このページの先頭です


特集

日本映画監督協会 会員名鑑

特集

契約する準備はできている 船橋淳監督インタビュー


『あなたは契約書を交わさないで仕事をしたことがありますか?』

プロデューサーや製作会社との信頼関係が良好であれば、契約書を交わさなくとも監督として作品に取り組んでいく上で不安を感じることはないかもしれませんし、例え様々な権利を放棄しなくてはならなかったとしても、それを承知の上で作品に取り組んでいくのなら、契約書を交わさないことで感じる不安や不都合に捕われていても始まらないでしょうし...。
しかし想像するに、所謂一般企業間では契約書を交わさないで仕事の受発注をするなど考えられないことなのではないでしょうか。
日本映画監督協会映像メディア委員会編纂による「映像白書2005」によると、予算1億円以上の作品ではほぼ契約書は交わされているようなのですが、それ以下の予算の作品となると契約書を交わさない事例が一気に増えていくというアンケート結果が見て取れます。
ボクはピンク映画という、義理と人情のやくざな価値観が通底しているような世界で超低予算映画を作っていたんですが、例え金銭的儲けはなくとも、自分が監督をした映画が大切に扱われ、監督としての創作的立場やらを尊重してもらえるので、契約書を交わす必要性を強く感じたことはありませんでした。

4月13日から3週間ほどでしたが、ニューヨークの Cinema Village という映画館でボクが監督をした『花井さちこの華麗な生涯』というピンク映画が一般公開されました。文化庁の海外留学制度でニューヨークに行ったことがきっかけとなり、ニューヨーク在住の日本人プロデューサーの方が配給会社との折衝をすべてやってくれたおかげで全米公開という歴史的快挙(とボクは思っているのですが...)を成立することが出来たのですが、ここまでの道のりはなかなか大変なものでした。それでも、世界でも屈指の超低予算商業映画であるピンク映画がアメリカ(海外)で劇場公開されることは日本映画界に取っても思わず笑っちゃうぐらいの意義を孕んでくれるのではないかというボクの思いを汲んでくれた日米双方のプロデューサーの理解と尽力によって、北米圏での劇場公開とセールスに関する契約を交わすことができたのでした。
この経験の中で、ボクは考えさせられました。日本映画が海外に出ていく必要性を(いろいろな意味で...)強く感じているのですが、そのためには契約というものに対して、まずは監督個々人がもっと身近に感じることが必要なのではないかと。

結果成立させることはできなかったのですが、ある製作会社から依頼を受けた仕事で、ボクは権利一切の買い取りを認めてしまう契約を交わそうとしました。
まずはそこから始めるしかないと思ったからです。
例えどんな条件になろうとも、契約を口頭だけでは終わらせないこと。
恥ずかしいですけれど、今のボクにはそんな風にしか戦えないんです。

著作権法が改正されて監督が映画の著作権者になろうとも、そんな契約を交わしてしまったら元も子もありません。逆に、現在の状況下でも契約次第では監督が著作権だって持てちゃえるんです。
法律を個人の力だけで変えるのは不可能に近いですが、契約は個人の器量と裁量次第でいくらだって変えられる可能性はあります。

戦うために、その1。
契約社会アメリカで活躍されている舩橋監督に、アメリカでの著作権事情についてお話を伺いました。

------------------------------------------------

舩橋淳 プロフィール
1974年大阪生まれ。東京大学教養学部表象文化論分科卒後、ニューヨーク、スクール・オブ・ビジュアルアーツで映画プロダクションを学ぶ。処女作の16ミリ「echoes」は東京国際、ミュンヘン、カルロヴィ・ヴァリなどの映画祭へ招待され、仏アノネー国際映画祭で審査員特別賞、観客賞を受賞。2002年に日米で一般劇場公開される(配給:スローラーナー)。第2作「Big River」は、企画段階でベルリン映画祭共同プロダクション・マーケットに選ばれ、オフィス北野により製作。完成後は、ベルリン映画祭、釜山映画祭でプレミア上映された。またニューヨークで時事・社会問題を扱ったドキュメンタリーの監督も続けており、2005年にはアルツハイマー病に関するドキュメンタリーで米テリー賞を受賞。文筆活動としては、キネマ旬報、ユリイカ、世界などへ文芸批評を寄稿。「10+1」(INAX出版、芸術批評誌)では、映画論考の連載を受け持った。現在、NY在住。


funabasi01.jpg主な作品
echoes (2001, 16mm)
  アノネー映画祭(仏)審査員賞・審査員特別賞・観客賞受賞
  ミュンヘ映画祭(独)ハイホープ・アワード受賞
  東京国際映画祭、カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭(チェコ)正式招待
日曜日にはあのジャズを (2003, HDTV, documentary)
人生を楽しみたい
    〜アルツハイマー病への取り組み〜 (2005, HDTV, documentary)
  2005年度米テリー賞シルバーアワード受賞
Big River (2005, 35mm)
  ベルリン映画祭、釜山映画祭、カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭正式招待
あの日を忘れない 〜同時テロ事件から5年〜 (2006, HDTV, documentary)



○アメリカでの著作権
舩橋「監督に著作権がないって言われるんですか?」
女池「そうですね。日本では監督は映画の著者としての権利は認められていないんです。舩橋さんは普段アメリカで活躍されているので、それで話を聞いてみたいなと思ったんですけど、舩橋さんって日本で映像作品の仕事されたことってあるんですか?」
舩橋「僕は学生からこっちなんで、日本では仕事したことがないんですよ」
女池「そうなんですか」
舩橋「『Big River』は全額日本からの出資なんで、契約の進め方がいろいろややこしくて、日本とアメリカの中庸を取ったみたいなところがありましたね。ただ、監督の著作権については、work for hireという言葉があるんですが、つまり会社に雇われて仕事=演出するという形で、著作権は会社に帰属するという契約でした。」
女池「そうなんですか」
舩橋「二次使用料はもちろん法的に確保されている訳で、監督として1.75%、共同脚本家として1.75%の半分0.875%は確保されています。映画自体の著作権は撮影前の交渉で、会社が全て保持するという形でした。」
女池「買い取りだったんですね」
舩橋「そうです」
女池「ただ、その1.75っていう二次使用料とかも、監督に著作権があると法律上認められている訳ではないので、申し合わせみたいなものなんですよ。だから、大手が加盟している映画製作者連盟とは監督協会も協約を結んでいて、1.75っていう数字が生きてるんですけど、そういう所に加盟していない小さな製作会社とかだと、完全な買い取りで二次使用料なんかも払わないってことになっても法的には何ら不当なことではないんですよね」
舩橋「あれは日本では法的に保護されてるものじゃないんですか?」
女池「ないんですよ」
舩橋「ああ...」
女池「二次使用料払いますよ、払ってくださいっていうのは、それぞれのケースバイケースなんですよね。だから、条件が不服なんだったら他の人探すよ、次はないよみたいなことになってしまいかねないので、買い取りで貰ったギャラで入ってくるお金はお終いですね。二次使用料であるとか、成功報酬みたいなものはありませんってケースの方が多いんじゃないですかね」
舩橋「なるほど」
女池「ある程度ちゃんとした会社になっていかないと、それはないんですよ」
舩橋「アメリカの場合、Directors Guild of America とか Writers Guild of America とかのユニオンに所属していると、最低ラインがあると思います。僕の知っている限り、1.2%が強制的に徴収されるようです。」
女池「ああ、そうなんですか」
舩橋「ユニオンに所属しているディレクターと契約を結ぶ場合、監督、脚本家への二次使用料は、グロス(Gross Profit 売上総利益)の1.2%保障されているそうです。」
女池「舩橋さんは入られてないですか」
舩橋「いや、入ってないんですよ。Directors Guild of Americaっていうのは、資格が結構厳しかったんじゃないですかね。インディペンデントの作家には、実はあまりメリットがないところなんですよ」
女池「低予算ものとかだと最低賃金ラインを払うのも大変なので、そうすると仕事振りたくても振れないし、振ってもらいたくても振ってもらえないっていう、逆に足枷になっちゃう場合もあるって話は聞いたことありますけど」
舩橋「そうですね。インディペンデントの作家は、逆に足を引っ張ることになるだけなんで、メリットが少ないですね。入会費、年会費が高く、かつ仕事先がスタジオに限定されてしまうので、独立して制作会社を立ち上げて映画を作る作家にとっては縁の薄い世界じゃないですか。」

○ 会社を設立する
女池「『Big River』の契約というか、監督の権利的な部分では、かなり日本のやり方に近い形で...」
舩橋「そうですね。唯一違ったのは、こちらに会社を建てたってことですかね。Big River Filmsという有限会社ですね。LLC(Limited Liability Company)っていうんですけど、アメリカでは一本のインディペンデント映画を作る時、税金対策上、有限会社を作るのが通例です。弁護士、アカウンタント(経理)をつけて、専用の口座も設ける。そうすると収支がはっきりするんですよね。それで、ディストリビューター(配給元)に映画を納品すると同時に会社も閉じるっていうことになるんです。そうすることによって、保険に入ったりとか、海外から入金する時も会社間だから多額を送金できたりとか、何かと便利なんですよね」
女池「その会社は、舩橋さんが普段アメリカで一緒にやられてるパートナーの方たちと作ったんですか」
舩橋「そうですね。ボクと、アメリカのプロデューサー二人と、もう一人、僕の共同脚本家で撮影監督でもあるエリック・バン・デン・ブルール(Eric van den Brulle)という四人で設立しました。ボクが一応社長なんですけどもね。『Big River』専用の会社を組んで、製作に当たったということですね。映画のエンドロールにもあるように、copyrightは会社に帰属します。が、映画が完成したと同時に、オフィス北野へ権利を移譲する手続きをしました。」
女池「舩橋さん以外に、そのようにしてニューヨークで活動されている日本人の監督さんの話って聞こえてきたりしますか?」
舩橋「劇映画ではあんまり聞かないですね。ドキュメンタリーでは知り合いで想田和弘(ソウダカズヒロ)さんがいます。彼はニューヨークに住んでいて、最近「選挙」という長編を撮りました。劇映画については、東海岸ではあまり聞かないですよね」


○ 自主映画でも契約
女池「『echoes』は自主製作だったんですよね。それでもやっぱりスタッフキャストとは契約を結んで...」
舩橋「いろいろ契約は大変でしたよ」
女池「そうですよね」
舩橋「僕がプロデューサーだったんで、エキストラから何から全員契約を結びました。著作権、肖像権以外にも、撮影中の処遇ですね、どれぐらいの休みを与えてとか、そういったことまで細かく契約を、クランクインする前に結びましたね」
女池「自主映画でもある程度の規模になっていくと、やっぱりそういう契約を結んでいくんですね」
舩橋「こちらは契約社会であり、裁判社会ですから、もしものことがあった時に訴えられます。僕の場合、ほぼ全員ただ働きだったんですが、将来的に公開されたりとか、収益が少しでも出来た場合にどうするかっていうことを契約に入れて欲しいと言ってきたりとか、やはりみんな慣れてますよね」
funabasi02.jpg女池「それじゃ、公開されて収入が出たら、ちょっとでも払うよっていう契約を結んだんですか?」
舩橋「そんな契約にはしませんでした。一切払わないし、払う気はないと。実際、回収できるかできないかはわからなかったので」
女池「そうですよね。それは、お国は違えど...」
舩橋「この程度の規模で、金のことで揉めるのは無意味だっていう感覚があったんで、出たい人だけを集めて映画を撮ってみようっていう形にしたんです」
女池「『Big River』の時はそういうことっていうのは、ラインプロデューサーの方が?」
舩橋「そうですね。こっちでラインプロデューサーがいて、経理を仕切ってくれたんです。細かい交通費から給料から、全てBig River Filmsの口座からチェックを切って。この頃は収支明細をウェブで閲覧できるので、日本側もしっかりとチェックしてたようです」
女池「なるほど。お金の出入りがクリアだっていうのはいいですね」



○ 出資≒権利
女池「『Big River』はどの時点から日本資本で行こうというか、やれるという話になっていったんですか」
舩橋「2004年の春にベルリン映画祭の co-production market に出品したんですが、そこでオフィス北野のプロデューサーと会ったのが大きかったと思います。その後話を進めていくうちに、その年の6月か7月ぐらいに日本の資本でやりましょうみたいな話になりました」
女池「じゃあそこは、ポンポンっと行った訳ですか」
舩橋「それまでが長かったですよ。脚本を書いてから一年ぐらい、いろんな可能性を模索しました。アメリカのプロデューサーや資本家に半分出してもらい、日本からも半分出してもらって共同製作という道を探ったんですが、途中でね、僕はプロデュースしたくて映画を作っている訳じゃないので、その時間が無駄に思えてきたんです。今直ぐ撮れるような状況とはどういうことだろうかと考えました。この企画を一番おいしい形で手に入れる、つまり全ての権利を手に入れることをある会社が出来たら、喜んで乗ってくるんじゃないかと思い、途中から共同製作という形を諦めました。で、日本かアメリカどっちかの出資に絞る方向に切り替えました。それまでは日本とアメリカにそれぞれプロデューサーがいた方が製作だけでなく、配給にも便利に違いないと考えて進めていたんですが、他人に相談したりするにつれ、やはり全てを牛耳れた方が会社に取ってもやり易いということがわかったので、クリエイティブな権利、つまり監督権や、編集権、ファイナルカットが保障され、給料が自分の満足いくものであれば、あとの権利は差し上げますという形で交渉をするよう切り替えました。その時に、Big River Filmsの組閣メンバーとなったモハメド(Mohammed Naqvi)とアリサ(Alyssa Jo Black)(二人はラインプロデューサー)は強く反対をしましたね。権利を全て委ねるとのちのち損することになると。我々がここまで温めた訳だから、権利はキープするべきじゃないのかと言ってました」


○ development(企画開発の重要性)
女池「『Big River』は、ベルリンに持っていった時、その前に日本やアメリカで交渉をしていた時には、もう脚本は出来上がっていたんですか」
舩橋「そうですね。ベルリンが二月で書き出したのが八月ぐらいなので、半年間ぐらいは執筆期間がありました。こちらで補助金を貰ったり、日本からも補助金を貰いました。おかげで執筆期間中、僕やエリックが他の仕事をせずに済みました」
女池「その補助金っていうのはどういうものなんですか?」
舩橋「IFP、Independent Future ProjectというNPOで、補助のないインディペンデント映画作家をサポートする機関です。インディー系ではアメリカ最大の組織でニューヨークとロサンジェルスに本部があって、全米各地にいろいろ支部があります。この団体の元で、インディペンデントの映画作家を十五人選んで、補助金を与え、企画開発するというプログラムがあったんです」
女池「十五人っていうと精鋭って感じですよね」
舩橋「そこで、選ばれたのは助かりました。」
女池「そっかそっか、そうすると、ホンを書き出そうとした時にIFPのプログラムで補助を貰えて書き進めることができたと。あと、日本からも補助が出たと仰ってましたけど...」
舩橋「そうです。日本はあれです、女池さんも受けた、芸術家の海外派遣制度」
女池「ああ、文化庁」
舩橋「あれをボクはニューヨークでの研修ということで受けたんです」
女池「あ、なるほど。やっぱりそういう形ですよね。直接、脚本作りに補助を与えるのって、あんまり聞かないですからね、日本だと」
舩橋「文化庁も、2003年の申請時に「研修・開発する」とあった「ビッグリバー」という作品が完成して、実質的には企画開発助成をやったことになったと判ったんじゃないですか。」
女池「次の長編の企画とかって動かれてたりするんですか、ホン作りとか」
舩橋「次回作の関係でベルリン映画祭に先週まで行ってました。日本のJ-Pitchというプログラムで呼ばれて行ったんですが、『Big River』と同じくco-production market に自分の新企画を持って行きました」
女池「それは監督という形で参加された訳ですか」
funabasi03.jpg舩橋「そうですね、監督として」
女池「他に監督さんっていらっしゃいました?」
舩橋「みんなプロデューサーでしたね。だけど、ひとりだけ中村真夕さんっていう」
女池「ああ、知ってます。彼女もニューヨークで」
舩橋「ニューヨークですね。彼女が来てましたね」
女池「そうですか。彼女にしてもそうですけど、語学ができると、やっぱりそこらへんすごく自由に広い視野で動かれてますよね。ボクも、語学できないなりにも一年間ニューヨークにいて、なるほどな、どんどん外に出て行かないと、日本国内だけで回収しようというか、成立させようとしても、面白くないなって感じがしたんですけども、J-Pitchなんかも、若い人なんかにもっと浸透していくといいんでしょうね、きっと」
舩橋「やはり、企画開発の重要さが社会的に認められてくるといいですよね」
女池「そうなんですよね。ボクも文化庁に対して何をってとこで、提出したのはそこの部分だったんです。どうやってアメリカ、特にインディペンデントの映画は企画開発をやっているのかっていう」


○investment(投資対象としての映画)
女池「でも、先程のBig River Filmsの話でも、パートナーの二人の方が権利を手放すのを反対されたっていうのは、やはりお金を出す人はインベスター、投資をする人であって、権利はその企画を立てた人間が持つもので、そこは守っていかなきゃいけないみたいな意識が強くあったからなんですか」
舩橋「アメリカでインベスターを集めて、ポイント制で映画の出資を募る場合はそうだと思うんですよ。例えば、契約書でひとくち一万ドルだったら、それを五くち以上出資した方には何%以上保障しますと。予算が200万ドルだとしたら、製作費200万ドルを回収した後の収益20%をあなたに与えますと。そのような出資者を複数募り、ネット(Net Profit 純利益)の50〜70%ぐらいと引き換えに全体予算を補う。決して100%を渡したりしません。製作者、フィルムメーカーも自分たちの取り分を30〜50%必ず残すようです」
女池「パートナーの方たちはそういうところが念頭にあって、しばらく反対をされてたんですか」
舩橋「そうです。半々で行こうじゃないかという意見もありました、アメリカ側と日本側で」
女池「果たして権利を持つということがどういうことなのかっていうのが、ボクの中ではいまいち...。何を思って何を求めて権利を持とうとしているのかなってところが、ちょっと見えてないところあるんですが、例えばアメリカだと、権利を持つということで、単純に金銭的な部分だと、買い取りで与えてしまうってよりも将来的にはその方がいいということなんですかね」
舩橋「アメリカでは、監督の権利はクリエイティブ面と金銭面に二分されます。クリエイティブな権利とは、映画製作という集団作業の中での監督の権利:撮影稿に対する決定権、編集権、再編集したりビデオ版を作る時に色やクオリティをチェックする権利など、監督の同意なしに勝手に事が運ばれてしまうのを防ぐ防波堤です。DGA(アメリカ監督協会)に入っていれば自動的に保証されますが、インディペンデントだと契約段階で細かく詰めておく必要があります。金銭面はもう完全に出資者との力関係です。監督がプロデューサーも兼任していて、ネットの30%、40%を欲しいと言うんだったら、それはその監督と制作会社に相当な力がないとダメですね。ウチがやったら絶対に当たるみたいな、スピルバーグ、イーストウッドがやっているスタンスです。残り60%が空いてますけど、あなた乗ってきますか? ネゴは一切しませんよ、というふうに」
女池「ああ、そうですよねぇ」
舩橋「そんな力関係があれば、できる話だと思います。なので監督だから著作権が保障されるべきだというのは非常に曖昧な議論だと思うんですよ」
女池「なるほど。ということは、やはりその、アメリカのインディペンデントで作られている方たちも、最初はそういう形で、work for hire という形でやられている方のほうがほとんどってことなんですかね」
舩橋「いや、全く映画には関係のない、例えば銀行の投資家とか、そういった人間から出資を集めるインディペンデント映画では、製作者はネットのポイントは確実に確保しますよね。70%、60%を投資家に還元するとしても、100%は絶対に渡さないと。投資家も100%貰えるとは思っていないと思います」
女池「なるほど。日本でも、多少なりとも監督が出資することで、それで自分も権利を持つということをしてる人もいるみたいなんですけどね」
舩橋「それは真っ当な考え方ですよね」
女池「そうですね。でも、それもなかなか、ある程度の経験というか収入がないと難しいですからね」
舩橋「ホントに力のある監督で、私が撮ったら当たりますよっていうぐらいになったら言えるんじゃないですか」
女池「そうですよね。投資をさせるってことは、そこが非常に大きいですもんね。そこのメリットを提供できないと、それは当然そうですよね」


○著作者としての意識
女池「『Big River』を製作していく過程で、日本の出資者に権利を渡して、映画を作っていかれて、舩橋さん的にはやりやすい感じで進めて行くことができたんですか?」
舩橋「何についてですか?」
女池「現場というか、映画を、自分が企画した企画を...。ボクの場合はピンク映画ってことはあるんですけど、あまり不自由を感じたことってないんですよ。それはひとつには出来上がった映画だったり、作る監督のことを大切にしてくれているので、だから、著作権はないですけど、それで不安を感じたりってことは、普段映画を作っている限りにおいてはないんです。そういう意味では、出資者であったりプロデューサーと良好な関係を築けていければ、実際に映画を作っていく中では、あまり不満とかを感じることってないんじゃないかなって思うんですけど。『Big River』では、舩橋さんであったり、最初の時は権利を全部渡すのを反対されていたパートナーの方たちが、実際作っていく中で、出来上がって、もうちょっとこうだったら良かったなとか、やっぱり全部渡したのは、いい面もあったけれども、良くはなかったなみたいに思われた瞬間とかってありましたか?」
舩橋「我々のアプローチが、企画が成立する唯一の方法だったと思うんですよ。こちらに資金があったり、または必ずこの映画が当たるという要素、監督がヒットを飛ばしたりとか、こちらのプロデューサーが有名な女優を連れてきたとか、そういったポイントを稼げる要素があったら、交渉できる余地はあったかもしれません。しかし、我々には脚本一本しかなかった訳ですから、これが唯一映画を成立させる方法だと思います。
アメリカではユニオンに所属していない限り、監督の著作権は、クリエイティブな面も、金銭面も全て契約で決まります。監督は映画の作者としての権利を守るために、契約をしっかり結ぶ必要があります。編集や音声ミックスが自分が見ていない所で終えられてしまう可能性だってあるんですから。作家としての権利を主張するのは大事だと判っていても、あまり関係をギズギズさせたくないからついなあなあで事を進めてしまう、そうすると後でもめるだけです。なので、最低限の手続き、例えばファイナルカットなどは、同意書を作っておく方がいいのではないでしょうか。力のある作品であればそんなことでこじれて、つぶれるはずがないと思うんです」

    電話によるインタビュー(2007.2.22)