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特集

日本映画監督協会 会員名鑑

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5年後の宿題

2016年04月05日

東日本大震災の被災地で少しだけ手伝えたこと
日本映画・テレビ美術監督協会 福澤 勝広

「戦争で破壊しつくされた街とはこういうことなのかな・・・」

この表現が適切であるかどうかわからないが、東日本大震災の被災地に立って映画美術屋として素直に口から出てきた言葉でした。目の前に広がる破壊しつくされた街は、あまりにも現実離れしていて、頭の中では超大作戦争映画の壮大な廃墟しか思いつかなかったのです。だが現実に広がる実物大の廃墟群は戦争映画のオープン・セットではなく、見渡す限り果てしなく続いている。眩暈を覚え、と同時に強烈な無力感に襲われました。

埃まみれで、すえた臭いに覆われた廃墟の街で遺体の捜索や信号が流された道路で交通整理をしている警察官達。復旧工事している土木、建設関係者の人々。かつて自宅があったであろう場所で、探しのものや花を手向けて嗚咽している被災者か親族の方達、一生懸命ボランティア活動をしている人達。我々のように見学だけして、むやみにキャメラのシャッターを切る人達。広大な廃墟が続く中で、当時日本中がお題目のように唱えていた震災復興なんて絶対無理だと思いました。「何が頑張ろう日本だ!頑張ったって無理なものは無理なんだよ!!」

日本映像職能連合幹事の一人として「映画人は被災地で何が出来るのか、何をしなければいけないか!」を調べるため大震災発生から2か月後、監督協会茅場和興さん、照明協会土山正人さんと3人で宮城県の仙台市、石巻市、女川町。岩手県の宮古市と田老町、宮古市から南下して山田町、大槌町、陸前高田市までの沿岸部の被災地を見てまわり、並行して仙台のスタジオ取材、避難所の小学校で被災地支援無料上映会の手伝いをしました。教室に機材を持ち込んでの上映ですが遮蔽がうまく行かず光が漏れる中、廊下を話しながら歩く音、上映中の出入り、スクリーンがよれているためピントがかなり甘い。音響もとても褒められた状況ではありませんでしたが我慢して皆さん楽しんで見てくださいました。陸前高田市では高台にある中学校の避難所を訪問しました。避難所になっている中学校の眼下には破壊しつくされた陸前高田の街が広がり、復興作業の巨大な重機や大型トラックがもうもうと砂ぼこりを上げている。その先に広がる海。中学生が部活する横で被災した多くの人々がいる。避難して身を寄せている人々は、眼の前で街や自宅が流され津波に人々が飲み込まれるのを見たのだろう。仮設住宅建設中のグランドに立ちつくし何の力にもなれない私は、なんだか心より申し訳なくなり、校舎の中に入り被災した人々を取材する勇気はありませんでした。東京で街頭カンパや復興援助金支援くらいしかしてないので、少しでも現地でお手伝いできたらと思い参加した旅でしたが、ここにいる多くの人々に比べ自宅も家族も無事なのに、震災での物不足に不平を言い、積極的に被災地に関われない自分がいる。自分自身の浅はかさに打ちのめされ、恥ずかしくてこの場から逃げだしたい気分でした。

岩手県宮古市で、三陸沿岸部で唯一津波の被害を免れた映画館「みやこ映画生活協同組合シネマリーン」支配人の櫛桁一則さんに出会いました。

宮古市の沿岸部は津波で破壊尽くされていたのですが、映画館と櫛桁さんの自宅はなんとか被災を免れたそうです。彼は震災後すぐに連絡の途絶えた地域に出向き、被災状況の確認や支援の情報などを積極的発信していた方で、その後ボランティアとして避難所など各所に機材を詰め込んだ車で駆けつけ無料上映会を開催しています。我々が映画関係者ということで調査の案内を快く受け入れていただき宮古市街地、田老町、山田町などの被災地を時間の許す限り案内していただき、市内及び周辺地域の被害状況、被災後の状況、救助、援助活動の状況など詳しく聞くことができました。劇場を拝見しようとショッピングセンター「マリンコープDORA」の中にある櫛桁さんが支配人の映画館「シネマリーン」に伺いました。2スクリーンの映画館は上映中なのにお客さんが一人もいず、次の回では2人のありさまでした。震災後はお客さんが戻らず興行は惨憺たる状況です。市内や周辺の町や村が震災で壊され、人々は日々復旧や片付けに追われ、職場を失った方達も多くいる。多くの被災者の人々は町から離れた避難所生活。日常が戻ってないこの被災地の町で映画を観に出かけるのは...?の状況です。でも櫛桁さんたちはいつかお客が戻ると信じ映画館を開け、並行して避難所に出かけて無料上映会を開催し続けている。

「映画館は大丈夫かい?」「無料出張上映するのはいいけど、自分の生活や映画館も維持出来なくなるのでは...」私たちの素直な感想でした。

宮古市では過去に映画館が無くなったことがありました。映画の灯を消さないために市民が映画生協で復活させた三陸沿岸部で唯一の映画館「シネマリーン」は危機的状況に陥っています。

映画館を貸し切りにして、映画人たちが作った映画を避難所ではなく映画館の大スクリーンで見て楽しんでもらう。映画館には我々が貸し切り料金を支払う。これなら私たちにも出来そうだと思いました。

日本映像職能連合・ジャパンフィルムコミッション・コミュニテイシネマセンターの三団体が立ち上げたシネマエール東北の被災地支援上映会が今年で5年目を迎えました。

岩手県宮古市の「シネマリーン」、岩手県一関市の映画館「一関シネプラザ」で被災地支援上映会を開催し、ゲストや上映スタッフとして多くの映画人が参加してくれました。上映会の一員として参加するたびに町を見続けていますが、少しずつですが被災した街は片付けが進み、瓦礫は取り除かれ更地が多くなり、大規模な公共工事のかさ上げや堤防・防潮堤工事が進んでいます。ただ住居や商店などの生活に直結した建設工事はまだまだのようです。5年経って少しずつ戻りつつあるのかとは思いますが、まだ復興は道半ば、いや始まったばかりのようです。

被災地支援上映会の会場は映画を観た人々の笑顔があふれていました。

我々が作った映画の力で被災地の劇場が笑顔であふれるよう、これからも機会を見つけて何らかの支援が出来たらと思っていますし、楽しんでいただける映画をこれからも作り続けることが私たち映画人に強く求められていると思っています。

この記事は、監督協会会報「映画監督」2016年3月号からの転載です。
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