうそう。
根岸 人心掌握術じゃないけど、そういうの、ものすごく大事なんだよ。いざとなったら俺が書いちゃうぞという態度でいるんじゃなくて、書いてくれって態度を一貫して持ちたいと思うね。
瀧本 それはやっぱり、今まで信頼できるライターと組んできたから......
根岸 いや、信頼できなくても信頼するんだよ!
加藤 今回ね、根岸さんとやってる間に、鈴木尚之さんがすごく心配されてて、どうなってる?どうなってる?って聞いてくれてたんだけど、僕が「まだ直しをやってます」って言うと、尚之さんが「そうやって何回も直させてくれる監督はいい監督なんだよ。それは信頼されてるってことだから、ちゃんと応えて精一杯やらなきゃ。幸せなことだから」って。要するに、監督が自分で直しちゃったりどこか諦めちゃったりすればその方が楽じゃない。でもライターに書いてっていうのは信頼されているってことなんだから、何稿になってもちゃんと書き続けなさいって言われて、それはそうだなと。(** 鈴木尚之 内田吐夢監督『飢餓海峡』田坂具隆監督『五番町夕霧楼』など数々の名作の脚本家。70年代には『不毛地帯』『白い巨塔』などのテレビドラマも手がけた。2005年11月26日肺ガンのため死去。享年76歳)
瀧本 直す方も大変ですけど、じっと待つ方もエネルギーいりません?自分で直して自分が納得した風なものになっていく方が楽とか?
根岸 自分でやるとさ、発見するんじゃなくて後始末っぽくなっちゃうんだよな。自分は自分のことを信頼してるからね、そこから逃れられなくなるんだ。待ってる間に書いててもいいんだけどさ、でもメモ以上に書いちゃうとそれに縛られちゃうんだよ。
瀧本 根岸さんから投げかけられるのって、割と大きなものを投げかけられる感じなんですか?それとも具体的なものなんですか?
加藤 打ち合わせの時にですね、全部じゃなくても、こういう方向で別の視点からシナリオを眺めてみたらどうなるかっていう形で話し合うわけです。その中で何かが見えてきつつある時に、そろそろこういう方向で書いてみましょうかと。
根岸 段階によるよね。最初の段階はそういう感じかもしれないけど、後半になれば段々具体的になっていかざるを得ないし。ここをこうしたらどうだろうかとか、こういう人物を入れてみたらどうだろうかとか、この流れのここは余計だからとか。最後の最後は当然どんどん細かくなっていくよね。
瀧本 今まで一番苦労したシナリオってどれですか?
根岸 うーん......『雪に願うこと』は結構苦労した方だと思うよ。苦労したっていうか、時間がかかったっていうか。ここのところ毎回違うシナリオライターとやってるんでね、お互いにどういうペースでやっていくか、どういう風にやっていくのがいいのかってことで、それなりに苦労があるよね。
加藤 根岸さんの最近の3本では、僕のが一番短くない?『透光の樹』(2004)と『サイドカーに犬』(2007初夏公開)と比べると。
根岸 『透光の樹』は一年に一回直しって感じだったから(笑)。『サイドカーに犬』が一番長いかな。あれは原作出てすぐだし、一回原作の手付金が切れたからね。
瀧本 それもやっぱり企画のタイミングの問題ですか?
根岸 いや、話をどういう風に組んでいくかとか、切り方とかを、いろんな形でトライしたもんだから。それぞれ面白いホンがあるんだけど、全然違うやつが(笑)。
瀧本 竹内結子は最初から決まってたんですか?
根岸 いやもう全然。ホンができてから。このホンなら誰か口説けるなってところまで来たからね。ざっくばらんに言うと、一口で説明つくようなエンターテイメントな話じゃないんでね。そうするとやっぱり、ある程度強力な俳優さんが出てくれないと、映画として成立しないし、あとは非常に安い予算でやるかしかなくなっちゃう。それなりの俳優さんに出てもらうためにはやっぱり魅力ある脚本がないと成立しないんだよ。どうしても一生懸命ホンを作ることからスタートしないと。
瀧本 プロデューサーから「そろそろこの辺りで決定稿に」みたいに言われることはないんですか?
根岸 プロデューサーはずっとやめたがってるからね(笑)。ついつい話に乗って始めちゃったけど、これはどうもやばいな、傷が浅いうちにやめとこうみたいなさ。長いことやってるとそういう気配が漂ってきて。できることなら静かにしておいて、「これはないことにしたいなー」みたいなさ。だからそういうことはないの、俺の場合は(笑)。
瀧本 じゃあ執念で。
根岸 長くやってると自然と執念になっちゃうんだよ。ここまでやったんだからどうにかしないと、落とし前がつかないみたいなさ(笑)。
瀧本 僕は1年ぐらいで辛抱が切れそうになります。
根岸 1年でやめればいいんだよ。2年するとやめられないね(笑)。1年っていうか半年だよね。そのくらいでさっさと切り換えないとどんどん深みに嵌る(笑)。
瀧本 シナリオライターが毎回変わるっていうのは何か理由があるんですか?
根岸 素材が違うからですね。この素材には誰がいいのかなって思ってるんで、そういう風にお願いしてるんです。
瀧本 一時はずっと荒井晴彦さんとやっていらっしゃいましたけど、その頃も素材に合わせてこれもやっぱり荒井さんだって感じで?
根岸 そうでもないね。その頃は、荒井さんにも、もっと幅があるかなと思ってたから(笑)。またやってみたいなっていうのはあるけど、やっていく中でお互いの違いが分かってきたところもあるよね。同じ監督と脚本家の組み合わせが続くと、同じ方向で収束していっちゃうんだよ。それにはいい面も悪い面もあるから。
瀧本 オリジナルっていうのは、考えないんですか?
根岸 ロマンポルノの時はあるんですけどね。別にやんないって決めてるわけじゃないんだけど、素材だと思うんだよね。ここんとこずっと原作物をやってるんだけど、小説はストーリーがあるから元々シナリオに近いとも言えるけど、例えば実際の事件を取り扱うにしても、それがオリジナルかというと、そうでもない面があるじゃない。何を取り上げて何を引いていくかっていう、原作物と同じことを考えるだろうし。自分が体験したことだったり、アイデアとして沸いてきたことからオリジナルを作るという時には、そんなに原作と付き合ってる感じと変わらないんじゃないかと思いますよね。ただ原作ってのは自分が持ってるものと全く違うところにあるものだから、その方が俺としては気分的に取っ組みやすいっていうかな。自分から離れた素材の方が関わりやすい気分がするだけです。
瀧本 加藤さんはいかがですか?オリジナルと原作物では。
加藤 オリジナル自体がほとんど企画に上がらないからね。仕事の発注って、大抵、こういう原作があってってところから始まるから。オリジナルやりたいなと思って、まあプロットまではいかないですけど、こんなものはどうだろうかっていうのは、いつも5、6本はありますよ。あとは知り合いのライターと書きかけてる脚本っていうのもありますけどね。ただ時間がかかるんで、ついつい生活を優先しちゃって(笑)。やりだしたら半年以上かかっちゃうでしょう。それで可能性が非常に少ないっていう風になると、結構大変です。オリジナル脚本に対する助成でもあればいいと思いますけど。ただ、オリジナルについて常に考えてなくちゃダメだなとは思います。こういう話やりたいな、こういうの面白いなっていうことを自分で毎日夢想してないと。新聞見ながら、なるほどこういう時代ならこういう話を調べると面白いな、というのを月に1本くらい思いつくんですよ。最近はあれですよ......(この後、加藤さんから最近起こった事件にインスパイアされた興味深いオリジナルネタの一端を伺いましたが、企業秘密なので掲載しません。悪しからず)原作を料理する時にも、そういう風に考えていたことが自分の引き出しになって、脚色の力になると思うんですよ。
【巨匠相手でも腰が引けてはいけない!】
瀧本 根岸さん、今まで初稿を読んで「完璧!」とは言わないまでも「できた!」みたいなことってありました?
根岸 ......うーん。そういう風には思わないけど、面白いなと思うことは何度もあります。企画にシナリオライターの発想が加わって、発想自体が非常に面白いとかビビットだなと思うことは初稿の段階でもしょっちゅうあるよね。
瀧本 でもやっぱり、何稿も重ねますか?
根岸 初稿っていうのは多分さ、シナリオライターもそれで完璧だっていうものでもなくて、いろんなアイデアを試すように少しずつ投げ入れてることも多いからさ、それはやっぱり、取捨選択するっていうことに普通はなっていくんだよ。
瀧本 直して悪くなるってことあるんですかね。
加藤 あるよね。
根岸 よくあるよ。それはでも、悪くなることによっていろんな原因が見えてくるわけだから、決して無駄な直しってわけじゃないんです。
瀧本 最後に、まとめと言いますか、監督と脚本家の理想的な関係みたいなことについてお伺いしたいんですけど。いろんなライターとやっていらっしゃいますけど、根岸さんはいかがでしょうか?
根岸 そんなのわかんないねぇ(苦笑......そして暫しの間)。やっぱり、才能ある人とやりたいよねえ、監督としては。その人に才能があると思えば、信頼できるし信頼関係ができるわけだけど......理想的な関係なんてわかんない、本当に。やってみなきゃわかんない。今回はそういう意味で理想的な関係だと思われているわけだよね。こんな対談やらされてるくらいだから。
瀧本 はあ。
根岸 でも次の素材で加藤さんとやった時にはうまくいくかどうか全くわからないんだよ。
加藤 (大きく頷き)そうそう。
根岸 もちろんその時も同じように信頼して進めていくだろうけど、最終的なジャッジメントって......一緒に死ぬことはできないからね、残念ながら。そうした時は自分で書くか別の人に書いてもらうか、そういう現実的なことになっちゃうんだよ。例えば、小津さんが豆腐屋は豆腐しか作らないって言ったって話があるけど、小津さんと野田さんコンビは言ってみれば同じような素材だけで世界を形作り続けたわけでさ。もうそんなこと、普通はないだろうし、そういう時代でもないしさ。そうするとやっぱり一回一回、お互いに信じてやるしかない......お互いに信じるって、自分のことも信じてやるしかないってことなんだよ。例えば若い人が誰か高名なシナリオライターとか、うるさいシナリオライターとやるときに、腰が引けちゃあいけないんですよ。直すべきところがどこなのか見つけて戦わなくちゃいけない。今日の対談で意味があるとすればそういうことだと思うから言うんだけどさ、世間は監督の方が偉いと思ってるけど、時にはシナリオライターが横綱でね、監督が前頭でぶつかっていくってことがあるわけですよ。そうした時にやっぱり、恐れずにぶつかり方を研究すべきだと思う。そうしないと、シナリオライターとやってる意味が見つからないと思いますね。そりゃね、俺なんかでも田中陽造さんなんかとやってると、ここを直して、あそこを直してっていうのはイヤなもんだよ。なんか、バカにしたような顔して聞いてるしね。でもそれを臆さずやっぱり言わなくちゃダメなんだよ。本当に力のあるシナリオライターっていうのは、そういう顔して聞いてても、何が映画にとって力になるかっていうのを見極めて、もう一回返してくる力があるんでね。そういうシナリオライターの力を信じるっていうことが必要だと思うね。
瀧本 (暫し聞き入ってしまいました......)加藤さんはいかがですか?
加藤 僕は、脚本は一人では作れないと思ってます。自分の作業って自分じゃわかんないから。やっぱり横にいて、自分のやってる作業を見てくれている人がいて、そういう人が客観的に判断を重ねていく中で作業していきたい。僕の場合は人の力を借りながら書いていくんで、やっぱりそういう関係性の中で最後まで書きたいっていうのは強くありますね。脚本はライターが書き切るべきだし、監督には最後までライターに書かせ切ってほしいですよね。脚本を大切にするのがいい監督だと思うから。だから、いい監督は直しの時は粘るだろうけど、脚本家を大事にしてちゃんと認めてくれるしね。そういう関係がきちんとある中で仕事ができれば理想的だなって思いますよ。
不躾で拙い質問をするたび、根岸さんと加藤さんの目の奥が鈍く光り......それこそバカにしたような顔して聞いているように僕の目には映り......対談中は内心ドキドキとしておりました。それでも誠実に丁寧にお答えいただき、感謝しております。本当に有難うございました。
結局、映画は一本一本違うわけで、これが正解というシナリオ作法などあるはずないわけで、一行一行粘り強く直していくしかないわけで......そんな当たり前のことを確認するために、随分と贅沢な時間を過ごさせていただきました。本当に役得でした。
根岸さんがかつてインタビューでこんなことを仰っています。『映画にとってもう一押しするところは何なのか、足りないところは何なのかと考えた末に直したシーンというのは、映画の中で必ず力を持つ』と。心に深く刻みたいと思います。
平成十九年五月十四日 監督協会にて DV取材 日笠宣子
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