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日本映画監督協会 会員名鑑

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特集・暑い熱いッ!あの作品の夏ゲンバ

2016年08月17日

『生徒諸君!』なんてったってキョンキョンの燃えた夏
井上 眞介

盛夏の助監督現場というのが思いの外見当たらないなぁと過去の作品を辿っていたら、あった。一九八四年、映画『生徒諸君』(監督西河克己、主演小泉今日子)。夏真直中の松竹外注作品として、大船撮影所を中心に製作された作品です。

西河さんとは前年、戸塚ヨットスクールを舞台にした映画『スパルタの海』でチーフ助監督を担当した縁があった。私自身はすでに東映を退所し、監督作品が二本あったのだがいわゆる出戻り助監で、これは当時、東映東撮の企画部長だった天尾完次プロデューサーの強引な説得に負けて受けたものだった。

勿論、西河さんとも初対面で、どこをどう気に入られたのか次回作の助監督も頼まれたのだった。当初、外部スタッフとして助監督三名、スクリプターを連れて行くのでその人選も頼まれたのだが、ふたを開けてみると予算の関係で監督、チーフ助監のみ外部参加、あとは松竹のスタッフが務めるという。しかも原作が少女漫画だと聞いて断るつもりが、主演が小泉今日子と知り即OKしてしまう体たらく(隠れキョンキョンファンとしては願ってもない好機〈チャンス〉)。で、キョンキョン十八歳アイドルとして人気絶大の中、映画初主演ながら限られた撮影日数の上に、双子の二役という出ずっぱりともいえる殺人的スケジュールのクランク・インがやって来た。

港南台の高校でのロケーション初日。キョンキョンと絡む生徒役たちとのケンカのシーンが、昼食押しの三時。校舎の影が繋がらなくなるのがその理由だったが、西河さんとしては久方振りの古巣松竹での仕事であるだけに"存在をしらしめる"カマシの意味もあったのではと推察される。それでも松竹スタッフは我慢して良くやってくれた。そんな中、暑さのピークは八月の夏休みを利用して炎天下のグラウンドで行われた、キョンキョンいじめ的な入部テストの百本ノックのシーンだった。製作プロダクションの段取りで、無料エキストラ三百人を名古屋から連れて来るとなったのだが、製作プロの素人スタッフの勝手な判断で大型バスがエキストラを乗せたまま行方不明となってしまった。とにかく撮影準備に取りかかり、バスの行方を捜すが見つからない。あわや中止かという寸前、バスが現れた。エキストラの朝食の為に食事処を捜しに行って渋滞に巻き込まれたと云う。「馬鹿ヤロー、バスは現場待機で三百人分の朝食を買ってくるんだ!!」気温の上昇よりも早く、こっちの体温が急上昇の怒鳴りとなった。

小津安二郎監督の言葉に「作品の出来は最低スタッフのレベルで決まる」というのが記憶にあり、暗たんたる思いと共に、前途多難を予感させる一日であった。唯一良かったことは、撮影終了後、キョンキョンの汗まみれのTシャツを預かったこと。が、感慨にひたる間もなく衣裳部に取り上げられ、それでもわずかにキョンキョンの汗の名残が掌をしめらせ、一日の苦労が癒されたことを否めなかったのも事実である。

ある日、定時(午後五時)終了後、西河さんに誘われて、サード助監の長尾啓司(当時松竹社員)氏と二人、大船駅前の居酒屋で御馳走になった。脚本の不備、不満、具体的な意見を述べよと西河さん。酒の勢いもあって長尾氏と二人でここぞとばかりに自説を熱く語るも「君らは三十過ぎのオッサンだ。二人の意見の逆の作り方をするよ」とバッサリ。ラスト近く、母親(岸田今日子扮)の豹変は唐突で納得出来んと食い下がると、「だから岸田さんに演じてもらうんだよ」とキャスティングの重要性を強調。そう云えば校長役を鈴木清順さんにしたいと固執するも、清順さんのスケジュールの都合でNGとなったことも。そして残暑の中、奥多摩御獄ロケが強行スケジュールで行われることに。主人公の育った山奥の設定で、最大の見せ場は幼馴染みと都会の同級生との二組に分かれてのラフティング競走。

日大ボート部の協力の元、ゴムボートに乗り込んだキョンキョンたちの河下りの撮影である。(記録係のセカンドはロケ不参加。記録は松竹流に助監がとるシステムで行われていた)長尾氏が記録を兼ねるとのことだったが、ロケ地について間もなく、長尾氏の尊父急死の報せが入る。喪主として帰省をよぎなくされた長尾氏は申し訳なさを全身で示し、現場を去った。残されたフォース助監はまったく泳げないことが判明して愕然。が、迷っている暇などない。急流下りの安全確保の準備はベテラン小道具スタッフが率先して当たってくれた。撮影所システムならではの活動屋精神を発揮して、専門職以外の仕事も的確に決めてくれる。これは古巣の東映でも手の足りない時は担当以外の仕事をやってくれることがあった。携帯など無い時代、俳優事務所への連絡等を入れる為、近くの工事現場の電話を長時間使用させてもらい、馴れないスクリプトを取り、キョンキョン以外の素人役者の段取りに走り廻って、折角の奥多摩も汗の乾く暇もない有様だったのである。

暑さもピークを過ぎようとする頃、ついにクランク・アップが近付いた。そこで持ち上がったのが打ち上げパーティ案。衣裳部担当が懇意にしている七里ヶ浜のレストランが、キョンキョンが来てくれれば無料のパーティを催してくれるので何とかならんか。何とかして欲しいという強引なお願いである。実は何かあってはと監督にも内緒でキョンキョンのスケジュールを強引にプラス二日、余分にもらっていたのだ。その一日を使えば良し。だが相手マネージャーは仕事でなければ駄目だと宣ふ。「仕事であれば、その後三十分だけパーティに付き合って欲しい」となんとかOKを取り、ロケでたった一言残っていたアフレコ「母ちゃん!」を録る為、大船までキョンキョンを呼び寄せ、声を収録。唖然とする西河さんに裏事情を話し、その後、キョンキョンも快く七里ヶ浜へ来てくれた。店に到着すると、表通りは大量の人々で埋め尽くされている。店主の自慢で"キョンキョン来店"が知れ渡っていたのだ。三十分後、キョンキョンには速やかにお帰り願って、その日初めてのビールを呑み干した時、湘南の潮風に?を撫でられてようやく暑くて熱い夏の終わりを感じたのだった。

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