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特集

日本映画監督協会 会員名鑑

エッセー

第8回 『インターナショナル』

北村龍平 「インターナショナル」 

北村龍平.jpg インターナショナルということを意識したことはなかった。幼少時代をオーストラリアで過ごし、監督になると決めてから、またオーストラリアの映画学校に通った。

外国では人種も言語も違うが、それは自分と他人が違うようにごく当たり前のことだ。だからインターナショナルがどうこうと考えるより先に、日本も外国も特別な違いはないと肌で感じていた。

 ハリウッド映画が凄いかと問われれば、確かに凄いが、それは映画を作る環境が非常に恵まれているからで、その意味で凄いのだと思う。俗に言うハリウッド映画にも駄作はあるし、日本映画にも傑作はある。インターナショナルとは決してハリウッド風の映画を作ることではなく、世界に通用する映画を作ることなんじゃないだろうか。

 とにかく面白い映画を作ってやろうということだけ考えた「VERSUS」。それを海外の映画祭で公開したときに印象に残ったのは「日本映画でこんな凄いアクションを見たのは『子連れ狼』以来だ」と言われたことだ。光栄なことだが、寂しい話でもある。だがこれは寂しいことであると同時に日本には時代劇という外国では真似できない文化があるということだ。言い換えるならば武器だ。

 思えば、今まで撮った作品もその武器を使っている。たまたまそうなったとも言えるが、僕のこだわりと好みからそうなったので必然でもある。チャンバラ、時代劇、輪廻転生など、日本人には普通のことでも、外国、特に西洋から見ると特殊なテーマらしい。海外の映画祭では、日本では訊かれない質問が飛んで来る。「あずみ」などは「侍の精神性について」ということや、純粋なエンタテインメントのつもりで撮った「スカイハイ」についても「死後また再生するという宗教観について詳しく説明を」といった質問だ。日本人にとっては当り前のことでも民族、宗教が異なる国の人にとってはそうではない。そのバックボーンになる文化にまで興味が及ぶのだ。

 思えばそれがインターナショナルということではないだろうか。つまりインターナショナルとは、母国の心を他の国の言葉で伝えることだ。心まで他の国に染まってはいけない。インターナショナルたるにはナショナルたらねばならないのだ。というのが誰に教わったわけでもなく、僕が経験上つかんだ結論なのである。



北村龍平(きたむら りゅうへい)


1969年生まれ
大阪府出身 「ヒート・アフター・ダーク」で劇場映画デビュー。 続く長編第一作「VERSUS -ヴァーサス-」が世界の映画祭を席巻し評価を得る。SFサスペンス「ALIVE -アライヴ-」、短編「the messenger -弔いは夜の果てで-」、堤幸彦監督との競作中篇「荒神-ARAGAMI-」、小山ゆう原作の大作「あずみ」、 人気TVドラマ「スカイハイ」の映画化など話題作の演出を手がける。最新作はゴジラ50周年記念作「ゴジラ FINAL WARS」。 また「メタルギアソリッド ツインスネークス」のポリゴンデモ部分の演出を手かげるなど、活躍のフィールドを広げている。