
井筒和幸 「日々、悶々と」
と言ってもコネが無いととても貸してなんかくれなかったので、誰々の紹介だとかプロの誰それが現場で指導するから扱いについては大丈夫だと大嘘などついて、まあしっかり器材屋もコダックのフィルム屋もあらゆる所をダマくらかして、「性春の悶々」という"ピンク映画もどき"のヘンテコリン映画を、つまり適当にセックスシーンなんかを何箇所か撮って入れただけの、60分尺の青春映画っぽいエロ風情なものを、大阪と奈良と京都の草むらや廃屋や川原や市電の駅やスナックや仲間の自宅なんぞで(ラサール石井くんの大阪の実家でも)、ロケして6週間くらいかけて、イケイケやれやれで作ってしまい、京都大映の録音スタジオでアフレコさせてもらい、勝プロのネガ編の人に繋いで貰ってプリントまで上げて。まあシロウト制作だったから、当時の日活にも見せたけど、買い取りの興行もして貰えず、新東宝にも見せたけど小馬鹿にされたままで追い返されて、ただのセルロイドのクズ束を実家に置いたままで、デビュー作にもならず、しばらく眠らせていました。たまたま、ピアの上映会でかけて貰い、ピンク業界の木俣監督(和泉聖二監督の父上)に見にきて貰ったりして、ジョイパックの重役に話して貰い、120万円で買ってもらって、(いやよく買って貰えたことだが)どこか日本の地の果ての物好きなピンク映画館主さんとこで何回かは、かけて貰ったみたいだった訳です。「週間大衆」かで、22才の若者がピンク映画デビューとか、たいそうに写真入りで書きたてて貰ったけれど、ボク自身は、何の事はない、次の日からまたタダのプー太郎に戻ってしまう人生でした。映画を撮る度に映画監督とか云われることは確かだけど、作り終わるとまた、プー太郎に舞い戻るという人生は、今だに続いてるみたいかな。これからも好きな映画だけ作っていたいな。
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井筒和幸(いづつ かずゆき)
52・12・13生 奈良県
71県立奈良高校卒。映研で初めて「俺たちに明日はない」を製作。
各地を放浪した後、76「いくいくマイトガイ性春の悶々」を監督。
その後も成人映画を数本監督し、81「ガキ帝国」で監督協会新人奨励賞。
(映)83「みゆき」85「二代目はクリスチャン」90「宇宙の法則」96「岸和田少年愚連隊」(ブルーリボン最優秀作品賞)99「のど自慢」