このページの先頭です


特集

日本映画監督協会 会員名鑑

エッセー

第4回 『役者』

佐野史郎 「私という他人」  

佐野史郎.jpg ひとつの映画ができあがる過程は様々だ。監督が企画を温めていたものが何十年もたってやっと実現することもあれば、制作会社が進めていた企画が成立しなくなり、急遽別作品を立ち上げなければならなくなる場合もある。
いずれの場合にしても、プロデューサーであれ監督であれ、イメージした作品を脚本にしたものがスタッフやキャストには渡され、具現化しようと、それぞれの仕事に取りかかる。脚本はなく、プロットとハコ組みだけで現場に入ることもあるが、それにしても、何らかの文字情報が最低限は与えられるだろう。

 俳優である私は、その文字を音情報と身体所作情報...つまりは、どうセリフを言い、どう動くか...ということに変換し、監督のイメージに沿うようにする。

 それはウソで、どうしてもやってみたいことが浮んだ時は、なんとかそれができるよう、作品のことなどお構いなしで、演じる楽しみに没頭する。

 当然、相手役も巻き込み、監督も何とか洗脳し、訳のわからない理屈や解釈を並べたて、自分が引き立つように懸命にもがく。

 しかし、大抵の場合は却下され、監督や周囲の俳優サンの邪魔にならないよう、恐る恐る演じることとなり、そのことを後悔し、クヨクヨし続ける。

 これもまた、ウソで、上手く演じられたと思えようが、失敗したと思おうが、そのことを引きずるのはせいぜい数分の間で、終ったことは仕様がないと次の仕事に取り掛かる。

 このことも半分はウソかもしれないが、表面上は確かにそうしている。

 つまりは、自分が演じる役が一番活きるにはどう演出すれば良いかを考え続ける訳だ。

 このことを続けていると、脚本がなくとも、常日ごろから、自分という俳優には飽き足らなくなり...というか、自分という俳優をなかなか信用できなくなり、映画そのものを全て演出してみたくなる。

 俳優に限らず、多くの映画人、表現者が最終的に映画を撮りたいと思う人が多いように思えるのは、この自分という職業者に対する不信感ではなかろうか?

 いや、また、ウソ言いました。

 信じているのに信じられない...そんな不安な状態に蓋をせず、信じられないことを受け入れ、いとおしみ、そういった絵空事でしかあり得ないような、不可能なことや、矛盾していることを同時に実現するために、他者の肉体感覚を自己に摂り込み、自己の肉体感覚を他者に擦り込み、音、視覚、触覚...あらゆる身体感覚を分け隔てずに他者と共有できるよう、陰陽を、内外をめくれあがらせ、ひっくり返し、繰り返し、繰り返し、これでもかと反復し続けることこそが、監督の仕事であり、俳優の仕事であるということを実感する、今日、この頃である。

 また、ウソ言いました。

 どう思ってるかは、他人が決めてください。



佐野史郎(さの しろう)


昭和30年3月4日生まれ。島根県松江市出身,/p>

唐十郎率いる劇団状況劇場を経て、昭和61年『夢みるように眠りたい』(監督:林海象)で映画デビュー、初主演。平成4年TVドラマ『ずっとあなたが好きだった』(TBS)のマザコン男、冬彦役が社会現象になる。平成11年映画『カラオケ』で初監督。著書に『ふたりだけの秘密』(筑摩書房)他。ミュージシャンとしての顔も持つ。



公式サイトhttp://www.kisseido.co.jp/