第6回 『時効成立』
林 海象 「時効成立」
殺人罪の時効成立は15年である。 私はある殺人事件の真犯人を知っているが、その事件から現在までに15年が経過しているのかどうか定かではない。だからここでその真犯人をあかすと私の身は大変危ない。時効不成立の場合、事件を追う捜査当局からは犯人隠匿罪で追訴される危険があり、時効成立の場合でも、私は犯人側から命を狙われることになるやもしれない。ホームの最前列に立てない生活は不自由である。だが私はその犯人を知っている。正確に言うと、その殺害死体を車で運びある山中に埋めたある人物を知っている。その事件とは馳星周が小説「不夜城」にてモデルにしたと思われる、新宿歌舞伎町台湾マフィアの抗争事件である。ああ、もう喋りはじめている。そんな自分が怖い。
殺人事件は計画されたもの以外、あたりまえだが突発的に起こる。彼はその当時台湾から日本へやって来た留学生だった。彼が留学生となったのは台湾での黒い組織とおさらばするためだったが、台湾と日本はあまりに近すぎた。組織が彼を追ってきたのではない。彼はそれほどの大物ではなかったし、組織に背いて日本に逃走したわけでもなかった。ただ彼は自分の暗い過去と決別したかっただけなのである。だが台湾から日本へと渡る元組織の男たちは、すべてが彼のような好青年ばかりではなかった。組織を裏切り、または国で犯した罪のほとぼりをさますために、彼の元仲間たちはじゃんじゃん日本にやってきた。そんな彼の元仲間たちが日本語が堪能な彼をほっておくわけがない。彼はそんな奴らとまたつるみだし、新宿界隈でまた軽い悪さをはじめた。台湾人の経営するスナックに深夜忍びこみ、そこの店をメチャクチヤに壊す。そして次の日同胞として心配げにやつてきた彼の元仲間が、一日で内装すべてを仕上げる工務店を紹介する。だが工賃は割高だ。でも店は営業をやめることはできない。店は彼にその工務店を紹介してもらうが、そんな工務店などどこにも存在していない。その日のうちに彼と彼の仲間たちがやってきて、素人ながら素早い手際でその店を直す。店は割高の金を払うが、営業がとまらないので喜ぶ。そしてまた数ヶ月ほどすると深夜に忍び込みまた店を荒らし、今度は直すのは勿論、その店をそういう暴漢から守ってやると称して、用心棒代を月々いただく。
その繰り返しで彼らは新宿台湾社会のなかで、自分たちの縄張りを次第に広げていった。そして彼らのシマは大きくなりすぎた。母国の組織がそのシマを見逃すはずはなかった。それほどに彼らのアガリは大きくなっていたのだ。台湾から組織の大物がやって来た。彼らからそのシマをとりあげる為に。その大物と彼の仲間が会ったとたん、それは突然におこった。彼の仲間はあっという間に大物を殺し、大物はまさかという表情であっけなく死んだ。彼の仲間は殺してから「どうしょう?」と彼に言ったという。その言葉をいうなら殺す前だろ、と彼は思ったが、彼は大物の死骸を車のトランクに詰め、山までドライブして
その山中に死体を埋め、台湾へと帰り、その世界から完全に足を洗った。大物を殺した仲間がその後どうなったのかは今だ知らないし、死体を埋めた山がどこだったのかも思い出せない、と彼は台湾のある飲み屋で私にうちあけた。私はその話がホラであることを願っている。だがその話がホラでなければ、殺された男の死体は今もある山中に眠っている。そしてそれを殺した男も社会の裏側でずっと眠っている。時効成立を待ちながら。

林海象(はやし かいぞう)
57・7・15生 京都市
85「夢みるように眠りたい」で製作・監督・脚本デビュー。国内外でグランプリ受賞。「帝都物語」脚本、(映)89「二十世紀少年読本」「ZIPANG」91「月の人」(フィガロストーリー)。「アジアン・ビート」全編企画・プロデュース。93?95私立探偵濱マイクシリーズ3部作。96「海ほおずき」97「キャッツ・アイ」02「流れよ我が涙、と探偵は言った」他。