このページの先頭です

特集

日本映画監督協会 会員名鑑

特集

シネマエール東北 映職連企画宮古一関上映会報告

2012年06月11日

シネマエール東北 映職連企画宮古一関上映会報告

                                        映職連幹事 茅場和興

                           写真提供:映職連・福澤勝広(美術監督協会)幹事
 

120611a.jpg 「くそ、台車なんか持って来るんじゃなかった!
僕は急行バスを降りた。夕方からの雪が10cm以上も積っている。3月12日午後8時、岩手県宮古駅前のロータリー。『フラガール』全7巻の上映プリントを載せた台車を押す。ラッセル車のように雪を掻き分け驀進する台車......のはずが、動かない。台車の性能は申し分ない。僕の馬力が足りないのだ。止むを得ず、僕はエンジンから起重機に変身。右手で10,800フィートのフィルム、左手で折畳んだ台車。パンパンに膨らんだ書類鞄が肩に食い込む。目指すは50m先のタクシー乗り場。一歩ずつ新雪に踏み出し、滑り、転び、喘ぐ。そして冒頭の悪態だ。

 

明日13日からの宮古と一関での映画無料上映会。本来ならば、みやこシネマリーンに昨日必着だったはずのフィルム。それが手違いで発送されていなかった。そこで、僕が急遽、手運びする事になったのだ。東北地方とはいえ、ここは海沿い。この時期、こんな大雪とは......。手違いと見込み違い。そして場違いなスニーカーがズブ濡れで凍える。己の迂闊さ腹が立つ。

ようやく辿り着いたタクシー乗り場。すると......。肝心要のタクシーがいない。1日わずか4往復のローカル線。この時間帯の列車はない。だから僕も、盛岡からここまでバスを利用したのだ。到着する列車がなければ、降りる乗客もいない。従って、駅で客待ちするタクシーだってある訳がない。シネマリーンでは、分割されたフィルムを1本の上映プリントに編集するため、僕の到着を待ち侘びているというのに......。

 

雪、ますます激しい。5分待った。痺れを切らして書類鞄からファイルを取り出す。こんな事もあろうかと、事前に調べておいた地元タクシーの電話番号だ。
1台、お願いします。......はい。......えっと、宮古駅前のロータリーです
すると電話の相手は、
駅前なら待ってりゃそのうち来ますよ。迎車料金もかかるし、もったいないっしょう
誠にお客様本位の商売気のない提案。しかし大きなお世話だ。僕だって、駅前の乗り場でタクシー呼ばなきゃならないなんて、理不尽だと思う。
急いでるんです。タクシー来ないから電話したんです。頼みます
電話を切った途端、書類鞄のストラップが壊れた。手提げ荷物が増えてしまった。

そんなこんなでフィルムをシネマリーンに届け、ホテルにチェックイン。午前1時に、本隊の福澤勝広(美術)映職連幹事と前田一穂(録音)協会員が到着。2人は福澤幹事の自家用車を東京から交代で運転、宣伝資材や劇場の飾り物を運んできたのだった。夜間雪中の9時間ドライブを労い、缶ビールで祝杯。前途多難だ。

 

×  ×  ×  ×

チラシを配る茅場和興

 

120611b.jpg話は3ヶ月程遡る。昨年暮れ、映職連は、シネマエール東北(東日本映画上映協議会)を統括するコミュニティシネマセンター(東京・渋谷)から打診を受けた。岩手県一関市の映画館で上映会を開催できないか? との旨である。映職連は1月と2月、幹事を現地に派遣。みやこシネマリーンと一関シネプラザでの上映会を決めたのだった。骨子は、李相日氏(残念ながら非協会員)監督・脚本の「フラガール」の上映。宮古では、上映前に現地ボランティアによるフラダンスと群馬県在住の有志によるウクレレライブのアトラクション。上映後には李氏のトークショー。一関では、我らが崔洋一理事長のワンマンショーが決まった。実行部隊は3名。昨年10月の上映会に続いて福澤幹事。初参加の前田協会員。そして昨年5月の現地視察メンバーの僕。東京残留の支援組は、小川洋一(撮影)幹事長以下、林隆(美術)副幹事長、青野暉(監督)幹事、成田裕介(監督)幹事、佐々木原保志(撮影)幹事、玉城悟(シナリオ)幹事、村木恵里(編集)幹事、佐藤富士男(録音)幹事、そして南場雄二(監督)事務局長ほか。さらに崔理事長は、一関のゲスト出演に留まらず、宮古にも映職連会長として帯同するなど、総力体制が固まった。

 

×  ×  ×  ×みやこ災害FMでの生放送

120611c.jpg●さあ3月13日、みやこシネマリーン上映会当日、朝イチで成田幹事から電話。車両組の安否の確認だ。一同、その心遣いが嬉しい。午前10時、劇場到着。福澤幹事の主導で、ポスターや幟で会場の飾り付け。僕たち兵隊も、村木幹事提供の(きっと)愛の篭ったレイや髪飾りで女装......もとい、武装して臨戦態勢。

街は銀世界。残雪で客足が鈍ると踏んだ櫛桁一則支配人から策を賜る。30分後、77.4MHzからオヤヂ3人組のダミ声が流れる。
フラガール、午後1時半と夕方6時半。入場無料、シネマリーンでお待ちしてま~す
発信源は、みやこ災害エフエム。かねてからシネマリーンを応援している地元FM局だ。支配人の段取りによる生放送での宣伝。普段はマイクを向ける立場の前田協会員、
緊張したぁ! 俳優さんの気持ち分かったわ。今度からもっと優しくしよ......
押取刀で劇場へ戻ると、店子のシネマリーンが入居するショッピングモールの前に立つ。チラシ配りだ。佐藤幹事から託されたチンドン屋式集客用新兵器、ハワイアンを奏でる純白のCDプレーヤーに雪が積る。風流である......が、今にして思えば、実行部隊のレイと髪飾りは外した方が、チラシの捌けが良かったのではないかと反省している。

12時半、ついに開場。キャパシティは85。
何とか格好付きました、こんだけ入れば

120611e.jpgおよそ6分の入りに櫛桁支配人が安堵した頃、フラダンスとウクレレのライブが始まった。午後1時過ぎ、当日入りの李氏も到着。上映まであと30分を切った。この時点でもお客様が1人、また1人......。すると、観客席ドア回りに人溜まりができ始めた。皆、ドアから一歩、場内に入った辺りで突っ立っている。なんで奥まで行かないんだろ? フラダンスだけ観て帰るつもりかなぁ......と、訝っているうちに、アトラクションはフィナーレ。司会の櫛桁支配人が場内に滑り込む。入れ替わりにフラガール達がロビーに出てくる。続いて支配人も転がり出てきた。汗びっしょりだ。
ほ、補助席! 補助席出さなきゃ!
え!?
満席だった。お客様が立っていたのは空席がなかったからだ。
李氏の冒頭挨拶もつつがなく運び、本ベルが鳴った。
震災以来、こんなに入ったんは初めてッス!
と、興奮気味の支配人。去年の5月、被災地視察で訪れたシネマリーン。多くの方が衣食住で精一杯、映画どころじゃない......という時期。誰も来ない映画館は開店休業。そんな劇場存亡の危機をも省みず、櫛桁支配人は無償で避難所を回り、被災された方を映画で慰め励まし続けていた。この場所を応援しなきゃ。僕がシネマエール東北にのめり込んだ動機だ。
シネマリーンの1回目、満席

120611d.jpg 

上映後、李氏のトークショーがスタート。
フラガールを監督した時は31才で......。東映の大スターだった富司純子さん。カット! って言うと、緋牡丹お竜の目で僕をキッと睨んで無言で訊ねるんですよ、今の芝居どうだった!? って。......怖かったです、ハイ
観客席を大いに沸かせて①回目の上映会は結びとなった。

李監督はイケメン

120611f.jpg

ラーメン屋で昼食の間に、成田幹事から2度目の電話。
どうだ?
ハイ、満席、立ち見ッス。キャパ85で入場者89
ぅおうっ、やったじゃねぇか! 良かったなぁぁ!!

 

●夕方6時半、②回目の上映。宮古は復旧の目処さえ立たない鉄路も抱えている。未だ交通手段を持たない方も多く、夜の入りはおよそ半分の41名。櫛桁支配人によると、
震災以来、夜は数人しか入んない。だからレイトショーは、ほとんどやってません
そこへ、成田幹事から3度目の電話。
夜はしょうがないって、まだ復興の途上なんだ。良くやったよ
夜8時、崔理事長が予定より1時間早く到着。やった! これなら8時半からのトークショー、初っ端から出演してもらおう......。それを櫛桁支配人、
予定通り李監督のトークショーをやって、最後の最後に崔さんがサプライズ登場ってのはどうですかね?
なるほど。櫛桁一則、只者ではない。さらに絶妙のタイミングで成田幹事からこの日4度目の電話。
崔さん、間に合った?
どうしてこっちの状況が分かるんだろう? 成田幹事は超能力があるに違いない。李氏のトークの後、支配人がサプライズゲストを紹介すると、観客席は大喜び。
崔理事長は東日本映画上映会副代表でもある

120611g.jpg
......時代はエネルギーの転換期に大きな変遷を遂げています。蒸気機関の発明によるイギリスの産業革命。石炭から石油への転換期、地元の再生を描いたフラガール。そして今、原子力の問題。皆さんは歴史の証人です
理事長の言葉に、一瞬の静寂。そして大拍手。

さあ反省会だ、打上げだ。ホテル最寄りの居酒屋。繰り返し来場を呼びかけてくださったみやこ災害エフエムの木村彩子パーソナリティと小金渕陽子氏をお招きして、総勢8名。宴たけなわ、李氏と崔理事長が木村パーソナリティに明日の番組出演を懇願される。李氏は快諾。すると、崔節も炸裂!
私も喜んで出演させていただきます。ただし、最低1時間は頂きたいですが、よろしいですか?

 

●翌3月14日、李氏は朝から精力的にラジオの収録をこなし、9時30分宮古発の列車で帰京。続いて10時から、崔理事長も、映画だけでなく音楽の話題など幅広く芸術や文化を語った。

その後、理事長以下映職連四銃士は車で移動。午後3時に一関シネプラザ到着。上映プリントを松本健樹支配人に託して最終打合せ。早めのお開きで英気を養った。

 

●4日目の3月15日、一関シネプラザ。上映会の発起人、一関シネマファンは、すでに13回もの上映実績を持つ映画愛好会。関俊昭会長を初め、メンバー有志15名が準備を整えた。この日は、女性メンバーが原色のムームーにレイ、髪飾りで盛装。来場者は、ロビーに足を踏み入れた瞬間から日常とは決別。しばし、被災の心労から開放され、銀幕の夢と希望に満ちた世界に浸れるという演出だ。


一関シネプラザも被災した

120611h.jpg 

10時からの①回目の上映。特筆すべきは、共催の一関市役所による送迎バスの運行。車で40分の距離にある仮設住宅と劇場を結んだのだ。東日本大震災では一関市も被害甚大。シネプラザの映写機も転倒、中破した。不幸中の幸いは、内陸部に位置する立地で、津波による壊滅的打撃は免れた事。そこで市は、沿岸部の被災者を積極的に受け入れ、支援したのである。今回も①回目の上映は被災者優先。仮設住宅の希望者およそ30名を送迎付きで招待。キャパシティ150の内、106席が埋まった。

 

●そして、夕方6時30分からの②回目。入場者数は76。宮古同様、夜の回、入りはキャパの半分。これを半分『しか』と捉えるか、半分『も』と捉えるかは評価が分かれる所。松本支配人は、
こ~れ、大成功でしょ。いやぁ、アリガトございましたぁ
トークショーでは崔理事長がこう語りかけた。
亡くなった方々を忘れない事。それこそが今、自分が生きている証になるのです

シネマエール東北の目的は、もちろん『被災された方の心のケア』。そしてもう1つ、『映画文化の振興』も忘れてはならない。これこそが、映職連が関与する事由だ。定期的な上映活動による映画鑑賞の習慣化と、その延長線上にある、東北地方、布いては日本全体の『映画の興行収益増大のための大いなる布石』なのだ。震災だけでなく、社会経済や環境などでも大きなダメージを負った日本。被災者だけでなく、国民全てが、かつてのように映画館に足を運ぶようになる事こそ、真の復興ではないだろうか?


『テレビと違い、スクリーンと音響の良さを実感』
『DVDがあれば、わざわざ足を運ばなくてもと......。映画館は数十年ぶり。来て良かった』
『スクリーンで観て、改めて感動。映画の力は素晴らしい!』
アンケートの抜粋である。
終演後、劇場階下の居酒屋で、会費制の懇親会。来場者も愛好会のメンバーも、そして僕たちも一律4千円。一般のお客様にとって、理事長を初め、映画の作り手と直に話ができる貴重な機会。『映画文化の振興』に、いくばくかの貢献ができたと信じたい......。

映画愛好会・一関シネマファン

120611i.jpg 

●最終日の3月16日。理事長は、仕事の都合で朝の新幹線で一足早く帰京。次いで、福澤幹事と僕の2名も車で帰路に就く。......え、2名? もう1人、前田協会員は、って? 指摘ごもっとも。実は前田協会員は、上映の間隙を縫って、劇場の音響システムを調整。甲斐あって音は格段に向上し、映職連の株を大いに上げたのである。そして夜、懇親会お開きの後、愛好会有志と、映画ファンの集うジャズバーに河岸を移して、改めての打上げ。すると、ジャズの名盤を呼び物にしているはずのバー、あろう事かスピーカー、片方が鳴っていないではないか! 皆が前田協会員、昼に次いでの活躍を期待する。然るに営業中の薄暗い店内。しかも、理事長曰く、『先程の懇親会を熱心に務め過ぎた』ため、前田協会員のゴッドハンドが酩酊。結果、翌日、彼は単身一関に残り、ジャズバーの音響メンテナンスに勤しむ事に相成ったという次第。これももちろん、『被災された方の心のケア』と『映画文化の振興』の一環であった事は言うまでもない。氏の名誉のため、ジャズバーの20代女性オーナーが『極めて魅力的であった』から故の単身残留ではない事を結びに記しておく......。

 

シネマエール東北 映職連企画上映会 初年度実績
2011年10月24日 みやこシネマリーン(客席85)
「蒲田行進曲」(入場無料)
①回目:入場者79/②回目:入場者66
2012年 3月13日 みやこシネマリーン(客席85)
「フラガール」(入場無料)
①回目:入場者89/②回目:入場者41
2012年 3月15日 一関シネプラザ(客席150)
「フラガール」(入場無料)
①回目:入場者106/②回目:入場者76
上映全6回:入場者総数457名

 

東日本大震災で亡くなられた方のご冥福をお祈りしますと共に、被災された皆さんにお見舞い申し上げます。シネマエール東北は、2012年度も引き続き、被災された皆さんを応援し、映画文化のより一層の振興を図ります。