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特集

日本映画監督協会 会員名鑑

エッセー

第3回 『表現の自由』

浜野佐知 「宅間守に表現の自由はあったか?」

浜野佐知.jpg表現の自由」は、私たち映画監督にとって欠かすことのできない権利です。自由であるべき表現を規制する映倫は不要だという議論も、そこから出てきますが、
映倫ともっとも多く戦ってきた監督の一人である私は(何しろピンク映画ですからね)「表現の自由」VS映倫、といった簡単な図式では割り切れないものを感じてしまうのです。私たち映画監督にとって「表現の自由」とは何でしょうか? 

先日、一審で死刑判決を受けた宅間守被告は、法廷で「不規則発言」をして退廷させられました。3枚のメモを用意してきた被告は、発言を禁止されると遺族の感情を逆撫でするような罵声を上げ続け、法廷から強制的に連れ出されたのです。被告不在のまま死刑判決という前代未聞の事態になりましたが、しかし宅間被告に「表現の自由」はあったのでしょうか?

判決当日は被告が発言する場ではないとか、死刑を予測した宅間被告が、判決を受ける自分の姿を見せて遺族や世間に溜飲を下げさせることを拒んだ、といった事情はあります。被告が法廷で投げ付けた罵声の内容は、具体的に報じられませんでしたが、インターネットで調べると(どこまで正確か分かりませんが)実に不快極まるもので、もし私が遺族だったら自分の手で被告をブチ殺してやりたいと思ったでしょう。

しかし、「表現の自由」をパーフェクトに認めるなら、世間や社会を憎悪する、このケダモノのような男にも「表現の自由」を保障しなければならないのではないでしょうか。そこまで射程に入れないと、「表現の自由」は社会的な表現手段を持っている「特権階級」の自己満足になってしまう気がします。

私は、宅間被告に表現の自由を与えよ、と無条件に言っているわけではありません。恐らく99%の人が生理的に嫌悪するような発言を封殺するのは、やむを得ないことだと思われます。同様に、露骨な性描写もまた、映倫の自主規制によって、巷のスクリーンで上映されることはありません。

性表現が解禁された国では、一時的に即物的な描写が氾濫し、すぐに飽きられ、ポルノ映画は壊滅します。ピンク映画に限らず、映倫の規制と戦うことによって、セクシュアルなテーマをめぐる映画の表現が洗練されてきたこともまた、確かな事実なのです。

「規制」、あるいは制約によって「自由」が磨かれる。一種のパラドックスですが、試みに憲法を調べてみると、21条で「一切の表現の自由は、これを保障する」と謳われています。しかし、その前の12条では「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」と戒めています。この12条こそ、映画業界自身の手による、映倫という形を取った自主規制にあたるものではないでしょうか。

「表現の自由」を謳うのは簡単ですが、これを「保持」するための日常的な「不断の努力」、自由と制約の間のせめぎ合いにこそ、私たち映画監督にとっての「表現の自由」はある、と私は考えます。



浜野佐知(はまの さち)


48・3・19生 徳島県

71監督デビュー。84(株)旦々舎を設立。以後プロデューサーを兼任、成人映画等300本余製作。(映)98「第七官界彷徨-尾崎翠を探して」、01「百合祭」を自主製作。(賞)00「日本インディペンデント映画祭」林あまり賞(第七官界彷徨)。00第4回女性文化賞。02トリノ国際女性映画祭準グランプリ受賞(百合祭)。