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特集

日本映画監督協会 会員名鑑

エッセー

第4回 『役者』

伊藤俊也 「千秋実さんから聞いた話」 

伊藤俊也a.jpg 前説が少々長くなる。

 監督と俳優との信頼関係が強くあればあるほど、作品によい結果をもたらすには違いない。それは監督とスタッフとの関係でも同断である。だが、それは同時に相拮抗する緊張に裏打ちされてはじめて効果あるものとなる。 だから、どちらかが偏ってしまうと、例えば一方の寄せる片思いは極めて観念的なものとなり、具体性こそが欲される現場では邪魔なものになる。いずれにせよ、監督様様、俳優様様では、むしろ害あって益なしである。

 お互い上り調子の若い監督と若い俳優が向き合う時、監督がこれでもかこれでもかとNGを連発する。もちろん、理由があってのことである。いや、時には理由を越えて意地の方が露出することがあるかもしれない。一方、俳優には納得できるNGの間に納得できないNGが出てくる。となると、無心に演技することが出来なくなって、さらにNGを重ねる悪循環に至る。監督にはこの下手くそめ!となり、俳優には芝居がわからぬバカ監督!となり、遂に一触即発、それ以上いったら、殴り合いになりそうな領域にまで至る。意外や、その瞬間、俳優は思ってもみなかった距離を跳ぶことがあるのである、鮮やかな曲線を描いて。これもまた、撮影時における一つの醍醐味である。熟年の監督、熟年の俳優には、また別の応酬、丁々発止がある。そして、丁々発止が可能なためには、信頼関係における互いの余白が必要だということだ。

 晩年の黒澤作品から生気が失われたのには明らかな理由がある。一つは、黒澤さんが立派過ぎる絵コンテを作られたことだ。そして、二つには、その絵コンテを突き崩しつつ映像として再構築するに足るスタッフ間の想像力合戦がおそらく皆無だったことだ。さらに、三つには、枠をはみ出す俳優がいなかったことだ。皆が皆、黒澤天皇の前でひたすら畏まり、萎縮してしまった。私が「誘拐報道」で仕事をし、今もって可能性ある俳優として高く評価している萩原健一にして、ガチガチに固まってしまっていた。

 撮影現場というものは、監督のイメージを生かす場であると同時に壊す場でもあるのだ。壊しつつ生かすという絶えざる作業が映画の場面場面に生気を吹き込んでいく。その点、監督に対するスタッフ、キャストの全幅の信頼が、かえって黒澤さんを孤立させ、黒澤さんの想像力まで枯渇させていくという思わぬ結果を呼んだのではなかろうか。そうしてみると、「影武者」における勝新太郎の降板は痛かった。勝さんにしてもまことに惜しい気がするが、黒澤さんにとっても痛恨事だったはずである。なぜなら、画面をはみ出してしまうだけのパワーを持った俳優を、三船さん以来久しぶりに獲得し、それに期待するところ大だったのは黒澤さんその人だったろうから。

 さて、もう少しで本題に入る。千秋さんは見かけはヌーボーとしてとりとめのないところがあるが、どうして几帳面で生真面目なお人だ。だから、せりふを覚えるのにも一所懸命だし神経も使う。せりふをトチッて何度もNGを出すと落ち込んでいくタイプの俳優だ。それに気づいた私は、「花いちもんめ」の撮影に一工夫凝らした。長いせりふのあるシーンでは、テスト中私がせりふの相手をする。テスト!の声も掛けない。スタッフは私との打ち合わせ通りに黙々と本番準備に入っている。本当の相手の十朱さんは傍らにしゃがんで千秋さんと私とのやりとりを窺っている。何度か繰り返して、よしと私が判断した時に、私がカメラの横に移動して一気に本番撮影という具合だった。このテストから本番への間合いを測るのが、私の勝負勘のようなものだった。千秋さんがそれに見事に応えてくれたことは証明済みである。そして、それを可能にしてくれたのは十朱幸代さんの力だった。

 千秋さんによれば、対照的にズボラなのが藤原釜足さんだったということだ。「スターウォーズ」のロボットのモデルにされたという二人の名コンビは、黒澤さんの「隠し砦の三悪人」が生んだものだが、超望遠の二人の道中のシーンで、釜足さんは甚だ怪しげなせりふで通してしまったらしい。そして、千秋さんにせりふを渡すときだけ「なァ」と言って渡すらしいのだ。当然、後のアフレコの時、せりふが合わなくて大変だったそうである。さすがの黒澤組でもワイヤレスマイクのない時代のエピソードとして甚だ興味深い。

 しかし、それにしても、黒澤さんを前にして大した豪の者がいたということだ。他の黒澤映画でも独特の味を出していた釜足さんの面目躍如といったところだろう。こうした猛者たちが黒澤さんを盛り立てていたよき時代もあったのだ。そして、猛者たちにふさわしいのが役者という呼称でもあった。

 千秋さんは最後に言った。いや、釜足が黒澤さんに強かったのには少々訳があってね。実は...。だが、それは秘中の秘。それを明かすのが本稿の趣意ではない。


伊藤俊也(いとう しゅんや)


37・2・17生福井市 60東大文学部美学科卒、東映入社。72「女囚701号・さそり」で監督。91フリー。 (映)72~73「さそり」三部作、77「犬神の悪霊」82「誘拐報道」83「白蛇抄」85「花いちもんめ」87「花園の迷宮」89「風の又三郎-ガラスのマント」98「プライド運命の瞬間」(T)89「美空ひばり物語」。 (賞)72監督協会新人奨励賞82モントリオール審査員賞85日本アカデミー最優秀作品賞。