第6回 『時効成立』
武田一成 「時効成立」
今村昌平さんも松竹から川島組の助監督として、同時に来る予定だったが、小津組の撮影が終わらないので、取り敢えず京都のロケハンに川島監督と二人で行く事になった。川島さんの京都の常宿「岡たみ」で五日間のお供だった。
初日から夕食が終わると川島さん馴染みのお茶屋で、舞子と芸者の踊りをたっぷり見せてくれた。毎晩の酒宴だった。川島さんは少し体が不自由(小児麻痺)だったが、フランスのアングルファインダーを常時首から下げておられた。
脚本は柳沢類寿さんと川島さんの書き下ろしだが、フランスのアンドレ・ルッサンの『あかんぼ頌』を日本版にしたもので、厚生大臣(山村聡)が委員会で受胎調節(産児制限)の提案をしているうちに、夫人(轟夕起子)が四十八才で妊娠が判明、息子の恋人で大臣の有能な女秘書(北原三枝)も妊娠、娘(高友子)も婚約者(フランキー堺)のおかげで子供ができる事態に直面し、すったもんだのコメディが展開されるドラマだった。
京都の二条大橋の撮影風景が劇中にあり、僕も助監督として人よけのシーンで出演させられた。ニ場面にしか登場しない、大臣の昔の恋人役の山田五十鈴さんは、セットで肉声では聞き取れないセリフがきちんと録音されているのには参った。それまでについた仕事と、相当隔たりのある事を痛感させられた。川島さんの明大同級生の飛鳥田一雄さん(社会党衆議院議員)に厚生委員会の案内をしていただき、素晴らしいセットが再現された。そのシーンの撮影の折、部屋を掃除していた僕に川島さんが手招きをし、耳元で「武田君のはき方ではホコリが目を醒まします」と言われたのは忘れられない一言だ。
京都「岡たみ」のロケハンの最後の夜、酒席から帰って寝ようとすると、川島さんが僕の足をしっかり持ってくれと言うのだ。二階の我が部屋の手すりから、離れの階下の浴室が見える角度があるそうだ。仕事を終えた女中さんの入浴が見える、ただそれだけなのだ。が、頃合いを見はらかって川島さんが、夜中、女中さんが三人風呂に入ってきた折、落ちないようにしっかり足を持ってくれと言われ、殆ど逆さ吊りのように、頭を下にして覗くのだった。僕は、足許を持ったまま「見えましたか、見えましたか」と小さな声で、僕の所からは全く見えない風呂場に向かって言う。遠い遠い京都の夜だった。

武田一成(たけだ かずなり)
30・11・15生東京都
53早稲田大学文学部卒。54日活撮影所に入り鈴木清順に師事。61パリ映画高等学院留学。67「関東も広うござんす」監督代行。「関東刑務所帰り」で監督。現在日本映画学校講師。
70「ネオン警察・ジャクの刺青」76「サチコの幸」77「先生のつうしんぼ」80「おんなの細道・濡れた海峡」87以後テレビ数本。(賞)アジア映画祭最優秀作品賞、監督賞受賞。