第12回 『映画監督って何だ!』に巻き込まれた人々
本木克英(劇中劇のABC監督の一人) 「映画監督って何だ!」C監督を担当して
「
監督協会の山本です...五所監督の「煙突の見える場所」のワンシーンを三人の監督が撮ります。そのうちの一人として、伊藤俊也監督が本木さんを指名しております。11月下旬の一日、3時間ほどで撮影は終わりますのでお願いします...」要点だけを明快に語り、丁寧かつ断定的なもの言いをする山本さんという人は、ただ者ではないな、と思っていたら、やはり「監督」であった。12月まで撮影だから無理かも、と躊躇していると、「日程が厳しいようでしたら製作会社と話をつけますから」と、山本起也監督はダメ押しをした。また、私は伊藤俊也監督と A監督の鈴木清順監督に、助監督として付いたことがあり、B監督の林海象監督には製作部時代にお世話になっている。退路は断たれている。かくて、「カントク」と呼べばほとんどのスタッフが振り返る、虎穴のような現場で「ヨーイ、ハイ」を発することになった。光栄さを通り越して、内心畏れおののいていた。
伊藤監督は私に一体何を期待しているのであろう?清順監督も林監督も、私などの想像を絶する芸術的発想をするはずだ。どんな換骨奪胎をしてくるであろう。ということは、本木は定石通りに撮れということか?しかし、それではつまらない。どこかで笑撃を与えるか...?などとあれこれ想いをめぐらし、恥ずかしながら未見であった「煙突...」も慌てて観た。そして、ランジェリー趣味がバレた佐野史郎さんが、傷ついた妻を追いかけるという設定に思い至った。
錚々たる顔ぶれに気圧されるばかりのオールスタッフ会議、眼差しの優しいチーフ助監督の今岡信治監督(ややこしい日本語だが)とのロケハンを経て、11月22日早朝、寒気のため、蒸気が立ち上る早朝の多摩川縁に赴いた。長田勇市カメラマン、佐野史郎さんとの初対面の挨拶も早々に、段取りを始めた。「お手並み拝見」といった意地悪な視線を覚悟していた私は、予想に反して監督たちの一様に暖かい視線に驚いた。伊藤監督の慈愛に満ちた笑顔、茅場監督の闊達な声掛けなどに何とも言えない楽しさがこみ上げてきた。監督たちは心からこの現場を面白がっている。新たな映像を創る喜びに溢れている。「撮影っていいなあ」と誰かが嘆息していた。高揚した気分のまま、あっという間に時間は過ぎ、午前11時半ごろには現場を後にした。
先日、オールラッシュを見た。果たして、我が担当部分は最も短く、あっけないものであった。わが身を知るとはこのこと。鈴木、林両監督の重量感ある映像に唸り、反省することしきりであったが、敢えて言うまい。先輩監督たちにお膳立てして頂いて、こんな素晴らしい、歴史的な現場に立てたのだから。 伊藤監督始め、クルーの皆さんに感謝するとともに、叫びたい。「もっと映画を作らせろ!」と。

本木 克英(もとき かつひで)
1963年、富山県生まれ。
早稲田大学卒業後、1987年に松竹入社。森崎東監督、木下恵介監督、勅使河原宏監督など師事し助監督やプロデューサーとして活躍。1年間の米国留学を経て1997年『てなもんや商社』で監督デビュー、この作品で第18回藤本賞新人賞を受賞。主な作品『釣りバカ日誌イレブン』『釣りバカ日誌12 史上最大の有給休暇』『釣りバカ日誌13 ハマちゃん危機一髪!』『ドラッグストア・ガール』など