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特集

日本映画監督協会 会員名鑑

エッセー

第2回 『セルフプロデュース』

サトウ トシキ 「私のセルフ・プロデュース」

02-2_edited.jpgピンク映画は低予算で制作されるため、監督自身が何でも一人でやっているように思われがちですが、実際はそうでもなくて、結構その作品の監督に専念出来たりしているものです。

映画の入口にはプロダクションがあり、企画等の打ち合わせから、準備、撮影、仕上げの窓口となり、『映画を作る場所』になっています。出口には配給会社や映画館が存在し、『映画を送る場所』になっています。一般的な商業映画と何ら変わるところありません。

強いて言えば、スタッフの数が少ないことでしょうか。演出部が監督を含め3、4人、制作部や美術部がありませんので、演出部がそれらを兼ねています。予算を含め、キャスティングやロケ場所探し、衣裳やメイクのこと、ロケーションの飾り込み、食事の手配等も演出部が担当します。どの仕事も映画作りには欠かせない大切な仕事で、演出部はそれぞれが演出家として、それらを含む全ての仕事を進めていきます。
少人数制での映画作りには、『単純で見えやすい』という利点があります。監督とチーフ助監督、チーフ助監督とその他の助監督、また撮影や照明の技術者とそのアシスタントなどが相談し合って仕事を進めていきますので、お互いの信頼関係が必要になってきます。何々組のように、『ひとつのチーム』が必要になるのです。
各々スタッフは、主体性を持って仕事をこなしていきます。それらがひとつの主体になるよう働きかけ、最後まで見届けることが私の主な仕事です。個々はそれぞれぶつかり、まじり合って、『映画という主体』を形作ります。
私はできるだけ同じスタッフで仕事ができるよう心掛けています。好きな人と仕事が出来るのをいつも楽しみにしています。仕事以外での付き合いはあまりありません。


50:50=『お互い様』の関係でいるためです。お互いがいい距離を持って仕事に臨めるよう、決して馴れ合いにならぬよう、それぞれが、『好きな仕事に集中できる環境作り』が出来るよう努めています。そしてお互い刺激し合い、少しでも成長していけたらなあと思っています。それはプロデューサーや役者さん、脚本家や音楽家に対しても同じことが言えると思っています。
適度な距離感、それを保ちながら映画作りをしていくこと、そして好きな人達と映画を作り続けることが、『私のセルフ・プロデュース』です。


サトウ トシキ


61年5月6日生 福島県 81 にっかつ芸術学院卒業。フリーの助監督としてピンク映画の世界に入り、89『獣-けだもの-』で監督デビュー。94 アテネ・フランセ文化センターで特集上映が行われ、95『痴漢電車人妻篇 奥様は痴女』がロッテルダム国際映画際で上映される。96『LUNATIC』、『アタシはジュース』、97 『夢の後始末』、98『迷い猫』、99 『今宵かぎりは・・・』、00 『団地妻不倫でラブラブ』、01 『青空』、02 『夢なら醒めて・・・』、『ロスト・ヴァージンやみつき援助交際』などを監督する。