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特集

日本映画監督協会 会員名鑑

エッセー

第9回 『カット』

井口奈己 「カット、、、」 

井口奈己.jpgのサムネール画像20才の頃、突然映画を作ってみようと思った。  

映画を作ってもいいらしいと分かったことと、ノーマン・マクラレンという実験アニメーションの作家の映画を観て断然そう思ってしまったのだけど、
長い間、10年くらいは映画を作る=監督をするではなかった。映画を作れれば満足で、どのポジションでもよかったのだ。 1本の映画でもポジションが違えば見え方が違うもので、カットを割るという作業を真剣に考えなければいけなくなったのは、つい最近映画を監督することになったからだった。 

カットが割れない。 

初めて映画を作った時に1週間毎日10時間くらい撮影してフィルムがカタカタ回っているのに一発もOKが出なかった。当時8ミリフィルム(カメラはフジカZC1000、フィルムは全シーンR25を使用、24コマ)で撮影していて、ワンロール2分45秒の壁があった。芝居が2分45秒よりも長い。何回やってもフィルムが落ちる。現場にいた人達全員が暗たんたる気持ちになって、カメラマンの鈴木昭彦氏にカットを割ったらいいんじゃない?とアドバイスされ、カットってどうやって割るの?と聞き返すと、見たいところから芝居を見て、見切れなくなったらカットを割って、次に見たいところにカメラを置けばいいんだよ、なるほどそうか、、、やってみた。しかしやはり見切れなくなっても芝居のうまいところでカットをかけるのがむずかしい。リハーサルが続く。丁度いいところ(立ち上がるとか 台詞がきれるとか)でカットを割ってみた。リハーサルをしてワンシーン内のカットを割って撮影をしていたのだけど、ワンシーン、撮影が終る頃にはすっかりどうやってカットを割ったか忘れてしまい、新しいシーンのリハーサルをする前の日には、登校拒否の子供のような気分になって 本気で撮影に行きたくないと思っていた。

もう出来ないと弱音を吐くと、出来なくてもいいけど、正当な理由がなければ止めることは許さない、映画が完成する以外の方法で関わった人達に、あんた、どうやってお詫びする気だ、と言われ。まったくその通りだと思って、皆目見当がつかないままカットを割っては、撮影していた。

長い間、1年半くらい、撮影していたけど、その後カットの極意がわかったり、気楽に出来るようになるという事は一切なく、いつも初心者みたいな気分だった。 

これからも初心者の心意気で映画を撮ろうと思う。




井口 奈己(いぐち なみ)


1967年東京生まれ
8mm版『犬猫』はシナリオを書いて映画を撮った初めての自主映画作品で、PFFアワード2001入選、企画賞を受賞。その後中野武蔵野ホールでレイトショー公開され、日本映画プロフェッショナル大賞・新人賞を受賞し、2004年35ミリ版「犬猫」をセルフリメイクにより劇場映画デビュー。35ミリ版「犬猫」は全国順次絶賛公開中。(2005年3月現在)