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日本映画監督協会 会員名鑑

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2014年度(第55回)日本映画監督協会新人賞

2015年02月23日

2014年度(第55回)日本映画監督協会新人賞

2014年度(第55回)日本映画監督協会新人賞は、「ぼんとリンちゃん」で 卓抜した演出力を示された小林啓一監督にお贈りすることが決まりました。
★小林啓一監督
テレビ番組、ミュージックビデオ、CM等を経て2013年に「ももいろそらを」で長編映画デビュー。
24回東京国際映画祭日本映画・ある視点部門で最優秀作品賞を受賞するなど数々の映画賞を受賞した。
「ぼんとリンちゃん」公式サイト http://bonlin.jp/ 
以下、選考委員会からの報告です。
選考委員(敬称略・50音順)
足立正生(委員長)、大森立嗣、鹿島 勤、仲倉重郎、本田昌広、舞原賢三、森岡利行
選考の苦難こそが最大の楽しさだった
足立 正生

1. 選考基準と選考経過

当たり前のことだと言われるかもしれないが、この新人賞の最大特徴は、映画監督だけが集って、論議し、決めるという点だ。製作スタッフや俳優、プロの制作者や評論家は省かれているところにある。それには、2つの深い訳が含まれていると思う。

1つは、映画監督の著作権奪還の闘いを久しく続けて来た監督協会自身が、監督の立場から映画の歴史と現状認識をバネにしつつ、本業の監督業と同じ姿勢で、アートとしての映画作品を直球で論評し合うことに狙いがあるようだ。

映画監督とは、大昔は「映画は創るもの、他監督の作品は一切論じない」と作品評は黙して語らないものとされた。次いで、昔は「映画作りで忙しい。他の監督作品なんか観る時間はない。批評するなら自分の作品の中でやる」と断言して憚らず、そのくせ、気になる作品は映画館にひそかに通って観て廻ったという。近い過去では、当協会の専務理事・大島渚さんたちが「批評こそが映画を鍛え、映画の発展成長を支える基本力だ」と主張し、大胆に監督同士や批評家たちとの論戦を率先活発化させて来た。その伝統の最たるものが、この新人賞選考会の意義だと信じていいと思う。

2つ目は、映画監督というのは、世間では巨匠や大作作家がもてはやされ、人物像としては、お山の大将や金持ちと見られている。私たち大半の貧しくて清純な映画監督は関心を持たれていないし、協同組合である当協会の運動の中でぼちぼちと生きている存在実態は知られてもいない。いや、僻みで言っているのではない。だから、そんな私たちが、賞を頂くことに恋焦がれるだけでなく、新人賞を贈る立場にたって、新人の作品を真摯に鑑賞する栄誉を誇ること、選考会で勉強した内容と選んだ責任を糧として、今後の監督業に励むようにと激励されているのだ。

そういう訳で、多少の嫌々気分を吹っ飛ばしながら、全員が意気込んで選考委員に加わり、選考委員長に、私は最年少者の見解を大切にしようとして推挙したが、逆に最年長の私が、祭り上げられた。

結果として、7人の選考委員たちは、中には候補作の大半をすでに観ている委員もいたが、私も含めて新人賞候補作を連日鑑賞し、その内容批評を暴言も含めた正論邪論で大いに闘わせて、選考を終了した。

選考基準としたのは、例年の選考姿勢を踏襲して、

  1. 監督協会の紳士協定的なルール(デビュー3年以内、長編作3本以内)は生かす。
  2. 作品だけで評価する(監督の人物像、制作の秘話などは考慮せず)、新人監督の将来性についての意見は第2義として認める。
  3. 多数決の愚は犯さず、論議の上で、全員一致で選出する。
  4. 従って、選考委員は出来るだけ多くの候補作を観て、論議を重ねる。

とした。

その経過は、第1次選考で、23本の中から選考基準で2本を選外とし、各候補作への推薦意見を述べあうところから論議を開始した。第2次選考では、各委員の推薦意見を論議し合い、推薦度の高い6本に絞っていった。力作とも言える『そこのみにて光輝く』や『0.5ミリ』、そして『青天の霹靂』などが含まれていた。

第3次では、各委員が残された6本についての意見を用意し、更に熱い論議を重ね、新人賞に相応しいという評価を得た3本に絞り込んだ。その上で継続された最終論議は、各選考委員が持論にしている映画観までが交わされた。そして、そこで一定の評価を得た『小川町セレナーデ』と『ぼんとリンちゃん』の2本が残った。この2本についての論議は、「どちらが良いのかという、比較論で決めるしかないのか」という、映画作品を比べ合う愚に直面させられたが、「再び論議を尽くして行こう」と、各委員の持論とも言える鋭い意見を縦横に交差させて、『ぼんとリンちゃん』を新人賞とした。

2. 選考経過の中の主な論議点

選考過程で活発に行われた各作品への論評は、各選考委員の意見に書かれるので省略し、私の方は、総論的な意見を述べることにする。

デジタルの普及もあって日本映画の制作作品数は膨大に増えているが、逆に、作品上映の場がいよいよ狭まって、マイナー作品が映画館上映の機会を予め閉ざされてしまう現状などが考察された。新人の登場がいよいよ難しくなっているのだ。その分、各作品が生み出される苦境を踏まえつつ、全作品についての論議が丁寧に開始された。

映画を愛し、制作の苦労を知っている選考委員たちなので、候補作が大型予算映画であろうがマイナー映画やプライベートフィルムであろうが、制作規模などは一目でわかるので、それを論議の軸にしないことや選考基準とは考えないことも話し合われた。

以上のことなどを熟知していて、それでも、その制作規模や成り立ち、制作条件を素早く観てとる特技の持ち主たちなので、論議は幅広く多岐に渉った。

また、選考委員の共通理念としては、そうしようと確認した訳ではないが、新人監督であるがゆえに、自分が作りたいものを作りたいように作る大胆さを持てるはずだし、それを期待したい、という願望のようなものが認識されて行った。それは、同時に、斬新さが映画を楽しく面白いものとしてくれるという、選考委員の作家としての確信の吐露がなされたものとも言える。

今年の新人賞候補作品の特徴として、力作や快作が少なからずあったし、作品の全体や各所に才気あふれる表現も多かった。しかし、「これだ!」という候補作は無かった。

それらを論評する選考委員の意見の突き合わせは、作品を大いに推奨したり、「あの作風が徹底できれば、傑作だったのに」と残念がったり、また、「語り口が平板に拡散し、まとまりを欠く」、「閉じ籠ってしまっていて、辛い」、「テーマ性に揺れが出ているのでは」、「サブカル風の現実描写と表現には違和感がある」、「いや、そのサブカル風潮をしっかりと批判している」などという辛口の論評が評価軸として出されたりした。それやこれやを反映して、「もう一度観てみよう」と研究する方向が話し合われた。

映画作品の批評に、善悪という基準はない。むしろ、好き嫌いの好みで観ることが正論だろうし、その正論があったとしても、感性に訴える内容と表現を好き嫌いを軸にして観る以上、異論が頻発するのも道理である。風俗描写か、社会や時代風潮への批評性はどこまで確かに表現されているか、観られてナンボの映画でしかないのだが、その作品を多くの観客が観てくれるだろうか、などと、選考委員たち自身の映画作りを問い返さざるを得ない論議まで進められた。

選考委員の意見が、最初に推奨した作品から、論議の中で他の推奨作へと変遷したりしたのは、むしろ、その映画論の立場から作品を観直して行く作業を続けて行ったのと同じように、選考委員たちの態度の真摯さの証明ではなかったかと、今さら、強く思う。

選考の最終段階で、交わされた一番長い論議は、あらためて全候補作の示している映画制作の傾向と内容方向へと一旦発展し、異論を突き合わせる論議は、各選考委員が映画論を総動員して語り合う気配すら示していた。

勿論、全候補作への批判とは思わないが、新人監督賞に断固として「これを推したい」とする作品が無く、映画を比較論で評価しないという、もう一つの、映画への愛情基準をもってしては、中々選評の結論に到達できず、論議を重ね疲れていくプロセスも経験した。その異論が並立してしまうというのも、考えようによっては、新人賞選考の苦難を伴う最大の楽しみなのではないかと思わされた。

3. 最後に。

候補作を作った皆さん、監督協会の皆さん、そして、大人げない私の暴論にも耳を貸してくれた選考委員の監督たち、もっと楽しく新人賞選考をお祭り行事にして行きましょう。(終わり)

監督協会新人賞のレポート
大森 立嗣

まず最初に僕は、今回新作の準備と重なっており、3回あった会合のうち、2回目の会合にしか参加できませんでした。足立さんをはじめ他の選考委員にご迷惑、お掛けしました。すみませんでした。

僕は選考作品23本から資格外の2本を除く、21本の中から15本を観させてもらいました。1本は鑑賞済みでしたので16本を観たことになります。中々新人監督の作品を短期間のうちに観ることはないので、刺激的である反面、ちょっと辛いと感じることもありました。それは僕が映画に求めているものが大きいのですが、いくつかの作品は既視感に溢れ、監督を変えても映画が変わらないと感じたからです。そういう映画に限って、道徳的だったり、人物への踏み込みが甘かったりするのは偶然ではないでしょう。

一方で長尺、長回しの作品も多かったです。これはフィルムからデジタルにカメラが移行したことが、大きな要因になっていると思いました。長回しには、モンタージュしないで何を撮るのかという覚悟が必要だと思いました。

最初の選考で、僕は『色道四十八手 たからぶね』と『ぼんとリンちゃん』を選考しました。特に前者は面白く、映画の後半はもう驚きで眼が離せませんでした。『ぼんとリンちゃん』は俳優たちの速射砲のようなセリフに驚き、ホテルのシーンでの長回しに圧倒されました。

最終選考では『0.5ミリ』を選考しました。監督の目指すものの高さ、安藤サクラの演技には眼を見張るものがありました。安藤桃子監督には「映画が世界を変える可能性」あるいは「世界とどのようにつながるか」という映画監督の恥部に無意識的に挑戦しているように感じました。同時に映画に淫していないところにも好感を持ちました。

今回はじめて監督協会新人賞の選考委員をやって、'唯一の監督が選ぶ賞'だということの本当の意味を知ったと思いました。僕がこの賞をいただいたときは頭でそのことを理解しているだけだったと思いました。今回の選考委員の監督たちもそうですが、各々自分たちが信じている映画があります。映画は様々な人が関わって出来上がりますが、監督はその中心であり前線でもあります。どこかで映画にはその監督の監督性が溢れだします。だから監督が取り替えのきくような作品は好きではありません。選考委員の監督たちは自分が信じているものを揺らしながら、身を切って選んでいるように見えました。かなり切実な賞ですね。(笑)

『ぼんとリンちゃん』の小林啓一監督おめでとうございます。今後の活躍も期待しています。

監督協会新人賞選考会を終えて
鹿島 勤

監督・評論家が推薦なさった作品の中から、一次選考で「リュウセイ」「青天の霹靂」「そこのみにて光輝く」「愛の渦」「」「竜宮、暁のきみ」「FORMA」「0.5ミリ」「さまよう小指」「或る夜の電車」「僕はもうすぐ十一歳になる。」をDVDで鑑賞した。「祖谷物語」は以前に映画館で観ていた。
どの作品も甲乙つけがたく二次選考に推薦する作品は大変迷った。作家性の強い作品にするか、監督の手腕で上手くまとめて見せきっている作品と、どちらの視点で選ぶかを迷った。
選考会議では作家性を重視した推薦意見が多かったので、後者の視点から作品を推薦する事とし、映像で物語を面白く見せきっている「青天の霹靂」と、ワンセットモノなのに、飽きずに見られた「愛の渦」を推薦し、「青天の霹靂」が2次選考に残った。

他に2次選考に残った「小川町セレナーデ」「ぼんとリンちゃん」を観て最終選考会に。
最初は「青天の霹靂」を推薦した。昭和の浅草の雰囲気も上手く映像化され、手品も面白く見せていた。新人とは思えない劇団ひとり監督の手腕を感じたからだ。しかし、討論が進むうちに「何を投げかけているか」が作品を評価する基準になっていったので、ならば「小川町セレナーデ」が良いのではと推薦作品を変えた。原桂之介監督のカット割りに切れがあり、物語が進行するテンポもいいし、時代に取り残された街や人々が巧みに描かれていて面白かった。

結果はみなさんご存知のように「ぼんとリンちゃん」の小林啓一監督に決まった。ラストの女の子二人の言い争いは今を感じる迫力ある芝居をつけられていたのが印象に残る作品だった。
最終選考会議も二転三転し、どの監督が取ってもおかしくない僅差の受賞だった。

ほとんどの作品がDVD鑑賞で、55インチモニターで見たのだが、スクリーンに比べるとあまりに小さい。映画館で見たら印象がかなり違うのではないかと思える作品が多々あった。2次選考後はスクリーンで見られれば、出来うるならば改善をお願いしたい。

作品の想いを観客にちゃんと伝えようとしているか?
仲倉 重郎

思いがけなくも新人賞選考委員になった。だが、「映画」について考えるいい機会ともなった。久しぶりに映画を撮ったせいもあるけど。

映画監督は、伝えたい想いがあるから映画をつくる。だが、その想いが観客に伝わるようにちゃんと考えているか。一方的に自分の想いを綴っただけになってはいないか。などなど、候補作品を見ながら、いろいろと考えさせられた。

最終候補のうち、劇団ひとり「青天の霹靂」、原桂之介「小川町セレナーデ」、小林啓一「ぼんとリンちゃん」がいいと思った。

「青天の霹靂」は売れない手品師が40年前にタイムスリップして、やはり手品師の父親に会い、コンビを組むというお話である。大泉洋演ずる手品師の技は全部本物だという。手品の技がトリックなしで撮られているのに感心した。お話も楽しんで観られた。3作品の中では一押しだった。

だった、というのは、個別的に話し合っていくと、及ばぬところが見えてくるからだ。監督の劇団ひとりが、父親を演じていることが気になってきた。監督主演は悪いわけではないが、監督に専念して父親は別の人が演じた方がよかったのではないか。いっそ大泉洋が二役をやったらどうだったか。

この作品が委員多数の賛成を得るのは難しいかなと思っていたので、矛を収めた。

「青天の霹靂」がだめなら、「小川町セレナーデ」か「ぼんとリンちゃん」だ。

「小川町セレナーデ」は、人間関係が面白いと思った。酔ったはずみでオカマとの間に子どもが出来、女の子が生まれる。シングルマザーとなった母親(須藤理彩)は飲み屋をやって子どもを育てる。だが近くにオカマバーができ、そっちにお客をとられてしまう。そこで、対抗してニセのオカマバーを始める。それが意外にうまく行く。

母と娘とオカマの父親。三人の関係がなかなか面白い。後半のオカマバーの弾け方が「バクダット・カフェ」を思わせるところがあって、よかった。

ただ、これも詳論していくと、欠点が目立ってくる。特に冒頭の白黒シーンは、作者の思い入れにすぎず、その意味は観客には伝わってこない。それに、面白くなるのが遅い。

というわけで、「ぼんとりんちゃん」が残った。

はじめ見たとき、これはないなと思った。だが最終候補を全部観終わったとき、「待てよ」となった。これは捨てがたい。そこで改めて見直すと、なかなかいいのだ。

女子大生の「ぼん」とオタク仲間の幼ななじみの「リン」は、友人の「みゆ」を同棲中の男のDVから救出すべく上京してきた。ネットで知り合った男「べび」の助けを借りて三人で救出作戦に挑む。だが...。

オタク映画と見せてその実、オタク批評(批判ではなく)であり、生きる意味の批評(問い直し)でもある。監督の想いがかなり伝わってくる。撮影も監督自身でやっているが、カメラワークも悪くない。

主人公の長いセリフが自然でいい。佐倉絵麻はいい女優だと思った。結局救出には失敗するのだが、ぼんを論破するみゆ(比嘉梨乃)もなかなかである。

これが一番新人らしい作品ではないかと思った。

小林啓一監督が新人賞になって、不満はない。

三人の新人監督のこと
本田 昌広

7年ぶりに審査委員を仰せつかった。今回の候補監督の作品のうち、劇場で観ていたのは7作。10作をDVDで観ることになった。最終選考に残った二人の監督、最後まで気になっていた監督についての感想です。

小林啓一監督『ぼんとリンちゃん』

「想像力を欠く者はみな、現実へ逃避する」

ジャン=リュック・ゴダールの最新作の冒頭のメッセージだ。

「こころにいつも妄想です」

こちらは『ぼんとリンちゃん』の主人公、"ぼん"こと四谷夏子の座右の銘であり、作品の宣伝文でもある。

映画は"肉便器"こと親友のみゆを救出するためのゲームそのものでもあった。しかし、ラスボスは風俗嬢となったみゆで、彼女は「現実へ逃避」してしまっていたのだ。妄想少女とリアルにまみれた少女との相克は、ボス戦にふさわしい...と、書いたが、私はゲームもアニメにも疎く、ものすごい情報量とスピードのセリフの妙をあまり理解できていない。そういう観客がいることも、織り込み済みだろう。半分のドライブ感ながら、キャラクターにひっぱられていった。実は心を閉ざしていたり、言動とは裏腹な潔癖性がある部分などは、前作『ももいろそらを』の主人公の変化形。製作、脚本、撮影、音楽、ノベライズまで、監督が細部まで制御している感触が伝わってくる映画だった。

安藤桃子監督『0.5ミリ』

196分間、安藤桃子は安藤サクラを疾走させた。老いることは死に近づくことであり、どう生き抜くかということが大切だ。姉妹がこの3時間の旅で、探したのはそのことだろう。そして、旅の中途で出会う人物の誰もがどこか欠落しており、それを慈しむようなサワという造形。原作、脚本も監督自身。おそらくは長すぎたはずの脚本にGOを出した製作陣も、監督もリスクを覚悟のうえだろう。観客の大半は尺のことは承知で鑑賞しているが、長尺ゆえに断念した観客も多かったにちがいない。私はスバル座で観たのだが、当然、長さは感じるものの、苦痛ではなかった。前作『カケラ』とは全く違うテーマへ踏み込んでいる。監督が自ら経験した介護がきっかけとなったそうだが、描きたいさまざまが横溢していた。家族のいないサワとは真逆で、家族と映画づくりを味わっているのが伝わる。監督も、この映画も、サワのように闊達に生き抜く覚悟を決めたのだと感じた。

坂本あゆみ監督『FORMA』

昨夏、ユーロスペースで観た。とんでもない映画を観てしまった...暑い日だったけど、ひんやりした気持ちで坂を降りた記憶がある。この映画は、わかりづらい文体と構造をもっている。3人の視点で、しかも時系をずらしながら描く。その断片をカフェでの食器の割れる音で串刺しにした手法は鮮やかだった。不穏な物語と3人が一気につながる。また、宣伝ビジュアルにもなっている、綾子が被る匣の穴は、話題になったシーンの視座になるのだった。置き去りにされた匣の中のビデオカメラと観客が目撃する"できごと"に繋がっていく。24分というワンシーンワンカットはテクニックではなく、必然なのだと坂を降りながら気づいた。この苦い後味の映画を完成させた若い監督の腕力を思い、ちょっと寒気がしたのだった。

日本映画監督協会・新人賞選考について
舞原 賢三

受賞された小林啓一さん、おめでとうございます。

選考の経緯などは足立選考委員長に書いて頂いていると思いますのでここでは割愛して、少し個人的な事を書きます。

先ず、選考委員をやってくれないかと言われた時『参ったなぁ』が正直な気持ちでした。

映画の賞など全く縁の無い私(あんなもん貰うために作品作ってるんじゃねぇやい! と言いながらホントはちょっと欲しい)が人様の作品を評価する選考委員などやって良いのか? それから新人賞ってなんだ? 作品賞との違いは何? 監督が監督を選ぶってどうなの? などと自問自答しながら、気が付いたらいつの間にか選考委員になっていました。

前記の疑問を解くために、これまでの受賞作を調べ、先輩方の意見を伺ってみたが、なかなか答えが出ず困り果ててしまいました。

だが、山のような候補作品を期限までに見なければならない。

切羽詰った私は、こう考える事にしました。

あくまで監督が受賞する賞であり、しかも新人監督だ。作品賞でなく、監督が監督を選ぶのだ・・・、ヨシ、解った!映画を見終った瞬間、何らかの理由で興味が出て、会いたくなった監督を選ぼう!

正解かどうかは置いといて、猛然と候補者作品を見始めました。

候補者作品は23編、うち新人の条件に当てはまらない2編を外し、21編。

7人の選考委員で少なくとも一作品3人以上が観ると言う割振りで候補者作品を見ました。私の割り当ては以前見た作品を含め14本。

そのうち、映画を見た後に会いたくなった監督は神保慶政監督『僕はもうすぐ十一歳になる。』、劇団ひとり監督『青天の霹靂』、選考会の途中で小林啓一監督『ぼんとリンちゃん』でした。

その後、監督協会らしく激しい議論の末、今回の受賞者に決まったことは意外であり、真っ当でもあり、監督協会らしい結論だと思います。

改めて小林啓一監督おめでとうございます。そしていつか神保慶政監督、劇団ひとり監督に会いたいです。

初めての選考会
森岡 利行

私が最終的に推したのは安藤桃子監督の『0.5ミリ』と坂本あゆみ監督の『FORMA』だった。劇団で二時間を超えない芝居(劇場退出の関係で)を常時打っている私としてはこの長い作品を退屈させないで見せられる腕力を買ったのだが、逆にその「長さと構成がありえないし、退屈」と私と真逆の意見が多かった(笑)。となると最終選考に残った中から選ぶとなれば劇団ひとり監督の『青天の霹靂』と原桂之介監督の『小川町セレナーデ』なのだが、どうも前者の方は大映画会社の大プロデューサーの顔が見え隠れしてるし、後者の方は「導入部分の長さで観る気が失せた」という意見も多く、私もそう感じていた(役者は素晴らしかった)。そして最後に残ったのが小林啓一監督の『ぼんとリンちゃん』だった。

私が一番受け容れられなかった作品だ。まず、この世界に全く興味がない。二人の会話がどーでもよく、そんな話を聞いている余裕が私にはまず、ない。余談だが私は映画業界でそれを作ればある程度収益が見込めると言われているホラーに全く興味がない。だって生きてる人間の方が恐いもの(笑)。企画を平気で盗むP、脚本書いたのに金を払わないP、テレビ放映してるのに契約書を交わしてくれない製作会社、家に帰って来ない高校生の娘、劇団の赤字、生活費を鬼のように請求してくる嫁(当たり前だが)、「やる気あります!」と言ってこの業界に入ってきてすぐ辞めるスタッフ......現実の方がよっぽど怖いのだ。そんな私がオタクの話にノレますか? いいよねノラなくても。しかし、最終的に満場一致ではなかったが監督協会の新人賞ということで私が納得したのは、小林監督の次回作は40歳のオッサンが主人公だということだ。この作風の監督が40歳のオッサンを撮ったらどうなるのだろうか。それは観てみたい。

今回、偉そうに言える立場ではないのを承知で初めて新人監督賞の選考委員をやらせていただきました。新人監督の作品を何本も観られるのは至福の時間でありました。そして諸先輩方との討論(折に脱線し、かつての名作の話など)は楽しく、それでいて勉強になるものでもありました。この場を借りて御礼を言わせていただきます。ありがとうございました!