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2015年度日本映画監督協会新人賞インタビュー

2016年09月05日

2015年度日本映画監督協会新人賞インタビュー

(松永大司 監督 × 小林啓一 監督)

構成:天野裕充 採録:日笠宣子 立会人:高原秀和 吉村元希

2016年6月6日(月)監督協会にて対談が行われました。2015年度の日本映画監督協会新人賞 受賞監督・松永大司さん(受賞作『トイレのピエタ』)に2014年度の受賞監督・小林啓一さんがインタビューします。

松永大司(まつなが・だいし)監督 プロフィール

1974年生まれ。大学卒業後、俳優として矢口史靖、サトウトシキ、鈴木卓爾監督等の作品に出演。2001年頃からミュージックビデオ、映画のメイキング等を監督。以前から友人であった現代アーティスト・ピュ~ぴるの8年間の軌跡を追ったドキュメンタリー映画『ピュ~ぴる』を2011年に公開。ロッテルダム国際映画祭、全州国際映画祭、パリ映画祭など数々の映画祭から正式招待され絶賛される。2011年には、文化庁委託事業・若手映画作家育成プロジェクト「ndjc」の1人に選ばれ、短篇映画『おとこのこ』を完成。「全力映画」第一弾として制作した短編作品『かぞく』は全州国際映画祭2012ワールドシネマ部門正式招待され、国際的に高い評価を受ける。2015年、初の長編劇映画となる『トイレのピエタ』では第20回新藤兼人賞銀賞、第37回ヨコハマ映画祭 森田芳光メモリアル新人監督賞を受賞。

小林 啓一(こばやし・けいいち)監督 プロフィール

1972年生まれ、千葉県出身。テレビ東京のオーディション番組『ASAYAN』のディレクターを経て、ミュージックビデオを手掛けるようになる。これまで、DA PUMP、DREAMS COME TRUE、ミニモニ。などの作品を監督。その後、2012年に『ももいろそらを』で長編映画デビュー。第24回東京国際映画祭「日本映画・ある視点」部門にて作品賞を受賞、第50回ヒホン国際映画祭にて日本映画として初のアストゥリアス賞(グランプリ最優秀作品賞)を受賞。新聞各紙はじめマスコミもこぞって、「青春映画のあらたな名作」と絶賛した。監督第二作となる『ぼんとリンちゃん』で第55回日本映画監督協会新人賞を受賞。

【企画、始まりのころ】
小林:おめでとうございました。2012年だったですね、全州(チョンジュ・韓国)映画祭で知り合って。
松永:何か不思議な感じですよね。あの時やろうとしていたのが「トイレのピエタ」だったんです。
小林:教えてくれなかったんですよね。
松永:まだ本当にクランクイン出来るかどうか分からなかったから。初稿を書いている時で、プロジェクトとしてはプロデューサーの小川さんと2人で進めていたから、作品としてはクランク・インが決まっていた訳じゃないんで、キャスティングも全然決まってなくて。シナリオを書いて行こうとなっていた時で。
小林:その時の脚本の内容とかは?
松永:殆ど一緒でしたね。最終的に微妙な調整は色々ありましたけど、基本的には大まかな筋は一緒でした。

【主演・野田洋次郎について】
小林:何で野田洋次郎に決めたんですか?
松永:キャスティングの打合せをプロデューサーたちと3人でしている時に、絵を描く男の話を役者がやって説得力がどれ位あるだろうかと。それは借りてきたものになっちゃうんじゃないかって。普段から日常的に"表現"をしている人の方が良いんじゃないかって話になったんですよね。それは確かにそうだなって思ってて。でも劇映画の1本目で、そんなに大きな予算ではないにしても商業映画的なデビューさせてもらうのに、まさかそこで役者じゃない人でやって良いよって言われると思わなかったんですよ。でもミュージシャンでもよいということになって、誰が良いかってことで、役の設定が28歳だったので28歳前後のミュージシャンを色々と聴き直したんです。そしたら洋次郎がYouTubeとかで歌っている姿を見て。圧倒的に良かったんですよ!『トイレのピエタ』の世界観に合っているなって。歌っている内容も生きるとか死ぬとかそういうものに対してのテーマも多くて、この人だったら出来るんじゃないかって。それでオファーをしたんですよ。
小林:で、いや、ちょっと(お断り)‥‥て言うような感じにはならなかったんですか?
松永:最初に音楽業界に詳しい人に間に入って貰って「野田洋次郎さんに声を掛けてみたいです」って言ったら、その人から「多分やらないだろうと思います」って言われたんですよ。「表に全く出ていないし、音楽以外の事は全然やってない人なんですよ」って言われて。でも僕はお願いしたいと思ったから、どうしても声を掛けたくて企画書を送ったんですよ。そしたら企画書に興味を持ってくれて、プロデューサーと一緒に洋次郎の事務所に行くことになったんです。洋次郎からは「何で僕なんですか?」って質問をされて、で同じような話をして、「演技をする必要はないです。僕は野田さんが持っているものの中身を引き出しますから。そういう環境を作るのが僕の仕事で、絶対に出来ます!」って。本人から後々「あの根拠のない自信は凄かった」って、「監督に自信満々で言われちゃうと、何かそうなのかなって思わされた」って(笑)‥‥シナリオの13稿くらいのものを渡して、「読んでみて下さい」と名刺を渡しました。そうしたら1週間くらいして、とても気持ちの込もったメールが来たんです。それを読んだら、絶対僕は良いものを撮ろうって思いましたね。
小林:なるほど。松永さんの情熱もあるんですけども、いろんな相乗効果っていうか。
松永:洋次郎とじゃなかったらできなかったと思いました。凄い熱量があったんで。役者じゃないってところから入っているんで、分からない事は分からないってはっきり言う。一般論を持ち出されるのが凄く嫌な人だから、自分が納得できない事だったら説明して欲しいって。それが凄く良かったですね。何となく流れて行きそうな時に本人が「いや、ちょっとこれは分からない」って言う。僕ですら流れを止められない瞬間とかっていうのがあって、それを本人が凄く踏ん張ってくれたりしたっていうのがあって。本当に信頼してもらっていたと思うし、僕も信頼していたし。だから洋次郎とだから撮れた映画だなって。

【他のキャストと演出について】
小林:処女作なのになんでこんなに豪華なキャストが。
松永:洋次郎が出ると決まった事による良い化学反応で、大竹(しのぶ)さんだったり、宮沢(りえ)さんが出てくれるようになって、あと佐藤健君に関してもシナリオに凄い興味を持ってくれて、自分もやりたいって話をしてくれていて。さすがに役がなかったんだけど、「1シーンだけど結構重要な役だと思うから、これだったらやって貰いたい」と伝えて、それでやって貰うことになった。床清掃の全く台詞もないシーンだけど、自分にとっては大切な役だったので。
小林:あれはもともとあったんですか?
松永:ええ、もともとあって、自分には意外と思い入れがあるシーンで。
小林:それ、何で?
松永:自分が窓拭きをやっていた事もあって、あぁいう状況って結構あるんですよ。言われた事はないですよ、ないけど、あぁいう風に思ってたし、そんな詰まらなそうな顔して窓拭いているんじゃねぇよって、窓を拭いている同業者にも思ったし、僕もそういう風に思われてるなって思ったし。10年近く窓拭きをやっていたから、自然と出て来たっていうか(笑)
小林:そういうメッセージが込められているとは思わなかったです。八つ当たりしているのかなっていう風に。
松永:あぁ~、まぁ八つ当たりですけどね。
小林:八つ当たりしているのだけど、根底にそういうメッセージが込められているとは思わなかったです。
松永:本当に殆ど実話なんです。例えば、窓拭きの道具に「KILL」って彫ってる人がいるんですけど、あれも本当に居たんですよ、ウチの会社に。本当に「KILL」ってハンダゴテで彫ってて、「今日、このビルをぶっ壊すぞ」とか言っている訳ですよ。
小林:社員じゃなかったの?
松永:アルバイトです。役とほとんど一緒で、社員の人も「社員になっちゃえよ」とか「将来どうすんの?」とか言ってきてくれるのに、「こんな所に僕はずっとは居ねぇぜ」みたいな、主人公が思っていたような事を思っていた訳ですよ。なんか、自己否定と自己肯定を繰り返しながら脚本を書いていた、昔の自分に対して。
小林:ちゃんと役に立っているじゃないですか。
松永:そうなんですよ、本当に。窓拭きやっていて良かったって。
小林:なかなか役者に窓拭きのコツみたいなものは教えられないですよね。
松永:本当にそうですよね。本人から「芝居の指導はしてくれないの?」みたいになった時、「役者の勉強は一切しなくて良いです。ただ窓拭きだけは練習してください」って半年くらい前から窓拭きの道具を渡して、教えに行きました。クランク・インの直前も。森下さんにもず~っとやってもらいました、森下さんは窓を拭いているシーンはなかったんですけど‥‥。
小林:へぇ。じゃぁ皆テクニックは?
松永:ありますね。
小林:面白いですねぇ。
松永:自分が役者から入ったっていう事も大きいんで、映画の世界に。芝居って台詞を覚えてそれをただ言う事ではないと思うんです。その役としてどう肉体を動かして行くかっていう事が重要で。その拠り所を作ってあげた方が、絶対に役者は生き易くって、役としての肉体の生理を教えてあげた方が生きられるのじゃないかなって。そうすればアドリブ、良い意味での身体のアドリブが出来る。例えば窓を拭いている時とか拭くヤツをくるくる回す癖があるんですよ。
小林:あぁ、やってましたね。
松永:それは本人もやっている内にそういう癖が出るんですよ。それはあのシーンの中で自然と出ているんです。あれは窓をやっている人じゃなければ出て来ない。窓を拭いている人が見たら、洋次郎は本当に窓を拭いているんだなって分かる。そういうリアリティが芝居を助ける、時間をちゃんと埋めてくれる。
小林:間が持つって感じですかね。
松永:だから下手な役者は煙草とかに直ぐ逃げる。それを見ると、それはお前の生理であって、お前が役としてここに居れない事を煙草を使って逃げるな、とイライラする。
小林:お芝居の付け方っていうか、どういうプロセスというかどういう感じで?
松永:芝居のプロセス‥‥人によって違うんですけど、洋次郎なんかには全然具体的な事は言わないんです。杉咲にはまぁ‥‥。
小林:かなり丁寧に演出というか、こういう心境で‥‥とか。
松永:言うし、あと、語尾とかも凄いうるさいと思います。ここで語尾がこう上がるって事は力が弱くなる、とか。語尾下げろとか。言う時はそういう事まで言っちゃう事もあります。だから口移しして演出する時っていうのは多分その人が生きれてないと思っているからかも知れない。なるべくそれはやらないようにしています。こういう風に言って‥‥とか。キスじゃないですよ。台詞の口移しね。
小林:あぁ、えっ!とか思っちゃった。何の話してるのかなぁとか(一同、大笑)‥‥なるほど。役者の観点から言ってるじゃないですか。良い映画を作るっていう目的もあるんですけども、それをやる事によって何が生まれると?
松永:僕が見たいのは僕の想像を超えるもの。僕が焚き付ける事によって役者が化学反応を起こして、自分のシナリオを越える瞬間を作ってくれる。それが見てみたいんです。「よーい、スタート!」となって始まった時に、それが生まれて欲しいという事なんです。結局、その変化が見たい、変化する瞬間を撮りたい人だったりするので。感情が崩れる瞬間とか。‥‥その為にやっている。
小林:じゃぁ、滅茶滅茶リアリティのあるものを創りたいとか。
松永:そういう事じゃないです。ただ、フィクションの中のドキュメンタルな瞬間っていうのがあると思っていて。
小林:宮沢りえさんがメイキングの中で「ドキュメンタリーの中に居る気がする」って言ってましたよね。
松永:あぁ、言ってましたね。『ミツバチのささやき』の監督ビクトル・エリセが言ってたんですけど、「フィクションの中のドキュメントな瞬間」という言葉、正に僕はそうだなって思っているんですよ。例えば、役として驚いているというかその本人が驚いている、その本人として苦しんでいる、その苦しんでいる瞬間は嘘がないっていう‥‥それを撮りたいって思う。だから、時に酷い事をやったりする事があるんですよ‥‥。

【映像の作り込みについて】
小林:メイキングでチラッと見たんですけど、癌の進行表とか。
松永:はい。
小林:周りを凄く固めているイメージがします。
松永、それは迷子にならない為。順撮りじゃなかったので。一番気を付けたのは洋次郎に対してですけど、今、主人公は身体の状態はどうなのか、どのくらい身体が動くのか‥‥とか、観てる人には分からないけど。台本には日付を書いたんです。何月何日とか全部書いて、どういう時間経過でこの人が生きているのかを明確にするために。今このシーンはここだから多分歩くのは大変、とか。肉体的な事をちゃんと提示してあげようと思って。そういう意味で病気の進行表は作ったんです。
小林:それは空いてる一年間でやろうと考えた事なんですか?
松永:それは最初からやろうと考えていました。
小林:余りメイクとかでごまかしているような感じはなかったですね。
松永:そうですね。本人が凄く痩せてくれましたからね。全然食べなかったりとかして。自分はドキュメンタリーをやってたから、なるべくやれる事はやりたい。殴るシーンは本当に殴る訳ではないし、血を流す訳じゃないですけど、呼吸が上がってるんだったら呼吸はちゃんと上げようとか、そういう肉体的なことは出来るだけ追求していきたいなって思います。
小林:それって何時も悩むんですけど、その境界線をどこに持つかっていうのは?
松永:それは凄く難しくて、その映画によってもそのリアリティが嘘に感じられたりする時もあるじゃないですか。多分、映画の種類によっても違うなって思うんですよね。僕は自分の映画では意外と身近な話を創っているし、余り「これ嘘なんじゃねぇの」って思われない程度には作っておかなきゃ駄目だなって。一つだけ突出して本物になり過ぎると、それはそれで破綻しちゃうんですけど。
小林:僕と全然違うなって思う。演出の方法も違うし‥‥。
松永:小林さんのって語りが多いじゃないですか。僕、逆に言葉が多い映画って撮ってみたいなって思うんですよ。小林さんの最初っから字幕で始まっているじゃないですか、テロップで。あぁいうの、何気に憧れていたりするんですよ。
小林:そうなんですか!
松永:あぁいうのやってみたいけど、僕なんか。‥‥映画とかでもあるじゃないですか、有名な人の言葉の引用とか。小林さんのは登場人物の台詞なんですけど「(何とか何とか‥‥)ニイチェ」‥‥とか。やり方が分からなくて(笑)やってみたいんだけど、僕やったら、多分失敗すると思う。
小林:僕も思いますよ。あぁいうしんみりするというか真摯に映画に向き合っている感じ。
松永:いや、いや、いや。普段は全然いい加減ですからね。
小林:演出している時と全然違いますよね。
松永:もっといい加減に撮ってみたい気持もあるんですけど、いい加減に撮ったら、本当にいい加減なものしかできない、多分。いい加減とかライトに進んでいく事って技術が必要ではないですか?コメディって滅茶苦茶レベルが高いですよね、役者も含めて。僕はまだそこに着手出来る技量が無いと思ってるんです。だから真面目に向かっていく、それを突き詰めていく事での狂気って逆に生まれる事があるじゃないですか。
小林:ありますね。
松永:そっちを創っていくしか無いんじゃないかなって思ってる。
小林:良いですよね、そういうの。僕、ちょっと憧れますよ。
松永:そんなの、真面目にやればいいだけじゃないですか。
小林:やりたいなって思うんだけど、真面目なシーンとか撮るじゃないですか。笑っちゃいそうで、撮ってる時に。何熱くなってるの、みたいな感じになって。
松永:それをコメディにしちゃえば良いんじゃないですか。熱くなっている事を笑ってるっていうのをお客も笑っちゃえばいいじゃないですか。
小林:それやると茶化しになっちゃうから、難しいところなんですけどね。

【現場での松永監督は?】
小林:スタッフとはどうですか? (監督が)先頭に立ってプールに潜っちゃうとか。
松永:あぁ、それはただ、プールが好きだから。旗を立てて「よっしゃ、行くぞ!」みたいなタイプではないんです。
小林:そうなんですか? 客観的に見るとそんな感じですが。
松永:そんな事ないですよ。意外と僕、超平和主義者だから、やって貰えるんだったら、全部やって貰った方が良いです。
小林:へぇえ。
松永:そうじゃない時には云いますけどね。後、周りのスタッフたちが優秀だと、その人たちにやって貰った方が自分の技術以上のものが出ると思うので、それは信じようとします。ただ、言葉を出さなければいけない時はあると思うんですけどね。
小林:青春映画のキーワードっていうか。象徴的な青春映画の「アッ、青春だな!」っていう。
松永:自転車とかね、女子高生。色々ありますけど、好きなんですよ、多分。相米さんの『台風クラブ』が好きだし、松岡さんの『バタ足金魚』も好きだし、台湾映画の『藍色夏恋』っていうのも好きだし、女子高生とか自転車とか、プールとか、そんなのばっかり好きなんですよ。
小林:自然と、じゃぁ、脚本の中に、これはこれだな、みたいな感じで。
松永:好きなんですよね。
小林:もしかしたら、脚本見たら笑える感じの脚本なのかなって思ったんですけど。
松永:この映画、外国に行ったら結構皆笑いますよ。本当に爆笑するんですよ。そこが面白いなと思って。一番真面目ですよ、日本のお客さんが。先ず、オープニングで唾を吐くでしょ、大体そこで皆笑います。この主人公、こんなに世の中を馬鹿にしているのか、と。あと、女子高校生役の杉咲がクライマックスでキスをして、あそこ、あの後から皆爆笑です。台詞が「初めてだから、責任取ってね」って言う訳ですが、あそこはほぼ外国ではずっと笑ってます。この女子高生、超ワガママだよっていう。僕もそういうつもりで書いてる。それが僕の撮り方の問題なのか、演出の問題なのか分からないですけど、日本だと絶対に笑われない。
小林:笑っちゃいけない雰囲気になってるから。
松永:そう、あそこは逆に皆涙してるんですよね。涙して貰って良いんですけど、この間のドイツでもあそこは本当に爆笑ですから。韓国なんか最たるものですよ。あぁいう女子、沢山いるから、多分。
小林:あぁ、なるほど。
松永:強いから、女子が。だから「死ね!」って言ったり「生きろ!」って言ったり、自分からキスしておいて責任取れとか、なんてワガママな女の子なんだって愛しい目で見てる。
小林:へぇ。やっぱり野田洋次郎さんが、宇宙だとかなんだとか歌詞を書いている人だから、そういう風なものとして捉えちゃうんじゃないですか?
松永:決してこれはコメディ映画には見えないですからね。池内さんって僕の短編からずっと撮ってもらってるカメラマンに言われたんですけど「凄くおかしな映画だ」って。「これ、監督の投影じゃないですか? 監督は主人公で、主人公がピエタ像とするならば、あれ、自分でキリストになっているでしょ。それって監督がキリストになってる訳ですよね。結局、松永さんは自分で神だと言ってる」って言われて。一応何か真面目な映画に見えてるけど、意外と掘り下げていくと変な話だよね。最後に自分がキリストだって言っちゃってるし。図々しいにも程があるよねっていうような話で。
小林:これ、上映会で見た時には真面目な映画かな?って思ってたけど、もう一回ブルーレイとかで見た時に、あれ? ひょっとしたらこれってみたいな感じで。
松永:プロデューサーに言われたんだけど「お尻、好きだよね、お前」とか。お尻ばっか映ってるし。無意識に自分のいろんな癖というか好みが相当集約されてる。だから、自分では普通だと思って撮ってるんですが、人によっては意外と変な映画だなって言う人もいる。
小林:胸チラとかも結構。
松永:そこはもっと大胆にやりたいんですけど、恥ずかしくて出来ないっていうか。僕、女性は上手く撮れないんですよね。女性を主人公にした事ないですよ。数少ない作品数ですけど。
小林:あの子は主人公みたいな感じですよね。
松永:小林さんは2作品(「ももいろそらを」「ボンとリン」)とも女の子が主人公ですよね。女の子が主人公で撮れるのは凄いなって思う。女の子って気を遣っちゃうんですよね、男じゃないと。
小林:でも、全然気を遣ってなかったじゃないですか、メイキングで。「やれよ!」みたいな感じで。「僕は信じてる!」みたいな感じは結構あったように思いますが。
松永:いや、いや。(笑)もしかしたら、現場に行ったら気を遣ってないのかも。気を遣っているつもりなんですけどね。
小林:意外と暴言というか。
松永:結構、口は悪いですよ。「死んじゃえ!」とか平気で言いますから。
小林:マジで?
松永:死ねとは本当に思ってはないけど。信頼してないと言わないですけど、「下手くそ!」とか言っちゃう時があります。
小林:へぇえ!
松永:そんな事は本当は言いたくないですよ。『トイレのピエタ』の現場でも何回かだけ言ってました。
小林:全然気を遣ってないじゃないですか。あれってどれくらいで撮ったんでしたっけ?
松永:20日間です。完成尺としては2時間半だったんです。全く使ってないシーンが20シーンくらいあるんですよ。撮ったけど、カットして。だから相当大変だったですよね。プラス30分位の素材があるのだから。OKテイクとしては。
小林:ディレクターズ・カット版を出そうとかは思いませんか?
松永:う~ん、良いんじゃないですか、これで。将来何時か出したいと思うかも知れないけど。凄く迷ったんですよ、編集の時。でも、これで良いかなぁと今のところ思っています。熱量の多いシーンで凄く自分も好きなシーンを幾つかカットしてるんですけども、ちょっと溢れ過ぎちゃって、キャパオーバーしましたね。役者の熱量が凄かったので、シナリオで書いている時はそれは文字だから熱がそんなに分からなかったんですけど、役者が芝居した時に熱量が凄く高かったんで、それを全部繋げた時に、過多になってしまった。
小林:何か話を聞いていると、松永さんの映画、役者大変そうですね。
松永:いやぁ、あまりそういう噂が流れないようにしなきゃいけない(笑)

【ベースにある、役者としての経験】
小林:何から影響が?
松永:僕が出会った最初の影響が大きいですね。橋口亮輔さん、あと、サトウトシキさん。
高原:そうかぁ、何処かで見てると思ったけど、トシキの映画で観てるのかぁ。
松永:トシキさんの『手錠』と田尻さんの『背徳の森』と2本主役をやっているんです。トシキさんのことは凄く尊敬してるんだけど、凄く厳しい人だった。
小林:どういう風に厳しいんですか?
松永:僕ピンクなんかやった事なかったから、全て始めてなんですよ、絡みも含めて。で、僕は自分の師匠から「現場に台本なんて持って行くな」って言われたんですよ。「台本なんて全部頭に入れているものだから持って行くな。それは駄目だ」って言われていたから、それに忠実に従って。それまでも台本なんて持って行かなかったんですけど、トシキさんの現場で3日目くらいに「松永、お前、飽きたか? 何で台本持ってないんだ。だから芝居が変わるんだ」と言われて。「台本にしか答えは載ってないんだ」と。そこからずっと台本を、見てもないけど見てるフリしてる時もあって。でも、このシーン難しいなって時に台本読んでたら、何か出来た時があったんですよ。トシキさんって凄く追い込む人だから、絡みの1テイクずっと長回しで、事が始まってから終るまでずっと撮る。ずっとずーっとテストやるんです。3時間とか4時間位やってるんですよ。で、「そろそろやってみようか?」ってやるじゃないですか、やって「ちょっと違うな」ってもう1回テストやるんですよ。ずっとずーっとずーっとテストやるんです。いやこんなになったら訳分かんないって思ってやる訳じゃないですか。そしたら、フィルムだから途中でカラカラカラカラって。「松永、ゴメン、フィルム無くなっちゃった」って言って。で、又テストやると、ちょっと違うなぁってなって、繰り返してやる。ずーっと繰り返して、怖いというか大変だったですよ。何か凄えなって。言ってる事が的を得てるのですけど、正論過ぎちゃって、出来ない。正論って言うのは、ある種の暴力だと思っている。正論って逃れられないから、逃げ道塞ぐじゃないですか? そういう正論をバッと出して来る。「じゃぁ、僕どうすれば良いんですか?」みたいになっちゃうんですよ。そういうのもかなり突き詰められたというか、凄く疲弊したし。でも嘘をつくの嫌な人だから、人の芝居もちゃんと見てくれていて、ある時、今何でも出来るって思った瞬間があって、そしたらトシキさんが相手役の女優に小声で「今、松永はいい状態だから、今アイツとだったら何でも出来るから」って言ってるのを聞いて、トシキさんすげぇなと思って。そしたら、直ぐOKが出るんですよ。がっつり人と向き合うって事は、僕初めてだったんですけど、その影響は大きいと思います。
小林:役者の時に経験した事を、監督になって同じ事をやってるっていう?
松永:でも、それをやらなくても出来るって言えば出来るんです、極論から言うと。出来ない人はなるべくキャスティングしないんですけど、出来る人でも、ある瞬間は追い込まないと自分一人の力じゃ脱出できない領域があって、その時には追い込む。多分、自分でも分かってる。僕が役者やってた時でも自分で分かっていても出来ないのを分かってるんです。そういう時には、日本みたいな短い時間の撮影時間で、自分一人でそれを打破するのはなかなか出来ないですよ、凄い役者じゃない限り。それを助けてあげられるのは監督だと思っている。もう乗るか逸るかですけど、それをやって駄目になる事もあるんで。でも、もっと良くなるかも知れない可能性のあるところで止めるより、もうちょっと先に行かせる為に追い込んで、その先に行けるかどうか見てみようと思う。ちょっと乱暴ですけど。
小林:始めての長編なのに、結構、理論構築されてるんですね。
松永:そうですね、経験でしかないですけどね。本で読んだりとかした訳じゃなくて、自分が教えて貰った事をやるしかない。演出家の故・平山一夫さんが自分の師匠だと思っています。役者の生理、身体の生理をちゃんと勉強しろ!って言われました。間とは何だとか呼吸とは何だとか、結構教えられたんですよね。だから、それが当たり前のようになっちゃっているところがあるんですよ。言葉を止めた時に、言葉を吐かずに止めるのと、息がヒューって出ながら言葉を止めてるのでは意味が違うって事とかを結構教わったというか、人ってこういう事を無意識にやってる事、そういう事を芝居で出来ない役者にちゃんと身体を作れ!とか言う事を。そういうのが根っこにあるんじゃないですかねぇ。
小林:それは結構、言うんですか?
松永:出来ない人には言います。要するに肉体が出来なくて台詞だけ言ってると、声だけ、ここ(※顎を指して)から上で芝居している人には体を作っちゃいます、僕は‥‥「ここで息を止めて、そこから台詞を言え!」とか。でも、そういう風にはなるべく言いたくない、それはもう身体を借りてるだけになっちゃうので、「僕が欲しいのは貴方の感情みたいなところがあるから、貴方の中での怒りを出して欲しい」とか。僕が呼吸をコントロールしていた時には、僕が思う身体の使い方をその人の身体を使ってやっちゃっているだけで、それは余り面白くないなって思ってます。映画の勉強をしてなかったし、学校も行った事もないし、助監督もしてないから、頼れるところは多分そこしかないっていうのもあるんですよね。自分自身が演出を受けた時の経験が僕のベースにあるから、良いか悪いかは正直分からないですよ。多分、もっとベテランの俳優さんとやった時にもっと違うやり取りをしなきゃいけないと思います。

【次の企画について】
小林:次は何か企画してるんですか?
松永:一応やる予定のものはあるんですけど。
小林:オリジナルのものですか?
松永:原作ものの予定ですね。オリジナルでやりたいですけど、オリジナルは時間が掛かるから。理想は3本に1本とかのペースでオリジナルをっていうのが一番良いと思うんですが。毎回オリジナルでやったら書くのに時間がかかるし、書いてそれをまた映画にする迄に時間がかかるし、多分7年に一本とか5年に一本とかになっちゃう、それ僕ちょっと生活出来ないですよ(一同、大笑)現実的な話として。あとやっぱり映画を撮る事でしか学べない事が間違いなくあると思うし、現場脳というか瞬発力というか、カメラワークとかも含めて、僕には圧倒的に映画を撮る経験が足りないと思います。そこは学びたいと思います。
小林:でも、短編とかを入れたら結構な本数を。
松永:いや、短編は2つで、テレビの監督はやってましたけど。でもやっぱり長編映画っていうのは別ですね、短距離走と長距離走が違うように。脚本で予測出来なかったですね、起伏が。短編は予測できるところがあったんですけど、さっき言った「あっ、熱量がこれ過多になったな」とかはシナリオの時点では分からなかったですね。力配分がちょっと分からない。
小林:でも、外国の人たちは長く撮って‥‥。
松永:それをやれるのが一番良いですよね。これ、本当に難しい選択なんですけど、じゃあ映画をどういうスタンスで撮るかっていう事になってくる。監督としてちゃんと生活も出来るスタンスで映画を撮っていくとするならば、やっぱり5年に1本とかでは無理で、CM監督とかしなくては無理で。でも僕は今CMとかを撮れる訳じゃないから、映画を撮る事でしか日々の生活が出来ない。ならば、1年半に1本なのか少なくとも2年に1本撮ろうとしていかないといけない。とはいえ、今すぐ僕に予算10億円とかのものを撮って下さいとかならないじゃないですか。そうなると効率っていうものを考えなくちゃいけないんですよね。日本の映画の体制が大変だなって思うのは、先ず時間がないじゃないですか。で、時間を作るには、完全にインディペンデントでやるか、大作になっていくかって事になると、中間があまり存在しない。中間を何本かこなさないともうちょっと大きなところに行けなくなってしまうっていうことならば、シナリオを効率的に書くって事が今の自分には大切な事だと思うんです。何を撮っていくかって事にもよると思うんですけど、現場での1シーンの質量はちゃんと撮って来たなと思いますよ、そうすると、シナリオをある程度削いでいって、現場で増やすっていう方法が自分にとっては向いてるって思ったんですよね。

【まとめに代えて(吉村さんからの質問)】
吉村:全州(チョンジュ・韓国)で(「トイレのピエタ」を)拝見したんですけど、観客の質疑応答の中で、若い女性の人で‥‥。
松永:あぁ、自分の体験もこうだったとか。
吉村:自分も末期の癌を患っていて、この映画に感謝しますって言ってましたが。
松永:洋次郎と話していたんですけど、理想論は、自分たちの創る映画が、本当に必要とする人、その一人に届いたら、映画としても価値がある。しかし、それだけじゃあ駄目なんですよね、興行としては。でも、自分たちの映画が本当に必要とされて、これを観た事で救われたり、そういう映画にしたいと思っていたので、チョンジュであぁいう事を言って頂いた時には、創った価値があったかなと思いました。だから逆に、「有り難うございました」って思いました。
吉村:これからの抱負にも繋がる感じですか?
松永:そうですね。僕の最初のドキュメンタリー映画『ピュ~ぴる』も、題材としてはセクシャル・マイノリティの話なんです。映画祭とかでも、僕の周りでもカミング・アウト出来ない人が沢山居る中で、あの映画を創って何かささやかでも変化が起きたら良いなと。こういう人たちがいて、悩みを抱えているんだって事が分かって貰えれば良いなと思っている。その映画はヨーロッパとかではそういう感想をたくさんもらいました。そういう映画をこれからも創りたいです。