
阿木燿子監督 インタビュー
聞き手 勝 利一
手伝ってくれた人 助監督 大町綾子
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私は、多方面に才能を発揮されている作詞家の阿木燿子さんが初監督された映画『TANNKA短歌』をどのような発想で創り上げたのか大変興味があったので、ぜひ、お話をお聞きしたいと思いました。阿木組に参加したスタッフの一人は、監督がチャーミングでとても可愛かったと印象を語ってくれました。監督が可愛いってどういうこと・・・。
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"映画って想い入れを削っていく引き算"
勝:阿木さんが映画監督をされたのはどういう経緯でしょうか。
阿木:それまで私が映画を監督するなんて発想はなくて、夢にも思っていなかったんですけれど、東映の方から、映画を撮りませんかってお話をいただいたんです。一瞬ひるみましたけれど、でも、おもしろそうかなって思って、やらせていただきました。
勝:それは、前々から俵万智さんの小説を読まれていたとか・・・。
阿木:全然、そのとき、東映サイドから平成の『エマニエル夫人』を撮って欲しいって言われて、俵万智さんの原作と主演には黒谷友香さんが決まっていて、そして、ダンスの要素を入れて欲しいっていう、四つの条件が最初にあったんです。第一稿のシナリオに関しては色々と手を加えても構わないということでした。
勝:最初の脚本にはベリーダンスは入ってなかったんですか。
阿木:まったく入ってなくて、結局、東映さんが私に声を掛けてくださったのは、私、フラメンコで曽根崎心中を表現する舞台をプロデュースしてるんですけど、それを観て、こういう舞台を創る人ならば監督できるんじゃないかと思ってくださったみたいで。多分、最初はダンスを入れることを想定してなくて、後から方向転換した感じで・・・。そのダンスが一番難しかったですね。原作には、ダンスの入る余地が全くない物語だったので、どこにどうやって入れたものか、それが悩みの種でしたね。
勝:それで、脚本の直しをしたんですか。
阿木:脚本は、もう最初のコンセプトから変わってしまったので、ほとんど丸々全部、直した感じです。やっぱり土台が違うと、軌道修正が難しくて・・・。
勝:そうですね。一カ所直したら、結局、全部直さなきゃいけなくなるんです。
阿木:ほんと、そうなんですね。
勝:直すと全く違うものになってしまいますね。
阿木:何か唐突に、これ、何で入ってるんだろうって違和感があってもいけないし、その辺が難しいところで・・・。ダンス映画って、撮影の仙元さんも照明の渡辺さんも撮ったことがないとおっしゃっていて、ダンス・シーンが皆さんにとっても、私にとってもどうなるんだろうって、どんな照明でどんなアングルで、どういう風に撮っていいものか、多分未知数だったと思うんです。
勝:阿木さんは小説も書かれているんですけど、脚本を書くのに抵抗はなかったですか。
阿木:まあ、書く仕事は本業なので、ただ、私の第一稿が長いから40ページ切れって東映サイドから言われて、切る作業がすごく大変。映画って想い入れを削っていく引き算の方が大変なんだなって思いましたね。それでも、40ページ切って、それ以外にも削って削って、言われたより、もっと削ったのかな最終的には。
勝:40ページって相当な分量ですよ。
阿木:元々の脚本だって、そんなに長いものじゃなかったんです。でも、ベッド・シーンとかダンス・シーンが入ると一行がうんと膨らむので、撮った後では編集で切るのが、また、大変だから、脚本の段階で削った方がいいというのがプロの意見でした。で、結構バシャバシャバシャとね。削りっぷりがいいと褒められましたけど。
勝:中々削れるものじゃないですよ。
阿木:ほんとうに削るのつらいですね。それに加えて、編集の段階も削らなきゃいけなくなって、そのとき、最終的に8秒長いって、その8秒も削れないぐらい切っていたので、それくらいどうにかならないのかしらって思いましたけど。本当に、その8秒削るのがしんどかったかな。期日を一日も延ばさず、一秒も長くせず、一応、言われたことは守ったつもりです。
勝:初めて監督されたんですけど、参考にされた映画ってありますか。
阿木:特にはなくて、私はたくさん映画を観ている方でもないので、いきなり監督のお仕事をいただいたので、何を参考にとか、これをモチーフにとかが追っつかないと思ったんです。だから、自分の感性というか自分自身の中で撮りたいものと自分自身を信じる以外ないなと思って、開き直ったっていうか、何かに似てるとか半端な映画になっちゃうと、それがこわいっていうか、最終的には私の中に答えをずっと探した感じですね。
勝:脚本を書いているとき、映像みたのが浮かんできたとかは・・・。
阿木:あの、書いている最中にイメージや言葉を立体化させるっていう作業は作詞でも同じで、聴いてくださった人の心の中で立体化して、ひとつのラブストーリーなり、映像が浮かぶような感じで書くのは慣れているので、その辺は感覚的には近いものがありました。それが私の作詞の一つの手法でもあるので。だけど、実際にフィルムに焼き付けられた映像を観ると、また全然、あっ、こういう風に画面では切り取られるのかっていうことがたくさんありましたけど・・・。
でも、脚本の段階では、この台詞が肉声でしゃべられたときは、どういう感じかなって想像しながら書いてました。2年前の2月に台本を一ヶ月かけて書いて、3月からロケハンに行って、行くと、また、あそこを少し書き直そうとか、ここだったら、シチュエーションを変えなきゃとか・・・。
勝:ロケはどの辺でされたんですか。
阿木:ロケはね、あまり遠くに行くことは予算的に難しかったので・・・。海のシーンは湘南と千葉の二カ所。後は都内。ラブシーンは、ほとんどスタジオでしたね。原作では釧路の湿原とか出てくるんですけど・・・。
勝:写真を撮るシーンはきれいでしたけど。
阿木:あのお花畑は潮来でした。アヤメのシーン・・・。
勝:ご自身が、この場所がいいって所はあったんですか。
阿木:東映の制作部が、候補を何カ所も見つけてくれて、で、ここは前に使ったことがあるのって聞いたら、たまたまですとか、よく探してくるなって感心したんですけど。一番こだわったのは圭ちゃん(黄川田将也)のお部屋に到るまでの坂っていうか階段。何カ所も見たんです。主人公にとって結界っていうか、ここからは現実。ここからは夢の世界っていうイメージなので、何か階段が欲しいなって思って。で、そこから異次元に入って。また、朝出て行って現実のキャリア・ウーマンに戻っていくという境界線をつくりたかったんです。
何カ所も見て、最終的に菊坂を見たとき、あっ、いいかなって、細い路地と階段があって昭和の初期みたいな建物が並んでいる。あと、本当はね、初監督で偉そうなんですけど、海のシーンもね、もう少し開けた場所で、沖縄なんかの青空の下で、白い砂浜があって、寄せては返す波が欲しかったんですけど、まあ、そのへんは贅沢言えないし、お天気待ちもできないし、ある程度のところでOKださなきゃならなくて・・・。
勝:キャスティングは黒谷さんが決まっていて・・・。
阿木:そうです。彼女ありきで、黒谷さんはすごく背が高いし、ビジュアル的に美形なので、それをめぐる男性二人は、背の高さと雰囲気が並んで画になる人っていうので、村上弘明さんと黄川田将也くんに。黄川田くんの役は50人ぐらいオーディションしたんです。その中で最初に会って、ああいいなと思って。そして、最後にもう一回来ていただいた時、あっ、やっぱり、この人だなって確信してお願いしました。
勝:じゃあ、阿木さんのイメージに近い役者さんが揃ったんですか。
阿木:そうですね。キャスティングの福岡さんと相談しながら、それぞれの役にぴったりの役者さんを選んだつもりです。
勝:演技指導なんですけど、ベッド・シーンがたくさんあって、黒谷さんとしても、相当勇気がいったんじゃないかと思うんですけど。
阿木:そう。本当に最初にそういうシーンをスタジオで撮るときに、黒谷さんが神経質になって、周りもナーバスになって、っていう風にはなりたくなかったので、いい雰囲気の中で明るく、また、人間のいとなみとして自然なことなので、リラックスした感じで現場が進むといいなって思ったんです。だから、最初のベッド・シーンでは、スタッフ全員に主役の二人を応援してもらいたいと思って、それに、女性の多い現場だったので・・・。黒谷さんもすごい解放された感じで、ワンカット終わるとメイクさんとか衣裳さんが彼女をバーッとガードするんですけれど、その奥から笑い声がもれていて、本当に黒谷さんはきれいだったし、よかったなって・・・。
周囲が気を遣いすぎると却ってやらしくなったりするので、普通にフラットに、をモットーにしました。
勝:阿木さんも黒谷さんもベッド・シーンは初めてですよね。
阿木:そうですね。
勝:そういうところでの演技指導っていうのは・・・。
阿木:基本的にはきれいに撮りたいというのがあって、ベッド・シーンは、より神々しく、すごくエロチックなんだけども、女性のもっている聖なる部分が出るといいなと思っていました。でも、生々しくないとつまらないし、その辺は男性の監督の視点とは違うかもしれません。
勝:そうですね。やっぱり女性が撮った映画だなと思いました。
阿木:そうですか。それを求められていたし、多分、東映サイドの思惑は、女性のプロデューサー、原作、脚本、主演、監督、スタッフによる平成『エマニエル夫人』が狙いだったんだと思います。その意味で、女性的な視点というのを重要視したつもりですね。
勝:最初に『TANNKA短歌』を観たときはびっくりしましたけど。
阿木:(笑い)
勝:阿木さんが、こういう映画を撮るのかって。大胆ですよね。
阿木:そう、大胆。でも、毎回、前バリをどうするって世界だったので、主役の二人を脱がせてばかりいたので、だんだん気の毒になってきて・・・。最後の方になると、仙元さんに、「監督少し手加減したでしょう」って怒られました。俳優さん達はやる気なのに、って言われて。本当にそうだなと思い、自分の弱気を恥じたんですが・・・。同性としてね、何だか申し訳ない気がして・・・。
勝:今回、改めて阿木さんの詞を読み返したんですけど、ジュディ・オングさんが歌った『魅せられて』の詞が、この映画に近いものがあるのかなって思ったんですけど。
阿木:そうですね。コミック・ソングからハードロック、演歌まで千曲を超える曲を書いてきましたが、世界観としては『魅せられて』の流れに近いかもしれません。
勝:『好きな男の腕の中でも、違う男の夢をみる』のフレーズ。
阿木:あの曲は、男友だちに不評で、女性は本当にそんなことを考えているのって聞かれました。でも、今時は、そんなにびっくりすることもないですよね。
勝:カメラのアングルや照明で画が変わりますが、自分でイメージされたものと、実際にフィルムに映ったものは、どのくらいまで近づいたのでしょうか。
阿木:照明までは分からなくって、ただ、朝日がこっちから差しているとこのラインがきれいだな とかなんですけど・・・。カメラアングルは大事なんだなって途中から分り始めて。頭の中でイメージしていても、大事なものが映ってないなんてことがあって、肉眼で見ていると全方向が見えますけど、切り取られた映像がアップなのか引きなのかとか、例えば、黒谷さんのどこの角度が一番きれいに見えるのかとか、カメラアングルって一応確かめた方がいいなと思ったんです。それで、覗かせてもらうようになったんですけど・・・。
あの、カメラに映り込むことに関してはみんな神経質になっていて、うっかりは許されないので、カメラの脚が見えるとか、照明の何とかが漏れてるとかあるんですけど、映らないことに対して、後で撮り直しができないので絶対に撮りこぼさないようにって、最後はスケジュールがタイトになって、かなり神経質になりましたね。
"カット割りは生理的なもの"
勝:職業的な監督だと編集のことを考えて撮ったりするんですけど、阿木さんの場合、カット割りってどういう風にさせたんでしょうか。例えばカメラの仙元さんに任せたとか・・・。
阿木:最初はね。でも、慣れるに従って私の方から、現場に行って、こういう風に、これとこれが欲しいんですってお願いしたりしていました。カット割りはすごく生理的なものなので、下からあおって貰いたいのか、ロングなのかヨリなのか、自分の生理にあってないと、何だか変だし・・・。私は、その日撮った分をビデオに落としてもらって、毎日チェックして、何が足りないとか、ヨリばかりつながってるな、少し引いた画が欲しいとか、景色をもう少し入れ込まないと息がつまるなとか、復習予習して、次の日、どういう風に動いてもらって、どういう風なカット割りをするか、最後の方は、スタッフみんなにアイデアをもらいながら、こっちから撮ってくださいとか、ヨッてくださいとか言ってたと思います。
勝:じゃあ、それは、阿木さんの感覚みたいな感じですか。
阿木:監督が何であるか全然分からないんですけど、たくさんの人の協力のもと、みんなで 一緒に作り上げるものでありながら、最終的には監督一人の色に染めることが大事なんだろうと思って、それで、その人の感性で全編を通すことが、作品に対して責任を持つことだと思ったんです。その辺がおもしろくもあり大変な作業だなって・・・。
勝:今後また映画を撮りたいと思いますか。
阿木:そうですね。あの、二年ぐらい経つと、いい想い出として・・・。詞を書くのは一人の作業だし、小説に入ってしまうと本当に一人でこつこつとするので、大勢の人たちと何か作るって面白いですね。同士といのか、戦友っていうのか、仲間っていうのか、この不思議な連帯感は映画ならではの感じがありますね。
勝:みんな作品ごとに集まってくるので・・・。
阿木:三ヶ月間、共に駆け抜ける感じがして、その瞬間はお互いが本当にいい感じで協力し合って、そして、一ヶ月二ヶ月寝なくても平気みたいな・・・。情熱で駆け抜ける感じがいいなと思って、思う存分楽しませてもらいました。
勝:また機会があれば・・・。
阿木:そうですね。また、撮影現場をふみたいですね。
勝:どういう映画でしょうか。
阿木:ほんと、どういう映画なんでしょう。アクションとか男性のものは難しいと思うし、かといって、地味な映画は好きじゃないので、何がいいかな・・・。
勝:例えば、ご自分の小説とか。
阿木:ええ。仙元さんが私の小説の中で気に入ってくださったのがあって、あれを撮りなさいっておっしゃってくださったんですけど・・・。今回はちょっと半端にダンスを入れたので、本格的にダンスをモチーフにした映画もいいなって。あまり日本にないので、ダンスが全面に入りながら不思議な異次元を行き来できるような・・・。
やっぱり、映画はメッセージが入ってないとつまらないから、何か人の命とか生きるというか、そういうことに対する応援歌みたいな。こんな風に人生を生きられたら楽しいんじゃないかな、みたいな主人公がいるといいかな、なんて・・・。
勝:ぜひ、二作目を作ってください。
阿木:はい。ありがとうございます。でも、映画を撮りたくて監督を目指されてる人がたくさんいらっしゃる中で本当にラッキーにやらせていただいたなって・・・。本当に楽しい経験っていうか、現場では、ずっーと笑っていましたね。意外としんどかったのは編集ですね。撮影以上に時間がかかるのと、少人数になり、体的にもほとんど座った状態で考えなきゃいけない。現場は動き回ってコミュニケーションがあったりお祭り騒ぎができるんですけど、編集になると使う脳が違う感じで、大変な作業だなって思いました。映画ってこうやって出来上がっていくんだって。音楽付けたり効果音入れたり・・・。でも、一応、台本から現場、編集まで、そして、最後のプロモーションにいたるまで、分からないなりにも完走した気がします。行かなかったのは現像場だけで、それは仙元さんに任せて・・・。
勝:役者だったら、現場だけですからね。
阿木:そうですよね。もう本当に役者さんで行くのと監督では全然違いますね。自分の持ち場だけじゃなくて総合的にね。あと、なんて沢山のことを決めなきゃいけないんだろうって、もう、スタッフが色んな事を、どうしましょう、どうしましょう、って聞きにくるので、右、左、白、黒、赤とか言って、動物的直感で決めていかなきゃいけないときもあって、まあ、よきにはからって、って言いたい事もたくさんあったんですが、私、神経質な方じゃないので、コースターの色は白でも赤でもいいような気がするんですけど、そうは言えないし。だから、終わってから、しばらくはレストランに入ってメニューを決めるのも嫌でした。人生でこんなに物事の決定を下したことはないなと思いましたね。
"言葉が私の中におりてくる"
勝:お好きな映画とかあったら教えてください。
阿木:一番最近観たのは『ミスター・ビーン』。ああいうコメディタッチのものも好きなの、罪がなくて。
勝:何も考えなくていいから。
阿木:そう。お腹かかえて笑える。それと、私はクリント・イーストウッド様のファンで『父親たちの星条旗』とか『硫黄島からの手紙』とかすごく良かったし。クリント様のお出になる映画とか、および、監督、プロデュースのほとんど観てますね。
先日、仕事がらみで『羅生門』を観なおしたんですけど、やっぱりすごいですよね。初期の頃の黒澤さんの映画は。モノクロだけどすごく臨場感があって。圧倒的な雨の量とか、映画の醍醐味っていうのが満載されていますよね。
でも、子供の頃から考えてみると最初の記憶は、やはり『風と共に去りぬ』でしょうか。あのスペクタクル感って映画ならではですよね。それとか『サウンド・オブ・ミュージック』みたいなほのぼの系。『ウエスト・サイド物語』は何度も観たし。
勝:音楽に興味があったということですか。
阿木:今日もね、フラダンスを習いにいって、なんで踊りが好きなのかなって考えたら、音楽が好きなんだなって気付いたんです。ただ、手足を動かすだけなら楽しくないだろうって、音楽と共に体を揺らしたり、音楽を体に感じるのが好きなんだなって思ったんです。だから、ミュージカルやダンスの映画が大好きなの。本当に日本にはないですよね。
勝:日本の昔の映画には踊りとか歌が入ってたりするんですけどね。
阿木:ハリウッドの昔のミュージカルなんて、本当に色彩的にもきれいで、楽しくって、そして、最終的にしみじみしたり、一回観たら永く心に残る映画。私、所帯くさいのはあまり好きじゃないかな。どうせなら、映画館に入って、観て、遠い世界に行きたいですよね。こんなに素敵な恋があるのかとか、目が覚めるようなアクションとか・・・。
勝:作詞されるときは、曲があって詞を作るのか、阿木さんの詞に曲を付けられるのか。
阿木:両方ですね。音楽、メロ先っていうのも多いし、アレンジまでされたテープがくることもあるし、いろいろなケースがあって。で、主人とやるときは、お互いにワンフレーズづつ交換して、一緒に作ったり・・・。『魅せられて』は詞が先です。それに筒美京平先生がメロディーを付けてくださった。
勝:詞とか小説など、どういうところで発想が思い浮かぶのでしょうか。
阿木:もう、本当に、"ふっと"っていうのがピッタリくるかな。何か関係のないことを考えているときに、スーっと意識に入ってくるものがあって、やっぱり、私は言葉がきっかけになることが多いですね。言葉が私の中におりてくる感じで・・・。でも、どこから、それがくるのか自分でも分からないんですけれど、そう言えば、『TANNKA短歌』の中で、それが絵になっておりてきたシーンがあって。圭ちゃんと薫里ちゃんのベッド・シーンをどういう風に撮ろうかってときに、前の日に映像になって文字が浮かんできたの。そうだ、人間で大と小をつくりたいと思って、それで、真上から圭ちゃんが大の字、薫里ちゃんが小の字で、何の意味もないんですけど・・・。それに、シナリオを書いているときに、あっ!やってみようと思ったのは、喪服でカラオケに行くシーンが、"ふっと"頭をよぎって、喪服でカラオケを歌ったらおもしろいかなって。それも艶めかしい女盛りの女たちがやったらどんな感じになるか観てみたくなって・・・。ふっと浮かんだ時も、どうして、そういうものがひらめくのかは分からないんですけど、あっ!何かおもしろそうって、それを歌にしたりエッセイに書いたり、小説にしたりする感じかな。私の中に悪戯好きな誰かがいて、その人が冗談のように言ってくれる瞬間がある気がしますね。
勝:それが阿木燿子さんの才能の秘密ですね。
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阿木燿子さんはやはり天才なのでしょうか。私にも悪戯好きな誰かがいてくれたらいいのになあって思いました。 阿木さんは、吉永小百合さんと同い年なのですが、このお二人だけは、お年を感じさせない素晴らしい感性の持ち主だと思います。そして、なるほど、可愛い監督でした。阿木監督が次にどんな作品を作ってくれるのか楽しみです。
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