第11回 『ドキュメンタリー』
伊藤俊也 「真実は虚構にあり」
帯などの宣伝文句に、二十代初めの中井が陸軍参謀本部に勤めながら戦争憎悪の日記を書き綴っていたとあれば、興味はいやが上にも増した。だが、ぺらぺら頁を捲っているうちに、「お母様、お母様、お母様、...、おかあさま、おかあさま、おかあさま、...,オカアサマ、オカアサマ、オカアサマ、...」と書き連ねられている頁に出くわし、私の熱は急速に冷めた。おそらく最愛の母を亡くした直後の錯乱状態で書かれたものであろう。しかし、私はしらけた。甘ったれめが! 二十歳を過ぎていて、この体たらく。甘ったれの反戦、戦争憎悪を聞いても仕方あるまい。私が生の日記の字体に直面したのであれば、また別の感想を持ったかもしれない。だが、まるで無味乾燥な活字体は、私に唯一つの感興しかもたらさなかった。日記とは、演技性によって貫かれるものだと。
以上の挿話に依らずとも、ことドキュメンタリーに関しては、私は常にいかがわしいものと見做している。かつて、監督協会の新人賞選考委員の一人として、原一男氏の『ゆきゆきて神軍』を推した時も、この作品がそのいかがわしさを決して排除せずむしろ意思的に取り込もうとしていたこと、そのことを敢えて方法論化していたこと、を高く評価したのだった。
私は虚構の中の虚構として『女囚さそり』を出発させたが、私は自分が窮屈に設定した方法論の中でむしろ雁字搦めになり、もはやラジカルな犯罪者像を描くにはこの方法から脱しなくては、と思うようになった。そのために、自分が育てた『さそり』を捨てた。だが、次に用意した実在の犯罪者の物語は、会社の取らぬところとなり、かえって村落共同体における共同幻想としての犬神憑きの物語『犬神の悪霊(たたり)』へと進む。私は日常的な余りに日常的な世界に飢えていた。
そんな事情もあって、日本テレビ系列の報道スペシャル『テロと国家』の話が舞い込んできた時は、御の字だった。報道部特注のドキュメンタリー、相手に不足なしである。これは、イタリアのモロ首相拉致暗殺事件に絡む極左テロ組織「赤い旅団」を追いつつ、西欧世界の爛熟と退廃をも視野に収めようという野心的な試みでもあり、キー局の元報道部長現解説委員をチーフプロデューサーとし各地方局から選りすぐったメンバーによる混成チームである。カメラマンは三人。私は、東映からは共同構成者兼監督補として梶間俊一を伴い、乗り込む形となった。
私は予めフィクショナルな仕掛けをドキュメンタリーの中に持ち込むことにした。勿論、視聴者には仕掛けを仕掛けとして提示する。一つは、モロ事件の再現劇、一つは青年男女によるシーザー劇、一つは「赤い旅団」の創始者であるクルチョとマラカゴール夫妻の隠れ家が警察に急襲されマラカゴールが射殺される件り、手のアップのみによって劇的な効果を作った。
テレビクルーとは正面切って激論も交わした。テレビにおけるドキュメンタリーとは何ぞやと。また、報道部の猛者であるはずが、なぜ我々活動屋に比べてタフでないのか、とも。私の出した結論はこうだ。彼等は撮りっぱなし、だからだ。後はデスクへ預けて、それがどのように編集され、どのようなコメント付きで、茶の間に届けられるのか、とことん見届けていないからだ、と。
この作品は当時の木曜スペシャル枠で放映され、14%近い視聴率をとった。かくして、第二弾『右手にコーラン、左手に石油』。私にとって、これは期せずして世界一周取材旅行となった。一つ一つの土地と共に膨大なエピソードが記憶に刻まれているが、その中の一つはとりわけ忘れがたい。ヨルダン西岸、イスラエルの砲弾によって両足を失った少女をめぐる話である。全世界にイスラエルの不当な仕打ちを訴えたいとする少女の父親はすでに女の体つきをした少女を抱えるようにして私達の取材カメラの前に近づきつつあった。だが、血相を変えて後を追ってきた少女の母親が少女をさらし者にする気かとばかり父親を押し止めたのである。少女を挟んでの二人の諍い、これこそがドキュメントだ、と私の耳に囁く声がなかったわけではない。しかし、私は、まるで神域で神に捧げられるように演じられたこの劇を、撮ることができなかった。カメラマンも金縛りにあったかに見えた。
私は、ドキュメンタリーは作り終えた瞬間、常に時間に追い越されていくような気がして嫌だ。と、言うことにしている。本当はあのヨルダン体験がトラウマになっているのかもしれない。だが、真実は虚構にあり、さ、と劇映画に戻った私は呟くことを事としていた。

伊藤 俊也(いとう しゅんや)
1937年2月17日、福井市生まれ。
60年東大文学部美学科卒、東映入社。72年「女囚701号・さそり」で監督。同年度日本映画監督協会新人奨励賞受賞。91年フリーに。
主な作品に、72~73「さそり」三部作、77「犬神の悪霊」、82「誘拐報道」(モントリオール世界映画祭審査員賞)、83「白蛇抄」、85「花いちもんめ」(日本アカデミー賞最優秀作品賞)、87「花園の迷宮」、89「風の又三郎-ガラスのマント」(文部省特選)、「美空ひばり物語」(TV)、90「白旗の少女」(TV)、95「ルパン三世 くたばれ!ノストラダムス」、「鬼麿斬人剣」(TV)、98「プライド 運命の瞬間」等。
03紫綬褒章受章。