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日本映画監督協会 会員名鑑

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1995年デビュー監督対談

2005年06月17日

      1995年デビュー監督対談

             「あの年、ぼくたちは何を見ていたのか?」

 

●いまおかしんじ×古厩智之                   司会進行 緒方明

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いまおかしんじ編集長自らの要望でこの企画はスタートした。当初は他に数名の95年デビュー組の監督を集めて座談会という形式にしたかったのだが何故かこの時期十年選手は皆、多忙。それぐらいデビュー10年目は忙しいということか。(だからといってこの二人がヒマだったというわけではありません。お二方とも時間のない中、来ていただきました)

対談はまず編集長の95年に対する漠然としたモヤモヤ感の説明から始まった...。

 

                                                                            

imaoka2.JPG いまおかしんじ監督

                 プ ロフィール

 

1965年大阪生まれ。'90獅子プロに助監督として参加。瀬々敬久監督などについた'後、95年「獣たちの性宴 イクときいっしょ」でデビュー。'00「OL性白書くされ縁」

'04「塾女・発情タマしゃぶり」(第17回ピンク大賞)

 

    

 

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  古厩智之監督

      プロフィール

 

'92短編「灼熱のドッジボール」でぴあフィルムフェスティバルグランプリを受賞

'95「この窓は君のもの」で長編デビュー。'01「まぶだち」(ロッテルダム映画祭グランプリ)'03「ロボコン」最新作は「さよならみどりちゃん」('05夏公開予定)

 

 

 

 

 

 

 

《なんとなくデビューしました》

 

いまおか ぼくは1995年、30歳の時ピンク映画でデビューして、その年は、社会的には震災があったりオウムの事件があったんですけど、まったく僕は関心を持たずにすごしてきました。ところが最近になって今もぼくが撮り続けてられるのは1995年になにかあるのかなってちょっと思ったりして...。その時に他の人たちは何をしてたのかなっていうのが興味があったんですよ。もし編集長やるんだったらそういうのが聞けるんじゃないかなって思って。で、古厩さんとはお話したいって思ってました。それはぼくのデビュー作のカメラマンが鈴木一博さんで...それは古厩さんのデビュー作の『この窓は君のもの』を観て決めたんですよ。あの時おいくつですか?

 

古厩 26です。あの時はなんかもうガタガタで。一博さんの実家にみんなで泊まりこんで。で、現場行っても全然回せないし。非常にモヤモヤとしてて。「さあデビューだ!」っていう意識があったわけではない。ダメでしたね(笑)。

 

いまおか 経緯としては...あれはPFF(ぴあフィルムフェスティバル)のスカラシッ

      プ?

 

古厩 そうです。ぼくその時、大学4年だったんですけどみんな進路とか決めてる中でぼくだけ何もしてなくて。で、スカラシップ決まったんでこれ幸いと。卒業するのやめて学校残って。だから95年はちょうど留年しながら撮ったんです。

 

いまおか ぼくは90年、25歳の時にピンク映画の獅子プロダクションってとこになんとなく入って5年くらい助監督やっていて。なんでやってんのかよくわからずやってたんですよ。しんどかったしもうやめたいってずっと思ってました。で、個人的なことなんですけど95年に7年くらいつきあってた彼女がいて、その人が別の男のとこに行ってしまうという事件があったんです(笑)。で、別れる別れないってずっともめてて。現場も徹夜の連続だしちょっと精神的にかなりまいってしまって...辛くてしょうがなかった。そういう時に逃避としてホン書いたりしてました。だから震災とかオウムとか全然気にかけてる余裕がなくて。それで1本映画を撮った時に多少落ち着けたなあというのがあります。

 

古厩 じゃデビュー作の中の彼女は本当の話なんですね?

 

いまおか そうなんです。芸がないですけど。そういうことぐらいしかネタとして思い浮かばなかったですね。どっかでそのままやっても面白くないんでフィクションに託して描きましたけど。古厩さんが『この窓』であの題材を選んだのは...?

 

古厩 ぼくは...いいネタが全然思い浮かばなくて。その前に短編の『灼熱のドッジボール』が評価を受けましたけど、もうすでに燃え尽きてるわけですよ。学生なりに。もともと撮りたいものがあって映画撮ってたわけじゃなくて、可愛い女の子がいたから映画撮ってただけなんで。

 

いまおか 素晴らしい。

 

古厩 非常に軟弱な理由でやってましたから。で、ある人に「また『灼熱』をやってくれればいいんだよ」って言われて。じゃあ二匹目のドジョウってことで(笑)、ちょっとだけ設定を変えて前と同じことをやろうと。

 

緒方 自主映画出身とピンク映画ということでどういう風にお互いのジャンルをご覧になってましたか?

 

古厩 もともとピンクの世界の人たちはうらやましかったんです。ちゃんと戦おうとしてるんだと。俺はもう「自閉の対象」として映画やってるだけでしたから。ピンクの人たちは意識的に映画を撮ってたじゃないですか。うらやましいというか、くやしいというか、ああ、俺には出来ないなと思ったのを覚えてます。いまおかさんの作品を前、観た時には「あ。『リバース・エッジ』みたい」って。その辺の気分がすごく自分と通じるものがありました。

 

緒方 自分もピンクの中に入ろうとは思わなかったですか?

 

古厩 いや、入り方よくわかんなかったですからね(笑)。なんか昨日いまおかさんのデビュー作久しぶりに観たらすごい閉塞感で(笑)。それってものすごくリアルで...。

 

いまおか 全然、時代みたいなことは意識してなかったんですけどね。事件みたいなのにはあまり興味あるほうじゃないし。興味あってもそれをモチーフに映画作ろうとは思わないし。

 

緒方 いまおかさんは自主映画やPFF出身の連中をどう見てましたか?

 

いまおか 大阪で浪人してる時はピンク映画を観てたんですけど、大学入ってよく観たのは自主映画なんですよ。園子温さんとか。PFFも1次の審査やったこともあるくらいで。1ヶ月で300本くらい自主映画みました。で、これはピンクにも言えるんだけど、どこか「いい加減」というか「てきとう」で、いわゆるメジャーの小屋やテレビでは見れないもの、それは危ないものだったり勝手なものだったり、色々なものがあって面白かった。「バカだなー、この人たち」って思いながらも当時ものすごい憧れが彼らにはありましたね。

 

緒方 自主映画撮ろうと思ったことは?

 

いまおか 考えはするんですけど出来ないですね。

 

緒方 古厩さんもいまおかさんも両方相手をうらやましいと思いながら「自分は出来ない」というとこが共通している。

 

古厩 うらやましいけどそこに行こうとは思ってないんですよね...。

 

緒方 もうひとつ共通しているのは二人ともデビュー作を強い意志で撮ってな

    い(笑)。

何かに押されて撮ったような感じなんですけど...。

 

古厩 そうですね...。ぼくは強い意志で映画撮るようになったの最近なんで 

    (笑)。

 

いまおか 最初は「自閉の対象」って言ってましたけどどういうことなんですか?

 

古厩 ぼくがあの頃感じていた気分というのは岡崎京子の「リバースエッジ」であったりいまおかさんの「イク時はいっしょ」であったり...閉塞感ていうのかな。あれなんですよ。ただあれをモロにやってしまうと自分のことを振り返ってしまうことになるから、まったく違うものをやりたい。

 

いまおか はい、はい。(深く頷く)

 

古厩 だから自分は目をそらしてるんだけどそっちをきちんと描いてる人はいるのだからすごくうらやましいし妬ましい。いまおかさんは「時代に興味がなかった」って言うけどぼくから見たら「時代の中の自分の立ち位置」っていうのにはものすごく興味があったんじゃないかって思うんですよ。ぼくなんかより全然外の世界と接触してるように見えてそれはぼくとは違うと思ったんです。

 

いまおか ぼくはデビュー作を撮って初めてやることが見つかった気がしました。もちろん助監督時代も現場でやることはいっぱいあったんだけど自分がどこにいたらいいのかっていうのがずっと不安定だった。1本撮ってやっと自分の居場所が見つかってすぐ次が撮りたいなって思いました。まあ、色々あって年に1本しか撮れないんですけど、毎日の生活は「次撮る」ってことに向かっていってる。現場と仕上げでだいたい1ヶ月ぐらいでしょ。あとの11ヶ月をどう過ごすかってことが大事なんだけど(笑)。

 

緒方 大げさに言えば監督になって生きるモチベーションが見えたってこと?

 

いまおか そうですねえ(笑)

 

緒方 監督という職業は「救済」なのか。

 

古厩 緒方さんだってそうでしょ?みんな映画監督の人ってそうじゃないんですかね?撮ってるときより撮ってない時間のほうが長いんだから。

 

緒方 うーん。自分に振られると弱いな(笑)。ちょっと俺の場合は違うかな。俺は自覚的に映画をやってきたのが強いから...。別にそんなこと自慢でもなんでもないんだけど。自主映画時代のデビュー作からずっと自分の意志だけでやってきた。だれも背中押してくれないし(笑)。古厩さんはデビュー作を撮って何を発見しました?

 

古厩 ぼくはそれまで閉じるために映画を撮ってたんで、「スタッフを使う」ってのは語義矛盾してるわけですよ。学生の頃は僕とキャメラマンと役者、それだけで映画作ってましたから。でも規模が大きくなってくると、閉じるために映画作ってたのに回りにいっぱい人がいて「あれ?あれ?おかしいな」っていう気持ちになっちゃった。それが「この窓は君のもの」ですかね。現場のこと聞かれると今もお腹が痛くなる(笑)。「と、撮れません...」って言いながら道の端にうずくまってて向こうのほうにはスタッフがいっぱいいる...ってのを20日くらい繰り返して最後の10日くらいでやっと撮った。その時「映画を仕事にするってのはこういうことなんだ」って初めて気づきました。で、これじゃいかんっていうことでその後、助監督を始めたりして。

 

緒方 ちょっと95年について調べてきたんですけど...。1月に阪神淡路大震災。3月に地下鉄サリン。その他には4月に統一地方選挙で青島都知事誕生。大阪府知事に横山ノック(笑)。11月ゆりかもめ開通。12月には福井県敦賀市で高速増殖炉「もんじゅ」の事故...。

 

古厩 すごいですね。SFみたいな年だったんだな。ぼくはいまおかさんのデビュー作にはすごく時代を感じたんですけどね。閉塞感というか。その頃くり返しみんな言ってたんですよ。「この閉塞感をなんとかしなきゃ」とか。

 

いまおか まあ、ぼくにとって最悪な年ではあったんですけどね。こちらのピンク映画の事情で言うと、ぼくは国映というところで主に活動してるんですけど、そこでぼくより前にデビューした人が6年くらいいなかったんですよ。ぼくの前が瀬々さんなんですよ。瀬々さんが89年デビューでその後6年間誰もいない。で、ぼくが久々にデビューしてから毎年新人がデビューしてるんですよ。

 

古厩 それは何でなんですか?

 

いまおか いや、わからないんですよ。たまたま人員不足かなんかで。でもその年を境にみんな撮り出すのってなにかあるのかなあとも思うんですけど。

 

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《デビューはしたけれど》

 

古厩 その年、デビュー作撮った後、ぼくバイト始めました。デパートの屋上にある遊園地の係員。面接の時に会社の部長が「古厩クン、君はいい!すごくいい!これからあと7人来るけどもう君に決めた!」って言うんですよ。それで「久々に社会から必要とされた」て思って(笑)。で、仕事始めたら50過ぎのおばさんが相棒なんですね。「よろしくお願いします」って挨拶したらそのおばさんが「あたしと話ししてるとまわりの人に色々言われますよ」って言うんですよ。「どうしてですか」って聞くと突然声をひそめて「あたしね。人の心が読めるんです」(笑)電波の方だったんですねえ。「じゃちょっと待って下さい。今、ぼくが考えてることもわかるんですか?」って聞いたら「古厩さんはいい人そうだからスイッチを入れてません」だって。

 

いまおか こわいなー。

 

古厩 だからどうやら部長はぼくがそのおばさんの相手にピッタリと思って採用したらしいんですよ。で、2年も勤めました(笑)。

 

いまおか 監督やった後によくやれましたね。

 

古厩 なんかいいホン書けそうかな、と思ってやったんですけど。でもそれは自分に対するいいわけですよね。書けるわけがない。だから95年はそういうの始めた記念すべき年です(笑)。で、それをやめて今度はぬいぐるみの中に入る仕事をやったんです。ダメでしょ?

 

いまおか・緒方 いやいや。そんなことはない。

 

古厩 映画1本撮ってそこから逃げるという作業をはじめたんです。で、それで不安になったり孤独になったりすると助監督をやるわけです。助監督やると忙しくてホン書けないんで「よしやるぞ!」って気持ちで遊園地戻っておばちゃんと電波の話(笑)。

 

いまおか それにしてもエライところ選びますねー。とんがったところに行かないとって感じですか?

 

古厩 いや違います。例えば釣堀とかボート屋とか...みんなまずい人、自殺しそうな人が集まる場所じゃないですか。だからそういうとこをあえて選ぶ(笑)。逃げるために。で、助監督やって地べたはいずり回って、バイトで天国にちょっと近い場所を選ぶ(笑)。

 

いまおか 助監督をずっと続けるという発想はなかったんですか?

 

古厩 自分の企画をやる、ホンを書かねばならない...というのから逃げるために助監督やってたんで(笑)。続けるのは難しいんですよ。「企画を書かねばならない。そのためには助監督を続けてはならない」って思って。どこ行っても逃げの構造がぼくの中に完全にあったんで。うーん。不毛だなあ。

 

いまおか でも企画をたてなきゃいけないとはずっと思ってたんですよね。

 

古厩 そうそう。だからどんな仕事してても「これは仮の姿だ」って思ってた

    (笑)。

 

いまおか それはぼくもあったなあ。何かネタになるかもしれないことを見つけてそれが自分の背中を押してくれることありますよね。ぼくは2本目は1年後なんですけど。

 

古厩 素晴らしい。ぼくは5年かかりました。

 

いまおか その間、しんどかったですか?

 

古厩 いや仮の姿だから(笑)。

 

いまおか でも仮の姿も5年もやってると(笑)あせってきません?

 

古厩 いや、ぼく人生にまじめじゃないんで。あせってきたのは30になってからですね。いまおかさんはデビューの後に助監督やったんですか?

 

いまおか やってました。その後3年くらいは。まあ獅子プロっていうのがそういうとこだったんですよね。

 

緒方 そうか。二人とも監督デビューした後に助監督もやってるんだ...。「おれはもう監督だから助監督はやらない」って思わなかったですか?

 

古厩 そんなリアルなこと考えたらつらいじゃないですか。

 

いまおか 現場でチョンボすると「もう監督のくせに」っていじめられたなあ。古厩さん、2本目の「まぶだち」は満を持して...って感じですか?

 

古厩 いや。全然あっためてたものとは違ってて...。色々やってたらこうなったって言うか...。デビュー作撮って「まぶだち」撮るまで眠ってたような5年間だったんで今、十年って言われてもピンとこないです。5年くらいに感じてます。よく言うじゃないですか。「映画はひとりでは撮れない」って。口では言いつつも「いや一人で撮れる...!」ってずっと思ってたんですよ(笑)。この2作目から「あ、なんだ集団作業だったんだ」って初めて気づいた(笑)。

 

緒方 遅いよ。

 

古厩 そうそう。遅いんですよ。

 

いまおか でもそれいいですね。前向きな感じで。

 

古厩 そう。初めて前向きになれた(笑)。だから屋上に戻らなくてすんだんで

    す(笑)。

 

いまおか ぼくも普段から人と話したり共同作業したりするの得意じゃないほうな

       んで...。

ひとりで釣り行ったりひとりで喫茶店にいるのが好きなんですけど。で、無理やり現場なんかに放り込まれると苦痛でもあるんですけど自分の思っても見なかったことがポッと出来たりして。それって一人じゃ出来ないですよね。そういうのがやるたびに一つは必ずあって、それはすごいいいことで、健康なことに引っ張られてる気がします。

 

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 10年目の風景》

 

古厩 10年前ってまだ動機のある殺人事件っていっぱいあったじゃないですか。怨みとか。で、酒鬼薔薇みたいな動機の無い事件でみんな騒いで。今、動機のある事件のほうがみんなびっくりしますよね。えー怨みかー。嘘っぽい、みたいな。世の中マンガですよね、今って。監禁王子なんてまるでマンガですよね。

 

いまおか 今、凄惨な事件も「おとぼけ」な感じあったりしますよね。

 

古厩 「おとぼけ」ね。確かに。

 

いまおか もちろん笑えないんだけども。でもさっきの電波系の人じゃないけどそういう人っていっぱいいるんだなって思います。今後そういう人はどんどん増えてくると思うんですよ。それでもいいっていうか。隣にいる人が殺人者だったりするかもしれないけど、何とかその中でそういう実感を感じながら作品を撮っていきたいっていうか...。でもこわいですけどね(笑)。

 

緒方 今まで話し聞いてて思ったのは二人とも95年という色々あった時代を自覚的に映画には取り込んでこなかった。だけど今、十年たってもはや新人でもない中堅のおふたりの監督たちがこれから先、今という時代をどういう風に見つめどういう風に描いていくのかを聞きたいんですけど...。

 

いまおか さっきの「おとぼけ」っていうことに通じるんだけど...。オウムの「A」とか観るとかなり笑えるっていうか、笑えるのと怖さが同居してる感じがするんですよ。そこに共感するんですよ。オウム世代とかよく言われるけど、彼らに対して世代の共感はあります。やってることはひどいとは思うんですけど。そんな「おとぼけ」で「怖い」ものを「良きもの」にしたいっていうのかな。たぶん映画を作りながら「良きもの」に出来るんじゃないかとは思うんです。自分に出来ることは宗教でもなく政治でもない。映画を作るということの中でそれらを「良きもの」にすることだとは考えてますかね。それで95年という大それたテーマをやろうと思ったのかもしれないですね。

 

古厩 ぼくは映画の中で描く「物語」について考えるのがとても面白くなってきました。昔は「物語」っていらなかったんです。ぼくにとって。でもこの頃思うのは、ぼくがもし目がつぶれたらどうしようって思ったとき、お話を作る人にはなりたいって思ったんです。映画監督は出来ませんよね。目、見えないんだから。なんだすごく簡単なことじゃないか。お話を聞かせる、伝えるってことをぼくはやりたいんだって改めて気づいた。

 

緒方 じゃあ最後に質問です。タイムマシンで95年に行って十年前の自分に声をかけてあげるとしたら何て声かけますか?

 

古厩 すぐにデパートの屋上に行って「お前すぐここから降りろ!」って言いま

    す(笑)。

絶対そう言います。「ここから降りてホンを書け!」もしくは「現場にちゃんと行け!休まないで立ち向かえ!」って。「逃げられないぞ」と。

 

緒方 いまおかさんは?

 

いまおか うーん...。ちょっと前まではあの年同棲してて真夏に出ていった女性に「出ていくな」って言いたかったんですけど...(笑)。でも出ていかなったらデビュー出来てないかもしれないし...。

 

緒方 いや、自分に言いたいことを聞いたんだけど(笑)。

 

いまおか そうか。そうだな。「十年後もまだ生きてるよ」ってことかな。なぐさめてあげたい。「落ち込まなくていいよ」と。

 

緒方 それは自分に?それとも出ていった女性に?

 

いまおか どっちもかな(笑)。

 

いまおか編集長。95年という年に対するモヤモヤ感はこの対談で晴れたのでしょうか?

そして古厩監督がこれから撮る『物語』とは一体?奇しくも古厩監督、いまおか監督共に今年2005年に新作が公開されます。古厩智之監督作品「さよならみどりちゃん」(8月公開予定)いまおかしんじ監督作品「援助交際物語・したがるオンナたち」(夏以降、全国で順次公開)デビューして10年。油の乗り切った監督たちの作品からは何が見えてくるのか?答えはぜひ劇場で! 

 

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「援助交際物語」を演出中のいまおか監督 

 

 

 

 

 

 

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古厩智之監督新作「さよならみどりちゃん」

 

                                       

                              

 

 

                 

                 【2005年5月27日監督協会会議室にて】