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特集

日本映画監督協会 会員名鑑

エッセー

第11回 『ドキュメンタリー』

斎藤久志 「ドキュメンタリー」

斉藤久志.jpg日本映画学校の脚本ゼミで、ある事件のルポをもとに脚本を書くという荒井晴彦さんの授業の為、事件のあった場所、被害者・加害者の生活圏を生徒共に回りました。
映画学校では基本、オリジナルを書かせるという体勢の中で、脚色という場を設けるという荒井さんの狙いの一環でした。
生徒の書くオリジナル脚本は特例を除けば自分のことを書くというパターンです。それ以外のモノを生徒がどれだけ掴めるかということだったと思います。

夜の闇の中で殴られた被害者の気持ちとはどうだったのか?突然ヘッドライトに照らされるという現象はどういうことか?陽が落ちるまで事件現場にいました。
陽が落ちるとその場に寝ころぶ者やヘッドライトの光の前に立ってみる者と、生徒達の目の色が変わりました。それは何かを感じようとする姿勢に見えました。

結果的には脚本を書き上げた者はたった一人だったそうです。事実という重みに押しつぶされたのか、自分の半径1メートルからは出られないのか、分かりませんが、あの目の輝きは何だったのでしょうか?

僕は一度だけ実際の事件を原作にした脚本を書いたことがあります。

佐木隆三さんの「女子高生・OL連続誘拐殺人事件」というルポルタージュを脚色したテレビドラマです。佐木さんの原作は裁判記録でした。監督の長崎俊一さんの狙いもあって、原作にはない、犯罪の当事者しか知りえない数日間にドラマを絞りました。それはほぼでっち上げる作業でした。事実としての点と点の間を想像で埋めていくのです。

かなり大胆に自分なりの人物像を作り、強引に物語を通しました。この作品は放送後、事件当事者からモデル問題で訴えられ、再放送は出来ないということになってしまったそうです。


脚本デビュー作でもあり、怖さを知りませんでした。 事件当事者に対して僕なりに敬意をはらい、ワイドショー的切り口でないものを作ろうとしたつもりでしたので、そのことは少なからずショックでした。怖いと思いました。いくら真摯な態度で臨んでも、当事者でない以上、どこかで物見遊山な部分があったのかもしれません。

事実を前にした時、フィクションは何をなしえるのでしょうか?その答えは今も出ていません。

斎藤 久志(さいとう ひさし)


1959年生まれ。長谷川和彦氏に師事。 92年テレビ「最期のドライブ」(監督: 長崎俊一)で脚本家デビュー。97年「フレンチドレッシング」で劇場監督デビュー。 他に監督として「サンデイドライブ」「いたいふたり」、脚本として、「湾岸バッド・ ボーイ・ブルー」「夢魔」「カオス」等がある。