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特集

日本映画監督協会 会員名鑑

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2008年度 日本映画監督協会新人賞~タナダユキ監督インタビュー

2009年07月27日

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頭では理解できても、ハートにびびっと来る映画は、そう多くはありません。そして、そういう映画は百人百様、違ったりします。今日、映画のジャンルも、創られ方も多様化し、監督も、いろいろな道をたどって作品を完成させている中で、2008年度に劇場公開された数多くの新人監督による映画の中から、監督協会が1本の映画を新人賞として選ぶのは、とてもたいへんな事です。しかし、その1本の作品は、監督である審査員の心をわしづかみにし、そこには、幸せな出会いが生まれました。今年の日本映画監督協会新人賞の審査員は安藤紘平、五十嵐匠、神山征二郎、児玉高志、望月六郎の各氏が務められ、『百万円と苦虫女』を監督されたタナダユキ氏が受賞されました。その魅力について、審査員を代表して、安藤氏、望月氏にたっぷり語っていただきました。その声に耳を傾け、映画の森の深さと広さを感じていただければ幸いです。(編集長・三浦淳子



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「上映・贈呈式&記念パーティー」
時 2009年 3 月26日
所 IMAGICA


p002_01.gifプロフィール


タナダユキ

タナダ14.jpg初監督作品『モル』がぴあフィルムフェスティバルにてグランプリ含む二冠獲得。2004年、監督作として伝説のフォークシンガー故高田渡の笑劇的音楽ドキュメンタリー『タカダワタル的』公開。東京国際映画祭で特別招待作品として上映され、公開後は記録的ロングランとなる。同年、脚本・監督作『月とチェリー』も公開。大学の官能小説サークルを舞台に、恋と愛と性欲のトライアングルに翻弄される男女の青春をコミカルに描き好評を博し、ドイツフランクフルトでの映画祭ニッポンコネクションにて招待上映される。2007年には脚本で参加の『さくらん』が公開された。同年、監督・脚本を手掛けた『赤い文化住宅の初子』(原作・松田洋子)が公開、薄幸な少女の淡くもビターな恋心を描いた。その他、WOWOW『蒼井優×4つの嘘 カムフラージュ 都民・鈴子~百万円と苦虫女 序章~』(2008)、TX『週刊真木よう子 蝶々のままで』(2008)の演出を担当。監督最新作は『俺たちに明日はないッス』(2008)。



安藤紘平

タナダ6.jpg繊細で独創的な表現力で知られる映像作家。ハイビジョンを使っての作品制では世界的な先駆者。『アインシュタインは黄昏の向こうからやってくる』(1994)、『フェルメールの囁き』(1998)など多数の作品で、ハワイ国際映画祭銀賞、モントルー国際映画祭グランプリなど数多く受賞。パリ、ニューヨーク、ロサンゼルス、東京、などの美術館に作品収蔵。2001年、2005年パリにて安藤紘平回顧展開催。



望月六郎

タナダ4.jpg慶応義塾大学中退後、イメージフォーラム付属研究所に通う。金井勝に師事し、脚本の指導を受ける。1985年、『本番ビデオ・剥ぐ』で監督デビュー。1991年、自主制作映画の『スキンレスナイト』でベルリン他国内外10ヶ所以上の映画祭に招待される。1993年『極道記者』、1995年『新・悲しきヒットマン』で日本映画プロフェッショナル大賞ベスト1&監督賞受賞。同作を含む『鬼火』『恋極道』中年ダメやくざ3部作が、1997年、キネマ旬報の監督賞を受賞。1999年『皆月』



三浦淳子

タナダ5.jpg早稲田大学卒業後、劇団転形劇場を経て、広告代理店に勤務しながら、私的ドキュメンタリー映画を制作。『トマトを植えた日』(1992年 8mm)がイメージフォーラムフェスティバル大賞を受賞。多摩美術大学卒業。『孤独の輪郭』(16mm)が、ポンピドーセンターシネマデュレール、釜山国際映画祭に招待。2004年、東京都現代美術館アニュアル展で5作品が上映される。2009年、7年かけて撮影した『空とコムローイ~タイ、コンティップ村の子どもたち』が劇場公開。




p002_01.gifタナダユキ監督インタビュー


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時 2009年 6 月 3 日
所 日本映画監督協会


『モル』 むきだしの痛々しさ


安藤  僕は、単なる、タナダファンなんですよ。『モル』をぴあフィルムフェスティバルで拝見して、これは随分ヘンな人が出てきたなあと思った。当然、グランプリ受賞したわけなんですが、なんて言うんだろうな? むきだしなんですよね、いろんな事が。痛々しい感じとパワーみたいなものと、映画において必要なチャーミングな要素が混じり合って、痛快で、不器用な人もいて、全部うまく溶け合いながら・・・だから映画の要素をすごく心得た人だなと思った。それは『モル』に限らずね。『月とチェリー』も僕好きなんです。大学の小説家のサークルの話でしたっけ?


タナダ はい、官能小説の・・・


安藤  すごくおもしろい感性の作家が出てきたなあって思ったんですよ。ところが、『百万円と苦虫女』はちょっと違う。今度はちょっとお行儀よくなっちゃった感じも含めてね、なんて言うと怒られるかもしれないけど・・・それが、ある意味では、商業映画的に言うと完成度が高いかもしれないし、それまでのって、僕は好きだけど、一般的な人がどのくらい、パワーとか、荒っぽさ、痛々しさ、むきだしの感じにうまく接しられるかなあって感じてたのが、『百万円と苦虫女』はそれを完璧に上手くやっていて、なのにタナダイズムという部分はきっちり残していて、決して変なハッピーエンドでは終わらせない。あぁ上手い子だなぁって思った。


五体投地していた高校演劇時代


安藤  演劇を高校でやっていて、で、イメージフォーラムに行かれて、しばらくして、突然『モル』でしょ?だから、どういう風に映画を撮りはじめたのかなって、どうして映画というものに魅力を感じたのかなというところを先ず聞いてみたいな。


タナダ えーっと、最初どちらかというと学生の頃は演劇のほうに興味があって、それで地元の演劇専科というのがある高校に行って、ここで演劇ができるのかなと思って受験して入ったんですけど、先生がチベット仏教にはまっていて、発声練習すらできなくて、それで授業といえば全身タイツを着て、五体投地をやらされて(笑)。昔『孔雀王』っていう手で印を組む映画があったじゃないですか、ああいうことをやらされて。何故か授業で5をもらえる人は印を組むのが滑らかな人っていう(笑)、すごくそこで大きな挫折があって。普通は「あえいうえおあお」とかやるんだろうなって思っていたんですけど、本当に1回もそういう授業が無くて。


安藤  それは、演劇が好きだったの?


タナダ そうですね、舞台ってどんなものなのかなって事に興味があって。


安藤  それは演ずる方の事?


タナダ 最初はそうだったんですけど、3年生になると卒業公演があるんですが、毎年先生の書いた戯曲を演じなければいけなくて、それがちょっと嫌だったんです。その頃には演じるという事より書くという事の方がいいなと感じ始めていて、それで3年生になる前の春休みに先生に手紙を書いて自分たちの卒業公演は自分達が書いた戯曲をやらせてもらえませんかという風にお願いをしてみたら、じゃあやってみなさいっていう事になったんです。で、書き始めたんですが途中途中で逐一チェックが入って。そうなると技術も、書いた事も無いのにやってる方も無謀なんですけど、たくさん修正をかけられてきて、やりたいものが書けなくなってしまって、それは結構大きな挫折でした。全部自分が悪いんですが(笑)。


綺麗な映像を撮りたくて、イメージフォーラムへ


タナダ それでも、卒業した後もまだ舞台をやれたら、何か舞台に関われたらいいなと思ってたものですから、19歳の時に上京しました。バイトをしながらたまに舞台を観たりはしてたのですが、段々そうこうするうちに、自分が作る側でやりたいのはもしかしたら舞台じゃないんじゃないかとなんとなく思い始めて。面白い舞台は沢山あるんですけど、自分のやりたい物はこれじゃないかもしれないって。直感のようなものですが。
その時、本当にたまたまテレビで見かけた綺麗な映像があって、こんな風に綺麗な映像を撮るにはどうしたらいいんだろうなって思ったんです。なので私の場合は10代の頃から映画を死ぬほど見てて、昔から映画監督になりたくてっていう事ではないんです。だからどうやったら映画が作れるのかまったくわからない。当然技術も知識もないわけですから、とにかく作るにはどうしたらいいのかなって調べていたら、どの映像学校も授業料が高いんです。それでたまたま見つけたのがイメージフォーラムだったんですが、当時、週2回で25万円だったので、コレだったらアルバイトをしながら最低限の技術だけは学べるんじゃないかなと思って行ってみたんです。


望月  学校と逆ですよね?イメージフォーラムは、勝手に撮れたからね。


タナダ はい、誰かにお尻を叩かれなくても自分でやらないといけないし、別にやらないんならやらなくてもいいんだよっていうスタンスでした。その方針は今思うとぐうたらな私には良かったなと思います。


望月  日本映画学校だとグループになって撮れよって感じじゃないですか、イメージフォーラムは勝手に個人でやるって感じがあるから。


安藤  物語構造じゃない映画を撮る事が多かったりもするでしょ。


三浦  ユニークさを競うじゃないですけど、自分の中の誰も見たことのないような物を出す事を求められたり。


タナダ 私自身がイメージフォーラムがどういう所なのかって全く知識が無くて。本当に映像の事をまるで知らなかったので、8ミリって言われた時も8ミリビデオだと思ってたぐらい。それくらい無知だったので8ミリの幅のフィルムがあるって事を知っただけですごく新鮮でした。最初の課題がカメラ内編集だったんですが、切って貼ってという編集をしないのであらかじめ完成形を想像してから撮らなければいけないというのは、結局のところ着地点が見えてから撮らなければいけないという基本的なことでもあるわけで、当時はただ必死だったからそこまでわかってなかったですけど、面白かったなと思います。私は一人きりでは技術的に追いつかない所があったので、課題を作る時に他の人とやるという事は当時から日常的にやっていました。


望月  技術が追いつかないっていうのは、例えばカメラがあると、どうやって使うのかなとかそんな感じ?


タナダ すごくこだわる人って、きっちり測って、ピントを合わせて完璧にやるじゃないですか。それもすごく大事なことだと思いますが性格的にどうも苦手で(笑)、8ミリカメラって半押ししたら大体ピントが合うじゃないですか、それでいつも撮ってました。自分で撮る時は。


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本当に撮りたいと思わない限りは、撮らなくてもいい


安藤  『モル』を撮った時は?


タナダ イメージフォーラムを卒業して3年くらい経ってからですね。


安藤  それってどういうグループで撮ったの?普通、大学にいる人って、サークルの仲間とかとやるじゃないですか。でもタナダさんの場合、イメージフォーラムを卒業してからの3年のブランクの間に、何をしてたのかなって。


タナダ 普通にアルバイトをしていました。


安藤  全然何かを撮るとかじゃなくて?


タナダ 卒業してからは、何人かの人達は仲間同士で集まって何かを撮ったりしてましたけど、発表をしてもお客さんが限られるというか、身内ばかりになってしまったり。それはどうなんだろうかという思いはありました。それに本当に撮りたいと思わない限りは、別に世の中に自分は必要とされてるワケでも全然ないので、撮らなくてもいいかなと思っていて。一番大きなきっかけは、私が賞をもらった前の年に、同じクラスだった人がぴあに入選して。そうか、自主映画って作ったらこういった賞に応募してみればいいんだというのを知れたというか。私は3年くらい撮ってなかったので、その3年間に形にはならないけど蓄積する物があって、そろそろやってみようかなって思いました。その人が、もしぴあに入選していなかったら、撮ってなかったかもしれませんし、撮っていたとしてもどこに出したらいいか知らないままだったと思います。


三浦  イメージフォーラムで課題で撮っている様なやり方の延長線上で『モル』を撮ったのですか?


タナダ 私もそのぴあで受賞した人も、物語でどうにか構築しようとする方で、同じクラスだった時はお互いちょっと周りから浮いてたようなところもあるのですが(笑)その共通点をいいことに手伝ってもらって。その他にも、同じクラスだった別の人に編集をしてもらいましたし、機材も一切持ってない状態だったので全て貸してもらいました。


安藤  『モル』は、生理中の女の人が、なぜか自殺をしようとしてる人と目が合っちゃって高熱をだすといった物語ですよね。結構強烈なイメージの中で、結集して撮っていくって大変だろうなって。「ああ、タナダさんってすごいパワーのある人なんだ」って思った。今おっしゃっていたけど、撮らないでいれば撮らないですんじゃうっていう事をちゃんとわかっている。だけど、撮るのは、それによって何が得られると思いましたか?


タナダ 得られるものはわかりませんね、友達は減っていく気がします(笑)。


三浦  高校の頃からずっと、演劇とか、表現にこだわってきたんですね。お好きな映画の中に『盲獣』と書いてあったのをみて、あれも、強烈で・・・


タナダ 『盲獣』で一番好きな所は、追いつめられた人間の狂気、どうかしちゃった人間の面白さというか、増村保造っていう監督はいったいどういう方なんだろうかっていう、怒られると思いますけど監督ご自身がもうどうかしちゃってる人なんじゃないかっていう興味をすごく感じるところなんです(笑)。ですが演出もカメラの構図も美術も全て計算され尽くしている。どんなにエネルギッシュな作品でも、冷静さがなければ映画にはなり得ないんだと思いました。どんな作品を撮っても増村保造という監督の世界を描き出せる美意識の高さも本当に尊敬しています。


三浦  そういうものにご自分でも入り込んで行きたいみたいな欲求があるんですか?


タナダ あれは本当に才能のある人じゃないと無理ですよね。


安藤  でもね、あなたの映画って必ずそういう雰囲気の人達がいつも出てくるんですよね。不器用で。『俺たちに明日はないっス』も、今じゃなきゃできないんだからやる、っていうだけで猛進してる。それってすごくダサいしかっこ良くないし、なのに、何か見てるとかっこよく見えてくるから不思議だよね。『月とチェリー』だって、不器用な官能小説書いてる女の人とか。『百万円と苦虫女』だってそうですよね。結局不器用、でも強いんですよね。


望月  生理っぽい感じがしますよね何か。映像が綺麗だから、美意識も、もちろんあるんだけど、生理として回ってるギアって言うか。そういうのを感じますね。


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(C)2008『百万円と苦虫女』製作委員会

『百万円と苦虫女』 確実に傷ついてるのが伝わってくる


望月  社会情勢みたいな話になっちゃうけど、11月に大不況が来ましたって時に、百万円集めるって、何か能天気な話だなとか、こういう時代にこういうものでいいのかなとか。楽しい時代と厳しい時代があるとそういう事ってあるじゃないですか。現実、他にもそういう作品って結構あったじゃないですか。わりと能天気な感じで見られる作品っていうのが。だけどそれとは違うんですよね。ちゃんとその女の子が能天気そうにしても、確実に傷ついているのは伝わってくるんですよね。


安藤  痛々しい感じがね。


望月  悲惨じゃないけどね。人には笑っちゃう事なんだろうけど、その人にとってはちゃんと重大な問題があるんだってのがちゃんと伝わってくる。


タナダ それはやっぱり蒼井さんの力が大きいと思います。


三浦  パーティーに行っても居心地が悪いような・・・いろんな所に行くんだけども、何も別に悪い事はしてないのに、なんとなく、しがらみができて、居心地が悪くなっていって、苦虫を噛み潰しているっていう感じがとても良くでていますね。


タナダ ちょうど企画のお話が来たのが蒼井さんが『フラガール』でたくさん賞を貰ってた時期で、テレビで授賞式の様子を見てなんとなくパーティー嫌いそうだなって勝手な想像から生まれた話で(笑)。


望月  でももちろん主演女優の力はあるんでしょうけど、家を出なきゃならないまでの所が、何かこう落語の「と言う訳で」みたいに、劇画的だけど落ちるじゃない、これは確かにきついだろうなみたいな。その辺は本当にスッと入る。


安藤  すごく短い時間でね。ジム・ジャームッシュの『ダウン・バイ・ロー』みたいに、「それで脱獄しました」から始まるような小気味よさ、その中でちょっと振り返るとこんな事があってみたいな事が、すごく上手い。


三浦  そうですね。身体的なものと情緒的なものと、何かテンポというか、ポンっと飛躍する感じがうまくいってますよね。生活感とか生理的なものだけだとべたーっとするじゃないですか。


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夢も希望もないかもしれないけど、現実の方がしっくりくる


安藤  『百万円と苦虫女』の最後も、彼が追っかけていくわけですよね、それでよくある手だろうけど、彼女がどこかドーナツ屋だかに入って、彼が行き過ぎちゃいましたって、これで何かハッピーエンドで終わらせるのかなって思うと、案の定、彼は階段下りてきて、彼女が階段上がっていくから、ここでばったり会って、しゃんしゃんかなって思うと、違う階段だったりして。それで階段上がって彼女は「やっぱり来るわけないよね」みたいな事言って、でもその前に彼女はちょっと振り向くのよ。すると彼は自転車起こして、彼もまた振り向いて上見るのよ。で、目が合ったなと思うわけ。目が合ったから、これで最後の出会いのシーンになりそうだなって予測しちゃうんだけど、実は違う所を見てたというわけね、2人は。それで「来るわけないか」って言って、ポンッと終わるのでしょ。あっやられたなって思っちゃうんだ。だから、ああいうのってどこで勉強したのかな、うまいなって思うの。


タナダ 勉強は全然してないし、あそこ目が合ってるだろうって怒られる場合もあるんですけど(笑)。


安藤  でも、目が合ってる様に見せてるんでしょう、だからすっかりだまされるわけ。


タナダ 実生活で、例えば駅のホームで友達とじゃあねって言って別れたら、もうふと目を離すと相手の事を見つけられなくなるじゃないですか。映画だと例えばああいう場で本当にもし同じ階段を下りていたら最後にギリギリ会ったかもしれないし、最後の最後で目が合ってたら、会うかもしれないけど、でも現実って会わない事のほうが圧倒的に多いと思うんです。夢も希望もないかもしれないですけど(笑)、そういう現実の方が私は自分の中にしっくりくるんです。


望月  僕も当然ながらあっちの方が好きでしたね、旅が続くって感じで。あのまま会ってその町で住むようになってもね。


安藤  それではよくある話で終わっちゃうんだけど、あれを新しい世界へもう一歩次に行くっていう感じで終わらせてるから、彼女の成長にいくよね。


タナダ あのあと本当に成長するのかわからないんですけど(笑)主人公自身が一歩を踏み出すための別れっていうのが必要で、だからこれからおそらくどんどん逞しくなるんでしょうけど、とにかく自分の意志で、自分の足で一歩を歩かせたかったんです。


安藤  そういう映画だからそういう映画にしないと、あそこ出会っちゃいけないんだよね。引き戻されて留まっちゃいけない話じゃないですか。


三浦  そもそも、人生って結構ひどい事はあるし、誰でもそういう所にはまる可能性があって、そういうシニカルな視点がずっと貫かれてるっていうのが。やっぱり、そういう世界観っていうのが昔からおありなんですか?


タナダ  そうかもしれないですね、あまりいい思いをしていないっていうのはあるかもしれないですし(笑)、でも『百万円と苦虫女』に関していえば、偉い方達からラストを変えて欲しいという要望もあったようです(笑)。


安藤  一般的に言ったら、あそこで2人が会ってしゃんしゃんになって欲しいんだ。


タナダ みたいです。


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撮りたいものというより、撮る意味があるものを撮りたい


安藤  自分が撮りたいと思ったものじゃないと絶対嫌だっていう風に考えているのかな?


タナダ 撮りたいものというより、撮る意味があるものと言った方が近いかもしれないですけど、私ごときが撮りたいものだけとるというわけにもいかないですし、例えば、いただけるお仕事があったとしても、その中で何か見いだせるものがない限りは、やってはいけないと思っています。というのは監督はどんなに自分の中で迷うことがあったとしても全部の指示を出さなければいけないですし、自分が何も見いだせないのに指示を出すということは自分自身にもスタッフに対してもお客さんに対しても嘘をつくということですから、それは許されないと思っています。 


不器用だけど、どこか変に真面目な子 鈴子


安藤  三浦さんは『百万円と苦虫女』はどう思いましたか?


三浦  私は「苦虫女」の部分にすっと入って行けたんです。「ああ、辛いよな」「しんどいんだよね~」とか、ちょっとシニカルな世界観には共感する部分があって。若い女の子の感じてるそういう事っていっぱいあるじゃないですか、もっとおばさんになってずうずうしくなれば、そういうことも案外抜けられるかもしれないけれども、そうじゃないっていう。もう一つの「百万円」なんですが、何かって時に「百万円貯めたら、私、出て行きます」っていう口上が。「百万円」っていうのはタナダさんにとってどういうものなのかなっていうのと、そういう事を持ってきたっていう発想の元をお聞きしたいですね。


タナダ  自分が19歳で上京した時は、すぐにアルバイトが見つかるかどうかもわからないのでとりあえず「百万円」目指してお金を貯めたんです。数ヶ月暮らせるお金があったほうが迷惑をかけずに済むんじゃないかなと思っていて。結局百万円までは到達できなかったんですけど(笑)。他にも、まわりで引越しをするってなると、「百万円」を目指す人が多かったんです。敷金、礼金、家電でなんだかんだお金が必要だし、そんな時に目指す金額が1000万だと遠いし10万だとどうにもならない、「百万円」っていう数字がわりと現実的で貯められなくもない金額だなと思って。あと鈴子っていう人物を不器用だけど、どこか変に真面目な子にしたくて、自分の中でのルールはとりあえず守ろうとする人にしたいなと思いました。決して社会的なルールではないけど、自分の中で決めたことはなんとかして守ろうとするというキャラクターにしたら、映画の中で「百万円」は彼女のより所にもなるし、もし嫌なことがあってもそこまでは人間関係でも、なんでも我慢はできる。そういう希望みたいなことで「百万円」になってますね。


三浦  彼がプロポーズの時に「メシ作ってくれますか?」と言って、「はい」と返事したり、地味というか古風な感じがありますね。


タナダ なんとなくあの二人を、敬語で話してしまう関係にしたくて、ちょっと昔風な、もどかしいような、漫画で言うと『めぞん一刻』の世界観のような二人にしたいなと思いました。若い子たちならすぐにため口になってもおかしくないのに敬語で話してしまう、しかも、今どき。そういう人がどこかには生存しているはずっていう希望を抱きつつ、可愛らしい二人を描けたらなって思ったんです。


安藤  もちろん蒼井優ちゃんも良かったんだけど、森山未来くんが良いキャスティングだったよね。例えば、「僕好きです・・・。」って彼が言って、彼女が「私も・・・。」って飲み込みぎみに言って、彼が聞き返す。それが不快な感じを与えないのは難しいんだけど、未来君なら許せる感じがあって、セリフ回しも本当にうまいなって思いましたね。ちょっとズラした感じとかね。


三浦  家族の中で、弟さんは重要ですよね。彼女も弟さんも徹底的にいじめられてるシーンがあって、最初は弟も「これじゃ受験合格できないじゃないか」って姉にキレるんだけど、結局共感しあうところが、印象的なヒキのシーンになっている。二人が離れていっても、二人の間のコミュニケーションは成立しているんですね。


望月  あのシーンのカメラが一番印象に残っていますね、僕は。カメラと画面が最後離れていくときに開けていくじゃないですか、あれが良い別れだなっていうか。離れてはいくけど、嫌な離れ方ではなくて、夢のような離れ方だなって。見ていて気持ち良い。


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自分を探したくない、逃げるロードムービー


三浦  『百万円と苦虫女』の企画の最初はどんなところから始まったんですか?


タナダ まったく何にもなくてですね、最初は本当に蒼井優さんで何か一本撮りませんかっていうのでお話をいただいて、2月に話が来てもう7月には撮り始めなきゃいけなくて、時間が全然ないので、プロデューサーの方からもオリジナルでもいいけど時間的に難しいかもしれないしという意味で原作がいいんじゃないかと言われて。でもオリジナルをやるチャンスってなかなかないので、わりとどんなものでもいいのであればオリジナルでやりたいなと。プロデューサーのほうからロードムービーを勧められて、まさか自分がロードムービーをやるなんて正直思っていなかったんですが、こういう機会でもなければやらないかもしれないなと。じゃあ、一度持ち帰りますということで持ち帰って、友達と飲み屋で相談していたら、この話が生まれたという感じですね。それで、プロットにして、この案はどうですかって聞いてみたら、それでやってみましょうかってことになりました。


安藤  二人の喫茶店みたいなところでの会話で、未来君が「自分探しみたいなことですか?」って聞くと、優ちゃんが「いやむしろ探したくないんです・・・探さなくたって嫌でもここにいますから・・・逃げてるんです。」って言うんだよね。それって監督として既製のものをもらってそれを作る人では発することの出来ないセリフだなって思ってすごく新鮮だった。


望月  今の話を聞くとロードムービーという内容をもらって、その答えなんだなって思えますよね。逃げるロードムービーなんだなって、探すんじゃなくて。


タナダ  ロードムービーで若い女の子が主役っていうときっとなにか自分探しの旅みたいに括られちゃうのが嫌だなと思って。


安藤  嫌だと思ったタナダさんのメッセージが聞こえて新鮮だったな、それがまた変に自主制作っぽい良い意味での匂いも感じられて、しかも「私なんて探さなくたって、いつもここにいる。むしろ誰も私を知らないところへ行きたいんだ。」ってはっきり言うシーンがあったりして、きっとロードムービーに対する答えみたいになってる。


望月  セリフはもう台本の段階で相当固まってたんですか?


タナダ  ほとんど変わってないです。ただちょっと長かったのでシーン丸ごと切ってるようなところもあったりします。『百万円と苦虫女』は自分で脚本を書いているんですが、そうすると自分の中でテンポようなものが最初からあったんですけど、まずは台本のとおりに編集して下さったラッシュを見たときに、これはどうしよう・・・って実は今までで一番落ち込みました。毎回きっともうこれで引退だと思って映画を作らせてもらってますが、いよいよもう終わりだと(笑)。でもそこからがまた映画の面白いところというか怖いところというか、編集の妙というものがあって、編集部の方たちにもすごく助けていただきました。


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意見を素直に聞けるスタッフと


三浦  最初は少人数から始められたのに、スタッフワークもうまくいったのですね。


タナダ そうですね、編集の方は今回ですと宮島さんという編集マンに頼めたのはラッキーでした。宮島さんの人柄ってあると思うんですけど、こっちが思いつかないようなことをふいに「ここ切ったらどうですかね?」って言われても、もし別の人だったら、やっぱり自分で脚本書いていたり、撮影現場を知っていたりすると、若干「むっ」とすることもあるかもしれないんですけど(笑)、「そうか宮島さんが言うなら、じゃあ一回言うとおりにしてみて違えば戻してもらおうかな。」と思えたりするので、編集作業は楽しかったです。


三浦  撮影はいかがでしたか?


タナダ  今までやった作品ほとんど毎回スタッフは違うんです。カメラマンの安田さんは『月とチェリー』でご一緒させていただきましたが、他はほとんどが初めてのスタッフでした。なんというか、私の場合毎回あまりに違うスタッフなので、この人がスタッフと一度決まった以上はまず信頼してみようと思ってやってるんですけど、百戦錬磨のスタッフから信頼を勝ち得るのは簡単ではないと思います。でもどうしても自分がほしい画があったり、意見が違って来る場合もあるので、そんな時にどういう風に伝えたらうまく伝わるのか、まだまだ勉強中です。


三浦  そうですよね、ベテランの方とも撮るようになられて、現場の苦労もありますよね。


タナダ  例え意見が違ったとしても、みなさん現場を壊そうとしてるわけじゃないじゃないですか。良い作品になるためにはどうしたらいいかっていうことでやってくれているので、その中で明確に伝える難しさはあります。映画って「コレが正解」っていうのがないので、私が思っていることよりももしかしたらそっちのほうが正しいかもしれないっていうこともあり得るわけですが、その時に柔軟に対応することも大切だし、相手の意見が腑に落ちないのならやはり誰にどう思われようとも自分を信じるしかなくて、「どうやって戦おうか!」っていうところは毎回難しいですね。やっぱりそれはどの監督も大変ですよね。


望月  下手に自分だけで撮りすぎちゃうと、物語性とその他の部分であいまい部分とかがあっても、そういう柔軟な姿勢や態度がなくなってしまうと、何かしら決めつけてしまったり、自己完結してしまうんですよね。きっと。


安藤  自主映画で撮っていると、防衛本能が働いて、自分のスタイルが壊せなくなったり、逆にプロフェッショナルのスタッフに壊されることがあったりもするんですよね。


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匂いのある映画『タカダワタル的』 


三浦  『タカダワタル的』はとてもシンプルに作っていらっしゃるけど。


タナダ あの作品はすごく悩みました。撮影は始まってたんですけど、監督が決まってなくて、途中から参加したんです。依頼が来た時は『鎮静剤』という曲は知ってましたがたまに死亡説も流れる方なので(笑)生きていたんだという驚きとともに「おもしろそうな方だな」と興味があって監督を引き受けたんですけど、素人目にも一度ライブを観ただけでどれほどすごい方かわかりまして。それからはもう苦悩で「降りようかどうしようか」って追い詰められました。編集でようやくああいう形を見つけられて腹がくくれたというか。コアなファンの方が多いから、そういう人たちが恐かったんですけど、コアなファンに向けてコアな作品を作ってもしょうがないなと思って。私みたいにほとんど高田渡という人のことを知らない人が観て興味を持ってくれたら、ライブ会場に足を運んでくれるだろうし、「高田渡入門編」のような作品にするべきなんじゃないかというところで落ち着きました。


三浦  ああいう強烈な個性の方の匂ってくるような魅力、なんか本当にお酒が匂ってきそうな感じがあったんですけど。


タナダ 朝八時東京駅集合ですでに酒臭かったりする方なので期待を裏切らない方だなと嬉しくなりました(笑)。


三浦  強烈な個性の方のドキュメンタリーだと、その方に撮らされちゃうようなところってあるじゃないですか。


タナダ 恐いですよね。なんかこっちが見透かされてる感じもあって。


安藤  他の作品との共通点というと、「匂い」っておっしゃったのはまさにそうだと思うんだよね。彼女の映画って匂いがあるでしょ。


タナダ それは渡さんによるところが・・・。


安藤  対象がすごいからそのままそれを記録すると、そのままのものは出てくるんだけど、作品としての起承転結みたいなものは駄目になっちゃったり、逆にそれをつけようとすると今度はせっかく素材が厳然としたリアリティがあるのに、それがなくなってしまうっていう綱引きで、難しいはずなのに、この作品はよくできてましたね。頭と最後を『ごあいさつ』にしたのはよかった。


タナダ あれは本当に偶然だったんです。たまたま編集しているときに『ごあいさつ』のVTRが見つかって。撮影していた時は、とりあえず五月五日のスズナリのライブまでにしようということだったんです。スズナリのライブのリハには『ごあいさつ』は入ってなかったんですが、渡さんはいつもリハーサルどおりにはいかない方だったので(笑)、最後の最後でスズナリの一番最後に「ひょいっ」と戻ってきて『ごあいさつ』を歌ったのがたまたま撮れて、しかも編集している間に若い頃の映像が見つかったというのがあって、それでやっと作品としての着地点が見えたんです。


三浦  そういう瞬間ありますね、ドキュメンタリーって「あっこれで繋がった」っていう。


タナダ 息子さんの漣さんにインタビューが出来たのも、あれも本当は漣さんが渡さんの家に迎えに行って、二人でスズナリまで行くっていう予定だったので、それなら親子のツーショットをなにかしら撮れればいいなと思ってたんです。そしたら渡さんが家にいなくて(笑)、でもだったらこれは漣さんにお話を聞けるチャンスだなと思って、それでたまたま聞けたんですよね。


三浦  タナダさん的には高田渡さんとの関係ってどうでしたか?


タナダ 初めて会った時はすごく恐かったです。白内障かなにかでよくサングラスをかけていらっしゃるんですけど、私は先に京都入りしていて新幹線から降りてくる高田さんを見てそう感じました。


三浦  迫力ありそうですよね、アレだけのものを作る方だし、本当に肝が据わってる感じですもんね。撮影しながら関係はどうなりましたか?


タナダ 撮影中はどっちかというと私の方に緊張感があったと思います。本当に普通におしゃべり出来るようになったのは、完成してしばらく経ってからでした。取材で柄本明さんと渡さんと私がインタビューを受けさせていただいた時に、それまでずっと内緒にしていた、最初はもう亡くなった人かと思っていたことを初めて言ってみたら、渡さんが大笑いされて「そりゃ~いいねっ」って言われて。それぐらいからですね、あまりプレッシャーなどを感じずに渡さんとお話させていただけるようになったのは。


安藤  インタビューでは高田さんから思いやりみたいなものが出てたと思うんですよね。普通は内輪の中でインタビューするとどうも良いものにならないじゃないですか。でもそうじゃない、何か温かい雰囲気があったと思うんです。


三浦  高田さんの優しい視線がカメラに「ふっ」と入ってくる瞬間がありましたね。撮影してるっていう状況が、高田さんの行動に影響している所もあるんじゃないかなと思うんですが。カメラがある所とない所で。


タナダ それはすごく感じました。「本当に包み隠さず好きなように撮ってください。」っておっしゃってくださるんですけど、やっぱりカメラを向けられるって非日常じゃないですか。追いかけていた期間は五ヶ月くらいだったんですけど、その五ヶ月の間に渡さんの髪の毛が真っ白になって、だからよく「あれどのくらい追っかけていたんですか?」って聞かれるんですけど、実はたったの五ヶ月くらいなんです。渡さんて、ものすごく優しい方なので、「いいよ。いいよ。」って言いながらも、おそらく自分の中でやっぱりいろいろあったんだろうなって思うと、とてもじゃないけどこれ以上この人にカメラを向けたくないと正直なところ思いました。本当にドキュメンタリーって、被写体に対して、全てを負う覚悟がないと絶対できないと思って、五月五日の区切りがあったから良かったなって思ったくらい、しんどい。やってみてはじめて知りました。


望月  僕なんかが見ていて、ユーモアのある女性監督が多くなってきた。十数年くらい前って映画監督って三種類くらいしかいないと思ってたんですよ、社会科の先生みたない人か、現場監督みたいな人か、的屋みたいな人か。だからピアニストとか詩人みたいな監督が生まれてきてくれたらいいのにねって思っていたら、実際出てきたから、15年くらいで変わったんだなって思いますよね。特にいわゆるスタッフが。僕の想像ですけど、例えばタカダワタル的のときに実際のスタッフが動いていたと、動いていたら身構えると思うんですよ。どんな監督がくるのかなって、土建屋みたいな監督かな?現場監督タイプかな?的屋かな?先生みたいなタイプかな?みたいな事を思っていると全然違うタイプがきたから、タナダさんの話を聞いたと思うんですよね。知らないタイプが来たから、聞かなきゃしょうがないなっていう、この監督が何したいんだかわからないから、今までの経験を通しても、だから、そういう事が起きているんだろうなっていう気持ちでお話聞いてましたね。だから全然違うタイプの監督さんだなってのがよくわかりますよね。


タナダ10.jpgのサムネール画像

これから・・・


三浦  これからますます楽しみですが、何か御予定はもう決まってるんですか?


タナダ いえまだ、なんにもないですね。


安藤  何か作品を作っていく上で、これから自分にもう少し必要だなって思うような事って思い浮かびますか?


タナダ あぁもう山のように、山のようにありすぎて・・・。例えばカメラ一つにとっても、レンズを換えたりするじゃないですか、35ミリだったり何ミリだったりっていう。それがどれぐらいの幅で、フレームで撮れるのかっていうのを覗かなくてもわかるようになりたいと思います。例えばカメラマンの方が「ここは何ミリで行こうか!」みたいな言葉が聞こえたとしたら、「あっソレで行くんですか、ふーん、へ~」みたいに嫌味ったらしく言ってみたいなと思います(笑)。


望月  そういうの聞いてると、じゃあモニターは出さないの?


タナダ あんまり出さないです。なるべくカメラの横にいて目の前で見るようにして、モニターはよっぽど何か部屋が狭くて、どうしてもそこに入れないというときだけは見るような感じですね。『月とチェリー』のときに、一応モニターがあったんです。それまで見学させていただいた監督がたまたまモニターの前にいらっしゃったので、「監督ってモニターの前にいなきゃいけないんだろうな」って思ってモニターの横で見てたんですけど、ものすごく見づらいんですよ(笑)。現場から離れてこんなちっちゃいモニターの前にいたんじゃお芝居がわからないと思って、それでようやく三日目くらいにカメラマンの方に「モニターの横すごく見づらいんですけど。」って言ったらキョトンとされて(笑)「横、来ていいんですよ」って言われて、「ああ、良いんですか!」って言って、それからは横にいくようになりました。助監督経験が無かったですしそういうことすら本当に知らなかったんですが、そんなところから現場で学ばせてもらいました。やっぱりカメラの横で見るほうがおもしろいし、贅沢な気がします。


望月  発見もあるしね。こっちも撮っておくかみたいな。


安藤  モニター横だと、フレームの外で何が起こっているのかなんてわからないじゃないですか、絶対いけないよね。


タナダ なんかその矛盾もおもしろいなって思って、フレームの外にいろいろ起こっているのに、映画で見る部分はフレームの中しか見られなくて、じゃあそこに何を伝えられるんだろうっていう。そこが難しくて毎回掴めなくて、何回やってもうまく撮れないから辞めてないんだろうなとは思います。


安藤  タナダさんはこれからどんな映画を撮っていきたいとかってありますか?


タナダ あんまりこう・・結局は縁のある作品に出会えるかどうかなので、いつも聞かれてうまく答えられないんですけど、今までは若い人が主人公の映画が多かったので、大人が主人公の映画が撮れるようになりたいです。ご縁がある作品はいつか撮れると思いますし、ない作品は一生撮れないと思うんですけど、今は大人が主人公の作品とご縁があると嬉しいな、といった感じです。



タナダ~3.JPG
     ビデオ収録  井坂聡
インタビュー写真撮影  竹内英孝
   贈呈式写真撮影  韓虎東