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特集

日本映画監督協会 会員名鑑

エッセー

第11回 『ドキュメンタリー』

萩生田宏治 「ドキュメンタリー」

荻生田宏治.jpg26歳の時、自主製作した作品を映画館でかけてもらった。その後、始めて演出の仕事がきた。映画はフィクションだったが、依頼された仕事の内容はドキュメンタリーだった。
人間劇場と言う1時間のテレビ番組。「編集機を使えるか?」が条件だった。全く経験はなかったが「勿論」と答えた。聞けば、三重に住む同じ年ごろの男が少し変わった車を作っていると言う。車に詳しい訳でもなかったが、とにかく何かが撮れると言うことが嬉しく、カメラを持って現地に入った。

スタートをかけることもなく、目の前で現実はただ進む。どこでカットすれば良いのか全く分からず、ただただカメラは回るばかりだった。その日に撮った素材を見るたびに落ち込んだ。カメラマンには何が撮りたいのか言ってくれと詰め寄られ、当の彼からはいつまで撮影を続けるのかと呆れられる始末。

ドキュメンタリーと言う言葉には「ありのまま」と言うイメージが付き纏う。私は目の前の世界に手出しをしてはいけないのではないかと躊躇していた。しかし、そのままではたんなるニュースの町ネタレポートになってしまう。必要に迫られ、私は彼を主人公として1台の車が出来上がる物語を想定した。少し後ろめたかった。それでも、彼に関わる人々をその物語に配役し、目の前の現実に手を加え、人の出入りの段取りをした。目の前の現実の中にスタートとカットの切れ目が朧げながらに見えてきた。思いどおりにならないことの方が多かったが、そこで起こることにドキドキしながら目を凝らした。彼は次第にカメラの前でその主人公を生き生きと演じ始め、素材には彼の輪郭が見とれるようになっていた。撮影が終わって一ヶ月間、編集室から一歩も出れなかった。素材を前に何回も物語を書きかえ、どうにか放映された。

今年「帰郷」と言う映画を公開した。西島秀俊さんと子役の守山玲亜さんが小さな旅をする物語。これを機に片岡礼子さんが復帰してくれた。

フィクションと言う言葉には「世界を作り上げる」と言うイメージが付き纏う。当然のことながら、台本を元にスケジュールに沿って撮影を進め、俳優は役柄を演じ、カメラは場面を構成するべくその位置を決める。しかし、役を演じる人間の今を生きるしるしのようなものを残したい、そう考え、方法を探った。たとえ台本に書いてある通りの台詞を喋っても、一人の人間が他の一人の人間と接して生れる感情を思いどおりにできる訳もない。俳優が演じる役が、その場面を生き生きと生きて、そこで生れた感情が物語に新しい展開を導く。そのことが物語を推し進めるのだと信じた。編集室からはやはり一歩も出ることができない。

その後もドキュメンタリーとフィクションを作り続けている。仕事の段取りこそ違え、私にとってそのふたつの境は分からない。カメラを前にして起こる、予想もつかない新しい現実を導きたい。そこに計り知れない面白さを感じている。



萩生田 宏治(はぎうだ こうじ)


1967年生まれ。高校時代より8ミリ映画を制作。和光大学在学中より内田栄一監督、山本政志監督、林海象監督などの現場で助監督を務め、1993年、自主製作『君が元気でやっていてくれると嬉しい』を監督脚本。その後テレビドキュメンタリーの演出を始める。1997年、実際の船大工の老人を主人公に起用したJ・MOVIE・WARS5『楽園』を監督脚本。そして昨年、映画『帰郷』を監督・共同脚本。現在、全国順次公開中です。