このページの先頭です

特集

日本映画監督協会 会員名鑑

特集

2011年度日本映画監督協会新人賞 特集

2012年09月19日

2011年度日本映画監督協会新人賞受賞インタビュー
『エンディングノート』砂田麻美監督
インタビュアー・大森立嗣監督(2010年度新人賞『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』)

 

 

120919.jpg

 

120919j.jpg砂田麻美監督。
1978年東京生まれ。慶應義塾大学在学中から映像制作に携わる。卒業後はフリーの監督助手として河瀬直美、岩井俊二、是枝裕和らの制作現場に参加。2011年映画『エンディングノート』で初監督。サンセバスチャン国際映画祭正式出品、ドバイ国際映画祭ムハ・アジアアフリカ・ドキュメンタリー部門第二位。国内においては第33回ヨコハマ映画祭新人監督賞・第35回山路ふみ子映画賞文化賞・第36回報知映画賞新人賞・芸術選奨文部科学大臣新人賞等を受賞。小説に『音のない花火』(ポプラ社)。

 

 

 

 

 

 

120919g.jpg大森立嗣監督
1970年生まれ。前衛舞踏家で俳優、大駱駝艦の麿赤兒の長男として東京で育つ。大学入学後、8mm映画を制作。俳優として舞台、映画などに出演。写真家・五味彬、野村佐紀子のヌードモデルなどを行いつつ、阪本順治監督作品『傷だらけの天使』(97)に俳優として参加後、そのままスタッフとなる。自らプロデュースし、出演した『波』(01/奥原浩志監督)で第31回ロッテルダム映画祭最優秀アジア映画賞"NETPAC AWARD"を受賞。その後、『赤目 四十八瀧心中未遂』(03/荒戸源次郎監督)への参加を経て、2005年、花村萬月原作『ゲルマニウムの夜』にて初監督。国内外で高い評価を受け、ロカルノ国際映画祭コンペティション部門など多くの映画祭に正式出品された。また2010年には、監督二作品目となる『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』が第60回ベルリン国際映画祭フォーラム部門、第34回香港国際映画祭に正式出品され、2010年度日本映画監督新人賞を受賞した。三作目『まほろ駅前多田便利軒』2011年公開。

 

 

 

*『エンディングノート』をご覧になっていないとわからない点がありますが、ご了承ください。

 

【『エンディングノート』について】

 

大森「はじめましてですね」
砂田「はじめまして」
大森「観させていただいて、シンプルに一番びっくりしたのは、ここにカメラを置いているんだというころかな。特に後半のお父さんが亡くなっていくところの、あそこにカメラを置いてあるという事に感動して。この映画はどう成立していったんですか?」
砂田「一本目ってこともあるし身内の話なんで、客観的に繋いではいるけどもこれが出来上がった90分になった時にどう見えるかっていうのは、なかなかクールは見れなくて、一番最初に意見をもらいたいなって是枝裕和監督(『エンディングノート』プロデューサー)に見せたときに、なかなか簡単には首を縦に振らない監督なんですけど、初見の時からこれはいけるんじゃないかっていう反応があって」
大森「その時はもうすでに今の編集になっていたわけですか?」

120919d.jpg砂田「ほとんどなってました。元々は俳優さんにナレーションを読んでもらうつもりだったんですけど、仮に自分の声でナレーションを入れて、今みたいな状態にして。配給会社を決めていく時も、わりと自分が思っている以上にトントン拍子というか、前に進んでいったので、自分の方が、ん~なんでだろうっていう感じはありました」
大森「撮影を始めた時っていうのは、こうやって外に向かっていくようなドキュメンタリー映画にしようと思ってたんですか?」
砂田「思ってないですね。映画の中で一番古い映像でいうと夫婦喧嘩のシーンとかなんです。あの時は中学生とかで。ただ、映画とかっていうキーワードは自分の中で出てきてないですけど、自分以外の人にこれを見せたいっていう思いはありました」
大森「昔からずーっとカメラを回してたんですか?」
砂田「父親というよりはいちサラリーマンのちょっとした滑稽さっていうか、高度経済成長の非常にステレオタイプなキャラクターだったんで。そういう意味でも興味があったんです。それで節目節目にカメラを回したり。父が死んだ時もこれが何かになるっていう事は何も想定してなかったですね」
大森「ドキュメンタリーなんだけど、『エンディングノート』は見せ方がすごいよく出来てますよね」
砂田「恐らく観客が意図してなかったような演出が過度にあるので。ドキュメンタリーってナレーションもなくて音楽もなくて、客観性重視だろっていう考えの人にとってみると、すごく腑に落ちないというか、あれドキュメンタリーなの?って」
120919a.jpg大森「主人公である父親のナレーションを女性である自分の声でやってるわけですよね。そういうところの見せ方がおもしろく見えちゃうよね。対象との距離感をどういう風に見せていくか。まあ編集しちゃえば本当の本当ではなくなってくるわけだし。最期ものすごい幸せですよね。お父さんが亡くなっていく姿が。うらやましいぐらい。ちょっと嫉妬するぐらい。それはやっぱり編集できついところはなくしてるわけですか?」
砂田「実際問題として抗がん剤の副作用がほとんどなかったんで、見てられないほど苦しいっていう状況にはならなかったんですね。それはまずひとつ事実として幸運でした。ほんとに最期5日間だけ入院して、もちろん意識が朦朧として混濁するようなことはありますけど、自分の中で娘として看病モードになる瞬間と、撮ろうっていう瞬間は自分の心の赴くままにやってたんで。ホントに助けなきゃいけない時は回してないし。そういう意味ではもっと痛々しいシーンを作ろうと思えば出来ない事はなかったと思うんですけど、そういうところは撮ってないですね。やっぱり娘だったからなのかな。今思うのは、死っていうものを圧倒的に肯定せざるを得なかったというか。私が他人だったら、この死をもっと検証しながら描いていったと思うんですけど、被写体との距離感はあるにしろ、この死を圧倒的に幸福なものとして捉えたいというのは、一番大きなモチベーションとしてあったんですね」
大森「そうなんだ」
砂田「父が死んでから三ヶ月ぐらいだったんですけど、ちょっと自分自身がこれからどうしたらいいんだろうっていう、非常に真っ暗闇な状態になってしまったんで、そこから脱却したいって思いがすごく強くて」
大森「お父さんが亡くなって、砂田さん自身が苦しかったんだ、相当」
砂田「そこが、出発点なんで」
120919c.jpg大森「日本人っていうのは死というものを、すごい扱いづらいものとしてるじゃないですか。だけど、誰でも死んじゃうじゃないですか。『エンディングノート』を観た時に、人が死んでいく姿をちゃんと見たのって初めてかもしれないなって思ったんですよね。ああやって人が死んで、家族が集まって、そういうところにカメラを置いているっていうのにとにかくびっくりしちゃったんですよね」
砂田「そういう感想はときどきやっぱり聞こえてきて、そこは一番意図してなかったというか、自分が何か不思議なものを見せてるって感覚はなかったんですよね。それこそ闘病記とかの番組や映画もあるし」
大森「いわゆる闘病記みたいな視点と違ったじゃないですか。それがやっぱいいよね。それがあるからすごい評価された。これが闘病記だったらちょっと駄目な映画になってた」
砂田「闘病記だったら作る意味がないというか、それは家族の中で話してればいいことなのかなあって。ただこれはもともと映画にしますっていう出発点から作ったんじゃないっていうのがあるので、ある意味0.5本目っていうか、1本目なんですけども、次が1本目だなっていう感じはすごくしますね」

 

【映画の世界へ】

 

大森「いつから映画を目指す、というか映画監督になろうと思ったんですか?」
砂田「最初はテレビ局に行きたかったんです。報道に行ってドキュメンタリーやりたいなと思って。ずっと大学時代もドキュメンタリーのサークルで。ドキュメンタリーやるんだったら、当時はテレビ局に行くってこと以外ちょっと想像がつかなかった。テレビ局か制作会社に行こうと思ったんですけど、全部落ちちゃって。就職浪人しても落ちちゃって、どうしようかなこれからと思ってる頃にどんどん映画を観るようになって、そこから一気に方向転換しました」
大森「それで劇映画のほうに行ったってことなんだ。今ドキュメンタリーの作家としてものすごい評価されちゃってるけど、これからっていうのはやっぱり劇映画の作品を撮りたいっていう気持ちがあるんですよね」
砂田「そうですね」
大森「是枝さんの作品にいっぱいついてるんですよね」

120919i.jpg砂田「そうですね、はい。演出部としてついてます。『歩いても 歩いても』と、『空気人形』と『奇跡』と、あとCoccoのドキュメンタリーとか。一番最初は河瀬直美監督の現場で、河瀬さんのところ行って、岩井俊二監督のところに行って、最後に是枝さんだったんですけど、ずーっと劇映画の方向に行きたいっていう気持ちで働いていました」
大森「俺とは全然違うなあ。阪本順治監督とかね井筒和幸監督とかね。相容れない系の人たちだよね、なかなか(笑)」
砂田「そうですね。あ、そうですねって言ってる(笑)。何も映画界のことをわからないなりにも、自分はどういう現場に行けば何とかやっていけるかなっていうのを考えた時に、なるべくこう...静かそうっていうのかな(笑)」
大森「静かそう(笑)。熱い男たちの世界じゃなくて」
砂田「みたいな感じじゃないとこで(笑)」
大森「私でも生きられるって(笑)。怖そうだもんね(笑)」
砂田「怖いかわからないですけど、全然相手にしてもらえないだろうなっていう感じは、わかるので。何となく最初に声をかけてお願いしたのも河瀬さんだったりとかっていう風に繋がっていきますね」
大森「いくつぐらいの時に最初に現場行ったんですか?」
砂田「最初は大学4年生でした。河瀬さんはドキュメンタリーだったんですね。なので、編集についてました」
大森「カチンコ叩いたりしたこともあるの?」
砂田「カチンコは叩いたことないですね。ただついた三人の監督が共通してたのは、いわゆる助監督として現場のインからクランクアップまでじゃなくて、企画から公開までずっと監督の側にいるっていうのはすごく勉強になりました」
大森「良い経験ですよね」

 

120919e.jpg 

 

【新人賞を受賞して】

 

大森「新人賞を受賞してどうでした?」
砂田「劇映画撮りたいなと思ってるので、本当にこの賞をいただいたとき、すごく嬉しかったけど、同時にすごくびっくりして。一番遠い賞だと思ってたんですよね。自分がもし選ぶ側の監督協会の立場だったら、あげたくないっていうか(笑)」
大森「(笑)そうですか?」

120919o.jpg砂田「取り上げたくない感じ、何か。映画監督という名の元に賞をあげたくないって言うと語弊があるけど、あげないんじゃないかなってっていう気持ちがあったんで、すごく不思議な感じがしました」
大森「監督協会の会報(新人賞の選考過程レポート)とか読んでたらやっぱりこの賛否があるじゃないですか。みんな先輩たち怖いから(笑)」
砂田「まだ私拝見してないんで、ドキドキしてるんですけど」
大森「俺は行けなかったけど、イマジカでやった上映会と授賞式はどうでした?、いっぱい来たでしょ?怖いおじさんたち」
砂田「みなさん監督さんですか?」
大森「ほとんど協会の監督ですよね。一緒に観たの?」
砂田「後ろにいました」
大森「あれやだよねえ。どうだった?結構喋ったりした?」
砂田「そうですね、懇親会で」
大森「晒されたわけだ」
砂田「何でしょう...。いらしてる方の年代が、本当に父の世代に近い方が多かったので、どちらかというと監督というよりは、"お父さん!"みたいな感じだったんですよ(笑)」
大森「いいな(笑)」
砂田「もっとバンバン矢が飛んで来る感じをイメージしてたんですけど、どちらかと言うと、観客の方に近いテンションを感じたんですね」
120919q.jpg大森「いつもと違って、すすり泣きが聞こえたって聞いたけど。まあ、泣くわな(笑)。泣く。俺も泣きそうになったもん。あまり緊張とかしなかったんだ」
砂田「懇親会が終わって、二次会の時に佐々部清監督(新人賞選考委員)とかははっきり意見されてましたね。そういうのって他にやっぱり機会がないので」
大森「そうだよね。貴重だよね。」
砂田「監督が監督にはっきりこれは好きじゃないって言うのが」
大森「言うんだよ。褒められた時は良いけどね」
砂田「そうですね。でも、やっぱりもう圧倒的に映画業界に長くいた人たちなので、本当に緊張というより、スタンスとして"お話を聞く"っていう感じでした。もう少し目線が近ければ逆に、どう切り返すんだ私は!みたいな感じで、別の緊張感があったかもしれないけれども。カチンとくるってこともないですし、ああそういうふうに観てくださったんだなって感じでした」
大森「カチンとこないの?俺カチンとくるんだよね」
砂田「(笑)」

 

【批評や評論について】

 

砂田「ご自分が作られたものに対する一般の人の評価とかって読んだりしますか?」
大森「ネットとかで評論家ぶって書いてあるものはすごくむかつく。素直な感想ならいいんだけど。まあ元々自分の映画は賛否両論あるってことはわかってるんだけど。気になります?」
砂田「結構見ますね。最初ちょっとびっくりしたけど、だんだんある種のポイントを超えるとちょっと快感というか」
大森「ええっ(笑)」
砂田「自分が作ったものに対して、こんなに怒りとか沸くんだって不思議な感じがする時があって。基本的に気持ちのいいものではないですけど。時々これって何だろうって」
大森「『エンディングノート』でもそんなひどい感想もあるんだ」
砂田「それはもちろんあります。むしろ、ネガティブなものの中から学ぶことってすごいあって。気付かされるというか」
大森「それは例えばどういうものなんですか?それこそヤフーの映画評みたいなのとか」
砂田「ツイッターとか」
大森「ツイッターとかで気付かされることがあるんだ」
砂田「あります」
大森「すごいわ。えらいなあ」
砂田「でも、あまりそこに捕らわれると自分は何を作りたいかがわからなくなっちゃうんで、それを次回に生かすかどうかは取捨選択だけれども、そういうふうに捉えられるんだなって事とか」
大森「例えば何ですか?」
砂田「どっちかっていうと作り方云々よりも、この家族どうなの?みたいなこととか」
大森「それはどうでもいいよね(笑)」

120919p.jpg砂田「でも、そういう事とか、いろんなものがミックスされてるんで、どれをチョイスしていくかなんですけども。どうでもいいと思いつつも、やっぱり自分がどういうバックグラウンドで育ってきて、どういう考えを持って、映画を作っていくかっていうことが必ず一生付きまとうじゃないですか。そこはすごく敏感に感じますね」
大森「家族を題材にああいう風にして描いたからには、そういうことを言われるのは当然っちゃ当然だし。勝手に思うじゃん、みんなは、何も知らないくせに。あれが家族の全てではないわけだし、家族なんて百個あれば百個の形態がある中で、それを出すのって勇気いるんだけどね。でも、あそこにカメラを置いて一個踏み込んでるんですよ、多分。それは、この『エンディングノート』って映画の確信だし。やっぱりその一歩踏み込むみたいなことをやれる人とやれない人で、ものすごい自分の品格みたいなものを問われるからさ。そこは踏み込みたいと思うな、俺も。砂田さんはこの映画で踏み込んでいるからね、問われるところに」
砂田「本当にそうだと思います。公開して何が一番きつかったっていうのは、事件とか地震も含めて、そういうふうに突然亡くなった人のニュースを耳にすると、すごく罪悪感を感じるようになってしまって。つまり、うちの父は幸せな死に方しましたねっていう感想が多かったから。家族をある意味公にしながら、そうじゃない人の話を聞くと、別にその人たちは『エンディングノート』なんか観てないと思うんだけど、すごくそこに対して責任、負い目を感じる事は今もありますね」

 

【次作へ向かって】


大森「監督としては次にどう向かっていきたいって思ってるんですか?」
砂田「例えば5億・10億の映画を撮るには、発注する側からすれば、その監督に賭けるだけの何かがなければいけない。それはすごく難しいなと思っていて。自分がやりたいことよりも出来ることで考えた時に、どのあたりがいいのかっていうのは本当に考えます」
大森「これからの映画の未来って何ですかね?(笑)」
砂田「今現時点では未来を感じられないんです。感じられないんですけど、もうやるしかないなと思って。あとはもう私は国に頼りたいと思ってます、日本国に(笑)」
大森「国?日本国に頼りたい?(笑)急にどうしたの?映画界だけでは駄目?」
砂田「難しいと思う。もちろんいいものをちゃんと作るっていうのは大前提だけど、この映画館の減り方とこの観なさ加減は......。国が映画をひとつの文化として守るシステムを真剣に考えて欲しいなって」

120919f.jpg大森「もう一回お客さんを足向けさせるために、国ももちろんそうだし、何か足掻かなきゃいけないのかなあって。俺もこの間500万の映画作って、それはもう自分たちで配給しようと思ってるんだけど、そういうのも考えたときに、そのままやってるだけでは全然観てくれないので。だから何ですかね......」
砂田「システムは、変えていきたいって思ってます。もちろん国だけに頼ろうなんて思ってなくて、システムに則らないと映画って配給できないっていう仕組みが出来てるじゃないですか。そこは覆していきたいというか。これだけ新しいメディアが出てきて、映画館に行くっていうことがある種苦痛に感じてる人すらいるかもしれないんで(笑)」
大森「まじっすか(笑)」
砂田「携帯で映画観るっていうことが当たり前になっている子たちが増えているって聞きますし」
大森「びっくりするよねえ」
砂田「どういうふうにすればお客さんに対して、この映画は新しいっていう風に見えるかっていうのは日々考えてますね。物語だけじゃなくて、見せ方として。でもやっぱり映画館に行ってほしいから。どうしたら映画館に足を運んでもらえるのか。あと、東宝にちょっと何とかしてほしい」
大森「東宝に何とかしてほしいね(笑)」
120919b.jpg砂田「東宝なんじゃないかっていう。"東宝説"ってのを打ち出していて(笑)。本当に大手の配給会社の人たちはきっといっぱいいい映画を観て育ってるはずなんですよ。それこそミニシアター系のいい映画を観て。だからこそこの仕事に就いてるはずだから、今の映画の流れってことに対しては、一番本当は一番嫌なはずなんですけど」
大森「ですよね。自分たちが感動したことを、そのまま人にちゃんと伝えていこうってことをやってほしいと思うよね」
砂田「いろんな会社の人達に単刀直入にどうするべきなのかを聞いてるんですけど、自分たちの会社がちょっとそれどころじゃないみたいな」
大森「いやー、きついな。嫌んなっちゃうな。とは言いつつ、次はどんな作品撮ろうと思ってるんですか?」
砂田「今いくつかプロットは書いてるんですけど、まだちょっとこれでいくぞっていう風に断言出来る状態になくて」
大森「"家族"ってのはひとつテーマにあるんですか?」
砂田「そうですね。どういう話でもそこは描きたいなと思ってます。『エンディングノート』が父の友人たちとかにも『麻美ちゃん親孝行ね~』みたいな雰囲気で受け止められる感じだったんで、次はちょっと真逆にいきたいというか」
大森「裏切りたいよね。そうだよね。わかる」
砂田「『お父さん天国で泣いてるわよ~』みたいな方向(笑)」
大森「わかるわかる。何かあんまりわかられたくないよね。『いい子ね~』みたいな感じでね」
砂田「そうですね。『エンディングノート』はそういう風に描かざるを得ないものだったけれども、別にそういう全てきれいな世界だけを描きたいわけじゃないので」
大森「やっぱり裏切って欲しいよね。砂田さんってこういう映画撮るんだっていうのを観たいよね。恐れずにやるといいんじゃない、大胆に。原作ものとかはどうなんですか?」
砂田「基本的にはオリジナルで頑張りたいと思ってます。ただお客さんに映画館に来てもらうってことに繋がるのかもしれないけど、原作の力ってあると思うんで。オリジナルじゃなきゃやらないんだって思わない方がいいのかなって、最近思うようになりました」
大森「それまではやっぱりオリジナルでいきたいって」
砂田「絶対オリジナルだって思ってたんですけど。やっぱり作ることと見せることが大事なのかなって思った時に、あんまりそこに拘り過ぎると」
大森「そうだよね」
砂田「本当にその話が面白ければ。本読むのも好きなので。ああ、これだったらっていうものがあったら」
大森「女性の視点みたいなものって意識しますか?」
120919m.jpg砂田「しないですね。むしろ近親憎悪じゃないですけど、そこを意識しすぎると、そういう目で見られるような、逆に危機感を感じるというか。それこそ男同士の友情とか、微妙な心の葛藤みたいな映画っていっぱいあるじゃないですか」
大森「あるある」
砂田「それを女性版でやった時の人々の捉え方って、またちょっと違う気がするんですね。女性の方がもしかしたら観客数は多いのかもしれないけど、でも、感覚としては少し男性寄りに考えていかないと、成功しないのかなって思うところはあります。どういう手法を取れば一番広くちゃんと伝わるかなっていうのはすごく難しいなあと思いますね。女性の孤独を描きたいって一言で言っても、描き方によってはとんでもなくイタタタタっていう風にもなるし」
大森「これからは?」
砂田「企画を日々書いて。全然新作に関係ないですけど、自分の生活をしていけるのだろうみたいなことも考えつつ(笑)。今は小説も書いてます」
大森「素晴らしい。読まないとなあ。じゃあ小説も書いたり」
砂田「して。ちょっと本当に次があるのかわからないんですけど。いろんな意味で裏切るような映画を撮りたいですね」
大森「『エンディングノート』に引っ張られすぎないで、次に向かえるといいね」
砂田「まだちょっと映画監督と胸を張って言えない感じがあるんで」
大森「新作楽しみにしてます」
砂田「どうもありがとうございました」

 

121919r.jpg2012年6月12日 監督協会事務局にて
(取材構成/高原秀和 撮影/石川均)