第11回 『ドキュメンタリー』
三浦淳子 「ドキュメンタリー」
それまで、本ばかり読んでいた私には目から鱗で、あの小説がこのような映像世界に昇華するとは! 以来、映像を0から創りあげる劇映画に尊敬と羨望を抱き、今日まで映画館通いを続けている。そのせいか、自分でドキュメンタリーを作るようになっても、どこかで現実からドラマが飛翔する瞬間を追い求めているような節がある。
それから約10年後、初めて8mmカメラを手にした時、祖父がトマトを植えている姿を撮影した。1巻3分のフィルムを編集なしで題をつけて提出するという映像学校の課題だった。提出間際に苦し紛れで『トマトを植えた日』という題をつけた。今にして思うと、このタイトルが2年後に50分のドキュメンタリー映画を生み出す導き手になったような気がする。カメラを向けられた祖父が、自分も若い頃9.5mmのパテフィルムで撮影したと語り始め、フィルムを探し始めたがみつからないまま、他界。私はなんとかそのフィルムを探し出して、そこに映っていた大連を訪ね・・・。祖父にカメラを向け、このタイトルをつけたことで、現実というカオスから1つの固有の物語が誕生した。
ドキュメンタリーであっても、何をいつどのように撮るのか、作り手の思惑によって、写し撮られるものは千変万化し、固有の映画が生まれるのだと知った。ドキュメンタリーとして、現実の世界を撮影しても、そこにカメラが置かれると、そのままではなく、カメラを中心に世界は変容し、ささやかな物語を紡ぎだすように、私には思える。
一人暮らしをする祖母がテレビの上にある犬のぬいぐるみに「まりこ」という名前をつけて話しかけていた。ここには祖母固有の世界があると思い、『孤独の輪郭』というドキュメンタリーをつくった。寝食を共にしてみると、彼女は、毎朝7時半に自分ひとりで放送をしていた。誰も聞いていないのに、見えないマイクに向かって語っていた。「私は本当のことしか話しませんよ。TVや何かではみんないいかげんなことを言ってますけど・・・」そう言って、義理の弟の臨終に病院に駆けつけた時の話を延々としていた。
私はこの映画を作りながら、人はそれぞれの本当を抱えて生きていることを感じた。本当は人それぞれの中にある。私は、曖昧で混沌とした現実の中で、何が真実で何が虚構であるか、それを絶対化しようとするドキュメンタリーではなく、自分だけの本当を大切にして生きている孤独な人間の物語をドキュメンタリーにしたいと思った。
私は、自分の映画のことを私的ドキュメンタリーと呼んだりしているが、それは、ドキュメンタリーの中でも、私という主観にこだわった映画をつくりたいという意志表示だと思っている。ただ、私という一点から撮影を始めながらも、個人の経験の記録を超えて、他者と共有できる、ある普遍性が浮かび上がるような映画ができないものかと試行錯誤している。そこで、編集では、ない知恵を絞り、結局、これはドキュメンタリーを標榜し、現実を映しながらも、私の浅知恵、第六感、念力によってつくられた私小説なのかとも思えてくる。こんな映画は金にならない道楽なのかもしれないが、こういう道楽にはまってしまった人間としては、この道を行ける所まで歩いてみたい。

三浦 淳子(みうら じゅんこ)
1960年横浜生まれ。早稲田大学文学部在学中は演劇に励むが、なんとか卒業。
1989年より、私的ドキュメンタリーを作り始め、多摩美術大学で夜な夜な映像制作を学ぶ。1992年「トマトを植えた日」(8m/m 50分)でイメージフォーラムフェスティバル大賞を受賞。「孤独の輪郭」(16m/m 53分 1997年)がパリポンピドーセンターシネマデュレール、釜山国際映画祭、東京都現代美術館等にて上映。
現在、タイ山岳民族の子供達のドキュメンタリー映画などを制作中。