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特集

日本映画監督協会 会員名鑑

エッセー

第15回 『映画監督の発想についての考察』

長嶋甲兵 「わたしの発想法 ~ 21世紀の"ルール"」

長島甲兵.jpg20世紀後半から、ひたすらテレビ番組を作ってきた。
同世代のディレクターが映画を撮り(是枝和裕)作家として活躍する(森達也、山田あかね)につけ聞かれる。
「映画創らないの?小説は...?」気持ちはないでもないが、"撮りたいこと"や"書きたいこと"がない。
それでは映画や小説は無理だ...と思っている。

テレビは放送枠があり、テーマや"締め切り"がはっきりある。怠惰な性分なのでそれがないとまじめに考える気になれないし、大したことも思いつかない。
「発想法」を語る資格などないのだが、少し挑発的に書くと「映画のどこが面白いの?」とも思う。
映画は単純なゲームだ。
"作りたいものを作る""興行成績"ぐらいしかルールがない。
テレビには社会的制約やスポンサー、局の方針、視聴者ターゲット、タブー...さまざまなルールがある。
ゲームを面白くするのはルールである。
例えばサッカーは「手を使わない」比較的単純なゲームだが、「オフサイド」というルールで、より戦略的なものになる。
数年前ある人に「あなたは21世紀の新しいルールを探している」と言われた。
そういえばこれまで自分は、これは面白いとか、こうするとかっこいい、とかそういう肯定的な意欲より、これはつまんない。これはありがち。これはやめよう、という否定的な方向でものを作ってきた。
みんなが同じように泣けたり笑えたり、晴れがましい気持ちになったりする=わかりやすいものがいいし、視聴率も取れる...というテレビのルールがなんだかつまんない気がしたし...作れなかった。
その結果「ドキュメンタリーのような、ドラマのような...面白いような、面白くないような、わけのわからないもの」を作ってきた、ような気がした。
なるほど「新しいルールを探していたのか...」かっこいい。
自分を少し見直した。
近頃は「しつこく撮る=ドキュメンタリー」を「1日であっさり」撮ったり、逆にスタジオの「おしり(制限時間)」がある討論番組を、徹夜の「合宿」でやったりしている。
そういう「手法」だけでなく、テレビで扱わない「ダンテの新曲」や「日本国憲法96条」というようなことをやるのも「新しいゲーム」だ。
つまり私が言いたいのは「面白そうなもの」よりも「面白くなさそうなもの」の中に、もしかすると「ほんとうに面白いもの」が隠されているかもしれない...ということだ。
それを探すことが「21世紀のゲーム」のような気がしている。</p.

長嶋 甲兵(ながしま こうへい)
 
広島出身。テレビディレクター。
主に芸術、文学、政治、"井上陽水"などをテーマに奇妙な手法のドキュメンタリー番組を演出。
「詩のボクシング(1997)」で放送文化基金賞大賞「世紀を刻んだ歌~花はどこへいった(2000)」でATP賞グランプリ受賞など"賞はとるが、数字がとれない男"として知られる。
演出家として第32回放送文化賞受賞。第60回芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。