第15回 『映画監督の発想についての考察』
内藤 誠 「映画監督の発想についての考察 ~ 街歩きとカフェで ~」
デートドライブの最中に天才的な発想を得たというノーベル賞学者の話を読んだことがあるけれども、わたしの場合は、近くの街歩きで何かをふと思いつくという程度の、とびきりの平凡さで、語るのも気が引けるのですが、まあ具体的に書いてみます。
その日は、タイムズスクエアで映画を見て、ビルの窓から新宿御苑の桜を眺めたあと、建物つづきに歩いて高島屋7階のカフェ・パセオに寄ることにしました。その天井の高い喫茶室でコーヒーを飲みながら、ぼんやりしているのが好きなのです。見てきたばかりの映画のことを想いながら、目に入る人たちをそっと眺めたりします。でも、長時間じろじろ人を見ているのも失礼ですから、文庫本の『シドモア日本紀行 明治の人力車ツアー』を取り出して読み出します。
ときどき本から顔をあげ、この店も近頃は外国人が多くなったなあと思いながら、彼らは現代の日本の街と日本人をどう見ているのだろう、などと考えます。いま読んでいる本の著者エリザ・R・シドモアは、明治から大正にかけての日本が大好きだったらしいのです。とりわけ隅田川の岸に咲く桜並木の大ファンで、殺風景なワシントンのポトマック河畔に日本の桜を植えて、そこの荒涼たる風景を一変したいと考えました。それは苦闘のすえに実現し、いまやワシントンの桜まつりは有名になっています。ふと彼女をヒロインにすえて映画を作ったら面白いだろうな、などという発想が浮かびました。
シドモアと『武士道』で有名な新渡戸稲造との間にはメロドラマ的物語もあるし、乃木希介や尾崎行雄、タフト大統領夫人など多彩な人物も登場します。しかし金がかかるなあ。ドキュメンタリーならどうかとも思い、後日、英語に堪能で、アメリカにも強い山崎博子監督にやってみてはと話したりしました。わたしのほうは、とりあえず本にしておこうと、『外国人が見た古き良き日本』(講談社バイリンガルブックス)の一章に、彼女のことを書きました。出たばかりですから、興味のあるかたはご笑覧ください。
低予算の企画を思いつくのは、やはり勤務先の学校の近くにある「りんご」とか「なみま」など、コーヒー代が安くて、しかも落ち着けるカフェにかぎるようです。一本でも映画を監督した者には、次はいつ撮れるだろうかという想いが絶えずあります。今もとりあえず二本あって、ひとつは拙作『俗物図鑑』から三十年後の、新旧世代入り乱れての梁山泊の話で『偏屈系図鑑』。筒井康隆さんに電話で話したところ、自分で物語を作るようにと。もう一本は三千万円くらいの予算で、ある作家の原作を得て、高所恐怖に耐えながら鋭角的なアングルで、ビルのガラス拭きの女を撮りたいと思います。
ささやかな街歩きと、コーヒーで一服の間に、とりとめもなく発想するわけですが、若い人たちが出している「HB」という小さな雑誌が、そんなわたしの気分を最近号で特集してくれましたので、これもご笑覧くだされば幸いです。

内藤 誠(ないとう まこと)
1959年 早稲田大学政経学部卒。東映に入社。
69「不良番長・送り狼」で監督。(映)73「番格ロック」後フリー。
80「時の娘」84「俗物図鑑」85「スタア」。
84「廃市」「魔女卵」(著)01「昭和映画史ノート」(平凡社新書)、08「外国人が見た古き良き日本」(講談社)(賞)79「わたんべ」教育映画コンクール文部大臣賞。93「快楽亭ブラック」翻訳特別功労賞。