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特集

日本映画監督協会 会員名鑑

エッセー

第10回 『10年』

新藤 風 「10年」

新藤風A.jpg10年...。ってことは、いま28だから10年前は18か。ひえ~!恐ろしい!!高校卒業して、映画学校に入った頃だわ。あれから10年か...。
初めて監督という役回りで映画(16m/m・200ft実習)を撮ってから、もう10年。あたしは何をやっていたんだろうか?

近頃、この10年を振り返ることが本当に多い。現在、執筆中の脚本が、6年前に実際にあった殺人事件の被害者の奥さんと残された旦那さんが交換していたラブレターが書籍になったものが原作で、その二人が出会ったのもちょうど10年前と言うこともあり、彼らの10年と重ね合わせるようにして、自分のこの10年がなんだったのか?何があったのかを考える日々。

そんな折、酔っ払った勢いで、自分の男遍歴を1から洗いなおしてみた。初めて数えてみたんだけど、これがビックリ!まあなんて言うか、結構いい数になり、我ながら笑えました。数えていることにも、その数にもね。あたしって、ヤリマンだったのか?...と。きっと忘れている人もいるんだろうな~と考えたらゲンナリ。結局、途中で断念したのですが、付属して様々な細かな記憶が甦った。男の人に限らず、自分でも忘れていた色んな人たちのことや、あんなバイトをしたとか、こんな飲み屋に行ってたとか、あんな音楽を聴いていたとか、昔の自分のディテールを思い出すのは結構面白い!――と言うことで、それをまわりの友達に勧めてみると、これまた面白い話があれやこれやと出てくる出てくる。なかには表やグラフにしてメールで送ってくる奴までいる始末。つられて、私も年齢ごとにその年何をしていたのか書き出してみました。


18歳。映画学校入学。バンド解散。初めての16mmカメラに浮かれ、自主制作&実習に夢中の日々。片思いをするも、10回告白して9回振られる。自棄になりバニーのバイトを始める。忘れられない友達に出会う。
19歳。自主制作&実習で家に帰らず。この後、3年付き合う彼氏と半同棲生活。猫を飼う。アングラな人々から、純朴な奴までとにかく仲間に恵まれていた。THE青春。
20歳。二十歳になったら死ぬ!と言っていたのに死なず。はじめて仕事として人間劇場にてドキュメンタリー「おじいちゃん」を撮る。そのおかげで家族と仲良くなる。
21歳。映画学校卒業。なんちゃって助監督をやりながら、ひとの自主制作で遊ぶ日々。NHKにてドキュメンタリーを撮る。老いが始まり重力に身体が逆らえなくなる。
22歳。失恋。友達との決別。つんくタウンに応募。
23歳。「LOVE/JUICE」にて監督デビュー。24歳までに映画監督になると言い切っていたが、その通りになり驚く。国内外の映画祭に招かれ、旅行三昧の日々。
24歳~27歳。恋をする。駄目人間ゆえ映画が撮れず。
27歳。失恋。そして引きこもりに。
28歳。いちから出直しをかけて監督2作目の「転がれ!たまこ」を撮るも、自分の未熟さが作品にあらわになる。そして現在、これが駄目なら二度はない!と次回作の脚本執筆中。苦悶の日々。でも、楽しい充実した日々。


書き出してわかったこと。
「出会った人たちが、いまも自分の中に生きている」感謝。



新藤 風(しんどう かぜ)


1976年神奈川県生まれ。

1995年に日本映画学校映像科撮影・照明コースに入学。1999年3月にNHK教育テレビ『新藤兼人の大老人日記』の取材と構成を手掛ける。同年『ナビィの恋』、2000年『三文役者』に助監督で参加。同年フジテレビ『つんくタウン』の番組企画の映画製作プロジェクトのオーディションに合格して初の長編監督作品『LOVE/JUICE』を製作、好評を得る。ベルリン国際映画祭新人作品賞受賞。他に『帰ってきた! 刑事(でか)まつり』などがある。