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特集

日本映画監督協会 会員名鑑

エッセー

第10回 『10年』

室賀 厚 「10年」

室賀篤A.jpgつい先日、カンボジアのコンポンソムへ行ってきました。何の予定も立てずに「だらだら過ごす」が唯一の目的でした。
何年かに一度、このような旅がしたくなります。コンポンソムはカンボジアで唯一のビーチリゾートとされている海岸線の町なのですが、セブやバリといったポピュラーなところではありません。近年ようやくマシなホテルが数軒建ち始めていますが、日本からの観光客はまだほとんど居らず、たまに出会ってもタイやベトナムなどを旅してるバックパッカーらがメインです。それだけ何もしない旅には持って来いの場所なのです。初めてコンポンソムへ行ったのがちょうど10年前でした。その時はある作品のロケハンが目的だったので、毎日忙しく動き回っていたのですが、そんな中、仕事以外の思い出が一つあります。ビーチで出会ったデビィという当時八歳か九歳の女の子です。観光客相手にフルーツを売り歩いていました。一口サイズのカットフルーツを袋に詰めただけの物で、特に冷えているわけでもなく、見た目も生ゴミみたいで最悪なのですが、やはり新鮮なのか、とても美味いんです。ただ、売る相手によって値段が違い、また買う度に値段が違うんです。日本人は何処の国に行ってもいいカモなんですね。他の客よりも必ず高い値段を吹っかけて来ます。その少女デビィも私に対して懸命に吹っかけて来たのを覚えています。と言っても1ドルの物が2ドルになる程度の差ですから、あどけない顔とたどたどしい英語で必死になって商売する姿を見ると、ボラれてやってもいいかという気持ちになったりしました。毎日、仕事を終えてビーチに出ると、デビィはマッハで現れました。そして決まり文句は「今日のフルーツは昨日より美味しい。だから1ドル高い」でした。だから何なんだという様な話ですが、私にとっては何とも言えない癒された思い出なんです。10年経って、計算から行くとデビィは二十歳近い年になっている事になります。勿論、まだそこに居るとは限らないし、そもそも顔など判らないだろうと思っていました。しかしです、そこにデビィが居たんです。しかも10年前と何も変わらない姿で、当時とまったく同じセールストークでカットフルーツを売りに来たんです。いや、よく見ると当時よりも若干幼く見える。少女の名前はタウ。なんとデビィの娘だったのです。デビィ本人は二年前に死んでおり、叔母さんに育てて貰っているというんです。デビィが何故死んだかは結局判らずじまいでしたが、私はなんとも言いようのない気分にさせられました。10年という時の流れをここまで感じた瞬間はありませんでした。10年で確かに私もそれ相応の年はとったでしょう。でも、私は私だし、女房も仕事も変わってないし、当時と同じバイクに乗っています。しかしその場所では、母親は十代で死に、同じ顔をした少女が娘として登場する。こんな強烈な10年に出くわしたのは正直ほかにありません。着いた初日に、私はタウからフルーツを買いました。タウはデビィより英語が上手く、商売上手でした。しかし、その日を最後にタウは私の前には現れませんでした。どうしてなのかは私にも判りません。私は当初の予定通り、何もしないビーチでの七日間を過ごしました。しかし、色々と考えてしまった日々でした。まるでタイムマシンにでも乗って来てしまった様なビーチで、不思議な時間を過ごしたのです。この文章を書いていると、ちょうどテレビからカンボジアのシアムリエプで武装集団が幼稚園に立てこもったというニュースが流れて来ました。10年前、私はあの学校にも行きました。銃は持ってませんでしたけど。



室賀 厚(むろが あつし)


1964年(昭和39年)5月18日生まれ 大阪出身 明治大学商学部卒業
1987年、集英社主催・ビジネスジャンプ映像コンクールに於いて自主製作作品「HELP ME!」がグランプリを受賞
1990年、ビデオ映画「ブローバック/真夜中のギャングたち」で監督デビュー。
その他の監督作品
○ 劇場用映画
「SCORE」(松竹)(スポニチ・グランプリ新人賞、横浜映画祭・新人監督賞、受賞)
「THE GROUND 地雷撤去隊」(JHV)(夕張国際ファンタスティック映画祭98・冒険映画賞受賞)
「ろくでなしBLUES'98」(ポニーキャニオン/パル企画)
「JUNK 死霊狩り」(JHV)
「GUN CRAZY 復讐の荒野」(パイオニアLDC)
「GUN CRAZY 裏切りの挽歌」(パイオニアLDC)
「GUN CRAZY 叛逆者の狂詩曲」(パイオニアLDC)
「GUN CRAZY 用心棒の鎮魂歌」(パイオニアLDC)
○ ビデオ
「ブローバック2/夕陽のギャングたち」(JHV)
「スウィート・スキャンダル」(JHV)
「ザ・ワイルドビート/裏切りの鎮魂歌」(JHV)
「DOG FIGHT 野良犬たちの挽歌」(東映ビデオ)
「オーバーレブ」(カレス・コミュニケーションズ)
「あ・キレた刑事2・決闘」(東映ビデオ)
「モンキー・エクスプレス」(JHV)
「勇者の秘宝」(ミュージアム)(ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2005出品)