
篠原哲雄 「デビュー作の頃ー物語か映像かー」
しかも16mm、42分という中編。今から思えば、よくぞそんなんでデビューできたなーという感じである。その頃の実感を語ってみたい。僕はその頃、森田芳光監督周辺で助監督をしていた。助監督が監督になるにはどうしたらいいかということも考えていた。僕が自ずと進んでしまった道は、脚本を書いて、プロデューサーを見つけ、出資者をつのるという方法ではなく、撮りたいものを撮ってみる、そこから何らかの発展をめざすということだった。「草の上の仕事」が今の形になる前には、長編用の脚本づくりをプロデューサー、脚本家と行なうという過程もあった。だが、作品のコンセプトのことで折り合わなくなってしまった。彼らの、主人公が草刈師を選んだ社会的背景や状況、仕事を通しての生き様の変化を描くべきだという・ ・正論に対し、僕はそんな面倒くさいことを描いたら、これは間違いなくつまらなくなると反発し離散した。僕が描きたかったのは一言でいえば、草を刈る人間の行為と姿であり、それを生かす為に一番適切な物語は何かということだったからだ。結果、いわゆるドラマチックな出来事の起きない物語になったわけだが、撮りたいものは撮れた。その果てに劇場公開できたわけだからラッキーだったとしかいいようがない。
だが苦しんだのは、その先だ。つまり、その当時の僕は、多少オーソドックスな映画づくりではなく、あるイメージへのこだわり、スタイルが先行して物語が後回しだったということだ。だから商業ベースの長編を撮れるまでに苦労したのだ。僕には、映画には映画ならではの触覚的感覚、きらめきの瞬間を優先させ、物語は二の次という志向があった。けれど長編をつくるうえでの核となるのは、物語、もしくは描くべき人間達の生き様というか感情というか、まず幹になるものである。そして映像とはその幹を確固たるものにしていくもの。2つの相乗効果によって初めて映画が生まれる。その当たり前のことを、僕は「月とキャベツ」という長編第一作をつくる過程で実感した。以降はそのことを肝に命じているわけだが、どうも企画先行の作品などを撮っていると、一番大切にしていたはずの映画的触覚性を失いがちになる。物語しか語ってないんじゃないのというジレンマに陥る。これはやばいと思う。だから困った時は、原点に帰れなのだ。自分の観たい触覚性に満ちた映画にやっぱり突っ走れなのだ。もちろんそれは幹を華やかにするという意味でなんですけど
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篠原哲雄(しのはら てつお)
62・2・9生 東京都
明治大卒。助監督として森田芳光監督らに師事。一方、自主製作映画も手がけ、「RUNNING HIGH」がPFF89にて特別賞受賞。93初の16ミリ作品「草の上の仕事」で神戸国際インディペンデント映画祭グランプリ受賞。 96 「月とキャベツ」 99 「洗濯機は俺にまかせろ」 00「はつ恋」 02 「命」 「木曜組曲」 「けん玉」 03 「オー・ド・ヴィー」他。
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