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特集

日本映画監督協会 会員名鑑

エッセー

第11回 『ドキュメンタリー』

松井良彦 「ドキュメンタリー / フィクション」から想うこと

松井良彦.jpgまずはじめに、私はドキュメンタリーとフィクションをジャンルに分けて考えたくはありません。ともに観る側の気持ちを揺さぶれば、つまり面白ければ、それですべてOKだと思うからです。
それを書かせてもらいます。

私はドキュメンタリーをフィクションと同等に好んでいます。というのも、なによりも勉強になりますからね。恥ずかしながら、私なんかは、知らないことが山ほどにありますし。また、知ってはいるつもりでも、誤って認識していることが、これまた、たくさんありますから。いやぁ、恥ずかしい限りです、ホント。

そのドキュメンタリーの魅力的なところは、キャメラが追う (それが容赦なしであればあるほど面白い)被写体(ヤラセは置いといて)は、いわゆる"生(ナマ)=真実"なものです、基本的に。で、そこに映しだされる、或る状況下での人物の表情や仕草、話す言葉、そのどれもが勉強になります。なにせ、"生(ナマ)=真実"なのですから。
魅力的です。さらにその人物の人間性や人となりが観る側の好奇心をかきたたせ、気持ちを揺さぶるものであれば、尚、けっこうなことで、実に面白いものです。

ちょっと余談になりますが、私は外出をすると...。まぁ、電車に乗ったとしましょう。

私は隣に座ったまったく知らない人たちの会話や仕草を窺っているのが、けっこう楽しみで、またそれがけっこう面白かったりするのです。で、不謹慎なのかもしれませんが、私は彼らの会話や仕草から、その人たちの日常を想像したりします。職業や家族構成、ときにはコンプレックスなども。さらにノッたときなどは、彼らのストーリーまで作ったりしてしまいます。

飛躍し過ぎるかもしれませんが。私はその「見る」という行為は、ある意味においてドキュメンタリーの要素ではないかと思います。ただそこにキャメラが有るか無いかだけの違いですから。また、「想像する」という行為は、同様にフィクションの要素だと思います。

で、表現者・映画監督が作品を面白くするには、感受性や好奇心にひっかかった興味深い記憶の引出しをもっと豊かにしなければならないということです。ですから、そのためにもドキュメンタリーやフィクションに限らず、もっとたくさんの作品、映像という世界だけではなく、他の芸術分野の作品も含めて、いっぱい観て、いっぱい感じて、いっぱい考えて、いっぱい想像しなければならないと思います。ホンマに。

多分、それを繰り返すことで、「映画にとっての魅力的なものとは何なのか」が分かってくると思うのです。




松井 良彦(まつい よしひこ)


1956年5月6日生 兵庫県出身
75年に石井聰亙監督と独立プロ「狂映舎」を旗揚げ。その後石井監督の助監督や編集助手を担当。
79年に「錆びた缶空」で監督デビュー。オフシアター・フィルム・フェスティバル(現:PFF)に入賞。撮影は石井聰亙氏が担当。81年に第2作「豚鶏心中」を発表。撮影は原一男氏。公開は天井桟敷館で長期ロードショーを果たした。88年に第3作「追憶のざわめき」を発表。今はなき中野武蔵野ホールで公開。同館の観客動員記録を打ち立てた。そして毎年ムーブオーバーされた。

上記の作品は、デンマークやドイツ、ノルウェイなどのヨーロッパの7都市で上映され、好評を博した。また3作品ともに全て資金を回収している。
現在、新作企画の映画化に奮闘中。